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テーマ:ショートショート。(1084)
カテゴリ:自薦集1
これから、贈り物は全部コーヒー豆にしてもらいたい。父がそう言い出したのは喜寿を過ぎてからだった。
コーヒー好きの父は、自分で豆を挽き、毎日飲む。豆代もばかにならないから、と父は言う。 「すぐなくなるので、豆はいくらもらってもありがたい。お前の家の近所のコーヒー店、あそこが安いからよろしく頼む。安い豆でいいからな。」 さて御中元。件のコーヒー店で、私は困ってしまった。 「豆はどれがいいんでしょうねぇ?色々ありますねぇ。」「そうですね、好みですからね。」 「何でもいいと言われているんですけど……。」「それなら、ブルーマウンテンはどうでしょう?自分で買われる方は少ないので、贈り物にいいと思いますよ。」「なるほど。他の豆より高いですねぇ。それをお願いします。」 受け取った、と父から電話。 「あんな高い豆もったいない。」 「値段なんか気にしないで。今度行ったら飲ませてね。」 数日後、久しぶりの実家。挽き立てのコーヒーを淹れながら父は言う。 「ブルマンは旨いが、私には贅沢すぎる。次は安い豆でいいからな。」 (たまにはいいのに)と私は思う。 ブルーマウンテンは美味しかった。私はコーヒーの味にはこだわらない。だから、父が淹れてくれたコーヒーはいつも美味しい。ローストした豆を飲む分だけ手挽きで挽く。淹れるのはアルコールランプのサイフォン式だ。(今まで豆の銘柄なんて気にしてなかったけど)挽き立ての香りを嗅ぎながら私は思う。(またこれを買ってあげよう)。 そして御歳暮。再びブルーマウンテンを贈る。やがて、父からまた電話。 「あのな、遠まわしに言うと通じないので、悪いがはっきり言わせてもらうけどな……。コーヒー豆は、同じ銘柄の中でも味に差があってな。私は根が貧乏性だから、割安で質のいい豆にあたると嬉しくなるわけでな。店によって、この銘柄はいい、というのがあるわけで……。私の場合は、本当にいいブルマンの味がわかるから、値段に見合った味でないと、旨いが……どうもな……。」 「お父さん。」と、私は言った。 「お薦めの銘柄は何ですか?」 「あー、あの店は……ブラジルだなぁ。」 それじゃ次はブラジルにしよう。またごちそうになりに行くからね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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