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二宮尊徳が流行するよ

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報徳記

二宮尊徳翁夜話

壺竹書作集(二宮尊徳)

二宮金次郎(尊徳)って?
江戸時代末期の思想家で実行力も備わっていた人です。

子どものときから奉仕的で良く学び良く働く。
つぶれた家(農家)を再興し、その実力が藩主に認められました。
藩主は藩を任せたいと思われたが、農民を重臣に迎えるには抵抗のある時代だったので、実績作りにとんでもない荒れ果てた村に派遣します。再開発費用や俸給を辞退してボランティア役人をして、10年で見学者が訪れるほどの立派な村に仕上げました。
天保の大飢饉で日本中が飢え、大阪では大塩平八郎が反乱したとき、小田原藩が一人も餓死者を出さなかったのは、二宮金次郎に藩主が飢饉対策を任せたためです。そのとき金次郎の村は備蓄が充分で普段より豊かに食糧があり、近隣の藩主の親族の領地にも救援を出して数千人を半年間麦の収穫まで養っています。また村人は余分の備蓄を高額で売って村の再興の完成に役立てました。

伝記「報徳記」は藩主から明治天皇に奏覧され、宮内庁、農商務省、大日本農会へと広められました。そして幸田露伴を感銘させ、修身の教科書にも登場、全国の小学校に金次郎の像が建てられました。
日本の道徳の基本として愛され続けて報徳という名称が今も残っています。

明治~戦前、日本が朝鮮や大陸や南の島々を豊かにしたのにはこうした経験談が伝えられ、「♪手本は二宮金次郎」だったからできたことではないかと思います。

が、敗戦後進歩的文化人の排斥にあって姿を消して、新興宗教のように思っておられる方もあります。

しかし、 戦後最初の紙幣が二宮尊徳の1円札であったことからもアメリカでも高く評価されていた人物だったことがわかります。

2017年03月09日
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カテゴリ:元気に農作業

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厚手のゴム手袋と違って、軍手を重ねてはいていたら、その … [続きを読む >>]





最終更新日  2017年03月09日 13時14分59秒
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