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2005/01/15(土)15:00

河合俊雄 2003 カウンセリングと心理療法 精神療法,29,1,8-13.

心理学/心理療法/カウンセリング(30)

「カウンセリング」「心理療法」という用語は、臨床心理における多くの学派を通じて共通して用いられてはいるが、各々の学派によって、これら2つの用語を厳密に区別したり、ほとんど同義で用いたりしている。しかし、この2つの用語の歴史的な背景を考えると、それぞれまったく別なコンテクストに属していることが分かる。 「心理療法」は、ヨーロッパの医学の領域で、催眠療法の影響を受けて成立してきたものである。催眠療法が古代のシャーマニズムなどにおける治療に起源を持つと考えると、それは非常に古い癒しの伝統に属していることになる。 それに対して「カウンセリング」は、20世紀の始めにアメリカで用いられるようになった用語であり、その背景には、(1)職業指導運動、(2)教育測定運動、(3)精神衛生運動、がある。そして後には、ロジャーズの非指示的療法と重なってカウンセリングは発展していく。このようなことからも、カウンセリングは医学を背景に成立したものではなく、むしろ医学を補完し、医学に対抗して成立してきたことが分かる。また、カウンセリングは社会運動やガイダンスを中心としていたと言えるので、病気を対象として扱う心理療法とは異なっており、さらには心理療法にまつわるような秘教的なニュアンスがない。 現在においてカウンセリングと心理療法が区別される場合にも、カウンセリングが問題に対するガイダンス的な、多少とも表面的な相談や、具体的な問題解決を志向するものを意味するのに対して、心理療法は問題を深く掘り下げていき、本人の人格構造全体を扱っていくような関わり方を意味する、という捉え方が一般的である。 最後に河合は、心理療法の本質や、問題に対するより深い関わり方について考察している。 「・・・本質や深さとは、何によって規定されるのであろうか。どのような境界を越すときに、心理療法は本質的なものとなりうるのであろうか」というのが河合の問いであるが、その問いに自ら以下のように答えている。 「心理療法にとって決定的な境界は否定性(具体的で日常的なことが、そのものであることをやめ、無限性に向けて開いていこうとする状態)であり、実体性(positivity)と否定性(negativity)との間のスペクトルに様々な心理療法は位置づけられることになる。症状を取り除こうとか、具体的な問題を実際的に解決しようとすると、心理療法は実体性に傾き、表面的なものになるであろう。症状や具体的な問題は見せかけに過ぎず、それを超えたものに焦点を当てていくと、心理療法は否定性の領域に位置づけられることになろう」。

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