086025 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

大分行き当たりばったり

大分行き当たりばったり

2019.09.21
XML
カテゴリ:カテゴリ未分類
あれは何時のことだっただろうか、ある秋の日、祖母が庭にムシロを広げて上に並べた小豆の莢をビール瓶で叩いていた。時折左手で小豆を掻き集めながら、リズリカルに叩くその音に感応したのか、私は金槌を持ち出してきて少し離れた所に座り込み、庭の縁石を同じリズムで叩き始めた。やがて祖母は「お前が大きくなってその石を割れるようになってくれたら」と言った。秋ののどかな一日のごくありふれたこの光景をなぜ覚えているのか不思議に思うこともある。
 小学校二年の時に祖母は亡くなっているので祖母との思い出はそれほど多くはない。その中でもこれは最上の思い出の一つとなっている。
 同じリズムを刻むことによって祖母と同じ空間、時を共有している感覚が湧き起こり、その時の私は幸福感に満たされていたのだと一応解釈してみる。実は幸福なんて案外他愛もないものかも知れないと今になって気付かされている。
 小学校二年生の頃には家にあった金網のザルを持ち出して横を流れる川に魚を獲りに行ったりしていたようである。というのも学校の課外授業で近くの川に行き、珍しい形の石を拾ったり、魚を捕まえたりして遊んだ事がある。すると同級生の一人が小さなハエを捕まえてきた。銀色の光を放ってピチピチ跳ねる魚体を見て、私はいても立っても居られず家に飛んで帰った。あの金網のザルを持って行って私も魚を捕まえてやろうと思ったのである。ところが、ザルを持って川に着いてみるともう誰もいない。授業が終わって皆んな学校に戻ったのだ。仕方がないので私も学校に戻っていった。教室に入ると誰かが自分が居なくなって騒ぎになっているという。先生も居ない。ションボリして職員室に向かうと先生が向こうからやってきた。何を言われたか覚えてはいないが余り叱られはしなかった気がする。というのも先生は戻ってきてから家の近くの店に電話して家に問い合わせ、私が家に帰ってきたのをすでに知っていたからでもある。そのことは家に帰ってから母から聞かされた。母からも叱られた記憶がない。
 これも二年生の時である。二階の部屋に祖母と二人でいると突然祖母に呼ばれた。祖母は私を膝に抱きかかえ、自分はもうまもなく死ぬという意味のことを告げた。目を見るといつもの祖母のそれではなく、私は怖くなって階段を駆け下り、部屋の隅で泣いた。それからまもなく本当に祖母は病に臥せって寝込んでしまったのである。時々往診の医者がやって来たが病名も分からずほぼ手立てはないのであった。不思議なことにそれ以降祖母は私に没交渉であった。寝床の側を通ってもいつものような反応も無かった。その代わり、家の前の線路を汽車が通るたびに自衛隊に勤めている息子と遠くにいる娘の名を呼んで「この汽車で二人が帰ってくるから迎えに行ってこい」と父に命じた。今思うと私にはすでに別れを告げたので関心がなく、後はめったに会えない二人の子供に別れを言いたい一心だったのかも知れない。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2019.09.21 07:33:14
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

© Rakuten Group, Inc.