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K/Night

K/Night

旅立ち、そして・・・・出会い

<村が燃えている。まるで、紅い血に染まったようなそんな炎で・・・・・
「嫌だ……父さん、母さん、みんな!!」
少女は村に向かって叫ぶ。頬を涙で濡らし、隣にいる青年にしがみ付きながら・・・・
青年は思いつめた表情で少女を抱きしめ、そして、自分も泣きそうになりながらひとつひとつゆっくりと話し始める。
「泣かないで・…兄ちゃんが守るから・・・・絶対に一人にはさせないから・・・・」
二人は突如村を襲った危機から逃れていた。無差別に、ただ快楽を求めて人を殺す野賊から。
ある一人の人物と、兄と両親のお陰で少女は村から逃げ出すことができた。しかし、両親は……
青年は少女の手を引く。
「行こう。父さんたちに助けてもらった命を無駄にしてはいけない」
「でも ―――― !!」
少女は声を荒げる。その瞳は何かを決意していた。
「復讐なら、みんなの仇なら俺がやる。セイルの手は汚させない」
「兄さ ――― !!」
「血に汚れるのは俺だけで充分だ」
そう言うと青年は二人を追ってきた野賊を剣で切り伏せる。野賊の男たちは低い呻き声をあげる。地面に倒れる。土は血で濡れ、青年は男たちの返り血で紅く染まった。
その姿に息を飲むと少女は青年にしがみ付く。
「・・・・・セイル・・・・・?」
「兄さんが悪魔になるというのなら私も悪魔になる。鬼になるというのなら私も鬼になる。兄さんの手が血で汚れているというのなら私もこの手を血で汚す。兄さんが私を一人にしないように、私も兄さんを一人にしない。絶対にさせない。だから・・・・・・」
瞳に涙を溜め、必死に話す少女を青年は優しく抱きしめた。
「セイル・・・・・わかったよ。一緒にいよう。一緒に生きよう」
「兄さん・・・・・・・・・」>

夜は何度も訪れる。たとえ、どんなに望んでいなくても・・・・・そして、朝が来る。あの夢を見て。
「兄さん・・・・あなたは一体どこに行ってしまわれたんだ?どうして戻って来てくれないんだ?」
あの日から、5年の月日が流れた。少女はある村に預けられ、その歳月をこの村で過ごしていた。
少女を預けた後、兄はどこかへと行き、いまだ帰ってきていない。
「兄さん・・・・」
胸で光る銀でできた2対の翼を象ったアクセサリーのオルゴールを、セイルは目を伏せ握り締めた。

< 「兄さん、お帰りなさい!」
「ただいま。セイル」
仕事から帰ってきた兄のリュードの胸にセイルは勢いよく飛び込んだ。
「疲れたでしょ。お母さんが沢山お料理を作って待っているからね」
「そうか。家に帰るのが楽しみだな」
抱きついたままのセイルを優しく抱きしめると背中に背負っていた袋から小さな包みを取り出した。
「これ、セイルにおみやげ」
「本当?!開けてみてもいい?」
「いいよ。開けてごらん。きっと似合うと思うよ」
手のひらに乗せられたそれを丁寧に開けると、2対の翼が象られた銀のアクセサリーのオルゴールがでてきた。
「可愛い。本当に貰ってもいいの?」
「セイルのために買ったのだからいいんだよ」
リュードは手のひらからアクセサリーを取ると、セイルにつける。胸の上で銀のアクセサリーのオルゴールは綺麗な音色を奏で始めた。
「ありがとう。兄さん。ずっと大切につけてるね」
頬を赤らめながら言うと、リュードの頬にそっと唇を寄せた。 >

薄い翠色の服に袖を通し、履きなれた茶色のブーツをはく。黒い長い髪が背中を流れる。髪と同じ色の瞳はどこか寂しげな色をたたえていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
おもむろに立ち上がると、ベッドにと目を移す。ベッドのすぐ側にある使い込まれた剣に手を触れる。
リュードがこの村を去る前にセイルに渡した剣だった。
「セイルの身に何かあったとき、必ず役に立つから・・・・」そう言って・・・・・
セイルはその剣を掴むと腰のベルトにさす。部屋を出て行くセイルのその瞳は、先程までの悲しい色はなかった。

「おはよう。ターネさん」
階段を下り、セイルは台所に向かっているターネに声をかける。その声に気が付くとターネは振り向いた。ここは『リパーゼ村』。王都『カトラス』に一番近い村である。
「おはよう。セイル。朝食の用意は後少しでできるからテ―ブルについててね」
少し癖のあるこげ茶色の髪を1つに結わいたターネは穏やかな表情を浮かべる。
「あっ、ついでにこのパンを持って行ってくれると嬉しいな」
「他には何か手伝うことはありますか?」
パン籠を持ち、ターネに訪ねる。ターネは「じゃあね」と言うとエプロンを取った。
「それを置いたらスープを持ってきてくれると助かるわ。私は二階に行って子供達を呼んでくるから」
「はい。わかりました」
「じゃあ、よろしくね」
そう言ってターネは微笑むと二階へと上がっていった。セイルは余ったもう片方の手でひとつ、トレイを持つと隣の部屋に向かう。部屋の中にはターネの夫のリリトがテーブルに付いていた。
「おはようございます。リリトさん」
「おはよう。セイル。よく眠れたかい?」
「はい。もう、ぐっすりと」
「それはよかった」
嬉しそうに目を細めるとリリトはコーヒーに手を伸ばす。セイルは手に持ったパン籠をテーブルに置き、スープの入った皿をそれぞれの位置に置くともうひとつのトレイを取りに台所に戻る。その後姿を見ながらリリトは五年前のセイルが初めてこの家に来た日を思い出していた。

< 外は雨が降っていた。リリトはその様子を窓から見る。
「嫌な雨だな。こんな薄暗い日は、野賊にとって好都合なんだろうな」
眉を寄せながら言ったリリトの足に小さな身体が抱きついた。
「エル?どうしたんだ?」
その小さな身体が小刻みに震えているのに気づき、エルを抱き上げるとその瞳に溜まった涙を手で拭う。
「あのね、怖い夢を見たの」
「怖い夢?」
「エルのね、お父さんとお母さんがね、血をいっぱい出して倒れてるの。他にもね、いっぱい人が倒れてて、それでね、そのとなりにね、こわい目をした人が血がついた光るぼうみたいなのを持っていたの。エルね、すごくこわかったの。お母さん、お父さんってよんでもこたえてくれなかったの」
また、泣き始めるエルの背中をリリトは優しく撫でる。その話を聞いていたターネは縫い物をしていた手を止めた。ターネの周りで遊んでいた五人の子供達も手を止める。子供達は次々に立ち上がると、ターネにしがみつく。『野賊』という人物に怯えながら・・・・・・
「大丈夫よ。みんな。怖がらなくてもいいわ。お母さんとお父さんが側にいてあげるから」
「本当?僕のお父さんやお母さんみたいに、いなくなったりしない?」
「ええ、しないわ。ずっと側にいるからね」
そう言うと、ドールの背中を優しくなでた。ターネやリリトにひとつも似ていない顔。この家の子供達は両親を野賊に殺された子供だった。そんな子供達を、今まで子供を授からなかったリリトとターネの夫婦が引き取ったのだ。
「うひゃあ!カミナリだあ!」
突如、空が光り、大きな音が辺りに響いた。男の子は、興味津々に窓に近づき、女の子は怯えてターネから離れようとしない。
「かっくい~。カミナリ!!」
また、すぐに次のカミナリが鳴り、ドール達ははしゃぐ。その時だった。玄関の戸を誰かが叩いた。
「あら、こんな日に誰かしら?」
玄関に向かおうと、席を立ったターネをリリトは制止すると、自ら玄関へと向かう。
「はい」
戸を開けた、その先に、ずぶ濡れになった少女と青年が立っていた。
「あの・・・・・・」
リュードは一瞬口篭もると口を開いた。
「俺の友人に、ここに来ればいいって言われて・・・・・・」
リリトは一瞬にして全てを理解すると二人を家の中に招き入れる。この少女と青年も村を、両親を殺されたのだと。
「濡れたマントはそこに掛けといて。今、変えの服を持ってくるから」
「すみません」
指定された場所にマントを掛けるとセイルのも掛ける。その二人にターネはそっと近づいた。
「お名前は?」
「えっ?・・・あっ・・・・・俺はリュードといいます。で、妹がセイルと」
「リュードとセイルちゃんね。私はターネ。よろしくね」
「よろしくお願いします」
「あっ、あのっ・・・」
今までずっと顔を伏せていたセイルが口を開けた。
「どうした?セイル」
「あの・・・・・これからよろしくお願いします・・・・」
その言葉にターネは口元をほころばせると、セイルに微笑んだ。
「ええ、よろしくね。セイルちゃん」
そう言い終わった直後、一人の男の子が近づいた。男の子はセイルの顔をじっと見ていたが、そのうち、にぱっ、と笑った。
「俺、ナイトっていうんだ。よろしくな、セイル」
「あっ、よろしく・・・・・」
その様子を見ていたリュードは、その内リリトに呼ばれ、奥に入っていった。

その夜
リュードは隣にいるセイルに話し掛けた。
「どうしたの?兄さん」
首を傾げながら聞くセイルに、リュードはある物を差し出す。
「これ・・・・・兄さんの剣・・・・・・何で私にこれを・・・・・?」
「もし、セイルの身に何か起こった時、役に立つだろ?」
「それはどういう―――!!」
「セイル、落ち着いて聞いて」
「・・・・・・・・っ」
セイルは唇を噛むとベッドに腰掛ける。リュードもその隣に腰を掛けるとおもむろに口を開いた。
「俺は明日、この家を出る」
「えっ?!」
あまりに唐突な言葉に一瞬言葉を失う。
「セイルは連れては行けない」
「な・・・・んで・・・・何で?!兄さん!」
「俺は、罪を犯した」
リュードの言葉に、全てが静寂になった。静寂と、そして闇が二人を包む。
「それは、絶対に許されることではない。セイルがもしこの事を知ったら、俺を憎むだろうな」
「なっ・・・・・・・!!」
言葉を続けようとするセイルをリュードは引き寄せ、抱きしめる。手から剣が離れ、床に落ちる。
「に・・・・いさん?」
抱きしめる腕の力が少しずつ強くなっていく。何かをこらえているようにその背中は震えている。
「兄さん・・・・・」
「セイル、もし、その事を知ったとしても俺を兄と呼んでくれるか?慕ってくれるか?」
震える声が部屋に静かに響く。セイルは泣きそうに顔を歪めるとリュードの背中に腕をまわした。
「当たり前だよ・・・リュード意外に私の兄さんがいるはずがない。兄さんは・・私の大切な人だから、私の・・・たった一人の血の繋がった家族だから・・・・・」
一瞬、間を置き、背中にまわす腕に力を込めると言葉を続けた。
「だから、行っていいよ。兄さん。私は大丈夫だから、行っていいよ。兄さんのこと待ってるから・・・・・・ずっと・・・・・待ってるから・・・・・」
「セ・・・・・・イル・・・・」
涙が頬をつたり、落ちていく。そんな二人を、深い闇は静かに包んでいた。 >

「セイル!セッイルー!!」
朝食を終え、部屋に戻ろうとしたセイルに一人の人物が呼びかける。昔とはすっかり変わり、青年となったナイトだ。年はセイルより下だが、背はとうにセイルを超している。ナイトはセイルの側まで来ると、息を弾ませながら話しはじめる。
「今日、稽古だろ?剣の。早く外に行こうよ。俺すっごく楽しみなんだ!」
「ああ、そうか・・・ナイト、それ、昼からでいいかな?」
「なんで?」
いきなりの言葉にナイトは不満そうな声をあげる。
「リリトさん達と大切な話があるんだ」
「大切な話か・・・・・ならしょうがないね。わかった。じゃあ、昼に稽古してよ?」
「ああ、わかったよ。約束だ」
「約束だからな?」
そう言うと、ナイトは満足そうに自分の部屋へと戻っていった。その姿を見送っていたセイルの顔には、笑みは無かった。

「じゃあ、セイルはリュードを探しに行くと・・・・・」
「はい」
「でも、そんな、急に・・・・・・」
先程まで食事を取っていたテーブルに、リリトとターネはセイルと向かい合って座っていた。子供達全員は、この家で二番目に年上のナイトと一緒に外で遊んでいる。
「リュードは必ず戻ってくると言ったのでしょ?なら・・・・・」
「兄さんが、今まで連絡をくれなかったってこと無かったんです」
セイルの言葉に二人は押し黙る。
「心配・・・・なんです。もし、兄さんに何かあったら・・・・・」
「そうか・・・・・」
リリトは椅子から立ち上がると、そっとセイルの肩に手を乗せた。
「始めに行くところは、決めたのかい?」
「王都『カトラス』に・・・兄さんはそこの騎士だったから・・・・・・」
「・・・・・・きっと、行くなと言っても聞かないのだろうな」
「あなた・・・・」
不安そうなターネに、リリトは頷くと、セイルの方へと向き直った。
「行きなさい。セイル。ただし、これだけは約束しておくれ。必ずこの家に戻ってくると。セイルは、私たちの大切な『娘』だから」
リリトはセイルを抱きしめる。親が、子供にするように、優しく。セイルはおずおずと手を伸ばすと、リリトの背中へとまわした。
「ありがとう・・・リリトさん、ターネさん」
掠れた声はその言葉しか出なくて。でも、言えなかった言葉を分かってくれたようにリリトは背中を撫でていた。側にはターネが、ずっといてくれた。

日が落ち、夜がふける。昼間の稽古の疲れで仮眠のつもりがすっかり寝てしまっていたようだ。
ベッドから身体を起こすとブーツを履き、マントを羽織る。剣を腰にさし、あらかじめ用意してあった荷物を手に取った。部屋を出て、下に降り、玄関の前へと行く。戸を開け、外に出る。ふと、後ろを振り向くと人影があった。茶色の髪が風になびく。
「ナイト・・・・・」
セイルは呟いた。だが、驚いてはいなかった。まるで、予期していたかのようにナイトを見つめていた。
「話、聞いていたのだな」
ナイトは静かに頷く。そして、口を開いた。
「戻ってくるよな?」
セイルは微笑む。それが答えだった。
「じゃあな・・・・・」
「気を付けて・・・・・・」
荷物を持ち直すと、セイルは深い闇の中へと消えていった。

王都『カトラス』南西の森
(あー・・・・・この状況、どうしようかなぁ・・・・・)
すがすがしい朝、男の前に、いかにも私達は悪者です、と言ったような男――――野賊が五人いる。
絶体絶命のピンチというわけだ。
男の、一本に結わいた黄色い髪と、右目を覆い隠すように巻かれた布が風によって揺れている。
「さぁーて・・・どう料理をしてくれようかなぁ・・・・・」
剣を片手に野賊は笑う。男の背中に嫌な汗が流れる。
「あのー」
上目づかいに男は野賊に言った。
「俺なんか殺しても楽しくないと思うんですが」
「そんなの・・・・」
野賊は唇の端を上げる。
「殺ってみなくちゃわからねえだろ?」
「そぉですね・・・・」
男はがっくりと肩を落とす。
(どうやって逃げようかなぁ…あれは、草陰に置いてきちゃったし・・・それに・・・)
男の顔に一瞬影が落ちる。しかし、それは野賊の声によって消された。
「でも、あの賞金稼ぎの『ジール』に会えるとはなぁ」
「え?ああ、知ってたんだ」
「そりゃあ、あの、『ジール』だからな」
にやにやと笑いながら野賊達は顔を見合わせる。ジールは照れくさそうに笑うと、頭を掻いた。
「いやぁ、俺も有名になったんだな・・・・・――――うわぁ!!いきなり何するんだよ!!」
急に襲い掛かってきた野賊にジールは怒鳴りつける。足の自由を奪っているこの縄が憎らしい。
「なんていう運動神経なんだ・・・・・・・」
間一髪で避けたジールに目を丸くする。中には「ジールだから・・・」と言って納得する者もいる。
「お前ら、俺を殺す気か!!」
「いや、だからさっき殺るって言ったし」
人のことを指差して、馬鹿なことを言っているジールに、呆れたように野賊は言った。それを聞いたジールは「あっ」と言うと軽快に笑う。
「あはは、そういやそう言ってたな。すっかり忘れてた・・・・って少しは怯えたり、抵抗したり逃げる方法考えたりしろよ、俺!!」
頭を抱え、叫ぶ姿に野賊は又も呆れると、一歩、ジールに近づいた。
「さて、ジールさん。覚悟は出来たかい?」
「えっ?あのっ・・・・」
その声にびくりと反応すると、又も上目遣いに野賊を見た。
「少し、待ってくれたりは…?」
「誰がするか」
「やっぱり・・・・」
「じゃあ・・・」
しゅんとうな垂れたジールに剣を振りかざす野賊。
「死ね!!」
剣が振り下ろされ、目をつむった瞬間、風もないのに草陰が動く。
「誰だ!」
野賊の一人が叫ぶ。草陰から現れたのはマントを羽織った黒髪の少女――――セイルだった。
セイルは周囲を見渡すと、眼光を鋭くさせ、低い声で言った。
「何をしている?」
「ああ?なんだ?譲ちゃん」
野賊の一人がセイルに近づき、刃先を向ける。そんな事には全く動じず、野賊を凝視した。手は、腰にさしてある剣の柄にふれている。野賊は小さく笑うと、刃先でセイルの頬を撫でた。頬には赤い線が付き、そこから血が滲む。刃先に付いた血を舐めると野賊は言った。
「邪魔をするなら容赦はしねぇぞ?」
「・・・・・・・・・・」
何も言わずに、鞘から剣を抜く。口には笑みが零れている。
「私は今からお前達の邪魔をする。その人を殺したいのなら、私を殺してからにすればいい」
そう、言いおわらない内に一番近くにいる野賊の利き腕を剣で切る。使い物にならなくなった利き腕から剣がおち、野賊はうめき声をあげてその場に膝をついた。
「ただし、殺せたらの話だが」
「この女・・・・・・・!!」
野賊は一斉にセイルに向くと、剣を構えた。
「そんなに殺されたいのなら望み通りにしてやる!」
剣を振りかざし、野賊は一斉に飛び掛かった。一瞬だった。襲い掛かってきた野賊全員の利き腕を使い物にならなくさせ、誰一人殺さず戦いは終わった。セイルは剣を納めると、ジールに歩み寄る。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。ありがとう。助かったよ」
ジールの言葉にセイルは微笑むと剣を差し出した。
「これ、あなたのだろう?あそこの草陰に置いて有ったから」
「うわっ、持ってきてくれたの?ありがとう」
嬉しそうに剣を受け取ったのはいいが・・・・ジールは自分の状況を思い出した。
「あの、出来れば」
「はい」
セイルの笑みにつられて笑うジール。その手には、先程鞘に納められたはずの剣が握られている。
「今、降ろしますね」
木に逆さ釣りにされたジールは引きつった笑みを浮かべた。

「あー、頭に血が上るかと思ったよ。ありがとな」
思っていた様な助けられかたはされず、頭から落ちるのは免れたジールは服についた砂を払う。
「いいえ。そういえば、どうしてあんなことになったんですか?」
同じく服についた砂を払っていたセイルはジールに問い掛ける。
「ああ、それね」
そう言うと、ジールはポケットからある物を取り出す。
「これ・・・薬草?」
「当り。俺、ある所に向かっているんだけどさ、これ見つけて取ったら、逆さ釣りになって」
「馬鹿ですね」
「あはははは・・・・・・・・」
呆れたように小さくため息を吐くと、ジールを見る。セイルの顔に笑みは無い。
「私がここに来なかったらどうするつもりだったんですか?」
「うーん。その時はその時だね」
軽快に笑うジールに、セイルは呟く。
「あなたは野賊の恐ろしさを知らないから・・・・」
「え?」
「だから、そんなふうに笑っていられるんだ」
「なに言って・・・・って、おい!何処に行くんだ?」
いきなり歩き出したセイルにジールは呼びかける。しかし、止まる気配は無いので急いで後を追う。
「どうしたんだよ。いきなり。」
「先に進むんです」
「先って何処に?」
「王都です」
「王都って俺と行き先が同じじゃん」
その言葉にセイルは歩くのを止める。ジールはというと、同じく歩くのを止め、何やら考え込んでいる。
「そうだよな・・・・行き先一緒だし、お礼もしたいし・・・・よし、決めた!」
「な・・・何を一体決めて・・・・」
うふふーと笑うジールに引きながら訊ねる。
「俺、あんたと一緒に行くわ」
「はあ?」
間抜けな声を上げるセイルに、ジールはなおも話を続ける。
「だってさ、行き先一緒だし、旅って一人より二人のほうが何かと楽じゃん。お礼もしたいしね。それに・・・・」
ジールはセイルの腕を掴むと引き寄せた。
「あんた、人を殺したこと、ないだろ?そんなんじゃ、この世の中やっていけないよ?俺がいたら役に立つと思うけどな」
そう言うと微笑む。セイルは下を向くと小さく息を吐いた。多分、はい、と言わないと腕を離してもらえないだろう。
「わかりました。よろしくお願いします」
「じゃあ、決定ね」
ジールはにんまりと笑うと腕から手を離した。セイルはというと、一気に疲れが溜まったような顔をしている。
「そう言えば、名前言ってなかったね。俺は、ジール。あんたは?」
「セイルです」
「セイルか・・・・これからよろしくな。セイル」
「こちらこそ」
こうして、セイルはジールと旅をすることになった。

その日の夜
半ば無理矢理、横に寝かせられたセイルはどうしても寝付けず、身体を起こした。隣では、ジールが、たき火に枝をくべている。ジールはセイルに気づくと手を止めた。
「どうした?セイル」
「ん・・・・・寝付けなくて・・・・」
「子守り歌、歌ってやろうか?」
「・・・・・結構です」
「そう?残念だなぁ」
そう言って肩を竦めて見せると、置いてある枝に手を伸ばす ――――が、一本も残っていなかった。
「あちゃー、どうすっかな・・・・枝、取りにいかないと」
ぼりぼりと頭を掻くジールを見て、セイルは剣を片手に立ち上がった。
「私が行きます」
「えっ?!いや、駄目だよ!暗いし、まだそこら辺に野賊がいるかも知れないし、第一危ないよ!」
勢いよく立ち上がり、腕を掴んだジールにセイルは微笑む。そっと、腕を外すとマントを翻し森の中へと入っていく。途中、立ち止まり振り返った。
「旅に危険はつきもの、そうでしょ?それに、この旅をすると決めたとき、ある程度の危険は覚悟しているから」
「でもな・・・・・」
「心配しないで、すぐ戻るから」
また微笑むと暗い闇の中へと入っていった。

月夜

確かに、確かに俺はセイルを行かせたさ。危険だってわかっていたけど、すぐ戻るって言っていたから、なら平気かなって思ったさ。だから、行かせたんだ。でも、でもな・・・・・
「なんで、こんなに遅いんだ!!」
ずっとうろうろと歩いていたジールは、とうとう痺れを切らし頭を抱えて喚いた。
「セイルに何かあったら、俺、あいつに顔合わせられないよ」
たき火の火はとうに消え、辺りは暗くなってしまった。そんな中、ジールはセイルが入っていった方向を見ていた。
「頼むから・・・・無事に戻って来てくれよ?・・・・」
先刻からずっと胸騒ぎがする。早く戻って来て欲しかった。この胸騒ぎの意味が外れる事を祈りたかった。だが、そんな期待はあっさりと打ち砕かれる。
「―――――!!」
森がざわめいた。眠りに落ちていた動物が、鳥達が一斉に起き、その場所から動き、逃げはじめる。胸騒ぎが、予感が的中する。
「セイル!」
ジールは剣を掴むとその場所に走っていった。

「クク・・・・結構上玉じゃねえか。よくやったな、お前等」
「ちくしょう!離せ!離せえぇ!!」
地面にねじ伏せられ、それでもなお抵抗しようとするセイルに野賊の頭は笑みをこぼした。
「活きが良いのも結構なものだな」
頭はしゃがむとセイルの顎を掴む。
「先刻は俺の手下が世話になったらしいな」
「はっ!弱すぎて相手にもならなかったね!もう少し強い手下を集めたほうがいいんじゃないか?」
『パンッ』
乾いた音が響き、セイルの頬が赤くなる。頭は立ち上がると手下に命じる。
「こいつを逃げないようにどこかに縛っておけ。明日、奴隷商人に売りに行く」
「へいっ。わかりやした、お頭」
「ああ、あと、傷つけなければ何をやってもいいぜ」
「なっ――――!」
頭の言葉にセイル一気に頭に血が上った。
「下衆がっ!貴様等みたいな下衆に私はやられるものか!絶対にやられるものか!」
「そう言っていられるのも今のうちだ」
頭は笑うと近くの木を背に腰を下ろす。その時だった。
「セイル!」
「ジー・・・・・ル?」
呼吸を乱したジールがやっとのことでセイルを見つけた。頭はジールを見て立ち上がると、鞘から剣を抜く。
「誰だ?てめえ」
「ジール。それでわかるだろ。それより、セイルを返してもらおうか」
「セイル?ああ、この女の事か」
うつ伏せになっているセイルの腕を掴み、立たせると頭は唇の端をあげた。
「返して欲しければ力ずくで奪ってみろ」
「・・・・・やってやろうじゃん」
「な・・・・・ジール?!」
「セイル、ちょっと辛抱してろよ?」
そう言って、ジールは鞘から剣を抜いた。

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