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カテゴリ:『なんにせよたいした事はない』
その9 ~夕方の風景6~
店員は楽しげにラッピングを始めた。 俺はもうなんとも言えない複雑な感情でどうにかなりそうだった。 今の俺は肩を落してガックリしている状態に違いない。 絶対そう見えるはずだ。さっきからため息しか出ない。 それなのにこの店員は俺が興奮を抑えているかのように感じているのだろうか? いかにも良い買い物をしてもらって満足だと言う顔をしている。 ふと、そんな店員と目が合った。 そいつはにっこり笑ってこう言った。 「お客様、こちらは当店からのサービスです。 うちの人形師が作った薔薇のコサージュをお付けいたします。 ワンポイントのアクセサリーとしてお使い下さい。」 そして小さな赤い薔薇のアクセサリーとやらを箱につめた。 「ああ、すまない。ありがとう。」 もうどうだっていい…。とにかく疲れた…。 ぼんやりとレジ横に飾ってある人形を見る。 ガラスケースに収められた人形はどこか痛んでいるような感じだったが、 それでもこの店の中ではひときわ輝いて見えるような気がした。 というより魅せられる…!? なんだ? この人形だけ何かが違うぞ? 綺麗だとか美しいとかそんな生易しいレベルじゃない。 この人形だけがずば抜けているのだ。 それよりも本当にこれが人形なのか? あれ? この感覚どこかで…? そんな感慨を壊すように声がかけられた。 「お客様、お待たせいたしました。こちらがドレスでございます。 そして靴と帽子、コサージュはこちらに…。 おや? お客様。さすがにお目が高いでございますね。 大変申し訳ございませんが、こちらは販売しておりませんのです。 これは当店の人形師による最高傑作でして展示品なのです。 数年前に不幸にも事故にあい、現在修復中ではございますが、 完成度はかの有名なローゼンメイデンシリーズをも凌ぐと言われています。 あと3ヶ月もすれば完全に修復も終わるでしょう。 その頃にまたご来店下されば最高の人形をお目にかかると思いますよ。 そしてご覧いただければ、この薔薇水晶も喜ぶでしょう。」 そう言うとにんまりと笑った もう説明はうんざりだったが話の中での一言が俺の中で引っかかった。 ローゼンメイデンだと? こいつ今、ローゼンメイデンと言ったな。 なんでこんな奴が知っている? 人形屋だからか? そんなに有名なのか? ローゼンメイデンって…。 「ローゼンメイデン?」 「おや? ご存じないですか? この世界ではもはや伝説のドールなんですけどね。 人形師ローゼンが作ったといわれる世界に7体だけのドール。 しかも傑作中の傑作です。 王侯貴族でさえ手に入らなかったとも言われています。 コレクターなら誰でも手にする事を夢見る逸品なんですがねぇ。 そうですか…。ご存じないですか…。」 店員はいかにも残念そうな顔をした。 もちろん、俺は知らない素振りをしている。 持ってるなんて答えたら何言われるかわかったもんじゃないしな。 「さあ? 初めて聞くけどそんな人形が存在するんですか…。 じゃあこの人形はそれよりも素晴らしいってことなんですね。 へえー…。」 またしても適当だが、話を目の前の人形に持っていって誤魔化す。 この店員の言う事は悪魔人形が語った話と合致するが、 そこまで傑作の出来だとはこの1年間暮らしてきた俺からすれば、 到底信じられない話だ。 悪魔人形も姉妹の話を何度かしたが長女は好戦的な暴れん坊、 次女は自意識過剰のドジっ子、4女は男勝りの朴念仁、 5女は高圧的で自己中、6女は我が儘やりたい放題のお子ちゃま、 7女に至っては訳がわからんらしい。 まったく、とんでもない姉妹がいたもんだな。 その中で自分は一番清楚で気品があり心優しいというのだから、 日本語の意味がおかしくなっているに違いない。 いや使い方を根本的に間違っているというかそんな感じだ。 実際に他の姉妹を見たわけじゃないから憶測でしか言えないが、 悪魔人形を基準としても他の姉妹が優れているとは考えられない。 逆に悪魔人形が最低レベルだとしても同様だ。 どちらにしろ見た目はともかく性格は最悪だろう。 人形だから見た目がいいのは当然だとしても、他の姉妹たちも やっぱり動くんだろう? 現実に理解しがたいが自分で意思を持って動く人形なんだ。 ならローゼンメイデンのドールってやつはまさに呪い人形じゃないか。 アリスゲームって言ったっけ? 姉妹同士が争いあう…。 なるほどそれは理解できそうな気がする。 性格の悪い連中が互いを蹴落としあう最悪のゲームだな。 んで、自分たちだけじゃなくて周りを巻き込んで迷惑し放題か…。 と言う事は、俺以外にもあと6人のマスター(被害者)がいるんだな。 呪われた人形に契約させられた運の悪い人間がな。 そんなやつらに同情したくなるが俺だって被害者だ。 運命なんてそんなもんだよ。 俺みたいにすっかりあきらめるのが案外幸せなんだよな。 でもまあ、作った奴に一度でいいから文句を言いたいね。 もう少しマシな性格にしてくれれば本当に最高のドールだったのにって。 今さら言ったところで仕方ないかもしれないが、そうだな…。 そんな被害者(マスター)たちと集まって酒でも飲んで、 一晩語り明かすっていうのもいいかもしれないな。 被害者同盟ってやつだ。 そこでお互いにどのドールが最悪か競ってみようじゃないか。 それこそが真のアリスゲームと言えるかもしれないだろう。 うちの悪魔人形は優勝最有力候補にまちがいないだろうな。 …いや、やっぱりそんな不幸自慢なんか聞いても面白くねえな。 それこそうんざりだ。最悪が最高なのか? 馬鹿らしい…。 「最高のドールか…。」 目の前のディスプレイに飾られたドールを見てつぶやいた。 「ええ、今にも動き出しそうでしょう? もっとご覧になります? 昨日から展示しましたので まだ手に触れるわけには行かないのですが、お客様には 特別にお見せいたしますよ。どうですか?」 店員はニンマリ笑って、さぞかし自慢げに聞いてきた。 そのいやらしい笑い顔はあまり好きになれそうもない。 「いや、結構です。まだ他に寄る所がありますので…。 時間がないみたいなんで、また今度ゆっくり寄らせてもらいますよ。」 そう言って店を後にする。さっきのケーキ屋とは違った意味で疲れた。 とにかく早く帰ろう…。 悪魔人形に渡された買い物リストを見てさらに疲れがたまる。 でも…。なんにせよたいした事ない。 残りは近所のスーパーで何とかなるだろう。 問題なのはこのケーキとプレゼントをいかに満員電車で守るかなのだ。 いったいどんな悪行を重ねればこんな仕打ちにあうんだ。 あれか…。朝の占い…。 まったくこんな日に限って朝の占いがよく当たるのはどういうことだ。 さすがに最下位は伊達じゃねえ…。勘弁してくれ…。 …続く。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2007/03/21 01:14:16 AM
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