120942 ランダム
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K/Night

K/Night

守護者

出入りの多くない店の扉が軋みながら開いた。
入ってきたのは見るからに優男。到底ここ――傭兵やゴロツキの集まる酒場には縁が無さそうに見える。
その、中に入ってきた男は辺りを見回していた。如何やら誰かを探しているようだ。
「待ち合わせか・・・・。」
納得した様に呟いて、中身を飲み干したグラスを置き立ち上がった。
男が気付いてこちらを見る。
「勘定、ここにおいて置くぞ。」
店主に声をかけて銀貨と銅貨をテーブルに置く。
ふと気付くと男が傍にいた。同じ位の背丈。
「もし良かったら・・・。」
低く響く、優しい声。
「貴方を雇いたいのですが。」
電流が流れるような感覚が体を走った。

            【守護者】

男の名前は「ガード・ガディル」。吟遊詩人だと言った。
白髪に近い黄の髪に、茶色の瞳が印象的だった。
「俺は『スクマ・バトルシン』知ってると思うが傭兵だ。雇われたからには仕事をしよう。」
一方俺はというと、黒髪に紅眼。十数年傭兵をしている。
俺達は今、先刻いた酒場を出て道を歩いている。依頼を聞いて、引き受けた後だ。
そうやって自己紹介を終えて、俺は握手を求めた。相手は快く握ってくれたが、その手に剣だこがあることに気付く。吟遊詩人だと言っていたから疑問には思ったけれど、この世界、この時代、賊があちらこちらに出現しているからと思えば納得できた。
「それじゃあ、依頼内容を確認するから、ガードさんは聞いてくれ。」
「はい。」
随分おっとりとした声で返事をする。気が抜けそうになるのを堪えながら俺は話し始めた。
「ここより北西、森の中の廃墟を拠点としている賊に盗まれた『面』を取り返す、これで良いのか?」
「えぇ、そうです。あれは私にとってとても大切な物で、他の人に渡ったら危険なものなんです。」
「その『面』とは何か、聞いても良いだろうか?」
危険と言う言葉に多少引っ掛かりを感じながら俺は尋ねる。
ガードさんはやんわり笑って。
「誰もが知っている物語の中にある伝説の『面』と言ったら貴方は笑うでしょうか?」
「伝説の・・・・『面』?」
俺は素早く自分の記憶を探った。誰もが知る、その物語の事を。

それは遠い遠い昔の話。この世界の何処かに一匹の神がいた。
獅子のような形をした大きな体と顔、長く曲がった2本の角、鋭い牙と爪、黒い毛の中で光る紅い2つの眼。獣は人々から『闘神』と呼ばれ、『鬼神』と怖れられた、闘いの神であった。
しかし獣は病んでいた。多くの闘いで吸収した人々の『邪』で穢れ苦しんでいた。これ以上の命を奪う事を躊躇っていた。
ある日、その獣の所に1人の旅人が訪れた。手にはトゥーラと言う弦楽器。
獣は言った。
「その楽器でわしに一曲弾いてはくれぬか?」
と。
旅人は快く引き受ける。指が滑らかに動き、空気が振動した。
獣は気付いた。自分の中にある『邪』が無くなっていくのを。まるで体から流れ出るように消えていくのを。
曲が終って獣は旅人に言った。
「旅人よ、我が頼みを聞いてはくれぬか?その音色で人々の心から『邪』を流してはくれぬか?」
旅人は返事をしなかった。その場に座り込み考え込んだ。何日も何日も。
幾日も経って旅人は答えを出した。しっかり頷いて獣の頼みを受け入れた。
「聞いてくれるか。ならば我は今日命を終わらし、1つの『面』となろう。『邪』を吸収し、被った者によって『闘神』か『鬼神』の力を授ける『面』に。旅人よ、お前は『邪』なる者が我を被らぬ様『守護者』になるが良い。」
旅人が頷いた。再び獣が口を開く。
「これより3日以内に男がここに訪れるだろう。以前我に闘いを挑み敗れた者だ。共に行くが良い。『守護者』を守る剣となるだろう。そうだな・・・・男は美しい、舞いのような剣技を見せてくれる。『面』を被せ、舞わせてみてはどうだろうか?『邪』を吸収する他に人々の心に光りを与えるかも知れぬ。」
獣の口調は未来を思って楽しそうだった。そして、
「後は頼んだぞ・・・・。」
静かに横たわり息を引き取った。後に残ったのは黒い獣の顔の『面』。
旅人はその『面』をも持ち、待った。獣の言葉の通り、3日以内に男は現れた。
全てを旅人が話し、共に行ってくれるよう頼むと、男はすぐに頷いた。
男もまた、獣に頼まれていたのだ。獣の状態を聞いていたから。獣は何時の日か、『邪』によって命を落とす事を。再びこの地に足を踏み入れた時、獣の頼みを聞きし者に会い、頼みを聞き、共に行く事を。
男は剣を抜き、翳して礼をした。契約。人を思い死んだ者の為に。
2人はこの地を去った。
後に残ったのは『光』だと。
彼等にあった人々は言った。

物語はまるで人々の夢のような物。こんな世界にそんな力のある『面』が本当にあるだなんて信じられなかった。けど、
「あんたが嘘をついているようには見えない。でもな、俺の仕事は夢物語を信じる事じゃなくて依頼をこなし、依頼主を守る事だ。」
正直言えば本当の事。だけどガードさんは寂しそうに、そうですよね、と笑う。俺はしばらく黙っていたけれど、言葉を付け足した。
「俺個人としては興味はあるけどな。」
「フ・・・・・そうですか。」
片目を瞑ってニヤリと笑うとガードさんは少し吹き出して、今度は嬉しそうに破顔した。

その日は一先ず宿に戻って、廃墟に行くのは明日に決めた。

夜が明けて太陽が昇って。
俺とガードさんは廃墟の前にいる。
「人の気配は無い様だけど。出稼ぎにでも行っているのか?」
皮肉を込めた言葉に、
「そうかもしれませんね。売られてないと良いんですけど。」
茂みに隠れて困った様に前方を見るガードさん。
「まぁ、いないのなら好都合。目当ての物も探しやすい。中に入ろう。」
ここでグズグズしていても時間の無駄だから、俺はガードさんを背後にしながら中へと入った。
中は薄暗く、埃臭い。床は所々抜けていて壁の塗装は剥がれてる。部屋数は少ないし、広くも無い。これなら案外早く見つかりそうだ。
「二手に分かれよう。俺が奥を探すから、ガードさんはこの辺りを探す。もし賊が戻って来たら、俺に構わず逃げる事。良いな?」
「しかし・・・・。」
「『面』は必ず探し出してあんたに引き渡す。だからガードさん、あんたは自分の身だけを考えてろ。じゃないと、万が一の時に俺が動けなくなる。」
ガードさんが押し黙る。暫くして渋々ながらに頷いた。
「じゃあ、作業に移ろう。」
少し言い方がキツかっただろうか。少し痛む良心をどうにかしてやり込めて奥へと向かうと、背後から声をかけられた。振り向くと、
「気を付けて。」
心配そうな顔。心が軽くなる。返事の代わりに手を上げて、俺は奥にと消えた。

奥は広い部屋が1つ。それに繋がる小さな部屋が2つ。
『面』というのだから壁に掛かっているだろうと推測して、広い部屋をぐるりと見渡した。
剥製の動物の頭。大小様々な絵。その中にある黒い異物。近寄ってみるとそれが『面』だと分った。埃は殆ど被っていない。最近ここに来たのだと直感する。
これが探している『面』か・・・。
黒い獅子の面。まるで強い力に引き寄せられるように俺は手を伸ばす。
「―――っ?!」
指先が触れた瞬間、痺れるような感覚に思わず手を引いた。指先に残る感触・・・。
まるで初めてガードさんと会った時と同じ――。俺は首を振って思考を中断させ、『面』を取ると、ガードさんを呼んだ。ガードさんは『面』を見ると嬉しそうに笑う。
『面』がガードさんの手元に戻るのを見て、俺は自分がホッとしているのに気付いた。依頼をこなしたというのではなく、もっと別の――。
「とりあえず、ここは危険だ。外に出よう。」
分からなくなっていく自分をどうにかしてまぎらわそうと、外に出ようとしたけれど俺達とは違う、別の気配に身を固まらせた。
何故今まで気が付かなかったのだろう・・・。
自己嫌悪になる。
別の気配――廃墟の主である賊頭とその手下達は殺気と嘲笑を浮かべ、俺とガードさんに近付いて来る。
「もぅお帰りなるのかぃ?お客さん。お楽しみはこれからだぜぇ?」
どっと沸く不快な笑い。俺はは気付かれないように、
「ガードさん、俺が突破口を開く。道が出来たら全速力で逃げろ。」
そっと耳打ちした。
「・・・スクマさん・・・?」
右手首を、止めろと言われるように優しく強く掴まれたけれど、どうにか振りほどいて。
「しっかり『面』を持って逃げろよ。」
逆にその手を強く握って、俺は剣を抜いて、真正面へと突っ込んだ。
「―――――っ?!」
不意を突かれた賊が左右に分かれ出来た道に、ガードさんを押し込む。
「スクマさん・・・っ!!」
焦りと悲痛の混ざった声に、賊が我に返った。
襲ってくる賊を相手に数人倒したけれども、数は相手の方が有利。俺は数分もしない間に囲まれていた。そして隙を取られ、両手を抑えられたと同時に背中に激痛が走った。
やられた・・・床に倒れていく最中、戻って来るガードさんの姿が視界に入った。横から襲いかかってきた賊の剣を、何処に持っていたのか、何処から持って来たのか、手に持つ剣で受け止めている。見ると慣れた手付きで、剣だこがあった理由が分かった気がした。
しかし、剣を受け止めた衝撃で、抱えていた『面』が落ちて、床を転がった。そして、まるで被られるのを待っているかのように、目の前で止まった。
「スクマさん!早くそれを被って!」
霞む視界の奥で、俺に向かって叫ぶガードさんの姿。
「お前等!早くその『面』を奪って来るんだっ!」
気付いた頭が手下に命じる声を聞いて。
ゆっくりと俺は床にある『面』に顔を被せた。まるでそこには強い引力が存在するかのように。
『面』の中は黒い世界。目を凝らすと、溶けるように存在する獣の顔。黒い毛に覆われた口がゆっくりと動く。
「何を望む―――?」

体の中に何かが流れ込む感覚。背中の傷は痛みを発しなくなった。
自分の体の動きを害する異物を、さもゆっくりと取り除いては立ち上がり、狭い視界で辺りを見回す。
「守護者・・・。」
俺じゃない俺が、ガードさんを見付けて呟く。けれど、その感覚は全くの異ではなかった。逆に今の自分が本当の自分に思える。
『守護者』は何人かに取り押さえられ、床に押さえ込まれていた。その光景に酷く怒りを覚えて床に落ちていた自分の剣を取った。
「その手を離せ。」
静かになる空間。誰のかも分からない息遣いが異様に大きく聞こえる。
ゆっくりと、しかし隙のない動作で一歩踏み出すごとに『守護者』以外の誰もが一歩後退りする。『守護者』の側に来た時には近い場所には誰もいなかった。1人残らず今すぐにでもこの場から去れるよう、外に繋がる廊下へと群がっていた。
「去れ。」
『守護者』の手を取り、立ち上がらせながら俺は静かにに言い放つ。賊は小さな悲鳴をあげながら散々になって逃げて行った。
俺達以外誰もいなくなった部屋。口を開かないからまた静か。
ゆっくりと、『守護者』の手が動き出す。俺はその手を見守る。闇が広がったかと思うと、すぐに光が射し込んで、開けた視界に初めに映ったのは、どういう表情をするべきか困っている『守護者』の顔。

「傷、痛みますか?」
濡れた布が背中の傷にあてられる。
廃墟の脇にある小さな川の岸辺。そこに今腰を掛けていた。
「痛みはもう殆んどない。」
あの『面』を被ったからなのか、唯単に斬られた傷が浅かっただけなのか。大した血も出ず、痛みなどはとっくになかった。それどころか背中にあてられている濡れた布の冷たい感触心地良い。
「・・・また、賊が戻って来ることは無いのか?」
あまりにものんびりとした時間。先刻の事を考えると、戻って来る事は無いと思うが用心に超したことはない。しかし、
「大丈夫です。あの人達がこの先1週間、争いをすることはありません。」
きっぱりとした口調で断言する。
そういえば、あの『面』は伝説だったか・・・と思い出す。
「なら良い。」
不安の種は消えたわけだ。俺はそれ以上は何も言わなかった。
それをどうとったのか、ガードさんが不意に、
「私は・・・ずっと紅眼の男を、『守護者の剣』を探していました。」
思い積めた声で話しをきり出した。
顔を上げる視線があった。ガードさんは目を反らす。
「先刻私はあなたに『面』を被れと言いました・・・それは、あなたが『守護者の剣』として、ふさわしいかどうか見るためでもあったんです。」
「と、言うことは、先刻のはお前が仕組んだことか?」
まさか、ガードさんは慌て首を振った。
「あれは本当に盗まれたんです。私の不注意でした。」
うつ向く姿はまるで怒られている子供。真実を話すのを恐れ、言い訳を探している子供の。
「ならば、俺は先刻どうなっていたんだ?『面』を被ると『鬼神』か『闘神』なれると聞いたが。」
「・・・『闘神』に。もし『鬼神』になっていたらあの人達は生きてはいないでしょうね。」
平然とした言葉。姿とはまるで違う。
「あなたがどちらになろうとも、私には都合は良かったんです。」
もし、これを聞いているのが俺以外だったら、こいつはきっと今頃殺されているだろう。
「とりあえず、仕事の終った俺には関係ないな。」
手当てが終ったのを確認し、服を着込む。立ち上がり、視界の隅でガードさんを捉えた。
・・・落ち込んでいる。あぁ、全然分かってないんだ。
「何ぼさっとしてるんだ。行くぞ。」
側に置いてあった剣を取って腰の皮ベルトに差す。ガードさんは呆けたまま。
「・・・仕事は終った。だから、今の俺は自由だ。そしてそんな俺にお前は用があると見たが?」
「・・・ぁ・・・。」
やっと意味が分かったらしい。ガードさんの顔が輝く。
「『スクマ・バトルシン』として聞こう。俺はお前に何をすれば良い?」
「一緒に・・・一緒に来て欲しいです。あなたが必要なんです。自分の力に溺れる事無く人を守る事を知った、『闘神』となったあなたが。」
守る――そう、守りたかったんだ。
初めて『面』を被った時、黒い世界に現れた獣に問われ、俺は即座に答えた。守る力が欲しいと。ガードさんは死なせてはいけないと。
俺はずっと探していたんだ。傭兵という仕事を通して、俺が本当にすべき事を。―――ガードさんに会う為に。
今、自分が自分じゃない、という感覚はもうなかった。すべき事を知った から。『面』と同調出来たから。
「『守護者の剣』として、『守護者』にこの剣を捧げよう。」
鞘から剣を抜き、礼の形を取る。
「・・・ありがとうございます。」
ガードさんが微笑む。嬉しそうに。
「あぁ、言っておくけど、もう仕事の間柄ではないんだから、敬語は使わなくて良いからな。さん付けも必要無い。」
「敬語は私の癖ですから、どうしようも無いんですけど・・・呼び名は変えさせてもらいますね。どうせなら、私も呼び捨てでお願いします。」
これからは共に生きるから・・・最後に付け足して。
「さて、まずは何処に行きますか?『守護者』。」
俺が尋ねると、
「そうですね、とりあえず荷物を取りに戻るのが先決でしょう。」
もっともな答えが返ってきて、
「そりゃそうだ。」
手ぶらで行くわけにはな、と俺は笑った。
「じゃあ、戻りましょう。スクマ。」
『守護者』の向ける笑顔は、肩の荷が降りたようなすっきりとしたものだ。
「あぁ。」
先を歩くその肩に、自分の肩を並べる。
これからの先の事に思いを馳せた。
俺は生きて行こうと思う。
ガードと一緒に。

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