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馬 耳 東 風

馬 耳 東 風

幸福宣言

【幸福宣言】


~1~
【幸福宣言~1~】

「翔のバカ!!もう、知らない!!」
 美咲は、頬を膨らまして、身体をよじり、翔から顔をそらした。
 翔は、困ったような笑みを浮かべ、頭をかく。
「デートって、俺とできるわけないじゃんか。美咲が大きくなったらなって、約束したろ?」
 孤児院での仕事を始めてから、翔はもう2年が経っていた。
 美咲ももう15歳になったとはいえ、まだまだ子どもだ。
 翔は、美咲が13歳の頃から、みんなの世話をしている。
 その頃、翔は20歳。
 それどころか、美咲をもっと小さな頃から知っている。
 小さい頃から大人びた感じの美咲を、翔は知っている。
 いきなり告白されたのは、美咲が小学校を卒業した頃だった。
 それまで翔は、美咲を可愛い妹のような目線で見ていた。
 告白されて、悪い気はしなかった。
 美咲はそれほどに周囲の同級生よりも大人びていたので、年齢のことを考えなければ、OKしていたかもしれなかった。
 でも、20歳と13歳ではさすがにまずい。
 そんな翔の気持ちなんておかまいなしに、美咲は猛烈にアタックしまくっていたのだった。
「せめて、高校生になってからな」
「もうすぐ、高校生になるもん。15歳と16歳じゃ、そんなに違うの?」
「あ~、大きく違うなぁ~・・・。16歳は結婚できるけど、15歳はできないだろ?」
 美咲は、まだ頬を膨らましたまま、翔をにらみつけた。
「翔・・・。もしかして、彼女とかいるの?だから、美咲じゃダメなの?」
「そんなもんいねーよ。でも、ダメなものは、ダメなんだ」
「翔の堅物!!おやじの考え方だよ!!」
「おやじ、結構。お前からしたら、俺なんておやじだろ?」
「違うもん。翔のこと好きだもん」
 可愛らしく目をウルウルさせる美咲に、少しぐらつきながらも、翔は大人を演じ続けた。
「じゃあ、16歳になったら、結婚して!!」
「えぇ!?いきなりかよ。付き合うとかねーのか?」
「じゃあ、そのために、今付き合ってよ!!」
「だーかーらー。それは無理」
「翔のバカ!!」
 美咲は、口をとがらせて、院の遊び場を飛び出していった。
 翔は、困ったように笑うしかなかった。


~2~
 そもそも、翔がうかつだったのだ。
 短大を出させてもらって、教員免許を取りつつも、孤児院を手伝う道を選んでしまったのは、美咲がいたからだった。
 それほど、美咲は誰が見ても、小学生には見えないほど、魅力ある女の子だったのだ。
 独り占めしたくなったこともあったが、年齢が邪魔をして、逆に美咲を突き放すような態度を取ったことも多々あった。
 それでも、めげずに翔にアタックしてくる美咲に、つい、魔が差して、
「大きくなったら付き合ってやる」
 なーんてことを口走ってしまったのだ。
 本当に、うかつだった。
 もっと小さいうちにそんな約束をしていれば、美咲も忘れていたかもしれないが、その頃すでに中学生。
 美咲は、嬉々として、毎年、自分の誕生日が来るたびに、
「翔、大きくなったよ♪」
 と、交際を求めにやってくるのだった。
 年々可愛さに磨きをかけてくる美咲を、翔はいつまで拒み続けられるか、忍耐力との勝負になっていった。


~3~
【幸福宣言~4~】
 ある日、美咲が学校で怪我を負ったと知らせが入った。
 慌てて学校へ出向き、保健室に飛び込んだ翔は、病院へ行ったと知らされて、ますます心配になり、病院へと向かった。
 そこには、左足と左手に包帯を巻いてる美咲がいた。
 少年が一人、美咲に寄り添っていた。
 聞けば、その少年が美咲に怪我を負わせてしまったのだという。
 逆上しそうになる翔は、精一杯自分を抑えて、事情を聞いた。
「僕が階段の側で友達とふざけてて、後ろにいる山口さんに気付かなくて。思いっきりぶつかってしまったんです。そしたら、山口さんが階段から落ちてしまって。・・・本当に、すみませんでした!!」
 そう言って、頭を下げた少年は、申し訳なさそうにうなだれて、美咲にもまた頭を下げていた。
「もう、大丈夫だよ~。樋口くん、わざとじゃないんでしょ?私が注意してなかったのも悪いんだしさ」
「でも、手首も足首も捻挫だなんて、痛いでしょ?ホント、ごめんな・・・」
 樋口は、意を決したように顔をあげて、
「俺、山口さんの怪我が治るまで、送り迎えするよ!」
「ほんと、そんなにおおげさにしないで。先生も2週間くらいで治るって言ってるんだし」
「いや。俺の責任だもん!そうさせてくれ!!」
 樋口は、頑として首を振って、送り迎えすることを宣言していた。
「そこまでしてくれなくても大丈夫だ。俺が送り迎えするから」
 翔は、思わず割って入ってしまった。
 そうせずにはいられなかった。
 何故か、樋口に嫉妬していたのである。
「え!翔が!それ嬉しいかも~」
 美咲は、急に態度を変えて、翔を見上げた。
「あ、治るまで、だぞ」
「え~、ずっと送り迎えしてくれてもいいのに~」
 甘えた声を出す美咲に、樋口はさらにうなだれてるようだった。


~4~
 次の日から、翔は美咲を学校へ送ることになった。
 翔は、何故か自分が喜んでるように感じて、頭を振った。
「車で行くから、10分もかからず着くからな。帰りは校門の前で待ってるから」
「あ~あ。これがずっと続けばなぁ。でも、怪我の功名かな♪」
「何言ってるんだ。学校では大人しくしてるんだぞ。悪化させないようにな」
「は~い」
 美咲は、素直に返事をすると、嬉しそうに翔に身体を支えてもらいながら、助手席へと収まった。
 ぎこちなく介抱する翔は、自分が思ってる以上に、美咲を意識してることに驚き、再び頭を振った。

 帰り、校門の前で待ってると、樋口という例の少年に支えられるようにして出てきた美咲を見た。
 慌てて美咲に駆け寄る。
「あ、翔!おまたせ~」
「あ・・・あぁ・・・」
「樋口くんが、どうしても介抱させてくれって、一日中、付き添ってくれて」
「あぁ・・・、それは悪かったな。ありがとう」
「いえ!僕のせいですから」
 樋口は、嬉しそうに美咲を支えて、助手席まで連れて行って、座らせていた。
「じゃ、また明日」
「うん。今日はありがとうね~。でも、あんまり、気にしないで」
「いや、治るまでやらせてくれ」
「そう?ありがとう」
 美咲は笑顔で樋口を見返す。
 翔は、大人の余裕なんてこれっぽっちもない無愛想な態度で、樋口に手をあげあいさつすると、さっさと運転席へと収まった。
「ずっとって、一日中ずっと、なのか?」
「そうずっと。さすがにトイレは友達に頼んだけどね~」
「・・・そうか」
「な~に~?やきもち焼いてるの~?」
「そ、そんなことあるか!じゃ、帰るぞ」
 やきもち、焼いていた。
 思いっきり、樋口に嫉妬心を燃やしていた。


~5~
「俺、山口さんが好きなんだ。付き合ってくれないか?」
 3週間して、ようやく介抱なしに歩けるようになった美咲に、樋口は告白をしていた。
「え?私と?」
 とまどう美咲に、樋口は熱いまなざしを送った。
「ずっと介抱してくれてたのは嬉しいんだけど・・・。ごめん!私、好きな人いるの」
「え?・・・まさか、いつも送り迎えしてた人とか?」
「うん。まぁ、そんな感じ?」
「だって、年だって離れてるし、相手にしてくれないだろ」
「分かってるけど、私は、翔が好きなの」
「そっか・・・」

 次の日、学校へ行くと、女友達の恵子が「スクープ!スクープ!」と言いながら、美咲のところへやってきた。
「樋口、あれ、わざとだったらしいよ!」
「あれって、何?」
「美咲にぶつかったのぉ~!」
「え!?」
「樋口の友達が、あんまり樋口が告白できないから、からかってわざと樋口を美咲にぶつけたんだって!!」
「え、そうなの!?」
「そうそう。まぁ、怪我させようとしてたわけじゃないと思うけど。でも、治るまで堂々と寄り添えるじゃん?で、介抱してくれたお礼に付き合ってって寸法だったみたいよ~」
「本当に!?それ・・・ちょっとひどいね・・・。良いヤツだと思ってたのに・・・」
「でしょ~!!ひどいよね!ねぇ、美咲、私が代わりにこらしめてやろうか?」
「え!いいよ~。そこまでしなくても。介抱してもらって、助かったのには変わりないんだしさ」
「美咲、可愛いんだから気をつけな。自分で自覚してないでしょ?結構狙ってるヤツ、多いよ~」
 急に恵子は、にやにやして美咲を小突いた。
「そんなことないよ~。2組の早川さんだって、すっごい美人じゃん。芸能界に入るとか噂聞いたよ」
「そんな手の届かないようなんじゃなくて、美咲は、可愛いの!だから気をつけないと、また変な気起こすヤツ出てくるよ~」
「もう怪我はカンベンして欲しいなぁ~」
「まぁ、今回は偶然だと思うけどね~。狙いだったら、相当陰気だよ!!そんなんだったら、絶対私も許さないもん!」
 鼻息荒くしゃべる恵子を見て、ちょっと噴き出しそうになるのをこらえた美咲は、
「良い友達持ったなぁ。私」
 と、人事のように言った。


~6~
 その夜、翔に昼間の恵子のスクープを伝えると、急に立ち上がって、出かけていこうとした。
「ちょ、翔?どこ行くの?」
「その、樋口ってヤツの家だよ!わざと怪我させて付き合ってくれだぁ!根性叩きなおしてやる!」
「怪我はわざとじゃないよ~、きっと。偶然だよ~」
「それにしても、3週間も介抱してて、腹の底で優越感に浸ってたはずなんだ。そんなヤツ、許せないだろ!!」
 ここにも鼻息荒くする人がいたとはと、少しビックリして、思わず美咲は笑ってしまった。
「何笑ってんだ!?お前、そいつのせいで、痛い思いしたんだぞ!!」
「そうだけど~。私の友達も同じように鼻息荒くしてそんなようなこと言ってたから」
 くすくす笑いながら、美咲は、翔に寄り添うように立って、ちょっともたれかかりながら、
「翔がそこまで怒ってくれただけで嬉しいよ。全然私の事なんて、眼中にないみたいだったからさ」
 そこで、はっと気付いたように翔は美咲から離れると、
「そんなの、ずっと一緒に暮らしてたんだ。怒るのも当然だろ!」
「え~、ずっと一緒に暮らしてたからだけ~?」
「と、当然だ!」
「なんか、そっちの方がショックだな~。じゃあ、他の子が同じような目に遭ったら、そんな風に怒るの?」
「と、当然だ!」
「私だけ特別じゃ、ないんだね・・・。ちょっと寂しいな」
 少し肩を落として、美咲は翔の元から少しだけ離れた。
「あ~!もう!!」
 急に翔は、大きな声を出して、美咲を引き寄せた。


~7~
【幸福宣言~7~】
「な、何!?」
 抱きしめられた美咲は、何が起こったのか、すぐに判断できないでいる。
 翔は、美咲を強く抱きしめて、大きくため息をついた。
「なんでお前はそうなんだ。俺がどれだけ我慢してると思ってるんだ」
「え?え?何が?」
 美咲は、自分に起こってる事が理解できないでいるように、目を真ん丸くして驚いている。
 翔は、美咲を抱きしめたまま、もう一度深いため息をついた。
「お前が16歳になるまで、絶対隠そうって思ってたんだ。いつだって、俺は美咲を抱きしめたかったんだぞ。でも、年も離れてるし、お前はまだまだ子どもで、まだいっぱいいろんなことを覚えていって、いろんな人に出会って、もしかしたら恋もするかもしれないし。そうしたら、俺は、喜んでそれを受け止めようと思ってたんだ」
 やっと、理解した美咲は、翔の胸の中で、クスッと笑って、
「そんな我慢、必要ないよ~。私は、ずーっと翔だけが好きだったんだもん。外で恋なんて、考えられないよ」
「でも、まだまだいろんなものを見て、知ってきた方が、お前のためになると思って・・・」
「私の夢は、翔のお嫁さんになることだもん。そんな気遣い、不要だよ」
「でも・・・」
 少し、抱きしめる腕の力を解いて、翔はまだ踏ん切りがつかないでいるようだった。
 今度は、美咲の方から、強く抱きついて、
「ずっと、こうしてほしかったの。翔に抱きしめてほしかった。もう少し、こうしてて。・・・私ね。中学出たら、高校行かないで、働こうかと思ってるの。翔と一緒に暮らしていきたいから」
「いや、高校は出た方がいいぞ。お前に、そんな苦労かけたくない」
「ううん。苦労だなんて、思ってないよ。翔と一緒なら、どんなことだって、乗り越えていけるって、私確信してるもの」
 再び、翔の腕に力がこもる。
「美咲の誕生日。来年の4月だったな・・・」
「うん」
「誕生日の日にでも、結婚するか」
「え!ホント!?やったぁ♪最高の誕生日プレゼントだよ~」
 美咲も翔に強く強く抱きつき、幸せそうに微笑んだ。


~8~
「え?結婚するですって?」
 院長が、驚いて振り返る。
 ずっと二人の親代わりをしてくれていた院長に、翔と美咲は、結婚させてもらえるように、頼みに行った。
 16歳は結婚できるけれども、親の承諾がないと無理。
 でも、二人には親と呼べるような人間はいない。
 院長がずっと親代わりだったのだ。
 その院長に、真っ先に報告したいと言ったのは、美咲の方だった。
「そんなに急がなくても。美咲も高校行った方が良いと、私は思うけど・・・」
「俺もそう言ったんですが、美咲は中学出たら、働くって言ってまして」
「美咲、それで良いの?」
「はい!私は、ずっと翔と一緒になりたいって思ってたから。だから、院長先生、お願いします!結婚させてください」
 美咲は、院長に頭を下げる。
 続いて、翔も、頭を下げる。
「二人の気持ちは、もう決まってるのね。分かりました。でも、美咲の誕生日は来年の4月だし。まだ時間があるわ。それまでもう少し考えなさい。勢いでなんて、絶対ダメよ。わかった?」
「はい!」
 二人は同時に返事をして、美咲は笑顔を見せた。
「あ、それと、美咲の誕生日まで、関係を持つのも禁止。これ、条件ですからね」
「あ、はい」
 翔は、ちょっと照れくさそうに返事をすると、きょとんとしてる美咲を見て、苦笑いを浮かべた。
 
 院長室を後にした二人は、ちょっと戸惑いがちに手をつなぐと、二人同時にため息をついた。
「ふふ。緊張した~」
「だな。俺もだ。何せ、二人の親に同時に結婚の申し込みをしたようなもんだからな」
「だね~。院長先生、びっくりしてたね」
「そりゃそうだろう。まさか、俺たちが急に結婚の申し出するなんて、夢にも思わなかったとおもうぞ」
 孤児院の子ども達の楽しそうな声を聞きながら、翔はぎこちなく手を離すと、美咲に向いた。
「あと、5ヶ月だな。結構長いぞ。それまでに、気持ちの整理しておけよ」
「翔こそ。私、甘えん坊だから、覚悟しておいてね」
「あ~、その点は、大丈夫だ。俺がいくつの頃から美咲を見てきたと思ってるんだ?」
「だね♪」


~9~
「え!結婚!?」
「しー!声が大きい」
「あ、ごめん」
 翌日、美咲は、さっそく恵子に昨日のことを話した。
 二人の意思は固いこと。
 結婚したら、美咲は高校へは行かず、働くことを。
 恵子は自分のことのように喜んでくれて、それを大きな声で言えないのをもどかしそうにしている。
「良かったじゃん。ずっと好きな人がいるって言ってたけど、その人なんでしょ?」
「うん、そう」
「でも、いきなり結婚かぁ。思い切ったね~。少し付き合ってからの方がいいんじゃない?」
「だって、私が小さい頃から、ずっと一緒にいた人だもん。今更付き合ってからなんて、なんか変な感じだし」
「そっかぁ。美咲の初恋の人かぁ。私も会ってみたいなぁ~」
「そのうち紹介するよ。でも、品定めみたいなことしないでよ~」
「いや~、どうだろ?会ってみないとなぁ」
 美咲は大きく手を振る。
「やだやだ。本当にしないでよ。紹介しづらくなっちゃうじゃん」
 恵子も、手招きみたいに手を振って、
「はいはい、分かってますとも。美咲の心を射止めた人だもん。相当な美形に違いない!」
「はぁ?美形かどうかは分からないけど、私はカッコ良いと思ってるよ」
「うわっ、出た!もうノロケ?やだな~」
 二人してクスクス笑ってたら、樋口がやってきて、二人の間に割って入った。
「それって、車で送り迎えしてた人?」
「え?話聞いてたの?やだな・・・。そうだけど、それが何か?」
「親、いないんだろ?二人とも。そんなんでいきなり結婚かよ。上手くいくはずないよ」
「なんでそんなこと言うのよ!美咲に振られた腹いせ?男らしくないよ」
「だって、そうだろ?家庭ってもん知らないのに、いきなり結婚して、上手くいくなんて、思わねぇだろ、普通」
「樋口、ひどすぎるよ!美咲に謝んなよ!!」
 美咲は、引きつりながらも笑顔を見せて、
「い、いいよ。本当のことだもん。家庭を知らないのって。だから作りたいんだもん。私達なりの家庭ってやつを」
 樋口は、美咲から反撃されるとは思ってなかったようで、少しひるみながらも、負け惜しみのように、言い捨てた。
「普通じゃねぇよ。そんなの」
 樋口が去った後に、恵子がまだ何か言おうとするのを止めて、美咲は震えるようなため息をついた。
「大丈夫?美咲。あいつ、美咲に振られた腹いせに、負け惜しみ言ってるだけだよ。気にしない方がいいよ」
「ん・・・、ありがと・・・」
 言い終わるのが先か、美咲は泣き出してしまった。
「うそ!美咲!!気にしないの!!あんなヤツの言うことなんて」
「ん・・・そ、だよね」


~10~
 夜。
 誰もいない遊び場に、美咲がぽつんと座っていた。
 夜の巡回の途中だった翔は、美咲を見つけると、様子がおかしいのに気付き、そっと近づいた。
 美咲は静かに泣いていた。
 後ろから包み込むように抱きしめると、美咲は驚いて振り返る。
「翔・・・」
「どうした?」
「ん・・・なんでもない。ちょっとね」
「隠し事は禁止だぞ。それが家の家訓だ」
「ふふ、いつ決めたの?」
「今」
 美咲は翔にもたれかかるように身体を預けて、昼間のことを話した。
「だからあの時こらしめておけば良かったんだ!美咲は、人が良すぎるんだ」
「だって、そんなこと言う子だって、思わなかったから・・・」
「美咲、家庭ってどんなものか俺も知らないけど、それって、みんなそうなんじゃね~か?知ってて作れるやつなんていないと思うぞ。ゲームのRPGみたいなもんだ」
「RPG?」
「そう。ただ、攻略本持ってるか持ってないかの違いはあるけど、持ってたって上手くいくヤツもいれば、ダメなヤツもいる」
「そっかぁ~。そうだよね~。翔、RPG、攻略本なしで解けちゃう人だもんね~」
「おう。俺にかかれば、そんなもんなくたって、大丈夫なんだ。だから、俺たち二人も、きっと大丈夫だ」
 やっと少し笑顔を取り戻した美咲は、翔の腕に手を乗せた。
「翔と出会えて良かった。私、きっと良い奥さんになるからね」
「俺は、良い奥さんなんていらない。美咲そのまんまで良い」
「急に、恥ずかしいこと平気で言うようになったね」
「おう。まかせとけ。いつまでも言ってやる。ずっと言えなかったんだからな。溜め込んだ分、覚悟しておけよ」
 クスクス笑って、美咲はやっと本来の美咲に戻った。
「翔も覚悟しておいてね。言い足りないこと沢山あったんだから。私ももう我慢しないからね」
「ずっと一緒だ。大丈夫。安心しろ」
「うん」
 急に振り向いて、美咲は翔にくちづけをした。
「このくらいなら、院長先生も許してくれるよね」
「不意打ちか。やるな」
 そして、翔からも優しいくちづけを返した。

 5ヵ月後。
 穏やかな風が流れる春の教会に、まるで祝福するかのように、桜の花びらが舞っていた。
【幸福宣言~最終話~】


                                                おわり。


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