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馬 耳 東 風

馬 耳 東 風

シンクロナイズ

【シンクロナイズ】

~1~
 初夏の香りがただよい始めた木漏れ日の下で、
「恭介、ごめん。別れて」
 幸子は、辛そうに顔をゆがめ、別れを切り出した。
 恭介は、穏やかな顔でそれを受け止める。
「恭介が悪いんじゃないの。でも・・・、恭介は完璧すぎて、私、怖くて・・・」
『知ってた』
 恭介は心の中で答えた。
「なんでも、私の思うようにしてくれる恭介だけど、なんだか、見透かされてるようで・・・。でも、恭介が何をしたいのか、私には分からないの」
『分かってるよ』
 恭介は、優しく微笑んだ。
「・・・そっか。幸子がそうしたいんだったら。止めないよ」
「やっぱり、止めてくれないのね」
「幸子をこれ以上悲しませたくないから」
「恭介は、優しすぎるよ・・・。ほんと、ごめん」


~2~
 実際、恭介は誰から見ても美形で、すっと通った鼻筋に薄い唇。甘い瞳。少し伸びた髪の毛が、その目を少しだけ隠してて、直視するのが難しいほどだった。
 性格も穏やかで、容姿をひけらかすようなこともなく、男友達も大勢いた。
 もちろん彼女が出来ない心配なんて、まったくなく、次から次へと告白されるほどだった。
 それでも、長続きすることもなかった。
 いつも、決まって、同じような理由で振られているのだった。
 理由もちゃんと分かってる。
 でも、それを誰にも言えずにいた。

「また振られたのかよ。恭介ほどのイケメンを、なんで振るかな。そんな女の気持ちがわからねーな」
「でも、実際長続きしねーよな。どっか問題があるのか?」
「さぁてね」
「もしかして、性癖がおかしいとか?んな訳ね~よなぁ。なんでなのか、俺にはわからねーな」
 いつもつるんでる悟は、恭介が振られるたびに、同じことを聞いてきた。
 悟も、もちろん、恭介が何故、こんなにモテるのに長続きせず振られるのか、不思議でならないようだった。
『それは、言えないな』
 穏やかに笑いながら、悟の質問をのらりくらりとはぐらかしながら、心でつぶやいた。
 穏やかな日差しの中で、絵になる程の笑みを浮かべながら、恭介は、次々と問題を考える悟を、楽しそうに眺めていた。
「まぁ、しばらく彼女作るのやめてみたら?いくらだって、お前と付き合いたい女なんているんだしさ」
「そうだな~、たまには一人でいるのもいいものかもな」
「そうだよ。なぁ、たまにはこっちにも回せよな。俺、お前のおかげで、ずいぶん霞んじゃってるんだしさ。俺だって、一人でいたら、それなりだと思うんだけど、お前といると、そんな浮いた話やってこねーよ」
「そんなことないだろ?お前を好きだっていう子も結構いるよ」
「え!誰だよ。知ってるなら教えろよ」
「国際学科の、えっと、森本さゆりとか言ってたかな?」
「マジかよ!可愛いの?その子」
「まぁ、結構可愛かったと思うよ」
「そういうことは、早く言えよ。俺、頑張っちゃうよ~」
「何、頑張るんだよ」
「何って、いろいろあんだろ?男は頑張ってつかみとるもんなんだよ。お前には分からないかもしれねーけどな」
 穏やかに笑った恭介は、
「俺だって頑張ってるぞ。でも、振られるものは仕方ない」
「だよなー。いつも、お前は悪くないって、女たちは言ってるもんなー。なのに、なんでだ?」
「さぁてね」
 問題が元に戻ってることに、クスクス楽しそうに恭介は笑って、前髪を少しかきあげた。
「恭介、俺にフェロモン出しても、ぐらつかねーから、やめておけ」
「は?」
「自覚がないのが、また憎らしいよなぁ」


~3~
 一人でいる方が楽だ。
 恭介は、どうしても人とかかわりを持ちたくない時、川原へギターを持っていって、一人でギターをかき鳴らしながら、甘い声で静かに歌うのだった。
 心が休まる瞬間。
 誰もいないというのは、恭介にはこの上ない休息だった。
 ギターからは、何も語りかけてこないから。
 黒い皮の手袋をはずした左手を見て、苦笑する。
 なんでこんな力が自分にあるのか、どうして、この力を持って生まれてしまったのか、悔やんでいても仕方ないことだけど、考えずにはいられない。

 子どもの頃、母はいつも泣いていた。
 自分のせいで。
 隔世遺伝。
 子どもには難しい言葉だったけど、子ども心に、それが母を悲しませているということは、分かっていた。
 母は、いつも自分に触れられるのを恐れていた。
 それが分かっていたので、甘えることもしなかった。
 母が安心して自分に接するようになったのは、物心ついて左手に手袋をはめるようになってからだった。
 気休めの手袋。
 そんなものつけていても、どうしても強い心は伝わってしまう。
 でも、母には言わなかった。
 知ったら、また、母を悲しませる事になる。
 それでも、母は、自分に手袋をはめさせて、決して外さないようにと、念を押した。
 恭介はそれに従った。
 それで、母が安心するのなら。
 確かに、何もしてないよりは、マシだった。
 手袋をしてさえいれば、全てを知る必要はなくなったから。


~4~
 しばらく、川原に通う日々が続いた。
 学校へ行く以外は、サークルにも参加せず、合コンも断って、と言うより、合コンに誘われることは、滅多になかった。
 恭介が参加したら、女の子全部もってかれるのが分かっていたから。
 
 川原に続く階段の途中に腰を下ろして、ギターの準備をしていたら、珍しく人がいることに気付いた。
 大きな犬を連れて、まるで散歩させられてるような小柄な少女が、川原に向かって座っていた。
 恭介は少しとまどったが、来てしまって歌わずに帰るのもなんだからと思い、ギターを鳴らし、甘い声で歌い始めた。
 それに気付いた少女は、恭介の方を振り返って、目を閉じて微笑んだ。
 聞いてくれているらしい。
 一通り歌い終えたら、少女は恭介に拍手を送った。
 照れくさそうに笑みを浮かべた恭介は、ありがとうの代わりに、片手をあげた。
 まだ少女は、こちらを見ている。
 恭介の歌を聞こうという姿勢でいるようだったので、二曲目を演奏し始めた。

「ありがとう、聞いてくれて」
 恭介は歌い終えると、少女に声をかけた。
 少女は笑顔で近づいてきて、手に持っていた手帳に、何か書いている。
『とても素敵な声ですね。歌も上手』
 と、書いてあった。
「・・・しゃべれないの?」
 また少女は、手帳に書き始めた。
『聞こえるけど、しゃべれません』
「そっか。でも褒めてもらって嬉しいよ。今まで誰かに聞かせたことなかったから」
『もったいない。とても良かったのに』
 少女は、まだ聞きたそうにしていたが、犬が立ち上がったので、慌てて手帳に記した。
『また聞かせて。いつも、この子散歩させてるから』
「うん。いつでも聞いて」
 笑顔で恭介は少女を見送った。


~5~
 次の日も、川原には、大きな犬と少女が座っていた。
 恭介は、声をかけようかちょっと迷ったが、
「今日も聞いていく?」
 少女は、びっくりしたように振り返って、恭介を見つけると微笑んだ。
 昨日と同じ曲を二曲歌うと、少女は満面の笑みで拍手をした。
 昨日と同じ手帳を開くと、急に顔を曇らせた。
 何かを探してるようだった。
「どうしたの?」
 少女は、書くポーズをして、手を広げた。
 どうやら、ペンを持ってくるのを忘れたようだった。
 恭介は、苦笑して、
「ごめん。俺もペンは持ってないんだ・・・」
 少女は、また顔を曇らせ、手で何か色々と語ってるようだった。
 恭介は、手話というものを初めて見たが、何を言ってるのか分からなかった。
 仕方ない。
 しゃべれないなら、知ってしまっても、支障はないかも。
「俺の左手、にぎって。心でしゃべって」
 少女は、首をかしげて、不思議そうな顔をしたが、恭介に言われた通りに、恭介の左手をにぎった。
「あ、その犬、ジョンっていうの。え?メスなのに?」
 少女は、びっくりした顔をして、恭介の手を一度離した。
 恐る恐る、もう一度握ってみる。
『私の声、聞こえてます?』
「聞こえてるよ。俺、聞こえちゃうの。心の声が」
『すごい!そんな人初めて。私の声、聞こえてるの?』
「うんうん、聞こえてるよ。こんな変な芸当できるヤツ、そんないないって。手袋してれば、少しは聞こえなくなるけど、ギター弾くときは、手袋外すから全部聞こえてるよ」
『なんで?どうして聞こえるの?』
「俺の母方のじいさんも聞こえる人だったんだ。でも、母親はそんな力は受け継がなかったんだけど・・・まぁ、隔世遺伝ってやつ?俺がその力を受け継いじゃったんだ。だから、聞こえるの」
『すごいね!手帳も手話もしないで話せるなんて嬉しい!!私、聞こえるけど、しゃべれないから・・・』
「なんでしゃべれないの?」
 少女の顔が少し曇る。
 恭介は焦って、
「話したくなかったら、言わなくていいよ」
『ううん。大丈夫。私ね。お兄ちゃんがいるんだけど。お母さんの連れ子で、お父さんとの仲がものすごく悪かったの。でね、ある日、ものすごいケンカになって、お兄ちゃん、家を飛び出しちゃったの。だけど、その夜、帰ってきて・・・家にね、火をつけたの。両親の寝室に。でね、私の部屋は二階だったんだけど、煙が回ってきて、息苦しくて目が覚めたら、炎の中だったの。それで、火の勢いが強くて、私、ノドをやけどしてね。なんとか二階から飛び降りて助かったんだけど・・・両親は・・・死んじゃった。お兄ちゃんはすぐに捕まって、私は、お母さんの弟の叔父さん夫婦に引き取られたの。やけどの後遺症と、PTSDで、声、出なくなっちゃったの』
 恭介は、少女の語る声が、心の声なのに、震えてるように感じて、手を握り締めた。
「ごめんな。嫌な事思い出させて」
 少女は、ちょっと切なそうに笑って、
『ううん。大丈夫。誰かに聞いて欲しかったの。でも、もう私、しゃべれないから。誰にも言えなくて・・・』
 恭介は、神妙な面持ちで、少女を見ると、もう一度強く手を握り締めた。
「話してくれてありがとう。俺だったら、いつでも話聞くよ。書くより楽だろ?手、繋いでればいいんだから」
『うん。そうだね。こんなに素直に話せたの初めて。便利だね、あなたの手』
「これが、いままで全然便利じゃなかったんだけどな。このこと知ってるのは、母親と君だけだ」
 今度は、恭介が切ない話をする番だった。


~6~
 少女はアユミといった。
 それから、毎日のように川原でアユミと恭介は、話をするようになった。
 恭介が川原へやってくると、嬉しそうに隣に座って、手を繋ぐ。
 アユミは、高校へ通っていたが、事件が起こってから、高校を中退して、犬の散歩以外外に出ることはなかったらしい。
 それでも、恭介と出会ってからは、だんだんと犬の散歩をしない時も、外へ出たがるようになっていった。
「明日、大学休みなんだ。一緒にどっか出かけないか?」
 珍しく恭介から、アユミを誘った。
 いままでの恭介は、彼女のしたいように全てをこなしてきた。
 恭介から何かしたいと言ったことはなかったのだ。
『え、嬉しい!私、ずっと部屋にこもりっぱなしだったから。話せなくなってから、一人で出かけるの怖くて』
「俺と一緒なら、普通に出かけられるよ。アユミがしたいこと言って。なんでも叶えてあげる」
『恭介と一緒だと心強い。あのね。映画にも行ってみたいし、ショッピングもしてみたい!』
 アユミは、嬉々として色々と恭介にしたいことを語った。
「じゃあ、何見たいか言ってみて。今やってるの知ってる?」
『うん。ネットで見て、見たいのあったの。でも、チケットも自分で買えなかったの。しゃべれないと、聞こえないと思われそうで』
「じゃあ、初デートは、映画だなぁ~」
 何気なく恭介が言うと、急にアユミは頬を赤らめた。
『恭介みたいなカッコいい人。きっと彼女とかいるでしょ?私なんかと行っていいの?』
「俺、こんな能力持ってるせいで、彼女出来ても、すぐ振られちゃうんだ。完璧すぎるって。してほしいこと、みんなやってくれるから、俺のこと分からなくなるみたい」
『こんな能力持ってたら、そりゃ、してほしいこと、全部伝わっちゃうよね。私には便利だけど、普通の女の子には、不思議でならないのかもね。私だって、まだ不思議に思ってるもの』
 恭介は苦笑して、髪をかき上げると、
「俺も、こんなに便利だと思ったのは、初めてだよ。これまでは、苦痛でしかなかったから」
 アユミは、首を振って、
『私には、とても嬉しいことだよ。苦痛だなんて思わないでね』
「ありがとう。アユミに会えて良かったよ」
 アユミは、また頬を赤らめた。
 急に、手を離すと、胸を押さえて、深呼吸する。
 もう一度手を繋ぐと、微笑んだ。
『かっこよすぎる人が、カッコ良いこと言うと、なんかすっごく照れるね。私のドキドキまで伝わっちゃうの?』
「ドキドキは分からないよ。さすがに。でも、俺、本当にそう思ってるよ。アユミに出会えて良かったって。俺の力は、無駄じゃなかったんだから」
 恭介も少し、頬を赤らめてるようにも見えたけど、その姿がまたホレボレするほど、色っぽくみえた。


~7~
 次の日。
 映画を見に行くと、しばらく手を繋がないで、二人は映画に集中した。
 恭介は、時折、アユミの様子を見ては、なんだか、自分が大きく変わったような気がしていた。
 憎むべき能力だと思っていたけど、こんなに素晴らしいと思えたのは、やっぱり、アユミと出会えたから。
 アユミの声の代わりが出来ることに、誇りを覚えていた。
 皮の手袋も必要ないなんて、今まで思いもしなかった。
 映画をとても楽しんでる様子のアユミを見ると、自分の存在が初めて認められたような、くすぐったい感覚が恭介をつつんだ。
 
 映画が終わったら、すぐに手を繋いでくるアユミに、恭介は初めて鼓動が高鳴るのを感じた。
『すっごく良かった!ずっと見てみたかったの。ありがとうね。恭介』
「いいんだよ。アユミが楽しそうにしてるのを見てるのが、すごく嬉しい」
『また、そんな恥ずかしい事言って。・・・次、ショッピング行っても良い?』
「いいよ。その前に、お昼食べる?」
『そうだね。もうそんな時間かぁ。時間が経つのが早く感じるのって、すっごく久しぶり。なんかすっごく楽しいの』
 幸せそうに微笑むアユミを、恭介は直視できずにいたが、手を繋いでるので、アユミの声が自然と流れ込んでくる。

 アユミが選んだのは、ハンバーガー屋だった。
 ジャンクフードは、叔父さんに食べさせてもらえないらしい。
『叔父さん、すっごく優しい人なんだけど、お菓子とかジャンクフードとか、体に悪いから食べちゃダメだって言うの。もう、私のノドの心配ばかり。そんなので変わるとは思えないんだけどね~』
「本当にいいのか?体に悪いなら、やめておいた方が・・・」
『え~、恭介までそんなこと言って~。私、食べてみたいの。昔みたいに』
「じゃ、隣にあったから、そこで食べるか」
『やったぁ!』
 ハンバーガー屋では、さすがに手を繋いだまま食べるわけにもいかず、しばし無言のままの昼食になった。
『手、繋ぎながら食べてたら、よっぽどのバカップルだよね~』
 食べ終わって、恭介の左手に手を触れてきたアユミは、照れくさそうに舌を出した。
「まぁ、いいんじゃない?世の中、バカップルだらけだよ。自分たちしか、この世にいないような雰囲気のやつらばっかりだからなぁ」
『そうなんだ!じゃあ、手繋いでれば良かった。このハンバーガーすっごく美味しくて、それ言いたかったの』
「今度からは、手を繋いだままにしようか。ハンバーガーなら、片手で食べられるしね」
 そういうと、アユミはまた頬を赤らめて、
『でも、なんか、それはそれで、普通に恥ずかしいね』
「アユミも女の子だなぁ」
『ひど~い。私だって、普通の女の子だもん』
 手を繋ぎながらも、ぷいっと頬をふくらませて、顔を背けた。
 その表情が、たまらなく愛らしく思えた恭介は、いつの間にか、アユミに惚れている自分に気付いた。
 気付いたら、途端に、手を繋いでいるのが、ぎこちなくなってしまった。
『恭介、どうしたの?』
「いや、なんでもない。・・・次は、ショッピングか?」
 自分の気持ちを抑えながら、努めて明るくアユミに接した。


~8~
 いつもの川原に、ギターを持たないでやってくるようになって、しばらく経つ。
 久しぶりにギターを持ってきて、アユミのリクエストの曲を歌った。
 目を閉じて、微笑みながら聞いてるアユミが、とてもいとおしくて、歌う声にも艶が出る。
『久しぶりに聞いた~。なんか、前より、ずっと上手になってる気がする』
「そ、そうかな?それは良かった。久々だったから、緊張してた」
『え~、そんな風には思えなかったよ~。指が長いから、ギターも上手なのかなぁ?』
 そう言いながら、繋いでる手を触りまくるアユミに、押さえつけてる気持ちがあふれ出しそうで、思わず手を振り解いてしまった。
 アユミは、びっくりして恭介を見る。
「あ・・・ごめん。くすぐったかったから」
 苦しい言い訳。
『あ、ごめん。そうだよね。私、恭介の魔法の手がとってもいとおしくて。思わず触りまくっちゃった』
 アユミの言葉に、恭介は、もう気持ちを抑えることが出来なくなっていた。
 恭介は、アユミの方へ体を向けると、
「・・・あのさ、アユミ。俺・・・アユミの事、好きなんだ。俺と付き合ってくれないか!」
『え・・・!』
 恭介の手を離すと、アユミは顔を背けてしまった。
 ちょっと肩が震えてる。
 恭介は、初めて自分から告白していた。
 勢いあまって。
 アユミの気持ちも考えずに。
 こんな能力のある自分じゃ、迷惑に思えるよな。
 だんだんと、そう思えてきた。
 恭介は、急に弱気になって、
「ごめん!嫌ならいいんだ。そんな無理強いする気はないんだ。でも、ずっとアユミと過ごしてきて、どうしても、自分の気持ちだけは伝えたくて。俺、自分から告白したことないから、すっげーかっこ悪いの分かってるんだけど、どうしても、伝えたかったんだ。アユミの気持ち考えずにこんなこと言って、本当にごめん。だけど、ずっと心に閉まったままだと、アユミと同等になれないっていうか、ほら、俺の気持ちは、アユミには伝わらないから。どうしても言わないとって・・・。って、何言ってんだろうな。ホントごめんな。泣かせる気はなかったんだ。嫌なら、断ってくれていい。気持ち悪いもんな。こんな力持った俺となんかじゃ・・・」


~9~
 アユミは立ち上がると、恭介に背を向けたまま、走り去った。
 恭介は、肩の力を落とす。
 (そうだよな。こんな俺と付き合いたいなんて思わないよな。)
 恭介は、忘れていた。
 この力のせいで、母は、ずっと恭介に触れるのを拒み、泣き続けていたことを。
 この力を、ずっとひたかくしにして、これまでやってきたことを。
 アユミと話せるようになって、嬉しそうに恭介に語りかけるアユミを見て、すっかり忘れていた。
 アユミなら、もしかしたら受け止めてもらえるんじゃないかって、甘えていた。
 (そんなはずないよな。俺、普通じゃないんだから。)
 
 その日から、恭介はしばらく川原へは行かなくなった。
 手袋をはめ、学校へ行って、いつものように、聞こえないふりをして、友達と会話をする毎日を送るようになった。
 元に戻っただけだ。
 そう、自分に言い聞かせて。
 

~10~
 どのくらい来なかっただろう。
 久しぶりにギターを持って、恭介は川原へやってきた。
 アユミにリクエストされた曲を歌ってみた。
 まだ、未練があるのか。
 そう思うと、自嘲ぎみに笑って、深いため息をつく。
 しばらく、ぼんやりと川を眺めて、無心でいた。
 何も考えたくなかった。
 こんな能力が、ひどく憎らしく思えて、手袋をはずす。
 しばらく見つめていたが、また深いため息をつく。
 ふと、顔をあげると、そこにはいつの間にかアユミがいた。
 ずっと会いたかったアユミ。
「アユミ!」
 アユミは、恭介の左側に座って、そっと手にふれた。
『ずっとね。ずっと待ってたの。もう来てくれないんじゃないかって思ってた』
「いや、だって。アユミが会いたくないんじゃないかって思って・・・」
 アユミは、ぶんぶんと首を大きく振る。
『違うの。ごめん。この間は。・・・私、考えちゃったの。私の声は恭介には聞こえるけど、恭介以外の人には聞こえないじゃない?だから、デートとかしてても、恭介は、ずっと一人でしゃべってるように周りに見えるでしょ?すごく周りからは違和感感じられるんじゃないかって。だって、変でしょ?私、一言も口きいてないのに、恭介だけが相槌うって、話してくれるの。恭介が変な人に思われたらどうしようって、急に怖くなっちゃって・・・。それで、また逃げようとした。私もしゃべりたい。恭介だけ変な人みたいに、思われたくない。・・・でも、声、出なかったの。何度も何度も声、出そうとしたのに』
 アユミは口を開け、何かを言いたそうに唇を動かすが、やはり、声は出なかった。
 けなげなアユミを見て、恭介はますます想いを募らせる。
「俺、そんなの全然気にしてないよ。アユミと話せるようになって、自分の力が無駄じゃなかったって、初めて思えて。すっごく救われたんだ。こんな力、なくなってしまえばいいって、ずっと思っていたから。でも、アユミもこの力、嫌だったんじゃないかって・・・思えてきて・・・」
『違うの!そんなことない。私は恭介に私の声が届いて、とても嬉しかった。こんな風に話せること、もう一生ないと思ってたから。だから、告白されて、嬉しかったの』
「え、そうなのか?じゃあ・・・なんで泣いて・・・」
『嬉しくて、嬉しすぎて、涙が出ちゃったの。ごめん。もう私、逃げない。私も恭介が好き。ずっと一緒にいたい。たくさん、たくさん話したい』
「アユミ・・・。俺と付き合ってくれ。周りなんて気にしない。俺ももう、この力から逃げない。アユミのためだけにある力なんだ。そう思えたら、この力を持てて、すげー心強くなれた。・・・なぁ、二度も俺を振らないでくれ」
 アユミは、クスッと笑って、
『恭介、かっこ悪い。そんなカッコいい顔してるのに、今、すっごくかっこ悪い口説き方してるよ』
「いいんだ。恋愛なんて、かっこ悪いことの繰り返しなんだ。俺は今まで、本当の恋なんて知らなかった気がする。アユミに出会えて、初めて本当に自分から想いを伝えたいって思えたんだ」
『私も、恭介が好き。ずっと一緒にいたいって言ったじゃん。聞こえてなかった?』
「あ、いや、聞こえた気がするけど、どうも自分から告白するのって慣れてなくて、アユミの気持ちが嬉しいのに、なんか焦っちゃって」
 アユミはまた、クスクス笑って、
『三度目の告白はいらないよ。ずっと一緒にいようね。もう、手は離さないから。ずっと一緒だよ』
 恭介は、やっと安堵のため息をついて、アユミに向き合うと、そっとアユミのあごに触れて、頬に、まぶたに、そして唇にキスをした。
 初夏の風に、アユミのまつ毛が震える。
 二人は、力強く手を繋いだ。
 もう二度と離さないと、誓うように。




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