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ばんブロ(ばんえいスタジオのブログ)

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牧場

2021年11月25日
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カテゴリ:牧場
11月13日、帯広市内で「令和3年度 第2回馬の担い手養成研修会」が開かれました。
重種馬生産の担い手を養成、確保するために日本馬事協会が主催。対象は「重種馬生産に興味のある方」で、興味があれば誰でも参加できる講座です。参加者が10人ほどと少なかったのは残念。今後コロナも明けて、行き来ができるような時期に行われるといいですね。

最初は馬文化について、NPO法人とかち馬文化を支える会の専務理事で、馬関連の著書もある旋丸巴さんの講演「十勝の馬文化」です。
「馬、といったらどんな場面を思い浮かべますか」。
初心者対象といっても、会場は馬にかかわる人が多くマニアックな答えが出ましたが(笑)、一般の方は競馬や乗馬など、馬の背中に乗る「騎馬」のシーンを思い浮かべるのでは、と思います。
でも実は、馬が家畜化されたとされる6000年(諸説あり)の歴史のうち、騎馬の歴史はというとそう長くはない。
最初の騎馬民族といわれるスキタイが存在したのが2800年前とされ、すぐ馬に乗ったとしてもそのくらいの歴史しかない。
それならば、それまでの間は馬は何をしていたのか―というと、それは牽引文化なのだ、ということにつながります。
ばんえい競馬が文化といわれる所以なのですよね。

次に十勝の馬の歴史を、昔の写真とともに説明していただきました。
馬耕をしながら子馬が近くをうろうろしている写真、かわいかった。資料館などでも馬耕をする馬は母馬ですよね。
話を聞いた方からは「子馬が畑荒らして大変だったー!はははー!」と言いながらも、子供は母が働く姿を見ているので馴致をしやすかった、という話も教えていただきました。


木材を運ぶ馬搬では、手綱のない馬の写真を見せていただきました。馬が自分で働いているんですね。
たまに馬そりに乗ったお嫁さんの写真を見ることがあるかと思いますが、これが必ず冬。
馬車ではなく馬そりなのはなぜか、というとほとんどの方が農業をされているので農閑期しか結婚式はできなかったということからです。
大津漁港でも馬は船を引き上げるのに活躍します。帯広の町中を、馬車が走ります。
「本当に馬なしでは生きられなかった」と、大げさな話ではなく、多くの方が話していたと聞きました。産婆が来るのも、誰かが亡くなったというときも。

今、帯広競馬場ではNPOが主催した思い出の写真コンテストの入選作が展示されています。場内には資料館もあります。
最初は「昔はこうだったんだなぁ」と感じるだけかもしれませんが、馬について知っていくうちに、1枚の写真から生活とのかかわりなど、いろいろなものが見えてくるかと思います。
道内の資料館ではほとんどの地域で、馬が開拓した歴史を残す道具や写真が展示されています。インターネットでも探せば出てくると思いますので、新たな視点で見ていければ、と思います。

それからは出前事業の紹介もありました。
NPOでは長年出前授業を行っているので、そりに乗って喜ぶ子どもの写真を見たことがあるかと思います。ただ、あくまでも「授業」。馬の歴史や文化について授業を行ったうえで、馬と親しんでいるとのことです。

馬文化を残すのに、ばんえい競馬は必要ないんじゃないか、と言われることもあるそうです。
それでもなぜ、ばんえい競馬が存在しているか。
それは、ばんえい競馬自体が産業として成り立っている(資料だけを残すとなると莫大な費用がかかる)。そしてさまざまな技術も残ります。馬の扱いだけではなく、馬具、診療技術、などもそうですね。
「『文化です』と自信を持って言える理由を学んでいってほしい」とおっしゃられていました。「十勝には歴史財産が残っているのだと皆に語っていってほしい」とも。

「馬の担い手」というと直接馬に触れ合うことばかりを考えてしまいますが、文化を知ることもその一つ。
重種馬生産が増えてほしいけれど、どうしても馬に触れ合うことができる環境にない、という方はこちら方面で学びを深めていくのも一つの手かな、と思います。そしていろんな人に語っていく人が増えれば…と思っています。

次はストレートに「ばんえい競馬について」という講演。帯広市農政部参事で、前室長の佐藤徹也さんによるお話で、ばんえい競馬のトップにいる方直々に解説してくださいました。
佐藤さんは、ばんえい振興室に来たのが2007年度。新生ばんえいになってからずっと競馬を見続けている貴重な方です。実は平地競馬のファンだったそう!思い出の馬はレガシーワールドだとか(笑)。

最初に画面に出てきたのは、競馬法第1条。どのような内容かご存知ですか。
「この法律は、馬の改良増殖その他畜産の振興に寄与するとともに、地方財政の改善を図るために行う競馬に関し規定するものとする。」
地方財政の改善を図るための競馬なのです。「今年ようやく寄与できるようになりました」との一言に重みがあります。
成り立ちなどの歴史についてはここでは割愛します。ばんえいホームページからダウンロードできる10周年記念誌などをご覧ください。
2007年(平成19年)、一市開催になってからの流れも紹介いただきました。「5、6年はどうすれば赤字にならないかのみ考えていた」。
そして平成23年に転機が訪れます。それは3連単のスタート。それまでもナイター競馬という取り組みがありました。そしてネット売上が増加します。平成19年は2割だったというのが今では、92%をネットが占めているそうです(コロナの影響もあります)。


これまでのPR活動、経済波及効果のほか歳出内訳、振興課の取り組みについても紹介していただきました。
平成27年度から生産者賞をスタートし、厩舎や駐車場のライン引きなどの改修。最近は「明るい競馬場へ」ということで、イルミネーションが増えています。
いいことばかりではありませんでした。本来馬券を買ってはいけない厩舎の人間への処分。今年の能検の件(電話が殺到したが市民からはなかったそう)。
そしてコロナ禍。ここで「来場者増」から「来場のない」中での運営へと、経営方針を変更します。
なかなか聞くことのない、競馬運営の話をざっとまとめると、努力や苦労などの気づきがありました。
そのうえで、競馬が行われていることを実感できます。ファンみんなに知ってほしい内容でした!



そして最後は、十勝管内の生産者によるパネルディスカッションが開かれました。
十勝馬事振興会の佐々木啓文会長(帯広)、宝田浩二副会長(豊頃)、青年部部長の川端陽一さん(音更)の3人です。進行役は家畜改良センター十勝牧場で馬を担当している田中翔子さんです。かいつまんで紹介します。会話内容は前後している部分もあります。
馬事振興会は、今は130人の生産者がいるそうです。以前は500人いたころもあったそうで、道東地区の他の振興会と集まったり、内地の競馬場を見たりしているそう。当初からの目的は「仲間づくり」。馬の世界は人とのつながりが大事だと、生産地にいくたびに思います。
青年部ができたのは平成4年ですが、当時は50人以下でそれだけ跡継ぎがいなかったと。青年部の活動としては、いつもばんえい記念の日にスタンド入り口近くで馬券の買い方講座を行っています。今年4代目となった川端さんは「気軽に来てくれれば」と話していました。生産に興味がある方は話しかけてみてください。




まず最初は「繁殖牝馬の交配相手をどうやって決めているか」。
これについて佐々木さんは「人間関係が強い」。その市町村で種馬を扱う人がいて、その人たちとの絆が強いということ。
ばん馬の血統をよく見ると、その町にいる父馬が、その町のいろいろな牧場の繁殖牝馬と交配しているのがなんとなく見て取れるかと思います。川端さんは「種馬を飼っている方に手取り足取り教えてもらっている」そうです。これぞ「担い手育成」ですよね。
馬の売買について、市場か、庭先取引か、という話も出ましたがみなさん庭先が多いとのことでした。「人脈がないなら市場を使う手もある」と。

「生産していて嬉しかったこと」という質問に、佐々木さんは「ばんえい記念に出したこと」。オイドンですね。
ばんえい記念に限らず、生産馬がレースに出るのは「子供が運動会に出るような気持ち」といいます。
「何にも代え難い経験ができるのは間違いない。儲けるなら難しいし、金目的ならやめたほうがいい」。
宝田さんも「佐々木さんの言う通り」。そして「今日まで続けられたことが嬉しい」。一緒に馬を始めた中で、残っている人は周りにそういないそう。
川端さんは「馬主に買われ、レースを走って上位に行くのを見ていくこと。考えていたより高い値段で買われたこと」。出産には事故もつきものです。今年も辛い経験をされたそうで「元気な馬を生産して行きたい」とのことでした。

参加者からの質問で、交配は人工授精か、本交か(サラブレッドのような馬と馬との交配)、という話が出ました。ばん馬は人工授精も認められているのです。
今回の参加者3人はほとんどが本交。それは、最初の話にも出たように交配相手ば人付き合いによるものだから、ということがあります。
佐々木さんは人工授精はやらない理由として、創業者である祖父から「馬は因縁の強い家畜」と言われてきたことがあると話していました。生命の尊厳に対する礼儀である、と。考え方は人それぞれですが、気持ちはわかりますね。
ここで、十勝牧場の田中さんから、純粋種の人工授精を十勝牧場で行っていることについて説明がありました。牧場には技術者もいて受胎率は8割と高い割合であるそうです。
ここ最近はヤマトタイコーやアルジャンノオーなど、十勝牧場出身の親から生まれた産駒が競馬場でも活躍していますね。

また、話の中で佐々木さんは「今やっていることが正しいんだと思わないこと」。血統も、育成方法も変わっていきます。今は競馬場で働く人が少なく、馴致にも時間がかかる。夏は広い放牧地に馬を放しますが、みなさん「クマが出て移動した」「クマがいるようだ」という話になりました。北海道の山なので、いるんですよね……。

さて、私からもばんブロで紹介するにあたり「これから生産をやってみたいという人にアドバイスを」とお願いしました。
佐々木さんからは、「腰を据えて生産してほしい。今回のような会で人間関係を作り、いろいろな人に聞けば、始める切り口はいくらでもある」。
そして「馬好きなら。金好きはやめたほうがいい」。昔「馬は儲かる」と聞いて入ってきた人はある程度経ったらいなくなっていったそう。そういうのを繰り返し、人が減ってきたのを見てきたこともあって勧めるのにも慎重な様子でした。
宝田さんは「必要なのは、土地、資産、技術、人脈」。そして「財力は間違いなくいる」。土地があれば夢を持てるかもしれないが、馬では食べていけないし、生産は24時間必要だから、時間の使い方も考えなくてはいけない。人脈を使っても、片手間にできない。素人が手を出すものではない。と、なかなか厳しい意見でした。それだけの覚悟は必要ということですよね。厳しいけれどおっしゃるとおりだと思います。
馬が好きなら自分で生産をしなくても、人に預ける手もあるという話もしていました。
川端さんも「本業あっての生産。馬を飼うのは難しい。経費がかかる、それに尽きる」。

話を聞きながら、20年以上前、私がサラブレットや乗馬の世界で話を聞いたときも、このような雰囲気だったなと思いました。
サラブレッドの世界では就業応援サイトの「BOKUJOB」開設など以前よりは体制も整い始めているとはいえ、それでも人不足。難しい問題ですね。
人脈が必要というのは強く思います。どの世界でもそうですが、人の縁を信じ、話を聞いて受け入れていく柔軟性がある人はすっとその世界に入っていくなぁと思います。全ては行動力。20年前、そのような状況の中、競馬の世界に入っていった人たちが活躍している話を聞くたび、ばんえいの世界でも…と思います。
馬の担い手を増やすための企画はこれからも行われていくと思いますので、今後も紹介していきたいと思います。

取材/小久保友香






最終更新日  2021年11月29日 11時33分17秒


2021年10月28日
カテゴリ:牧場
八雲町熊石から南下して、江差町の廣部武士さんの牧場へ。
フクイズミとその娘イズミクィーン、クインフェスタが過ごしています。
クインフェスタは息子のキングフェスタがナナカマド賞を制し、今後の活躍が期待されます。長男コマサンエースも活躍中で、すでに繁殖としても名牝といえるでしょう。

1ヶ月前訪れた時には、クインフェスタとイズミクィーンは放牧地にいました。





馬房とつながった小さな放牧地で、3頭は仲良く過ごしていました。
気の強いフクイズミとクインフェスタは、それぞれがお互いを認めあっているのか、喧嘩することもなく対等。
そこにイズミクィーンが遊びに来る。ここまでいい関係があるか!? というくらい、穏やかで緊張感のあるように感じました。
3頭とも来年の出産はないので、この関係がしばらく続きそうですね。








近くには、フクイズミの息子で種牡馬となったイズミオーがいました。少し白くなったかな…?
今年は数ヶ月十勝に行き、10数頭に種付けをしたそうです。どのような子が生まれるのか楽しみです。






イズミオーの隣にいたのが、クインフェスタの当歳馬(父イズミオー)。キングフェスタの半弟になります。
生まれた時からかなり大きかったようで、成長が楽しみです。かなりやんちゃなところを見せ、廣部さんを手こずらせていました(笑)
ファンの方の見学は受け入れています。




この後、江差から東に向かって渡島半島を横断し、北斗市の「きじひき高原」を訪れました。展望台からは絶景が広がります!
右側には函館市街地や函館山、津軽海峡、北海道新幹線の高架橋が、左側には駒ケ岳や大沼が見えます。この日は遠くに羊蹄山まで!





きじひき高原には北斗市営牧場があり、馬や牛が放牧されています。近年馬が増えていて嬉しいです。
一般的な公営放牧地は一般には開放されておらず、馬を見にいくのはなかなか難しい。しかしここは展望台のそばに放牧されているので、柵沿いから広大な景色とともに馬が放牧されている姿を見ることができます(6月~10月頃まで)。









なぜ馬を放牧するのかはこちらをご覧ください。

ばんば牧場便り【 Vol.26 】夏の放牧
 ​https://plaza.rakuten.co.jp/baneiblog/diary/202006240000/

取材/小久保友香・小久保巌義






最終更新日  2021年10月29日 18時04分15秒
2021年10月21日
カテゴリ:牧場
10月に北斗市で行われる草ばん馬大会に合わせて、道南の馬たちに会いに行くのが恒例になっています。今年会った馬たちを2回に分けてご紹介します。

まずは八雲町熊石にある大竹さんの牧場にいる、種牡馬のライデンティダと繁殖牝馬のキサラキクに会ってきました。
ティダはばん馬大会に出場するため、牧場から2~3キロ先の砂浜まで馬運車で移動して調教をつけています。







大竹さんとの縁ですっかりばん馬好きになった、近くに住む水上さんが、娘さんと親子でティダの手入れをします。





毎日、水上さんは「ざぶとん」といわれる、ガラの下に敷く馬具を手縫いで作っていました。優勝旗のようなひらひらがかっこいいですね。ぎりぎりばん馬大会に間に合い装着! ほぼぴったりです。



きらきらと輝く日本海を背景に、ティダは砂浜を歩きます。
釣り人は少なかったなぁ。






坂を使って障害練習





撮影のために私たちもひたすら歩きますが、重い馬場に脚を取られて疲れます…。
このようなときは、海水に濡れた砂を歩くと楽です。コースの軽馬場、重馬場と同じ理屈ですね。
競走馬はは軽いとスピードレースになるので違う疲れが出るそうですが、私たちは軽いからといって走りません(笑)。

このあたりはいい温泉が多く、湯の花を脚につけて皮膚を保護しているそう。
もぐもぐと美味しそうにご飯を食べるティダを見ながら、水上さんは「前にいた馬もそうだけど、ここ(大竹さんの牧場)に来た馬は幸せだ」。本当、そう思います。

ティダ、草ばん馬大会でも優勝!! 高重量戦は2着でした。





牧場の近くのある放牧地には、キサラキクがいました。
なかなか受胎しなかったキクちゃんですが、今年はティダの子を宿しています。
妊娠するために周りの方々はさまざまな努力を続けてきました。当たり前のように子馬や産駒のデビューを見てきますが、実は大変なことなんですよね。健やかに過ごしてほしいです。



ファンの方の見学は受け付けています。

以前の牧場便り。調教について紹介してます
ばんば牧場便り【 Vol.031 】八雲町・大竹さんの牧場
https://plaza.rakuten.co.jp/baneiblog/diary/202011250000/
ばんば牧場便り【 Vol.010 】キサラキクがいる八雲町・大竹さんの牧場
https://plaza.rakuten.co.jp/baneiblog/diary/201905300000/


取材/小久保友香・小久保巌義






最終更新日  2021年10月21日 15時30分36秒
2021年08月12日
カテゴリ:牧場
オホーツク牧場めぐり、訓子府町の次は網走市へ。網走監獄や流氷が有名な観光地です。
看板を目印に、能取湖沿いにある佐藤牧場さんにお邪魔します。牛舎がずらっと並び、入ってはみたものの…佐藤さんはどこに?!
広すぎて電話してしまいました。

こちらには昨年から種牡馬入りしたトレジャーハンターがいます。2012年ポプラ賞、2013年ドリームエイジカップを制し、ばんえい記念にも出走していますがスピード馬のイメージもある馬です。
兄インフィニティー、妹クインフェスタも重賞勝ち馬という名血です。

筋肉が目立つかっこいい馬を発見。トレジャーハンターでした。とてもおとなしい。




佐藤さんによると「隣にいる牝馬とグルーミングするんだ。珍しい」と。その牝馬は、昨年ナナカマド賞を制したアバシリサクラの母、琴桜だそう。種付けのときはパワフルだそうで、オンオフがはっきりしているのですね。
今年生まれるはずのトレジャーの子は流産してしまったそうなので、来年に期待です。



トレジャーハンターが来たのは昨年春。種牡馬として導入した理由は「ほっぺすごいでしょう。あごの張りがすごい!」
また、血統的な理由ももちろん。きょうだいが走っていることと、タカラコマが入っていることが魅力だそう。
「帯広で、いかにオープン馬を作るか」。今の活躍馬を見ると、帯広ではパワーだけではなくスピードも必要ですよね。「サラブレッドと同じように血統を大事にすることで、安定した馬づくりにつながる」といいます。いい馬はどうしてできるのかな、と日々考え続けているそうです。
その佐藤さんが「私以上に血統を求めた」というのがウンカイを生産した帯広三井牧場・三井樹雄さん。「今は血統を語れる人が少なくなった」と話していました。

繁殖牝馬は6頭。生産馬のほか、タカラコマの血を引く馬など、血統的魅力のある馬たちが大事に育てられています。「障害力は遺伝が多いな」とのこと。



2019年の第17回北海道総合畜産共進会で最高位を受賞したウィナーサラも元気でしたよ!



 ​https://plaza.rakuten.co.jp/baneiblog/diary/201910020000/
このときの記事でも書きましたが、サラが引退した2018年は、ばんえいが存続できるか心配で、3歳で黒ユリ賞4着の活躍馬が引退することに驚きました。ばんえいが続くと信じ生産を続けた佐藤さんの勇気が実を結んだと感じます。

1歳馬は買った馬も含めて3頭いました。体力が付きそうな山の上の放牧地と下とを行ったり来たりしていました。


この山の上に放牧地があるそうです

肉牛を営む佐藤さんは1972年に網走市内から、今の場所に移動。
最初はお父様が馬、佐藤さんが牛を中心に営み、30年ほど前は馬が80頭ほどいたこともあったとか。「(重賞の)肩掛け30本だよ!」
今では200町の牧場に600頭近くの和牛がいる大牧場です。
息子さんが社長となった今は、佐藤さんが熱心に馬の面倒を見ます。






佐藤さんは共進会でも1等が多く、とても丁寧に馬を仕上げられます。
十勝のグランドチャンピオンとなったニュータカラコマもはじめは佐藤さんの馬でした。
部屋に所狭しと並ぶ馬の写真を見ると、引退時は違うオーナーだったような…?という活躍馬が多く、この馬の話を聞いてもいいのかな?と思うのですが「その馬が一番高いときにどうするか、なんです。経済を回す」。
ばんえいの世界は、馬の売り買いが盛んに思います。そのようにして、経済を回していくのが昔ながらの馬社会なのかな、と感じます。






以前は「ウィナー」という冠でしたが、網走市内の牧場が佐藤さんだけになってしまったということで、今は「アバシリ」。
今は少なくなってしまいましたが、網走、北見は名馬が多くいた地でした。
二世ロッシーニがいたのも網走市藻琴。楓朝(ふうちょう)は紋別市、
タカラコマがいたのは、網走市の東、北見市常呂町でした。「タカラコマの子は全部テスト(能検)受かったんだ」。
北見競馬のレース名にもなったペルシュロンのオナシスは網走の卯原内にいたそう。
オナシスの産駒には、初めて牝馬でばんえい記念を勝ったダイニミハル、その前年の優勝馬カツタローなどがいます。
過去のばんえい記念優勝馬を見ていたら、父がオナシス、楓朝、二世ロッシーニとこのあたりの馬たちが並んでいました。
ここからは想像ですが、オホーツク地区は林業が盛んだからパワータイプの馬が多く、結果ばんえい記念を勝つ馬が多かったのでしょうか…?

さて、馬が走り出したのは、コロちゃんという捨て犬が数十年前に家にやってきてから。
漁師町らしく、アラをコロちゃんのために魚屋に頼むなど大事にしてきたそうです。
その後もいろいろな犬が佐藤家にはいたそうです。守り神なのでしょうね。
猫もたくさんいました。



馬は「生きがい」。「夢をいかに追い続けるか」と80歳の佐藤さんは話します。
牧場の見学は可能で、すでにファンも訪れているそうです。



網走のアプト・フォーという商店街には、直営場外馬券場「アプスポット網走」があります。





網走市出身の七夕裕次郎騎手(浦和、岩手で限定騎乗中)の情報も展示されていました!




取材/小久保友香・小久保巌義






最終更新日  2021年08月13日 09時10分23秒
2021年07月29日
カテゴリ:牧場
今月、訓子府町の岩渕寿和さん(71)の牧場を訪ねました。ここには種牡馬として大活躍中のレットダイヤがおり、会うのを楽しみにしていました。
帯広から北上し、陸別町を過ぎると訓子府町です。玉ねぎなど畑作が有名。ご当地グルメは「訓子府たれカツ丼」です。
岩渕さんは馬の生産のみ行い、息子さんは畑作農家さんだそうです。




牧場に着いて岩渕さんにご挨拶すると、目の前にいた馬を差し「シリウスだよ」。
2015年の黒ユリ賞、ばんえい大賞典を制したシリウスが繁殖入りしていました。仔馬はまだのようですが、種馬を見るたびにヒヒーンとアピールしていました(笑)。元気そうです。




まずは1歳馬たちにご挨拶。「これから高柳さんも来るって」と、レットダイヤの競走馬時代のオーナーであり、アルジャンノオーなどの活躍馬を持つ高柳稔オーナーが隣の北見市から来られるそう。恐縮しているいると「毎日来てるから(笑)」と。いつも馬を見に来られるのですね。

1歳馬は7頭。レットダイヤと、もう1頭の種馬フクノカミカゼの子らが、ちゃつ(小さな放牧地)元気に遊んでいました。1歳にしては大きく感じます。前日、頭に装着する「もくし」を全頭につけたそうで「命がけだった」と。近くの馬好きが来て手伝ってくれるそうです。高柳さんも到着。子どもたちに目を細めていました。






さて、2015年に引退したレットダイヤ。2歳が4世代目となります。ご存知の通り、3歳世代は能力検査も出走馬が上位を占め、アルジャンノオー、シュトラール、ニュクスなどの活躍馬を輩出。2歳もグリフィスが今年の能検1番時計。
残念ながら種牡馬にはなれなかった、ホクショウマサルの半兄でもあります。




姿を見るのは引退式以来。種馬になるとここまで風格が出てくるのか!! かっこよかった。元気に過ごしてほしいですね。
岩渕さんによると「扱いやすい。若い牝馬にはうるさいかな」とのこと。骨が太いのが特徴で、それを引き継ぐ子が多いので大型に出るのでは、という話でした。
レットダイヤのオーナーは高柳さん。岩渕さんが預かることになってからの縁だそうです。高柳さんは自ら持った馬の子や孫を大事にして、今でも持つことが多いですね。やりたくてもなかなかできないこと。その子がここまで活躍するなんて夢のようですね。






もう1頭の種馬フクノカミカゼは、父はフクイチ、母は純ペルシュロンの出夢七世(いでゆめななせい)で、名牝「イデユメ系」。ペルシュロンの血を濃く持ち、血統的な人気があります。「血統の改良にいい」と岩渕さんも魅力を語ります。
2014年、12歳で50勝目の有終の美で引退し、5世代がデビュー。産駒には、母はレットダイヤの妹(フオルトプリンセス)というレッツゴーリータンもいますね。




ギンノカミカゼが今年の能検2位のタイムで合格し(岩渕さんの種馬が違う馬でワンツーだったんですね)、これからに期待、というところで病気で亡くなってしまいました。「レットダイヤは活躍していて、ついにフクノカミカゼの時代が来た、というところで…」と残念がる高柳さん。これからもフクノカミカゼの産駒に期待したいです。

さて、こちらはなんだと思いますか?




実は岩渕さんのもとにはもう1頭種馬がいました。
この子です。




この子が大きさの違うポニーに種付けするときに使うんですって。
ポニーなどの小格馬の場合は、馬の大きさが違うから種付けも大変ですよね。いろいろ考えられているんだなぁ。

昔から家に馬がいた岩渕家は、昭和50年代に「マゴロツシーニ」を導入したのが種牡馬としてのスタート。
その名の通りロッシーニの孫で、父は名種牡馬二世ロッシーニです。この頃は、この地域で楓朝(ふうちょう)やタカラコマが活躍していた時代。競馬が盛り上がっていた時期ですね。
種馬として過ごしていたタケノタイトルの子で今年から種牡馬となったホンインボウも生産馬。ギンガリュウセイも生産し、母の北富士は26歳まで繁殖を続けた名牝だったそうです。
母馬の多くは、放牧中ということで会えませんでした。岩渕さんも、夏は町営牧場に馬を放しているそうです。
ファンの見学も可能とのことです。「今は(放牧していて)馬が少ないよ」とのことでした。

さて、昨年12月から、岩渕さんは自らデビュー前の育成をはじめました。「馬がいて競馬場に入れても、育成する厩務員がいない」と。



つなぎ場とタイヤ付きそり

生産者は支援が増えて賞金もつくようになってきたが、厩務員が少ないのはなんとかならないか、と高柳さんも嘆いていました。どこも人不足。
生産牧場でも、岩渕さんのように種牡馬を扱うのは簡単ではありません。

牧場近くの育成場にある小屋には肩掛けや盾が飾られていました。「これがほしくてやっている。お金で買えるわけじゃないんです」と高柳オーナー。


ここでは、馬談義で盛り上がります。そういえば、2歳に「キタミサンブラック」がいますよね。こちらは岩渕さん生産(訓子府産ですね…)。
「青毛(ブラック)だし、(生産地特別戦も)北見産駒になるから」とにやり。ナイスネーミングです!

小屋にいると、近くの馬友達が集まってきました。育成も手伝ってくれるそうです。
牧場と、それを支える周りの人たちの存在を感じられる旅でした。




ビート畑を前にシュトラールの全弟と母美鈴

北見市の場外発売所「ミントスポット北見」にも寄ってきましたよ。







取材/小久保友香・小久保巌義






最終更新日  2021年07月29日 11時03分50秒
2021年06月23日
カテゴリ:牧場
ナナノチカラの子が生まれたと聞き、足寄町の加藤信一さんの牧場を訪れました。
昨年「ハチ」が生まれ、今年はフジダイビクトリーとの男の子「キュウ」が3月に生まれました。父に似た栗毛流星で、もうなつっこくて…(笑)。さすが男の子だな、という元気っぷりです。






ナナはずっとご飯を食べていて、なかなかこっちを見てくれず…引っ張ってきてもらいました汗
体が小さい馬ですが、子どものためにと一生懸命ご飯を食べ続けているのでしょうか。「いつも食べている」そうです。
ナナノチカラは今年、コウシュハウンカイの子を受胎しているようです!楽しみですね。

メヂカラとフジダイビクトリーの子も生まれていました!





プレシャスリンとの子は草に埋もれています……
今年のフジダイビクトリーの子は栗毛流星が多いですね。



フジダイビクトリー、昨年、今年と50頭以上はつけているそう。1歳となる初年度は引退した年で移動もありそんなに頭数はいないようですが、だんだんと増えるのは素晴らしいですね。





加藤さんの牧場にはライデンロックのほかに、もう1頭種牡馬が来ていました。
江差にいたイズミオーが、繁殖シーズンということで十勝に移動してきていました!
ここは父カネサブラックがいた牧場。父以上の活躍、となるでしょうか。



イズミオーを種付けするために、メメノチカラとアアモンドノースが嫁入りに来ていました。
メメノチカラ



別海のメメちゃんとノースは前回の牧場だよりで紹介しています
https://plaza.rakuten.co.jp/baneiblog/diary/202104070000/​​

珍しく両目が魚目(さめ)のメメちゃん、子どもも片方ですが魚目。すぐ隠れてしまってこの写真ではわかりにくいかな…




また、この日はセイコークインがいる上士幌町の金福畜産を訪れました。
セイコークインはフジダイビクトリーとの子を出産。







セイコークインの放牧地には3組の親子がいました。
セイコークインに2頭栗毛流星の子馬がくっついていて、子どもはどっちかな?と思ったら、遠くで寝ていた鹿毛の子がやってきて、お乳を飲み始めました笑。
みんな入り乱れて仲良しでしたね。
セイコークインは今年もフジダイの子を受胎しているそうです。

11歳まで現役を続け、草ばん馬でも活躍していたニューカツタローも種馬として元気に過ごしています。おとなしい馬なんですよね。




取材/小久保友香・小久保巌義






最終更新日  2021年06月23日 13時52分08秒
2021年04月07日
カテゴリ:牧場
アンローズという牝馬をご存じでしょうか。名種牡馬ウンカイの妹で、2002年のダービーとオークスのほか2004~06年岩見沢記念3連覇などの記録を残す名牝。名門三井牧場の出で見た目も美しく、「ご令嬢」という表現がぴったりでした。
唯一の息子、キタノキセキが種牡馬になったということで、別海町の粂川正幸さんの牧場を訪れました。



牧場便りの写真を担当している小久保巌義はアンローズのファン。(文章担当は妻の小久保友香です)
生まれたころからキタノキセキを追いかけていました。





「かわいかったんだよ」と言ってますが、今はすっかり12歳のおじさん笑。それでも長く競走生活を続けることができました。ウンカイの種牡馬が増えている今、種牡馬入りしたことは嬉しいです。



粂川さんに案内されて、キセキ君の馬房へ。ちらっとこっちを見たあとはじーーっと横を見たまんま。「覚えているか~」と言っても、ちらっと見て、それからまた横をじーーっ。目線の先には牝馬がいました。



すっかり種牡馬の性格になってしまったようです(笑)。良いことです!
牧場に到着した時は、汗をかいて、ご飯もなかなか食べないなど緊張していたそうですが、だいぶ慣れてきたのでしょうね。
父は純ペルシュロンのトウカイシンザン。試験種付けも上手だったといいますし、花嫁も決まっているようで、産駒の誕生を楽しみに待ちたいです。






それにしてもファン目線ですが、キタノキセキ、いい馬だなぁと惚れ惚れしてしまいます。
「(祖父の)マツノコトブキがこんな感じだった」と粂川さん。本当ですか!! ファンへのリップサービスかなと思いつつ嬉しいですね。
マツノコトブキの母初姫は、「サラブレッドみたいに小さい馬だった」そうです。

帯広競馬場南側に展示されている「生産者の祭典」パネルで、ウンカイのパネルの下にマツノコトブキと二世ロッシーニの立ち写真がありますので、競馬場に来ることのできる方はご覧ください。

粂川牧場といえば、ばんえい競馬初の1億円馬、キンタロー(1977生)の生産牧場でもあります。
母・宝玉(ほうぎょく)から取り上げたとき、粂川さんも「これは大きい」と思ったそう。
宝玉は当時は甲乙丙の「乙」と評価されたそう。しかしキンタローをはじめクメワカやクメチカラといった牡馬も繁殖入り。娘キタミヒメも血をつないでいます。
お腹にキンタローが入ったまま草ばん馬にも出走し、かなり強かったそうですよ。昔は繁殖馬たちもよく草ばん馬に出ていました。
キンタローは16歳のときの子。27歳まで生きた、元気なお母さんだったようです。




3歳特別を勝った時のキンタローの貴重な写真。
その下には引退式や共進会のレイがありました。
2006年の蛍の光賞(定年制があった時代に定年の11歳牡馬、8歳牝馬によるレース)を勝ったクメノビューティーは、祖母がキンタローの妹キタミハナ

さて、キンタローの父は純ペルシュロンの二世ロッシーニ(1966生)。マツノコトブキの父も二世ロッシーニですね。2006年までは名を冠にしたレースもありました。
網走にいた二世ロッシーニは、流星がきれいで胴長。ひふが柔らかく「ポコポコ歩く馬だった」そう。
当時、近くには「楓朝(ふうちょう、1968生)」がいたため、そんなに人気はなかったそうですが、サロマシンザンなどの活躍馬を出し、年間120頭ほど人工授精を行ったそうです。
二世ロッシーニが亡くなった時は、馬では珍しい農協葬が執り行われました。

ちなみに「2世ロッシーニ」(1969生)という数字の馬もいます。純ペルシュロンの青毛で、阿寒にいたので「阿寒ロッシーニ」と言う人もいますね。
馬事協会のページで検索をすると(すべて大文字の「ロツシーニ」です)、「ロッシーニ二世」という子どもや牝馬の「二世ロッシーニ」などいろいろいますね…。

粂川さんは年に数回、帯広競馬場で馬車体験を行っているはまなす乗用馬生産組合などの会長でもあります。牧場にはポニーや乗用馬、道産子もいます。
キタノキセキが来る前まではトウリュウがいたのですが、1月に亡くなってしまったそう。
いろいろな馬の話を聞かせていただき、勉強になりました。粂川さん、ありがとうございました。

牧場にいた1歳馬





それから「すぐ近くだよ」と聞き、車で10分ほど走り(北海道の「近く」には気をつけてください!)、町内の坂脇牧場さんへお邪魔しました。
メインは牛の牧場ですが、こちらにはメメノチカラやアアモンドノースがいます。



現役時の2頭です





珍しく両目が魚目(さめ)のメメちゃんは4月下旬に出産予定だそうです。




坂脇さんは浜中町のクラブで乗馬にハマり、そのうち「乗るなら北斗の拳のような重種馬に」とばん馬を飼いはじめたそう!
馬を置ける場所があることや、周りに馬を飼っている人がいるという強みはありますが、馬が好き、という情熱と行動力で、馬と住む夢を叶えた方がいるのですね。




取材/小久保友香・小久保巌義






最終更新日  2021年06月23日 13時53分53秒
2021年03月16日
カテゴリ:牧場
皆様はじめまして!

帯広畜産大学・大学院生の矢野と申します。



現在、私は楽天競馬様と共同でばんえい競走馬を対象に「飼料」「微生物」「疾病」の3つの要素に着目し、これらの相互関係を調査することで競走馬をより健康に管理するための基盤データを構築することを目指した研究に着手しています。

今回は、太田アナウンサーより私たちの研究をご紹介する機会をいただきましたので簡単にではありますが、
1. この研究に取り組む目的
2. どうして「微生物」の解析を?
3. この研究が今後のばんえい競走馬に対してどの様に役立つか
4. 現在の進捗状況
といった内容を書かせていただきます。



1. この研究に取り組む目的

上述した様に、この研究の目的はばんえい競走馬を健康に管理するための基盤データを集めることです。

では現行の飼養管理は不健康な管理なのか!?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そういう訳ではありません。

実際、競馬場のほとんどの競走馬は1シーズン通してレースに出走し、我々競馬ファンを楽しませてくれています。

ですが、その中には蹄葉炎(蹄の病気)や疝痛(腹痛)といった病気になってしまう子達がいるのも事実です。

この様な病気は穀物飼料などの高栄養価飼料を多給する管理形態が一因とされていますが、レースで高いパフォーマンスが求められる競走馬においては穀物飼料の給与は不可欠です。

大切なのは健康を害さずに能力を最大限に発揮させることができる給与飼料のバランス。

しかしながら、ばんえい競走馬においてはこれを実現するためのデータがサラブレッドと比較して不足している現状にあります。

この様な状況下で、ばんえい競走馬を管理されている厩務員さんは、担当馬の状態を見極めながら、これまでの経験をもとに飼料設計を組まれていることだと思いますが、今のところ明確な基準はなく、さじ加減はそれぞれの厩務員さんや調教師さんに委ねられています。

想像してみてください。

もしも、馬体重が○○ kgで運動強度が△△のウマには□□の飼料を×× kg給与、といった様に飼料設計が標準化されていれば、飼養管理はうんとやり易くなると思いませんか!?

こういった情報を蓄積し、整備するのには膨大なデータと時間を要しますが、私たちが現在進めている研究はその基盤として必ず役に立つものだと思っています。



2. どうして「微生物」の解析を?

ばんえい競走馬を健康に管理するのだから飼料や疾病データを集めるのはわかるけど、どうして微生物?と思われる方も沢山いらっしゃると思います。

端的に言うと、ウマの栄養獲得において消化管内に共生する微生物は必要不可欠だからです。

ウマは自身の消化酵素では摂取した牧草飼料などを分解・利用することができないので、その役割は消化管内の微生物が担っています。

一口に微生物と言ってもその種類は多岐に渡ります。

牧草を分解するのが得意なヤツ(繊維分解菌)もいれば、穀物を分解するのが得意なヤツ(デンプン分解菌)もいます。

ばんえい競馬でも障害は苦手だけど降りたら速いキタノサムライみたいな子もいれば、
直行でも登坂できるけど降りてからはゆっくり歩くヤマノホシみたいな子もいますよね。

ウマの教科書を開くと、繊維分解菌が・・・、デンプン分解菌が・・・、と書かれていますが、大まかな分類はできても飼料の分解能力やウマのエネルギーとなる物質の特性は微生物の種類によって大きく違います。

そんなヤツらがばんえい競走馬の消化管内には何千種類と居て、互いに協力・競合しながら絶妙なバランスを保ちウマのエネルギー源をせっせと作り出しています。

この様に、ウマが摂取した飼料分解の大部分を担う彼らの特性を紐解いていくことはウマの栄養獲得や健康状態を理解する上でとても大切なことなんです!

「待てよ、飼料の分解を担うのは微生物で、しかもそいつらには得意不得意がある・・・じゃあウマが食べる飼料によって微生物の種類とか存在比率が変わるんじゃないか??」と思った方がいるかもしれませんが・・・

その通りです!

微生物は宿主が摂取した飼料の種類によって組成が変化します。

そしてこの変化が悪い方向に行くと、上述した蹄葉炎や疝痛の発症に繋がってしまいます。

だからこそ、「飼料」「微生物」「疾病」の3つの要素を統合的に解析していく必要があり、給与する飼料の種類や量が異なるウマのデータを集める必要があるのです。



3. この研究が今後のばんえい競走馬に対してどの様に役立つか

ずーっと先の未来の話を書かせてもらえるのであれば、微生物動態を起点とした健康かつ強い競走馬作りのための飼養管理基準の構築に役立つ研究です。

先述した「馬体重が○○ kgで運動強度が△△のウマ・・・」ってヤツですね。

とは言っても、この研究は3ヶ年計画で進めている研究なので、できることには限りがあります。

ですから、第一段階としてはこれまで取り組んできた「飼料設計の差異が微生物叢構成に与える影響」や「微生物叢構成の差異と疾病罹患頻度の関連」に関する研究をより規模拡大したうえで実施し、より正確で汎用性の高いデータを集めていくことが当面の課題になるかと思います。

そのうえで、穀物飼料の適性給与量や疾病の発症に関与する細菌群を特定できれば、今まで以上に健康なばんえい競走馬の維持・確保に役立てることができます。

そして競馬場だけでなく、生産牧場にもデータを応用させ、健康な競走馬資源の確保や引退して競馬場を去った後も種牡馬や繁殖馬としてより長く活躍できる環境整備に役立てていきたいです。

また、ばんえい競走馬だけでなく、飼養管理者に対しても役立つ研究だと思っています。


具体的には、「エンバク〇〇 kg以上給与すると体調崩すからダメ」ではなく

 ↓

「エンバク〇〇 kg以上給与すると、消化管内で△△や□□の菌が増えて××になるからダメなんだよな」


という風に、一連の流れを理解し、説明できるための知識を深めていただく絶好の機会だと思っています。



4. 現在の進捗状況

新型コロナウイルス感染症拡大に伴い、当初の予定通りに研究を進めることができていませんが、先日本研究にご賛同いただいている厩舎を数件訪問させていただき、厩舎で使用している飼料を少しばかり拝見しました。

具体的な給与量等はこれから調査させていただきますが、やはり厩舎によって使用する飼料に違いがあり、同じ厩舎でも競走馬によって若干変える場合もあるとのこと。

他にもサンプリング時間を統一できなかった場合を想定し、異なる飼料条件下で管理されているばんえい競走馬の糞便内細菌叢構成の経時的変化を調査させていただきました。

一定の時間内であれば糞便内細菌叢構成は大きく変化しないという解析結果が得られたので、今後の試験設計に活用していきます。

やるべきことはまだまだありますが、できる範囲で少しずつ研究は進めております。

これから忙しくなっていきますが、体調に気をつけながら精一杯頑張りますので応援のほどよろしくお願い致します!






最終更新日  2021年03月16日 17時08分24秒
2021年03月10日
カテゴリ:牧場
青森県の下北半島北東端にある尻屋崎には、「寒立馬」と呼ばれる大きな馬が放牧されています。20数頭の繁殖牝馬がおり、夏は種雄馬も加わって、自然に過ごす姿が観光資源となっています。





寒立馬の光景として目に浮かぶのは、雪の中じっとたたずむ姿ではないでしょうか。
カモシカが雪の中じっとしている姿を、マタギの言葉で「寒立ち」といいます。1970年、尻屋小中学校の校長先生が詠んだ句「東雲に 勇みいななく 寒立馬 筑紫ケ原の 嵐ものかは」が「寒立馬」の由来です。







寒立馬の撮影のため、2月にフェリー(ほとんど人がいない!)を使って東北へ向かいました。
冬季は「アタカ」と呼ばれる越冬地で過ごしています。

南部馬を先祖とする田名部馬にブルトンやペルシュロンを掛け合わせ、大型化してきました。ばんえいの競走馬ほど大きくはないですが、ずんぐりむっくりとしてかわいらしく、それぞれ名前がついています。
天気予報を見て、雪が降りそうな日を狙ったのですが、寒くて細かい雪は強い風に飛ばされてしまいました。





寒立馬は観光地ということでもちろん見学可能です。
馬たちは草原や林の中、海沿いなど広い場所をを自由気ままに移動しているため探すのに一苦労。見つけるとたいてい固まっているのですが…。インターネットの検索窓に「寒立馬」と入れると、「寒立馬 いない」と出てきます(笑) 探すのが楽しい!
それに比べると、アタカにいる時期は探しやすいです。


海沿いにもやってきました

さて、種馬はどのような馬かというと、ほとんどが家畜改良センター十勝牧場出身の馬たち。放牧されていない時は近くの村営牧場にいます。


昨年までは、競走馬の血統表でも見かけるペルシュロンの士令でしたが、昨年亡くなったとのことで、今年新しくペルシュロンの「得圭」がやってきました。まだ3歳。若くて元気!
遠くから走ってきて、びっくりさせる、というのをやってきます笑







少し前に種馬だったブルトン種「蛉鎧(れいがい)」もいました。





これまで種馬にはブルトンが多かったため、繁殖牝馬となった馬たちも栗毛が多いです。これからはペルシュロンを継ぐ、芦毛や青毛の馬が増えてくるのでしょう。

さて、アタカの帰りに六ヶ所村にいるファーストスターに会ってきました。
ファーストスターといえば、ばんえい記念に出走した2015年、時間をかけながらの感動的なゴールを覚えている方も多いでしょう。



大藤工業の敷地内にいるファーストスターは、青森や道南の馬力大会で活躍。
昨年はコロナ禍でほとんど大会が中止。大藤工業が主催する大会も中止になってしまいました。




道南の草ばん馬に登場しました。そりには乗らない「東北方式」。

活躍の場がなかったのでは……と思っていたところ、昨年から種牡馬生活をスタートさせたそうです。コロナ禍ということもあり遠くまで種付けには行けなかったそうですが、今年初仔も生まれる予定です。
ばん馬の種馬はスリムになります! 種付けも上手とのこと。「ホシくん」と呼ばれ、かわいがられています。







三沢では、ファーストスターが2012年の天馬賞を勝った時のオーナー小向さんに、当時の写真や馬具を見せてもらいました。
名前入りの背吊りと頭絡!かっこいい。ばんえい記念でもつけていたそうです。愛情を感じますね。







大きな写真とレイが飾られています。




取材/小久保友香・小久保巌義






最終更新日  2021年03月10日 14時24分35秒
2020年12月23日
カテゴリ:牧場
ばん馬の牧場では夏の間、繁殖牝馬を広い放牧地で過ごさせることがよくあります。
詳しくは以前の記事をご覧ください。
ばんば牧場便り【 Vol.26 】夏の放牧
夏に放牧するということは、冬が近づくと馬たちは牧場に戻ってきます。
と書くと簡単なことのように思えますが、想像してみてください。広い広い放牧地にいる馬たちを集めて、1頭1頭馬運車に乗せるということを…
サラブレッドのように、毎日馬房と放牧地を行き来していれば、ある程度慣れもあるかもしれませんが、年に1回、野生に近づいた馬たちの収牧がどれだけ大変なことか。しかも子馬は成長しています。

山々も冠雪。中央の噴煙が上がる山は雌阿寒岳。
11月のある日、馬運車が放牧地にやってきました。
馬を預けている牧場の方々と、またお手伝いとして舘澤騎手が登場です。牧場の方にも「助かるわぁ」と言われていました。
まずは、馬を水飲み場があるところに追い込むそうです。
馬たちは、山の中腹で固まっていました。
人間を見つけて、わらわらと集まってくる馬たち。
……と思っていたら、そのうち山の一番上に行ってしまいました(汗)。
あらためて、20頭近くいる馬の中から、ボスに君臨している馬を捕まえて引っ張っていきます。
一度馬を間違えてしまって引っ張ったら、馬はばらばらになってしまったそう。ボスってすごい統率力…




馬は人に引かれて、ゆっくりと戻ってきました。
そろそろ家に帰るってわかるのかな? 我先にと走る馬たち。






そのうちみんな水飲み場に集合。すごい。
柵を立てて、外に出ないようにします。


ここでは、ラッセルクインやヤマトジャパンなどの母・良姫とマサタカラの母エポナビューティーがボスとのこと。
舘澤騎手は騎乗したこともあるエポナを「愛馬。」となでなでしていました。


左がエポナビューティー
ばんえいの世界では、小さめの放牧地のことを「ちゃつ」といいます。何語かも漢字もよくわからない独特の言葉。
通路のような道を通り、馬たちをちゃつに入れて、ここから馬を引っ張り馬運車まで連れていきます。
みんなちゃつに入ってる。戻れるってわかっているのかなぁ。




馬運車まで引っ張っていく前に、馬の頭に無口頭絡をつけることが必要。そうしないと馬を捕まえられないですからね。
親は比較的すぐできますが、子馬は難しい。
そのため、この枠「地獄」に入ってもらい、無口をつけます。


右の枠が「地獄」
入れるの大変だろうなと思っていたら、子馬はなぜか自分で入っていくんです(笑)
ちなみにこのような放牧地は基本的には牛用。地獄などの設備も牛用です。
周りを囲って無口を付けて、手前のドアをオープン!


それからは、馬運車に乗せるという苦労が待っています。




「一回乗ったべや」「みんな乗るんだって、おまえだけじゃないんだって」とかなだめながら馬を入れていきます。


途中で引き手が外れた子もいましたが、お母さんに付いていってました(笑)
なんやかんやありながら、無事みんな馬運車に乗り、牧場へと帰っていきました。


「今日は思ったより早く済んだ!」と牧場の方。
この牧場ではまだしばらく親子一緒に過ごしますが、牧場によってはこのタイミングで離乳させるところもあります。
十勝は馬を下げるのは10月末~11月ころですが、暖かい道南は12月まで馬を置いておくそうですよ。


取材/小久保友香・小久保巌義                






最終更新日  2020年12月23日 17時20分07秒

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