第1章 5年もの歳月の約束幼かった子供のころ。それはもう、過去のこと。今ではすっかり“思い出”だ。あの時は別れてしまったけれど、今日もう一度君と会える。 君は変わったのかな。昔の君なら知っているけれど、今の君は生憎知らない。 早く会いたいな。 君の大人びた笑顔に。 誇り高き火の国、その中にある王都『ファインデル』。 そこからすぐ真北に位置する村『フィーア村』。 川と『白夜の森』と言う森に囲まれたその村は、小さいながらも活気に満ち溢れた平和な村だった。 しかし、そんな村でも戦いからは避けられなかった。 時折、出没する魔物と戦う為だ。そして、その魔物の出没率は日増しに高くなっている。それも大きさも賢さも強さも変えてだ。 それが一体何を指しているのか、今は誰にもわからなかった。 ふと、何かの気配を感じて閉じていた目を開ける。 「4,5匹くらいか・・・?」 そっと呟くと、すぐ隣で寝そべっていた純白の毛を持った獅子のような魔獣、白夜が身を起こす。 「カインを呼ぶか?エリクよ。」 まだ姿を見せぬ敵に1人で立ち向かうには危険過ぎる。 白夜は言葉を切り出した。 エリクの青銀の髪が揺らぐ。 「頼むよ。」 白夜は頷くと村の中に入っていった。 その姿を確認すると、エリクは改めて村の門の外、王都へと続く道のある白夜の森へと緑眼を移す。気配は確かに近づいている。村に、自分にと。 エリクは腰にベルトに付けた鞘から剣を抜く。 真昼の空、剣先が光りに反射する。 それと同時に5匹もの魔物が現れた。狼の体、灰褐色の毛、鋭い爪を持った4本の足、そして2つの頭。 「ケロベスか・・・。」 もう何度も目にしたことのあるその魔物の名を口にする。それで甘えた声でなついてくるのであればいいが、生憎そんな魔物ではない。鋭い牙を剥き出しにし、敵意を露にした。 エリクは不敵な笑みを浮かべる。 「この村に入りたいのか?なら私を殺してから行け。それが・・・・出来るかはわからんがな。」 ゆっくりと剣を構える。ケロベスが空に向かって咆哮した。 それが戦闘の合図だった。 「咆哮が聞こえる・・・・。」 白夜の森の中、フィーア村を目指して歩くある一同。その先頭に立っていた男が足を止める。 短く切られた鮮やかな黄色い髪が風に揺れ、真紅の瞳は不安な色を帯びる。 「お頭、どうかしたんスか?」 ずんぐりした体にメガネをかけ、バンダナを頭に巻いた男が後ろから声をかける。 だが、『お頭』と呼ばれた男は首を横に振った。 「いや、気のせいかもしれない。先を急ごう。」 そう声をかけ、フィーア村をめざし、歩いたつもりなのだが、 「そっちは違う方向よ。」 と、この中で唯一女性であるサラがすかさず突っ込んだ。 男が慌てて振りかえると、付いてきたサラ達仲間が呆れ顔でこちらを見ている。 「う”っ・・・何だよ。」 「野賊のお頭ともあろう方が方向音痴とは・・・情けないです・・・。」 「情けないわ。」 「情けないっス。」 口々に交わされる言葉。男はたじろぐ。酷い言われようだ。 「くっ・・・俺だって好きで方向音痴になったわけじゃないっ!」 「そりゃあそうですね。」 黒い長髪にバンダナを巻いた痩せ型の男がうんうんと頷く。 そう、お頭と呼ばれた男の方向音痴は親譲りであった。 「・・・・そこで素直に頷かれてもなあ。」 「まあ、気にしない気にしない~。それよりも、いざフィーア村へ。」 サラは男の肩を軽く叩くと行くべき方向に指を指す。 「約束を・・・果たすために・・・。」 懐かしく感じる白夜の森を見上げながら男は微笑み呟いた。 刻々と時間が過ぎて行く。沈黙は続いたままだ。 エリクは意を決し、目の前に座っている自分と同じ、この村を守っている男に声をかけた。 「カイン。」 だが返事は無い。 「怒っているのか?」 エリクが問いかけると、傷の手当てをしていたカインの手が止まった。 どうやら図星の様だ。 彼の、髪と同じ、まるで海のような青い瞳がエリクを捉える。 「当たり前だ。君は勝手に1人で戦ったんだ。俺も白夜も待たずにね。そしてこんなに怪我をした。」 カインは止めていた手を再び動かすと、エリクの腕に包帯を巻く。 時は昼過ぎ。ケロベスとの戦闘が終わった後のこと。2人はエリクの家で一時の休息を取っていた。 「それは仕方の無いことだ。戦いはお前が来る前に始まってしまった。不可抗力だ。」 「そうだけどね・・・。」 手当てをし終えると、カインは包帯と傷薬を箱に入れ立ちあがり、棚に戻した。 「君はこのような事が起こる度にいつもそう言っているよ。」 「それはそうだ。」 エリクは肩を竦めて見せる。 「本当のことだからな。」 「・・・・・・。」 それ以上カインは何も言わなかった。わかっているのだ。彼女に何を言おうと無駄だということを。 そんなカインの心境など知る由も無く、エリクは呑気にテーブルに乗せてある籠からパンを取りだし口に運んでいる。 カインは横目でエリクを見た。 「そういえばさ、今日だね。」 「うん?」 話の先が読めず、エリクが聞き返す。 その様子に、もう忘れたのか?とカインは呆れた様に呟いた。 「君の待ち人が来る日だろう?」 「ああ、そのことか。」 ようやく理解し、手を打つ。 懐かしい顔が思い出される。黄色の短く切られた髪、炎のような真紅の瞳、赤いハチマキが良く似合っていた。その時彼は15歳で、自分は13歳。あれから5年が経った今日、どの様に彼は成長しているのだろう。 「フフ・・・早く会いたいな。いろいろ話したいことが沢山あるんだ。お前のことや、シャナやテーベ―達のこと、白夜のことや、そして・・・・。」 そこで言葉が途切れた。エリクの顔が暗く沈む。 「義祖母が亡くなったことを・・・・。」 声は酷く小さかった。このまま泣き出してしまうのではないかと、カインが思ってしまうほどだった。顔を覗き込もうとしたら、エリクが苦笑したのがわかった。 「大丈夫だ。人前で泣くほど弱くは無いつもりだ。」 努めて明るく言われたその言葉。カインは一瞬口にしそうになった言葉を飲み込む。 エリクが人前ではなく別の場所、“1人でいられる”場所で泣きたいということを。 「記憶を失い、この村の入り口に倒れていた私を、義祖母は助けてくれて、そしてここまで育ててくれた。生憎義祖母の願いであった私の記憶は未だ戻らないがな。でも、私は感謝している。それに本当の親だとも思っている。今でも、これからも。しかしな、いつまでも還らぬ人のことを引きずっていても仕様がないだろ。確かに悲しいけれど、私は1人ではないんだ。仲間も友人もいる。それにいつまでも悲しんでると、義祖母が心配するだろ?」 「そうか・・・。」 今まで黙っていたカインはゆっくりとエリクに歩み寄るとその頭をクシャリと撫でた。 からかいや同情などではない。エリクの強い心に対する尊敬の意を込めて。 始め、エリクはその行動に酷く驚いた様子だったが、すぐにいつもの、大人びた笑みが戻る。 「もうそろそろ行くよ。約束の場所にさ。」 「ん、そうだな。頃合いもちょうど良いだろう。」 カインは窓の外を見た。太陽は一番高いところに位置している。これから暑くなりそうだ。 エリクはテーブルの下に寝そべっている白夜に声をかけると椅子にかけたマントを羽織った。 「村のことは頼むよ。なるべく早く戻る様にはする。」 「了解。褒美はロムさんの店のラム酒でいいからな。」 調子の言い言葉にエリクが苦笑する。 「あと、『ノイン』に伝えておいて。“会うのをたのしみにしている”って。」 後ろから聞こえるカインの声に返事代わりに片手をあげて振ると、エリクは玄関の戸口を開けた。 「それはもう、ものすごく・・・・ね。」 一人残されたエリクの家の中、呟いたカインの言葉の意味は誰も知らない・・・。 賑わう村の中。エリクと大体同年代くらいの少年少女が外に出ては言葉を交わす。話題は全て『ノイン』のことだ。 「今日来るね。」 「今日来るよ。」 「変わっているかな。」 「早く会いたいね。」 そんな中、黄色髪の少年テーベ―と、栗色の髪の少年ソウル、そして黒い長い髪の少女シャナも顔を見合わせ嬉しそうに笑っていた。 「きっとさ、あの馬鹿に磨きがかかってるんだぜ。それに方向音痴にも。」 「あはは、そんな事言ったら可哀想だよ。テーベ―。でも、人目も触れず抱き付いてたりしてそう。」 「いや、ソウル。それは違うぜ。もう、Aぐらいス・・・グハッ!」 「テーベ―?そう言う下品なことは言わないでちょうだい。」 「う”ぅ”・・・・シャナ~・・・。」 自分達も皆と同じだがもっと別なこと。 『エリクはもっと嬉しがっているだろうね。』 白夜の森の一角に、少しだけ森が開けている場所がある。 大樹と一面に広がる花と泉が涌き出るその場所。そここそが5年前に約束をした場所であった。 エリクは白夜の背から降りると大樹に触れる。 「この大樹も1つも変わっていない。」 そしてあいつも―――・・・。自然と笑顔になる。 「白夜も早く会いたいだろう?」 その問いに白夜は目を細めた。それはエリクと同じ気持ちからだ。 「ああ。」 「私もだよ。」 他人から見てもわかる、子供の様にはしゃぐ姿。顔には“待ちきれない”と書いてある様だ。 そんな自分を落ち着かせるために、大樹の根元に座り込む。隣に白夜が寄り添う様に寝そべった。 白い純白の毛が風で揺れる。その毛を指で持て遊びながらエリクは呟く。 「ノイン。」 まだ待って間もないのに、今までの疲れが出たのかエリクはいつのまにか寝入ってしまった。 ノインと別れたあの日も今日と同じような日だった。空は青く澄み渡り、太陽は光り輝いている。 エリクは森の開けたその場所で、大樹の根元で眠っていた。しばらくすると自分に陰が落ちているのに気づいた。1人の少年が目の前に立ったからだ。無邪気に笑う顔。少年は手を差し伸べる。 そして言った。 「エリク。」 と。 呼ばれてエリクは目が覚めた。そして自分に陰が落ちているのに気づく。目の前には大きな手。 見上げるとあの日と同じ無邪気、いや、大人びた笑顔を向けた、ずっと待ちわびていた者の姿。 「・・・・・っ。」 言葉がつまり何も言えなくなってしまった。 そんなエリクにノインは告げる。 「ただいま。」 幻かと思ってしまった。太陽と森が見せる甘い夢かと。確かめる為に手を伸ばした。頬に触れる。――――温かい。 次の瞬間エリクは弾かれたようにノインに腕を回していた。 「会いたかった・・・。」 「俺もだよ。」 ノインもエリクの体に腕を回し力強く抱きしめる。 どのくらいそうしていたかわからないくらい長い時間そうしていた。お互いがお互いを確かめるように、ずっと。 先に口を開いたのはノインの方だった。 「みんな元気か?」 エリクは少し体を離す。頬は嬉しさの為に少し紅潮していた。 「凄く元気だよ。皆ノインに会いたがっている。そうそう、カインって奴が村にいるんだ。私の家に一緒に住んでいるんだけど、お前に会いたいって。早く行ってやらなくては。ラム酒を買ってね。」 「へえ、俺に会いたいって?・・・・・・“一緒に住んでる”・・・?」 「どうかしたか?」 「いや、ちょっとな。ハハハ。」 首を傾げるエリクにノインは慌てて笑顔を作るが、心の中は嫉妬の炎が燃えていた。 一緒に住んでいるのはちょっと、いや、凄くいただけない。 「話したいことも沢山あるんだ。」 「うん、俺もだよ。」 そうは言ったが、ノインの顔はどこか暗い。エリクが心配して顔を覗きこむと、体に回されていた腕の力が強くなった。 「・・・・?ノイン?」 「エリク・・・・俺、大切な話があるんだ。俺が・・・・村を出て・・・・その後の話・・・・。」 ノインの腕が小刻みに震えているのがわかった。 何があった。彼に、一体何が。 「ノイ・・・・。」 だがそれ以上エリクの言葉が続くことは無かった。 |