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K/Night

K/Night

Human being(改訂版)

我が最愛の友たちへ。
俺からのプレゼントだ。
お前たちのことは忘れない。
忘れさせてなんかやらない。
忘れてなんかやらない。
お前たちの存在があってこその世界に、お前たちの存在の記憶がないなんておかしいだろう?
苦情なら俺がソッチに行ったとき聞くからさ。
美味い飯用意して待っててくれよ。

そして、また3人で――

一緒に暮らそう。

『Human being』冒頭より。





これは、運命に抗い、運命に流され、運命を受け入れ、運命を変えた3人の物語。





――Human being――





今日の青空は、綺麗だな……。
そんなことを思っている場合ではなかったが、そんな暢気なことを思った。

「このクソ野郎!!」
罵声は相手に対してなんの気遣いもなかった。
それに対して、別段腹を立てたり悲しくなったりはしなかった。
思ったのは、「ああ、どうしよう」

この世界に存在する人間の中で、ある『人間』はそういう扱いをされていた。そういう存在だから、誰も何も『人間』に対しての扱いに疑問を持たなかった。『人間』も、それが当たり前だと思っていた。

それが人間と『人間』の昔から変わらない関係だったから。

人間は神が作った。人間は神の子だと言われた。
地上で頂点に立つ者だと言われた人間。
そんな神の子から、体の一部分を、パーツをもらい作り上げられて生を受けたのが『人間』。
自身の体を粗末にし、自身の体を再利用し、ある意味神への冒涜であり、生の新たなる発展でもあったこの『人間』は、人間から『つぎはぎ人間』と総称された。

雲一つ無い空。
見通しは良すぎる程だ。
何かあれば、すぐに気付くだろう。いや、車の中からは、外の世界は狭められる様に見えてしまうのだろうか。
特にスピード落とすことなく、車は何も起こっていないとばかりに平然と道路の奥へと姿を消してしまった。
そして目に映る景色は反対車線を走る車と、人工的に作られた素材で建てられた建物と、歩行者用道路と脇にまだらに植えられた木々、忙しく歩く人間の足のみになる。
周りにはある程度の人間がいたが、悲鳴も何もなかった。
いつも通りの日常というわけだ。
だから『彼』はそれに対して何も思わなかった。ただ、どうしようとばかり思い、考えすぎて体は固まったように動かなかった。
轢かれたのは左手だ。
器用に左手だけ轢かれた。
しかしその左手は、今日買ったばかりの代物。
それが今や手の平も指も何もかもが潰れて、手首なんかはひしゃげて曲がってしまっている。
神経は繋がってはいるだろうが、まだ本格的な機能は働いていなかっただろうし、縫合するのに今日は余裕があったから麻酔を使い、まだ効いているから痛みがないというのは幸いではあったが。

不運だ。

『彼』は思った。
それは車に轢かれたということだけではない。

今日久しぶりに金に余裕があったから麻酔を使ったけれど、久しぶりだから麻酔の量の加減が分からなかったのか。しかもまだ麻酔が効いているから、結構強かったんだな。
それなのに外に出たから。気付かなかったな。
ああ、またもう一回か。後は頭皮と髪さえ買えば、完全に『人間』になれて、これからもっと暮らしが楽になれたかもしれないのに。

仰向けに倒れて見た青空に、また綺麗だな、と思った。
麻酔を打った体は、どうやら全身麻酔に近いような感じで、さして障害にもならない小さな小石だったのだが躓いてしまい、あまり言うことの聞かない体はよろけて転げて道路に入ってしまった。
大きくはみ出した左手は、ちょうどそこを通った車に躊躇いもなくスピードが落ちることなく轢かれたのだ。

『つぎはぎ人間』は男しか存在していない。
もともと、人間たちの労働負担、生活負担を減らすためだけに作られた『人間』だ。
苛酷窮まりない労働をこなすには、なまじ女の体力では到底向かないということだ。
もし、女が、自分の思い通りになる女が欲しいとなれば、それは様々な技術者が作った奉仕するためだけのロボットが買われる。
殆ど人間に近い形態を持つ彼女たちは、『つぎはぎ人間』とは違い、人間に優遇をされている。
同じ作られたモノであっても、対応は全く違うものだった。
だから、『つぎはぎ人間』に女はいない。それは人間の優しさなのかもしれないが、そんなことを思う人間は誰もいない。
女がいたところで、無能で役立たずだと言うだろう。
もし女がいたら、それは不良品であり、人間のパーツを無駄にしたことで罪にもなった。

取り敢えず、と『彼』は上半身を起こす。
転んだ拍子に頭を軽く打ったが、左手以外は外傷なし。その左手は、ひしゃげて曲がってプラプラと揺れた。腕を前後に律動させると激しく揺れる。
痛みはないから良い。
けれど、左手は全くの別物のように感じた。
ぐちゃぐちゃの形態は気味が悪い。
自分の左手ではあったが顔をしかめた。
まるで生きているモノに感じない。

パーツの元になるのは、主に死んで間もない人間と、女だ。
人間はそれを『解体者』と呼ぶ。
死んだ人間は火葬してしまうのだから、それなら使える部分は使って売ってしまった方が良い、というのが残された者の大体の考えだ。何も自分に損がなく、かつ利益を得られるからだ。
しかし、中には愛する者を、家族を壊したくないという理由で行わない者もいる。
比率的には半々といった具合だ。
家族がない死体なら買い手は買わずにパーツを得られるため、大喜びだ。
だが、これは死体の場合だ。死んだ者の意思はない。
女が『解体者』の場合、それは生きたままパーツのやり取りが行われることが多い。
生活に苦しい女が自分の体を売りに来るというわけだ。もしくは親に売られるということもある。
何かと体を小綺麗にする女は、パーツにする下準備をする手間が少なくなる分、価値があるのだ。
しかも新鮮なパーツを提供することでの報酬は死体の時よりも跳ね上がる。
それゆえ、身寄りのない女が裏で取引されていることもあった。
また稀に、男であっても買い手が納得すれば『解体者』となることがあるらしいが、あまり実例はいない。
殆ど市場で出回るのは死体のものであり、高級品は女のものだ。安く買い取れる死体のパーツがあるのに、わざわざ男のものを高い金を払ってまで買い取るのは馬鹿馬鹿しいというのが買い手の考えだった。


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