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テーマ:こわーいお話(348)
カテゴリ:自薦集1
私がとある旅館で働いていたときのことです。
そこは、夏のかきいれ時でも満室になることはないような小さな旅館、それでも近くに海水浴のできる海岸があって、そこそこお客がとぎれることはありませんでした。 夕食は食堂です。お客さんが全員食べ終わって、やっと一段落。早く片づけを終えたいのが本音です。 ところがその日は、一組、予約したのにいらっしゃらないお客さんがいました。このへんは4時をすぎると、観光する場所もありませんし、連絡はとれませんし、仕事を切り上げたいのと、心配なのとが半々で、やきもきしておりますと、他のお客さんがとっくに食べ終わって部屋へ引き上げたころになって、やっといらっしゃいました。通いのアルバイトはとっくに帰してしまった頃でした。 大学生のカップルでしたが、地形なんぞを勉強なさっているそうで、あちこち見ていたら暗くなってしまい、道に迷ったそうです。ま、どこに行っても楽しいような年頃ですから、なんやかやで遅くなったのでしょう。 女将さんは、このへんの道は街灯も少ないから危ない、事故じゃなくてよかった、などと言いながら、夕食のお膳を手早く整え、食べていただきました。本当に、このあたりは民家も少なく、宿もうち一軒で、人通りもないのです。 女将さんは女やもめで、高校生の娘さんが一人。娘さんは部活動の合宿で、その晩は、お客さんは四組だけなので、翌朝のお見送りも住み込みの私と女将さんだけで間に合うような按排でした。 静かな夜でした。 翌朝、一番最後にお帰りになったのは、前の晩に遅くなったカップルでした。 女将さんが、よく眠れましたか、と、ききますと、ちょっと寝不足の様子で、隣の部屋で遅くまで飲んでいたらしい、話し声が気になって寝付けなかった、と、おっしゃいます。 女将さんは、(それは申し訳ありません)と謝って、送り出そうとしたら、女性の方が「くつがない」とおっしゃるのです。 見ると、玄関に揃えておいたはずの靴がありません。 女将さんは、(先に出た団体さんがあわてて荷物に入れたのかもしれません、ちょっとお待ちください)と、奥に引っ込むと、娘さんの運動靴を持ってきて、(なんとかこの靴で町まで行って、代わりの靴を買っていただけませんか、こちらの不手際ですみません、靴代はこれで…)と、半紙にくるんだお金を渡しました。 そのカップル、お互いの手前、事を荒立てるのは見苦しいと思ったようで、素直にその靴を履いてお帰りになりましたが…。 私は腑に落ちなくて女将さんに聞きました。 「あのお二人の部屋、両隣、空いてましたよね?どの部屋の話し声が聞こえたんでしょう。それに女将さん、朝、慌てて帰った団体さんなんて、いらっしゃいませんでしたけど?」 すると、女将さんが、私の言葉を、しっ、とさえぎって、 (よそで言うんじゃない、お客が来なくなるから)と、 それきり何も説明してはくれませんでした。そういえば、女将さん、靴がなくなったとき、妙に手際がよかった…。 そう思ったら、私はなんだか薄気味悪くなって、秋にその旅館を辞めてしまいました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2004/08/21 07:04:03 PM
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