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K/Night

K/Night

G War

西暦二二六九年。この時代に名のある研究者が長きに渡る研究により、命を落とした。
「奴らは……」
彼の研究書の最後にはこう記されている。
「だから、奴らは人間を狙ってるんだってば!」

コックローチ帝国歴三GG。人間はコックローチ帝国に支配され、屑――スカームと呼ばれていた。あまりにも長い年月を支配され続けてきた人間は、その屈辱的な呼び方をされても気にする素振りもなく、ただその支配を甘受して日々生活を送っていた。
そして支配下におかれた日本も、都道府県を番号に置き換えられて呼ばれている。またこれを、気にするものは誰もいない。

「ふぁ……」
西暦二二八一年。帝国歴三・二GG。ワンナイン(一九)と呼ばれる石川県に、輪島大紀は住んでいた。
学ランに身を包み、首元はしっかりとマフラーを巻き、今歩く道に人通りが無いからとばかりに大口を開けて欠伸をする。
 隠す素振りも見せない大紀に、大紀の家の隣人であり幼馴染である、加賀友は冷めた目で一瞥する。
「もう、人がいないからって、隠しもせずに欠伸しないでくれない?」
「ねみぃもんはねみぃんだよ」
「夜中までゲームなんかやってるからでしょ。自業自得よ自業自得」
「るせぇな。いいトコだったんだよ。あれをクリアせずに寝れるかって」
「だからテストの点が悪くて、冬休みに先生の愛たっぷりの特別授業を受けに行くのよねえ」
 クスクスと笑いながら、友はポンッ、ポンッと飛んで大紀の前をいきながら、通学路を進んでいく。友の言葉に、大紀は返すことも出来ずに、ただ鼻下までマフラーに埋める。
「……お前が男だったら殴ってたトコだ」
 ようやく反論出来たのは、既に友が高校の校門をジャンプして通過した時だった。

「で、お前はどうして一緒に来てるんだよ」
「やだ、今更何よそれ」
 初め職員室に向かったら、特別授業をしてくれる教師に自教室で待ってろと言われ、大紀は素直に向かっていた。しかし、テストの出来が悪くない友が一緒に来ていることに意味が分からず、自教室に入る寸前で友に問いかける。友は呆れたとばかりに溜息を吐くと、先に教室に入った。
「もちろん、先生にお願いされて、輪島大紀君の特別授業のお手伝いをしに来たんです」
 そう言って友は、職員室に行った際、教師から受け取った膨大な量のプリントを大紀の目の前に突きつける。
「うわっ、いらねぇ」
「何よそれ。大丈夫、先生と一緒に分かり易く、優しーく教えてあげるからね」
「あーはいはい」
「もう。素直にありがとうって言いなさいよ」
「誰が言うか」
 冬休みといっても新年を迎え三が日が終わっている。教室全体に白い雪のような埃が少し積もっていた。大紀はそんな少し埃を被った自分の机に荷物を降ろす。ふわりと、埃が机を滑って落ちて行った。
「きゃっ」
「どした?」
 ガタンと教卓が揺れた音と友の悲鳴に、大紀は少し慌てたように顔を上げる。教卓からは、あの膨大な量のプリントがハラハラと落ちていく。友は少し涙ぐんだ目で後退りし、それから大紀に手招きする。
 どうやら怪我とかではないらしい。半分安堵し、半分何なんだと呆れながらも教卓まで近寄ると、友がある一点を指した。
「……なんだ、ゴキブリじゃん」
 指された教卓下には、少し埃を被った黒い元生物があった。友が近寄っても逃げなかったのだから、もちろんそれは死んでいる。
「やだやだっ! 大紀それ、どっかに捨ててよ」
「あぁ? 何が嫌なんだよ。とっくに死んでるだろ?」
 別に動いていないんだから、平気だろうと大紀は思うが、友はそうはいかないらしい。大紀の学ラン裾を握って離そうとしない。
「分かったって! だから裾放せよ、動けないだろ」
 面倒くせぇな、と涙目の友を前に言うに言えず、渋々大紀は路上でもらってそのままポケットに突っ込んだ、ポケットティッシュを取り出して、黒い物体に被せて引っ掴む。うげっ、と可愛らしくも無い声が後ろから聞こえてきたが、それは敢えて無視をした。
「ねえ、それどうするのよ」
「ん? ……燃やす、かな?」
「ちょっ、燃やすって火を使うってことでしょ?! 駄目に決まってるじゃない!」
「そうはいってもな、ゴキブリって奴は雑食で、仲間の死体まで食っちまう奴なんだぜ? 普通に捨てても、冬休みなんだから誰もそれを処分しないし。それこそ格好の餌になっちまうじゃん。反対すんなら、お前処分するか?」
 引っ掴んだ黒い物体の入ったティッシュを友に向けると、友は髪が浮いて円を描くくらいに首を振った。そこまで嫌いか、と逆に感心する。
「ほら、教室一階でちょうど良いし。外で燃やすからさ」
「……うん」
 大紀も平気だからといって、さすがに死んでいるといっても長い間黒い物体を持っているのは嫌だった。友が頷くのを確認するとすぐに窓から外に出て、これまたポケットから、バイト先の先輩が油切れそうだからという理由で押し付けられた百円ライターを取り出す。掴んでいたティッシュを、他に燃えるものがない地面の上に置き、端をライターの火で燃やした。
「あばよ、ゴキブリ」
 ティッシュは直ぐに燃え、最後に黒い物体が、チラチラと火に包まれながら、少しずつ灰になっていった。
「……」
 その光景を、彼はじっと草陰から見つめていた。

「はぁ……ったく、冬休みに授業なんてやってられねぇよ」
 日が落ちた所でようやっと教師から解放された大紀は、家に帰ってリビングにあるソファに身体を預けていた。
「自業自得でしょう? 特別授業を受けたくないのなら、悪い点なんか取らなければ良かったのよ」
 それに対し、大紀の母親はそう指摘しつつ、てきぱきと夕食の準備を進めていく。
「もうそれは友に言われたっての。で、今日の夕飯何?」
「あなたは耳にたこが出来るまで言わなきゃ、分からないじゃないの。ゲームだって何度注意しても夜中までやってるし。そんな子には、お母さん特製のかぶら寿司を食べさせません」
 母親はスイッと大紀のかぶら寿司の皿だけ台所に持ち帰る。慌てて大紀はソファから立ち上がった。
「ちょっ、分かったから! ゲームは夜中までやんないからさ!」
「大紀のその言葉はもう聞き飽きたわ」
「母さんってば!」
 慌てる大紀が面白いのだろう。母親はクスクスと笑う。笑っているということは、本気でかぶら寿司を食べさせないわけじゃないだろう。正月でなくてもかぶら寿司を食べられるなら、かぶら寿司の好きな大紀にとってこの上ない幸せだ。こんなことで食いっぱぐれるわけにはいかない。
「じゃあ、かぶらに餌をあげてきてちょうだい。そしたら仕方ないからお夕飯を食べさせてあげるわ」
「はーいよ」
 餌やりぐらい、かぶら寿司のためならやってやると、大紀はリビングの棚からキャットフードの箱を取り出す。かぶら寿司が好きな大紀が猫につけた名前が『かぶら』だった。
「おーい、かぶら。飯だぞ」
 かぶらは大抵、リビングの隅で丸まっている。どうやら、かぶらにとって、そこがお気に入りの場所らしい。いつもはキャットフードの箱を上下に振りながら音を出し、そこで呼びかけるとすぐにでも足元まで来るというのに、今日はその素振りも見せない。なにやら、必死に前足を動かしている。その両足の周りを動く、一つの黒い影。
「……また、ゴキブリ?」
 良く目を凝らしてみると、やはり黒い物体の正体は当たっているようだった。このままでは、かぶらがそれを食べかねない。
 大紀は近くにあった新聞紙を丸めると、かぶらの首根っこを掴んで、黒い物体目掛けて新聞紙を叩き落した。
 フーッ、とかぶらが大紀に威嚇する。
「なんだよ。遊び道具ならおもちゃのネズミがあるだろ? かぶら」
 見事新聞紙がヒットした黒い物体は、所々が破損して千切れていた。それを、学校の時と同じようにティッシュで引っ掴み、ベランダに出てライターで燃やす。
「……」
 その光景を、彼はじっとリビングから見ていた。

「何だよ、今日はゴキブリ日和か?」
 一日で二度も害虫と言われる物体を始末した大紀は、夕飯をすませた後、自室のベッドに横たわっていた。
「なんつーか、ゴキブリも本当に色んな所に出てくるくらい増えたよな」
 実は大紀がその始末をするのは、今日だけではなかった。昨日も、一昨日も、一昨昨日も、その前もその前も、どこかに行くと必ず一回は遭遇しては始末した。
「あーもう、気分わりぃの。ゲームして憂さ晴らしすっか」
 しかし、起き上がった瞬間、大紀は異変に気付いた。
 カサコソ。
「な……とうとう俺の部屋にまでご登場かよ」
 ゲーム機の前に、黒い物体が一つ。
カサコソ。
彼は、羽を広げて一度動かす。
「……え?」
 カサコソ。カサコソ。カサコソ。カサカサカサカサ。
 部屋が、徐々に黒に染まっていく。
「な、なんだよっ。何なんだよ! く、来るなよっ!」
 カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ。
 そして、部屋は真っ黒になった。
「うわぁぁあああああああああ!」

「……大紀?」
 叫び声を聞いた母親が部屋に入った時には、大紀の姿は部屋の何処にもなかった。

「……閣下」
「うん?」
 彼は一度羽を動かすと、一際大きい黒い物体に触角を下げた。
「近頃我々に刃向かっていたスカームを、先程処分致しました」
「そうか、ご苦労だったな」
 閣下と呼ばれた君臨者である大きい黒い物体も、羽を大きく動かす。ブンッと部屋に音が響く。
「今、下々の者に食料として分け与えていますが、閣下もご覧になられますか?」
「いや、スカームなど見る価値もない」
「承知しました。では失礼致します」
 彼は今一度羽を動かすと、羽音を発てて飛び立った。それを見送り、君臨者は運ばれてきた食事に口を付ける。
「我々がこの世に存在してはや三GG。スカームの数字でいうと三億年、我々は食物連鎖の一環を担い、他の生物の役に立っているというのに、スカームはそれを知らずただ我々を殺すだけだ。……やはり、所詮スカームはスカームといったところか。我々に支配されているのも理解していないのだからな」
 忌々しげに吐き捨てた君臨者は、羽を広げると先程とは違う動かし方をして音を発てる。暫くすると、彼とは別の物体が降り立った。
「何か御用でしょうか」
「うむ」
 物体が触覚を下げるのを見もせず、君臨者は今まで食べていた爪を床に捨てた。
「近々、スカームの世界を襲撃する。各々準備を整え待機していろ」

Is it the end in this?


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