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一緒に歩こうよ。~特別養子縁組しました。~

里親サロンへ出かけて

里親サロンへ参加してみた。

納骨も終わってからやっと忙しさも少しになって
プリンは夏の間入院していてやっと退院した実父にラオウを会わせる
ことにした。
実父は子供が大好き。認知症がだんだんと悪化しているなか
プリンとも会うのが半年ぶりくらいになっていた。
実父は子供を抱っこすると涙を流しながら
「おじいちゃんやで~忘れんといてな」と繰り返して言った。
申し訳なかった。
ぱんだの家のことばかりで走り回っていて実父の世話は姉にまかしっきりに
なっていたのだ。
同じように育ててもらった子供なのに平等に世話をしなくてはいけないのに
なのに・・プリンの父は
「がんばって子育てせいよ」といって
ラオウの写真を抱えてホームに戻って行った。
ぱんだにそのことを話をしたら
できるだけ時間を見てプリンの父にもラオウを見せてあげなくては
と言ってくれた。よかった。

里親認定を受けてから何度か里親サロンへの参加要請の書類が
届いていたのだけど
なかなか忙しくて参加できなかったが
秋になってやっと参加することができた。
同じように子供を迎えたママさんが参加されていて
いろんなお話を聞くことができた。
プリンのように民間から子供を迎えて参加してる家族はいなかったが
できるだけ参加したいなぁと思った。
できたらラオウの手が離れたら里親業もやってみたいと
思っていたので・・


11月を過ぎて年賀状の季節になったけど
今年は喪中ということもあり喪中はがきを出した。そこには初めてラオウの名前と生後5カ月という文字も入れておいた。
不妊治療のときの友人には子供を迎えたことは
あまり話をしていなかった。
そのこともあって友人たちからは
「おめでとう」のメールも送られてきた。
本当のことは彼女たちにはこの先も言わないであろう。
知ってる友人も近くにいるけど・・
ぱんだの親戚にもお葬式のときにお会いしたけど
真実は言わなかった。
この先告知は私達の口からきちんとしたい。
ラオウが傷つかないように
そして家族としてやっていけるように

12月に入って家裁からも児童相談所からも
なんにも連絡がなかった。
初めてのクリスマス。
ぱんだはものすごく仕事が忙しかったけどどうしても
クリスマスだけは一緒に過ごしたいと
仕事を調整して帰宅した。
キャラクターのケーキを囲んで家族で写真を撮った。
いいなぁ。
子供がいるっていいなぁ。ぱんだがつぶやいた。
プレゼントにと
音の出る絵本を購入した。
歌が流れたり太鼓の音がしたり
ラオウはすごく興味を持って押したり鳴らしたりしていた。
お正月も無事に過ぎて2月を迎えた。
同じころ子供を迎えた方とメールで連絡を取り合っていたけど
その家族はぱんだ家より1カ月早く申請していたことが分かった。
その家族に審判書が届いたと・・・
そうなると我が家も1カ月後くらいかな?と
思っていたころに家裁から電話があった。
2度目の家庭訪問の連絡だった。


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