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< Scene.1-2>
There are two pines in the hill and there are a master and a doll in the hilltop. 「ねえ? やっぱり無理よね。」 返事がないのをいいことにもう一度頼んでみる。意地悪じゃないけど意地悪だ。 薔薇水晶は戸惑うように視線をそらし、しぶしぶ口を開いた。 「そう…危険です。雛苺のマスターは恵瑠奈(えるな)と同じ女性です…。 でも…大人…。武術に優れ…魔術の知識もあります。」 警告とまではいかないが、こうやって明らかに危険だと言うからには よほど恐ろしい人なんだろう。 武術はともかく魔術か…。てことは魔術師? なら危険と言うのもうなずける。 「そっかー。じゃあ怖い人なんだ。そんな人がマスターなんてね。 私なんかじゃ殺されちゃうか。魔術師なんだ、その人。」 魔術師は非情な存在だと聞いている。魔術は秘匿を常とするもので一般に口外されない。 テレビなんかだと魔法なんて当たり前のフィクションなのだが現実はそうはいかない。 その存在自体がなかったものにされているからだ。 つまり、魔術師とかかわるということは一般人にとってある程度死を覚悟しなければならない。 もちろんそれは魔術師として会うという意味であって、普通に会うのなら問題ない。 私はもちろん魔術師ではない。ただの高校生だ。 でも、もし私が会うとすれば明らかにドールのマスターであると見破られるだろう。 それは魔術師にとって十分に興味の対象となりえる。 だから私が理由もなしに魔術師と会うのは危険だといえる。研究材料にされかねない。 「違います…。ただの人間…。魔術師はドールのミーディアム(媒介者)になれない…。 魔力とは相反する力で私たちドールは動く…。私たちドールに魔術は通用しない…。 でもその人は危険すぎる…。知識が魔術師の領域を超えている…。 ミーディアム(媒介者)がドールの守護者に成り代わっています…。 原因・目的は不明ですが…敵にするなら最大の脅威かと思われます…。」 「ふうん。でもいつかは戦わないといけないのよね? 大丈夫だよ、私は。 なんとか頑張るからね。うん、心配しないで。私がその人以上に強くなればいいのよね。 大人の女の人だっけ? じゃあおばさんなんだ、その人。 私のほうが若いんだから何とかなるわよ。今時の女子高生って結構強いのよ。」 何の根拠もなく、ただの虚勢だが口にするだけで気分的に楽になる気がした。 今の私には何もない。取り得もない。力だってあるのかないのかさえわからない。 でもそれがくじける理由になんてならない。 私と薔薇水晶は目的が同じ運命共同体なんだ。 二人の力を合わせれば何とかなるって、そう強く信じている。 「マスター…。確かに脅威ですが…私は強い…。雛苺程度なら相手にもなりません…。 それよりも水銀燈か真紅のほうが強敵かと思われます…。 それでも一度は倒した相手…負ける理由が見当たりません…。 ただマスターは気をつけてください…。 ドールの力を決定付けるのはミーディアム(媒介者)の存在なのですから…。 私は以前にそれを欠いたために最後の最後で勝てなかった…。」 「今は私がいるでしょ! 力を遠慮なくバンバン使っちゃっていいからね。 そうよ! この丈夫な体と健康だけが私の取り柄といって過言はないわ! ほら、元気出して! そうだ、お菓子食べる? 余り物だけどさ。」 そういってスカートのポケットからクッキーの入った袋を取り出した。 2枚入りの小さな袋に入ったそれは後でバスの中で食べようと思ったものだ。 どうしてもおなかが空いて我慢できなくなった時の非常食として携帯している。 ある意味こちらの方が私にとって重要な携帯だったりする。なんてね。 袋を破って、一つを口にくわえて、もう一つを薔薇水晶に差し出した。 「ほら、後で食べようと思って大事にとっておいたものだからね。 しかも今なら私の体温つき! 現役女子高生の匂いつき! マニアには高値で売れるわよ。そんなマニアがいるのならね。アハハ…。」 たぶんこの手の冗談はまったく通じないとわかっていながら言ってみた。 クスッと仕草のひとつでもしてくれれば儲けものかもしれないからだ ある意味、この子の笑顔を見るのがマスターの使命でもあるかもしれない。 しかし薔薇水晶はそんな私の思惑はまったく無視するようかのような無表情ぶりだ。 それでも何も考えていないわけじゃない事ぐらいはわかるようになってきた。 薔薇水晶が言うにはドールとミーディアムは無意識の海で繋がっているからだという。 でもそんなのじゃなくてお互いの信頼関係とか絆みたいなものだと私は思いたい。 そのほうが人として自然に思えるからだ。それにこの子は私自身を鏡に映したようなのだから。 薔薇水晶はスーっと音もなく降りてきて私の手からクッキーを取った。 「もう、遠慮なんかしないでいいからね。仲良く一つずつなんだから。」 一度、確認するように私の顔を見上げてから少しだけ口につける。 私(人間)には小さなクッキーだけど薔薇水晶(ドール)には大きすぎるかもしれない。 小さなクッキーといっても携帯用非常食と呼ぶには充分のボリュームがあるからだ。 半分だけで充分だったかなと少し後悔しつつ、なんとなく亡くなった父の姿を思い出した。 そういえばお父さんは小さな頃の私にこうやってお菓子をくれたっけ…。 『さあ恵瑠奈、元気出して。女の子は元気が一番だ。ほらお菓子食うか?』 それが父の決まり文句だった。 幼い頃、泣き虫だった私はいつもそうやって父に慰めてもらっていた。 キャンデー・ビスケット・チョコレート・クッキー・チューイングガム…。 どんな時でもポケットからいろんな種類のお菓子が出てきて、不思議な事にどこへ行っても 必ず父のポケットにはお菓子が入っていて、まるで魔法のようだと子供心に思ったものだ。 ただ溶け出して柔らかくなったペンシルチョコレートだけは嫌いだったけど…。 そんな不思議なポケットに憧れた。いやそんな父に憧れたのだろう。 今では私がポケットにお菓子を常備している。私の場合は非常食なのだが。 目的は多少違う気がするけどそんな父の遺志を受け継いでいるって感じかな。 薔薇水晶相手だけど子供の頃の再現ができたことは喜ばしい。 もっとも薔薇水晶が泣いているわけでも落ち込んでいるわけでもないのだけどね。 昔の事を思い出して元気がないと私が勝手に思っているだけ。 「でもこれで立派にお父さまの御遺志を果たしました。 あなたの娘はちゃんと立派に成長しています。…って、ごめん。こっちの話。ははは…。」 思わず口に出してしまって、慌てて苦笑いした。 薔薇水晶は不思議そうに私の顔を見つめ、小さな口で少しずつクッキーを頬張っている。 「どう? おいしい?」 コクンとうなずく仕草は可愛い。 なんだか大きめのメロンパンを一生懸命頬張っているみたいだ。 「でも、これはマスターの香りはしません…。バターと小麦粉の香り…。」 食べながら薔薇水晶はそんな事を口にした。私のジョークに返したつもりだろうか? でも愉快な気分だ。 この無表情なお人形さんにも感情らしきものが少しずつ芽生えていってる気がする。 to be continue... お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2007/05/21 05:47:57 PM
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