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北京ビジネス最前線改め中国ビジネス後方基地

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OHTERS

2009.07.20
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カテゴリ:OHTERS
映画『高興(Gao Xing)』(SINA映画=中国語)は西安のある陝西省出身の作家・賈平凹が自身の同級生の実話をモデルに書いた小説を原作に、テレビCF出身の映画監督・阿甘が映画化したもので、2009年の"お正月映画"として公開されました。

陝西省の貧しい農村から"一肌上げよう"と地方都市・西安に出稼ぎに出て来た農民と、大学の入学資金を稼ぐためにいかがわしいサウナでマッサージ嬢をしている女の子の恋愛ストーリーを中心に、地方都市の表舞台で無いところで気強く活きていく農村出身者たちの群像コメディに仕上がっています。(原作では、この二人の恋愛が成就することは無かったようですが。)張藝謀監督の『活きる』や寧浩監督の『Crazy Stone』などで様々な役どころをソツ無く演じてきた郭涛が出稼ぎ農民の劉高興を、著書『水の彼方 ~Double Mono~』が最近日本でも翻訳出版された作家兼シンガーソングライター兼女優の田原がマッサージ嬢・孟夷純を演じています。

弟分・五富とともに、憧れの街・西安に出てきた劉高興は、同郷の仲間に勧められて、廃品回収の仕事を始めます。北京の中心ではすっかり見ることも無くなりましたが、自転車でリアカーを引っ張って、空きカンやペットボトルから、壊れた家具やテレビまで、何でも引き取って回るお仕事です。数年前の北京では、500ミリリットルの空きペットボトル10本を0.5RMB(7円)ほどで引き取ってくれました。家電やベッドなど多少"値のはる"廃品が集まったとしても、1日100RMB(1,400円)ほどの利益が出るか出ないかの商売なのだろうと思います。
それでも、劉高興は前向きに仕事に打ち込みます。同郷の仲間に借りたオンボロ倉庫の何一つ無い"自宅"の部屋も、次第に家財が増えていき、"お家"らしくなっていきます。
余華の小説『兄弟』(兄弟 上 《文革篇》兄弟 下 《開放経済篇》)の主人公・李光頭は、廃品回収業から身を興してチョー大金持ちになりました。劉高興はチョー大金持ちにはなりませんが、毎日を仲間とともに楽しく過ごし(「高興」は中国語で、"うれしい・楽しい"と言う意味です)、恋愛も成就させるのです。

ステレオタイプに「経済格差の拡大」と「それがもたらす社会の歪み」などと叫んでいる評論家の皆さまにも、ぜひご覧になっていただきたい映画だと思いました。

蓄えていた進学資金を盗まれて落胆していたマッサージ嬢・孟夷純に、劉高興がお金を援助する場面があります。百元札(1,400円)2~3枚をプレゼントする劉高興に、孟夷純は「あなたが何日もかけて稼いだお金をいただくわけにはいかない」と言います(結局はもらっちゃうのですが)。いっぽうで200~300RMB(3,000~4,000円)というお金は、いかがわしいマッサージ嬢ならば地方都市であっても、一人のお客さんにサービスすれば稼げるお金でもあります。

飛行機好きの劉高興は、手作り飛行機で西安上空を飛ぶことによって、「多くの人の上に立つ」という弟分・五富の夢を叶えてやることになるのですが、ひょんなことからその飛行機のボディが広告メディアとして5,000RMB(7万円)で売れました。"広告主"であるIPOを間近に控えた地元の実業家にしてみれば、5,000RMB(7万円)は「一晩マージャンして負けるお金よりも安い」のですが、劉高興は警察に連行されたマッサージ嬢・孟夷純の"将来"を買い戻すことができました。

中国には明らかに経済格差が存在します。
汗と泥だらけになって一日中廃品回収をしても、せいぜい100~200RMB(2,000~3,000円)の収入にしかならないでしょう。けれども貧農地域で農業をしていたときより、10倍~100倍の現金収入アップです。毎日働けば、北京や上海の大学新卒初任給くらいにはなります。運が良ければ、小説『兄弟』の主人公・李光頭のように億万長者になって宇宙旅行に出かけることもできるのです。
「格差の拡大」を統計的に証明している評論家は知りませんが、中国の"空気"として格差が固定化したり、拡大すると言う状況では無いと、私は感じています。

テレビも洗濯機も冷蔵庫も無いような農家に、家電製品を普及させたいと「家電下郷」(大和総研による解説)という政策がとられました。農家が指定家電製品を指定販売店から購入すると13%の補助金が出るという制度です。これはGDP8%成長を死守するための景気対策として始められたのでは無く、金融危機が顕在化する前の2007年12月から試験的に始めている政策です。2008年だけで、9,200億RMB(13兆円)の家電製品がこの制度を利用して購入された、とも言われています。
最近では、携帯電話やエアコン、バイク、パソコンなど、農村地域ではかなりの贅沢品と思われる製品への対象が拡大しており、結果として中国の"内需拡大"に貢献しています。

もちろん、この制度を利用できるほどの現金収入が無く、未だ家電製品を購入することのできない貧困農民も多くいるでしょう。また高年齢や病弱のため、出稼ぎに出たくともできない"弱者"もいるでしょう。
ただ私は現代中国の経済階層は、かなり流動性に富んでいると感じています。都市部のスピードには着いていけないかも知れませんが、農村部も総じて言えば豊かになってきています。そして、努力を惜しまなければ、運が良ければ、都市部でそれなりに豊かな暮らしをすることも可能でしょうし、事業を興してお金持ちになることもできます。

もちろん、経済的に裕福なことだけが人間の幸せでは無いと思いますが、ある程度の水準の暮らしぶりができてこそ精神的なゆとりも生まれてくるものです。
余華の小説『兄弟』の主人公・李光頭が、経済優先のため"弟"をはじめ精神的に大切なものを失ってしまったのに対し、映画『高興』の登場人物たちは、貧困からそこそこの暮らし向きができるようになって、友達や夢を大切にしながら活きようとしているのです。
こうした姿は、富裕層にも貧困層にも共感をもって受け容れられたのでしょうし、私自身、中国の「経済格差」は必ずしも中国崩壊の主要因にはなり得ないだろう、と言う想いを強くしました。
高興






Last updated  2009.07.20 19:44:48
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2009.07.13
カテゴリ:OHTERS
田原(Tian Yuan)の『水の彼方 ~Double Mono~』は、私にとってはある意味で難解な作品でした。

1985年生まれとは言え、16歳でHopscotch(跳房子)と言うバンドでデビューし、2年後には香港映画でメインキャストを演じ、著名な映画賞をも受賞した田原(Tian Yuan)を、「八〇后(中国の80年代生まれの若者)」の典型として語ることは無理があると思いますし、典型的な「八〇后」が田原(Tian Yuan)を支持しているか、というのも疑問です。

<女の子たちのおしゃべりの話題>といえば<テレビドラマ、新しいダイエット法、オープンしたばかりのレストラン、S.H.E.、心理テスト><男の子はもう少し単純で、バスケかサッカーかゲームのことだけ>。
『水の彼方 ~Double Mono~ 』の冒頭で語られる高校二年生の放課後の喧騒こそ、典型的なその時代の「八〇后」でしょう。
映画『タイタニック』のディカプリオとウィンスレットの真似をして、船先に立ち手を広げセリーヌ・ディオンの『マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン』を歌うのも、私がイメージする典型的な「八〇后」です。「ニルヴァーナ」や岩井俊二の映画『スワロウテイル』ですら、私の理解している「八〇后」のイメージからみると少し尖っています。

私に言わせれば、田原(Tian Yuan)は八〇后のサブカルチャーそのものです。

冒頭の引用されている清代の怪奇小説『聊斎志異』の中の短編『水莽草』は田原(Tian Yuan)自身が「日本語版あとがき」で述べているとおり、同世代人にとってポピュラーなものではありません。
ビートジェネレーションのユダヤ系アメリカ人作家・アレン・ギンズバーグの作品『リアリティ・サンドウィッチズ』にしても「八〇后」のバイブルとは言えないでしょう。出典を理解してからでは無いと読み進められないかも知れません。

作品を更に難解にしている要因は、青春(心境)小説と幻想小説とのボーダレスな交錯と、突然の白昼夢、それに伴う時制や人称の転換にあると思います。もちろんこうした手法により、主人公・陳言の内面をよりデリケートでリッチに表現することができたのだと思います。
泉京鹿さんが翻訳に取り組み始めて、2年近い歳月を経て、ようやく日本語版として完成させた苦労が分かる気持ちがします。

原題『双生水莽』の一部となっている<水莽草>。
主人公・陳言が日記に挟んでいる一本の根から二本の葉が伸びている水草が<双生水莽(双子の水莽草)>です。武漢市内を貫く長江(揚子江)の河岸の湿地で摘んだものなのです。
田原自身は日本語あとがきで、前述の怪奇小説『聊斎志異』の短編『水莽草』の物語を田原自身の青春時代と結び付けています。小説の中でも、主人公・陳言が<周波数>の合う仲間にお気に入りの物語として『水莽草』を語って聞かせたています。水莽草を食べて水莽鬼(亡霊)になり、好いてくれたオトコを身代わりにしてでも現実世界に帰るべきか葛藤しているのが陳言なのか、『水の彼方』を書いている田原自身なのか、こうした二重性が『水の彼方』の中で、作者・田原と主人公・陳言との関係をより複雑なものにしています。
幸いにも田原本人にこの件について尋ねる機会がありましたが、「この作品は私自身のイメージから飛び出した言葉の物語」だとお答えいただきました。短編『水莽草』の美少女水莽鬼(亡霊)三娘のように、小悪魔的で小悪女的だったのは、 『水の彼方 ~Double Mono~ 』を書いた時の田原自身だったのでしょう。

<水莽草>をはじめ、<(赤い)恐竜の泡><象魚(ピラルクー)><月の中の小人>などのファンタジックな比喩的象徴が、『水の彼方』の文学性を強くするとともに、難解にもさせています。
こうしたメタファーは、作品に詩的な生臭さ(泉さんは訳者あとがきで<生物学的匂い>と述べています)を醸し出させ、作者のセクシャリティ(女性性)をいっそう強く引き出しています。
いっぽうで、主人公・陳言の従兄弟との初恋のエピソードは、まるで綿矢りさの『蹴りたい背中』のように甘酸っぱい思春期小説風でもあり、舞台が北京に移ってから結末までの展開はスピーディかつ残酷で、ゴダールの『気狂いピエロ』を彷彿させてくれたりと、作者・田原或いは主人公・陳言の複数のパーソナリティが一つの小説に封じ込められている感じがします。

『水の彼方』は、田原自身の<周波数>にシンクロした<重力ポテンシャルエネルギー>によって自動記述された、幻想的青春小説と言えるでしょう。
1950年代アメリカの若者がサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』(『水の彼方』では主人公・陳言自身中学2年生のときに読んでいる)を愛読し、大人の世界を自分自身の価値観で拒み通そうとする主人公の少年に共感したように、また村上龍の『限りなく透明に近いブルー』が1970年代の日本のサブカルチャーから若者の普遍的な虚脱感(村上は中国語版の解説で<近代化の達成という大目標を成し遂げた後に残る「喪失感」と述べている>を書き記したように、『水の彼方 ~Double Mono~』は生活も風景も価値観も目まぐるしく変わる現代の中国を舞台に大人になる一歩手前の少女のモラトリアム体験を幻想的に描いたものだ、と私は勝手に解釈しています。

第二次大戦後栄華を尽くした1950年代のアメリカ、GMのシボレー、ライ麦畑。高度経済成長期の日本、学生運動、オイルショック、限りなく透明に近いブルー。
そして、21世紀初頭の中国。WTO加盟、富裕層の拡大、GMもTOYOTAも中国頼り。そうした中、次代を先んじて捉えているように行動しているように見えても、実は置いてけぼりにされている、若者のこころの内側。
『水の彼方 ~Double Mono~』は、若者のこころの中に突如現われる空隙を満たす液体の如く、世界中の若者に読み継がれていくことでしょう。新世紀エヴァンゲリオンのLC.Lみたいに、血生臭くけれと心地良く。

田原が音楽活動を本格的に再開するとのことで、たいへん楽しみにしています。
『水の彼方 ~Double Mono~』の主人公・陳言と同様、ニルヴァーナが大好きだったという田原ですが、最近はまさに八〇后世代に人気のミュージシャン羽泉や李宇春を手掛ける音楽プロデューサー張亜東と組んで音作りをしているようです。張亜東作曲による『50 Seconds From Now』は、ヴェルベット・アンダーグラウンドのニコを彷彿させるアンニュイなヴォーカルで、冒頭に述べた八〇后サブカルチャー路線を証明してくれた感じです。
田原は、私が大好きなテレビヴィジョンも大好きだそうで、『50 Seconds From Now』の歌詞やヴォーカルは詩人ギタリスト・トム・ヴァーレインの影響も伺われます。
この秋にはアルバムが完成するとのことで、こちらのほうも大きな話題になって欲しいと願っています。

水の彼方



■関連リンク■
田原ブログ(新浪博客)
八〇后(中国新人類・八〇后(バーリンホゥ)が日本経済の救世主になる! (洋泉社Biz)=次代高消費層として捉えている点では普遍的な八〇后を確認できると思います
水莽草(青空文庫・田中貢太郎訳)
アレン・ギンズバーグ(ウィキペディア)
スワロウテイル [DVD](goo映画)
気狂いピエロ [DVD]ウィキペディア
限りなく透明に近いブルー(ウィキペディア)
新世紀エヴァンゲリオンのLC.L(ウィキペディア)
張亜東(C-POP)
『50 Seconds From Now』(百度MP3の検索結果)
ニコ(ウィキペディア)
テレビヴィジョン(ウィキペディア)
トム・ヴァーレイン(ウィキペディア)






Last updated  2009.07.13 19:23:19
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2008.01.09
カテゴリ:OHTERS
むかし自分がこのブログでどんなことを書いていたのか、振り返っていました。
2005年6月8日のエントリーは" [速報]上海株底値脱出!いよいよ上がり始める!?"でした。

その翌日の産経新聞は「上海株下落止まらず 国有株放出、不安誘う 『国際市場』へ険しい道」と言う記事を掲載していたようです(当時の記事が阿修羅というサイトに引用されていました)。
中国の代表的な株式指数の上海総合株式指数が六日午前、一時的に一〇〇〇の大台を下回った。一〇〇〇を割り込んだのは一九九七年二月以来だ。相次ぐ企業不祥事による市場不信感に加え、先月から始まった国有の「非流通株」の放出などによる需給関係の悪化懸念や不動産価格抑制政策、繊維貿易問題など不安材料が重なったためだが、歯止めのない長期低落傾向に、国際マーケットとしての地位を得るには、多くの時間がかかりそうとの見方も広がっている。[中略]
日本の市場関係者は、中国の株式市場も徐々に対外開放に向かうとの認識では一致している。ただ、「開放政策が一気に進まず、行ったり来たりを繰り返している」(村上氏)現状では、中国株式市場が国際的マーケットに育つ道のりは、まだ遠いともみている。
(スミマセン、福島さん....)
共同通信も「上海株、一時1000割れ 8年4カ月ぶり安値」と言うニュースを配信していました(同じく阿修羅の引用による)。
中国の株式市場では、非流通の国有株を市場に放出する改革が先月9日から始まり、投資家の間に需給悪化懸念が広がっている。[中略]総合指数は2001年6月13日に終値で2242.42と史上最高値をつけた後は下降基調で、約4年にわたり低迷が続いている。
ご承知の通り、上海株価指数は2005年6月6日、一時1,000ポイントを割る998.23に下落しました。しかし、その後徐々に上昇に転じ、昨年10月には6,000ポイントを越えました。その後やや下げましたが、それでも05年6月当時の5.5倍の水準です(ちなみにこの間、日経平均は1.3倍くらいになっています)。
10年スパンでみると、この05年6月6日がまさに"底値"をつけたその日だったのです。
にもかかわらず、上述の通り日本での報道は、中国株式の先行きをより暗くみるものがほとんどだったようです。1,000ポイントを切った上海株価指数を底値とみるアナリストは、少なくとも日本ではほぼ皆無だったのではないでしょうか。
当時のニュース検索ができないのですが、この時期、中国でも明るい見通しを伝えたメディアやアナリストはほとんど無かったように記憶しています。
上海株価指数

上のチャートで一目瞭然です。
結果として、ドンぴしゃりと言い当ててしまったことを別に自慢しようと思って取り上げたわけではありません。むしろ、分かりきったこととは言え、ちょっとぞっとしてしまいました。

この時のエントリーでは、一切触れなかったのですが、この情報は中国の知人から耳打ちされたものだったのです。当時の彼は株などやっていませんでした。私がお遊び程度に中国株をやっていて、株価が低迷していることを、彼に嘆いたりしたことはありました。
その彼が、私のところにやってきて、「明日から上がるから心配するなよ」と伝えてくれたのです。必ず上がるから、と翌日から彼もぎこちなくネットトレードを開始したのでした.....。

彼には、金融政策関係の朋友(おともだち)がいたのです。
このことが何を意味するか、もうお分かりですよね....。中国の株価なんて、ほぼ当局の思うがままになる、と言うことです。不思議かもしれませんが、中国では当たり前のことなんです。
上海に上場している中国企業の大半の株式は国家が持っています。つまり、株価が上がれば国家が儲かる仕組みになっています。市場で流通しているのはほんの一握りですから、資金の流れを作れれば、株価は操作しやすいですね。

でも、こうした情報で大儲けした朋友(おともだち)もたくさん居たことでしょう。私のほうは.....
儲けていたら、こんなこと書きやしません!!






Last updated  2008.01.10 01:37:35
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2007.07.06
カテゴリ:OHTERS
私はマトモに中国語のお勉強をしたことがありません。
1997年、北京に赴任したときは、「にーはお」と「しぇえしぇ」しか知りませんでした。着任当日、取引先にお詫びに行く必要があって、「対不起」(すみません)という中国語を覚えました。

前の職場では、赴任地での語学研修として1年間の費用を会社が持ってくれることことになっていましたので、日本語専攻の女子大生に毎週2回、終業後のオフィスに来ていただき、個人授業で学ぼうと目論見まてはみましたが、終業時間が見えないお仕事だったもので、1ヶ月も経たないうちに先生に逃げられてしまいました。
それからは、中国語を正式にお勉強することを諦めてしまったのでした。

それでも今は、中国語でお仕事をしています。
取引先と中国語で交渉することもありますし、簡単な中国語のEメールだって送ることはできます。ま、9年近くも北京で仕事をしていたら当たり前なのかもしれませんが、学校なんかに通わなくとも独学で何とかなるものです。

そうは言っても、英語同様、自分の中国語にはコンプレックスがあります。
きっとチョーブロークンで、おネエ言葉になっているからです。中国語しか話せない皆さんの前なら堂々と中国語を使うのですが、きちんと中国語を話せる日本人の方が同席されている場合など、自分のいい加減な中国語が見透かされてしまう恥ずかしさで、途端に声が小さくなってしまいます。無鉄砲に外人とべらべら英語でしゃべるくせして、流暢な英語を話す日本人がいると、急に寡黙になるのと同じです。

最近は中国エキスパートの日本人がどんどん輩出され、語学もきちんと身につけた日本人が中国で働くケースが多くなっているようです。
中国への赴任が決まった後輩も、費用は全額会社持ちで3ヶ月間の語学留学を北京で楽しんでいます。現地で1年間もの語学研修を経てから着任させるという日本企業も増えているようです。もちろん、大学で中国語を専攻してきた人材もたくさんいらっしゃいます。

その反面、中国語など話せなくとも中国でお仕事ができる環境も整ってきましたし、出張で頻繁に中国を訪れる日本のビジネスマン/ウーマンの中には、片言の中国語も話せない方々が少なくないようです。
通訳を通しての商談、空港-オフィス-取引先-ホテルという行動範囲では、なかなか中国語を話す必要は無いでしょう。ナイトライフに積極的な男性であれば、出張とは言えそれなりに中国語を覚える機会はあるでしょうが....。

出張ベースで中国を訪ねる日本人であっても、少しくらいの中国語は話せたほうが楽しいはずです。現地法人のスタッフと中国語で挨拶ができたり、取引先との会食で片言の中国語を使ったり、通訳やアシスタント抜きでこっそり買い物に出かけたり....と、コミュニケーションと行動の範囲が格段に広がるでしょう。

そんな方にお勧めなのが、先日小学館から出版されたガチャピン&ムックの中国語教室です。

ビートルズのポール・マッカートニーをモデルにしたとも言われるキグルミのガチャピン(Wikipedia)は、永遠に5歳というお子ちゃまでありながら、おそらく私から10歳ほど若い世代、つまりいまの30~40代前半のスーパーヒーローと言えるでしょう。
だって....キグルミを着たまま、スキージャンプしちゃうんですよ。あれはテレビで見ていて、ほんとに感動しました。
ガチャピン

スキージャンプだけではありません。パートナーのムックとともに、ウェイクボード、カヌー、サンドバギー、ジェットホバー、スキューバダイビング、スノーボード、ミニバイク、モーグルスキー、モトクロス、ロッククライミング、空手、カートレース、サッカー、釣り、ボブスレー、自転車、バーテンダー、バイク、クレーンゲーム、ボーリング、チアリーディング、フィギュアスケートではアクセルジャンプを決め、宇宙旅行まで成し遂げたのです。ガチャピンの果敢なるチャレンジ(写真集)は、若い頃の私たちに夢と希望を与えてくれたものでした.....。

ガチャピンとムックのチャレンジは、いつも本気度がスゴイのです。。
今回は中国語にチャレンジしたわけで、付属のCDではガチャピンとムックによる本格的な中国語の発音を耳にすることができます。
ガチャピン&ムックの中国語教室』は、中国語学習の入門書と言えますが、発音とピンイン(中国式発音記号)を基本にしているところが魅力的です。
出張などで何度か中国を訪ねると、簡単な挨拶や会話や単語などを耳から覚えていくことはできます。でも、中国語には日本人にとって聞き分けるが苦手な音があって、発音の基本を知っていないと、いつまでも区別がつけられないままで終わってしまいます。lとr、bとp、zhとch、anとangとenとeng、chiとqiなど、初期の段階で聞き分けることができると、区別して発音がしやすくなるわけです。
この教科書では、中華料理や職業の名前といった、よく使う単語を使って、発音の基礎、似た音の区別を学んでいけます。声調とピンインの基礎ができていると、パソコンの中国語入力なども早く習得できちゃいます。

お仕事で中国に関わるようになって、ちょっと中国語を始めてみようか、などとお考えの方は、まずガチャピンとムックと一緒に会話と発音の基礎から始めてみるのも、よろしいかと思います。







Last updated  2007.07.06 20:49:18
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2007.04.15
カテゴリ:OHTERS
香港などを除く中国本土の企業として初めて(香港系資本と経営陣が上海に設立した新華ファイナンスが2004年に上場していますが)日本の株式市場に上場を果たす『アジア・メディア・カンパニー・リミテッド』。"ケーブルテレビ関連事業を手掛ける"などと2007年3月22日付けNIKKEI NETでは紹介していますが、実態は広告会社です。しかも、上場するアジア・メディアと言う会社は中国本土には存在しません。イギリス領バミューダで登記された持ち株会社なのです。

これは主として中国の外資規制や海外市場上場障壁をクリアするために用いられるストラクチャーで、NASDAQに上場している百度(BAIDU)も新浪網(SINA.com)も分衆伝媒(Focus Media)も、中国の事業会社がIPOしたのではなく、イギリス領ヴァージン諸島やケイマン諸島などに登記されている持ち株会社が上場したのです。
持ち株会社『アジア・メディア』傘下の事業会社には、地方CATV局の番組ガイド(の広告)を扱う『北京寛視網路技術有限公司』(以下『寛視ネット』)、BTV(北京電視台)などの広告枠を扱う『北京寛視神州広告有限公司』(以下『神州広告』)、そしてソフトウェアの開発や販売を行うことになっている『北京寛視軟件技術有限公司』(以下『寛視ソフト』)があります。

2006年の『アジア・メディア』の連結売上は約34億円(2.2億RMB)で、純利益は8億6,000万円(5,500万RMB)、利益率は25%となかなか高収益ではありますが、『神州広告』によるテレビ広告レップの比率が約60%とダントツなのです。自社サイトでは、「中国におけるメディア・プラットホームを越えたテレビプログラム・ガイドソリューションとサービスの提供の先導者であります。」などと、地方CATVの番組ガイドや映画のテレビ局への配信などの事業を強調してはいますが、実態は広告会社(メディア・レップ)なのです。

『アジア・メディア』の売上の6割を稼ぎ出しているのは『神州広告』ですが、実は『アジア・メディア』の子会社ではありません。『アジア・メディア』のCEOである崔建平さんが100%出資する中国独資企業なのです。『アジア・メディア』は自身のCEOであり『神州広告』の出資者でもある崔建平さんと出資持分質権設定契約や独占買取権契約などを結ぶことによって、『神州広告』を実質100%支配の会社として連結決算に取り込んでいるのです。
なぜ、そんな面倒なストラクチャーになったのでしょう?
まず第一に海外市場でのIPOを前提としたために親会社をイギリス領バミューダに置かなければならなかったこと、第二に最も"稼ぎ出す"業務セグメントが広告ライセンスを必要であったこと、第三に広告ライセンスは100%外資でも受けられるのですが、出資する外国の親会社がに3年以上の広告業務の実績を必要とすること、などの条件が重なったからでしょう。ですから、『神州広告』を設立する必要に迫られた際に、持ち株会社である『アジア・メディア』からの直接投資にすることができず、また広告業務の実績が無い"外資企業"扱いの『寛視ネット』や『寛視ソフト』の子会社にすることもできなかったのでしょう。

『アジア・メディア』の"中核会社"とも言える『神州広告』が『アジア・メディア』と直接的な資本関係が無いという事実は、日本の投資家に少なからぬ不安を与えることになるでしょう。公募予想金額が600円~650円に対し、初値予想も600~640円(鉄拳制裁!IPO!! 萌えろ!初値予想!!IPOはノーリスク・ハイリターンといわれる…など)。ブックビルディングで当選しても、エースを引き当てた、と言う感動が得られるかは疑問と言えるでしょう。
とは言え2007年の業績予測は、売上が前年比2.1倍、純利益も1.9倍の15億5,000円とのことなので、中国企業のIPO独特のストラクチャー・リスクを無視すれば、なかなかの成長株とも言えそうです。現にIPOにより調達を見込んでいる資金は約14億円(1億RMB弱)で、これを元手にプレペイメント(前払い)で優良なメディアの広告枠を仕入れることができれば、売上や利益が倍増するのも絵空事ではありません。

『アジア・メディア』の株式のうち6.71%を電通(の関連会社)が持っています(NTTドコモも少し)。今回のIPOで60万株を放出するので3億6,000万円のキャッシュを手に入れることになります。まぁ、もっと多く注ぎこんでいたとは思いますが....。






Last updated  2007.04.16 08:59:43
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2005.03.15
カテゴリ:OHTERS
日本に観光に行く中国人も増えてきました。秋葉原やTDRの良い顧客になっているそうです。そうは言っても、海外旅行に行くことができる中国人は全体のほんの一握りだけなのです。

突然取引先の偉い方から電話がありました。日本からです。「北京発の日本観光ツアー、チャーター便なので200人集めなければならないのに、10人しか申込みが無い、出発は3月22日。なんとか知り合いを集めて参加させて欲しい。」そんな内容の電話でした。あと1週間しかないじゃないかぁ、無理だよ。と思いました。
仕事柄、"動員"を頼み込まれることがよくあります。コンサートの席が埋まらない、記者会見の席を埋めたい、からマージャンのメンツを探してくれ、などなど。そうしたリクエストなら対応できます。中国にはたくさん人がいますから。でも、日本への観光ツアーとなると事情が違います。

「ビザなどの手続きが必要なので、フツーの中国人では間に合わないと思いますよ」と言うと、日本の偉い方は「このツアーは日本の地方自治体が絡んでいるから、ビザなんかの手続き無しで参加できるんじゃない」くらいの認識。日本ではフィクサーなのかもしれませんが、ここ中国に関しては、正直言って"甘過ぎ"です。
確かに日本の国土交通省は、中国から観光客を呼ぼうとキャンペーンを行っています。また観光資源の豊富な地方自治体も中国からのツアー客呼び込みを盛んに行っています。このツアーも、日本のある県とその観光協会が企画したものでした。中国の航空会社のチャーター便を日本の地方空港まで飛ばし、帰りは地方都市周辺のおじさんやオバサンを中国観光ツアーに乗せていく。そんなツアーが最近多いようです。中国からの観光客に対しては、受け入れ側の地方自治体が歓迎レセプションなどを用意したりします。
おそらくこの偉い方は日本の政治家か誰かに頼み込まれて、中国の事情も把握せず、いい返事をしてしまったのでしょう。

日本のこの偉い方と話していても詳細は把握できないので、北京の旅行社を片っ端からあたって、このツアーの資料を入手しました。
今回のこのツアーは、北京発で日本の地方空港に飛び、その周辺を観光し、温泉に泊まり、スキーまで体験し、その後バスで東京に向かい、都内観光しTDRに行き、また地方空港に戻ってから北京に帰る、という内容盛りだくさんの6泊7日ツアーで、5,600RMB(約7万円)。
他のツアーと比べると割安感があるのですが、なんと言っても時期が悪い。中国では春節(旧正月)にまとまった休みを取るので、その1ヵ月後と言うのはなかなか休みが取りにくい時期です。申込みの締め切りはとおに過ぎていたのですが、主催する中国の旅行社に電話で尋ねると、明日までに申し込めば何とかするとの話。ちなみに日本人の参加もOKで、この場合今週中に申し込めば間に合うと言う(中国では、外国人の顧客を扱えない旅行会社やパッケージ・ツアーもあるのです)。
どう考えても、私の回りの中国人をこのツアーに参加させるのは無理だなぁ、と思いました。

まず第1にクリアしなければならないのはパスポート。ウチのような"外資系企業"の社員であっても、有効なパスポートを持っているのは3分の1くらいです。
第2は出身地(戸籍)の問題。日本へのパッケージツアーの場合、北京市、天津市、上海市、遼寧省、山東省、浙江省、広東省に戸籍を持つ中国人にしか日本のビザは交付されません。いくら国土交通省や地方自治体が中国からの観光誘致に躍起になっても、中国人が日本に来て欲しくない役人がたくさんいるので、中国人なら誰でも日本のビザを取得できる、というわけではないのです(「愛・地球博」開催期間中は緩和される方向のようですが、そのことがまた政府間の揉め事になっています)。
ここまでクリアできたとして、来週から1週間会社を休める人がどれだけいるでしょうか?業務命令でも出さない限り、このツアーに参加することはできないでしょう。ウチの社員ですら現実的には難しい状況。
そして最後はお金の問題。約7万円とは言え、外資系企業でも優秀なマネージャークラスでなければ、これほどの月給はもらえないでしょう。北京のフツーの給与所得者の月収の3倍以上の旅行代です。簡単には準備できないはずです。
こんな風に考えたら、いまさら"動員"をかけるなんて、絶望的です。

とは言え大切な取引先のお偉い方からの"圧力"。なんとかカッコつけないとまずいと思い、関係する会社や知人の北京在住の日本人に片っ端から声を掛けることにしました。日本人ならビザの心配は要りません。この際、半額ウチの会社で持ってもいいから、せめて二人でも三人でも参加させられれば、この会社との取引きも安泰....

そんな矢先にまた日本のお偉い方から電話。「状況はどうなっている?」。
私はブチ切れるのをこらえて、これこれしかじかで、ウチの社員も含めて中国人の参加は難しい、日本人なら何とかなるのでいま頑張っている、旨のご報告をしました。
「日本人は良くないねぇ。その自治体は中国人ツアー客がたくさん来ることを期待してるから。日本人が日本人を歓迎して、どうすんの?」だって!
さすがに、ブチ切れてしまいました。もう、このお偉いさんの会社はクライアント・リストから抹消しようと思っています。






Last updated  2005.03.15 22:00:34
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2005.01.17
カテゴリ:OHTERS
北京で仕事をしている日本人は数千人いると言われています。中国の首都ですから日本の政府関連の人たちが、上海と比べて多いのが特徴でしょう。また、日本企業が中国総代表部を置くことも多いですから、大企業の役員クラスが駐在しているケースも多いです。ただ、中国総代表部と言っても、マーケティングや営業的なことは上海を中心にコントロールすることが多いようです。首都で政治都市であるが故、様々な許認可上、総代表部だけは北京に置く場合が多くなっています。

雇用の形態は大きく、日本からの駐在と現地採用に分けられます。駐在とは、日本企業の社員でありながら、本社の業務命令により、中国の支社に転勤もしくは、関連現地法人に出向という形で、中国で働いている人たちです。現地採用とは、日系その他外資系を含む中国の企業から直接雇用されている形になります。中国のメーカーや欧米系のサービス業で働く日本人も増えていますが、現地採用でやはり多いのは日系企業で働く人たちです。労働環境や待遇は千差万別ですが、同じ日系企業の中で働いている場合でも、駐在と現地採用でも大きな違いがあるのが普通です。

特に待遇面の違いは顕著です。日本からの駐在者の給料は、日本で得る給料に海外勤務手当てなどが上乗せされる場合がほとんどで、北京での住居も外国人向けの高級マンションが保証されたりします。一方、現地採用となると、現地の基準で給料が決定され、住居も自腹であったり、会社負担であっても駐在者が住むような高級マンションではなかったりします。

そもそも、こうした待遇の格差は、当人の能力や業績から生じる、とは言えない状況で、日本企業による"人件費削減"が大きな要因となっています。
日本の本社とすれば、中国に社員を駐在させることは、日本以上にお金がかかることです。ですから、駐在員は"少数精鋭"であるべきだと考えます。ですから、現地で日本人スタッフが必要な場合、現地で採用することになります。人件費に関しては、日本人であろうが中国人であろうが、本社からの駐在であろうが現地採用であろうが、原則として中国の現地法人が財務上負担しなければなりません(駐在員の人件費を日本の本社で処理している企業も実際は多いのですが、これは両国の税法上問題があります)。
日本企業の現地責任者は自分のことは棚に上げて、自分を含む駐在者並みの待遇を現地採用の日本人にも施してしまったら、コストが高くついてしまうと考えますから、中国人スタッフとのバランスも考慮しながら、現地採用の日本スタッフの待遇を決定する場合が多いわけです。

日本からの駐在者が有能で、現地採用の日本人が有能でない、とは言い切れません。しかし、駐在者が待遇面その他で現地採用者より優遇されている以上、そのミッションの違いもはっきりさせる必要があるでしょう。
一般的に駐在者のメリットは、(1)日本での業務経験が豊富 (2)日本の本社や他の日本企業の事情に精通している (3)日本の本社に対するロイヤルティが高い、と言うことではないでしょうか。年齢的にも、現地採用者は20代~30代前半の若者が多いのですが、業務経験という点で現地採用者のほうが勝ってれば、この前提すら崩れてしまいます(技術職などにこうしたケースが発生しています)。経験や会社に対するロイヤルティと言うのは、能力とは別の次元のものなので、厚遇されている駐在者はまず、こうしたメリットが活かせるミッションを遂行する必要があります。それすらできずに、能力も現地採用者より劣っているような駐在員であれば、即刻帰任してもらうべきです。

中国の日系企業に現地採用で職を求める若い日本人が増えています。中国で留学し、語学もこの国の事情も"腰掛け"駐在者と比べると、たいへん勝っていて、能力も高い人材も多いです。そのいっぽう、何らかの"事情"で中国に居ついてしまい、仕事が必要となり、日系企業だと良い待遇で雇ってくれるだろう、と思っている若者が多いのも事実です。
前者のような人材は、中国の日系企業にとっても非常に貴重と言えるでしょう。日本の本社からの駐在者にも、中国人スタッフにも、できないような役割を果たしてもらえる可能性が高いからです。ウチの現地法人の場合、実績があがれば国籍や年齢に関係無く待遇が向上しますから、日本の本社で待遇が固まっている駐在者より高い給料を得られる機会もあります。現に、現地法人の責任者である私より、ずっと高い給料を得ているスタッフが何人もいますから、日本にいるよりチャンスは大きいと思います。
しかし、後者のような日本人はどこに行ってもツライのではないかな、と思います。中国で働くと言うことは、日本で働く以上にたいへんなのです。ウチの場合、中国人スタッフの大学新卒者の初任給は手取りで2,500RMB。外国語ができれば、その分上乗せされますが、最大で1,000RMBですから、合計でも3,500RMB(約5万円)と言ったところでしょう。私も面接することがありますが、こちらの大学に留学して卒業したての日本人に「最低でも手取り8,000RMBと住居は会社負担。」などと要求を出されて、「日本人なんだから当然でしょう」みたいな顔でいられると、どう考えても理不尽に思えてしまいます。「日本人だからこういうことができる」みたいなセールスポイントが無いと、中国人に対する人種差別になりかねません。

不当に低い待遇を受けている現地採用の日本人もいるのも事実ですが、合理的とは言えない厚遇で働いている現地採用の日本人がいるのも事実です。
これは、ある意味で駐在者にも言えるわけで、自分が責任者となっている中国の現地法人の業績が2倍に伸びたとしても、日本の本社の待遇では、給料が2倍になるわけではないのです。いっぽうで、業績低迷で赤字続きだったり、平日ゴルフ三昧でオフィスでは日本の新聞が届くのを待っているだけのような駐在者でも、日本で働く以上の待遇が保証されていていたりします。
こうした矛盾を変えていかなければ、日本企業はいつまでたっても、中国でうまくやっていけないのではないか、と思うのです。






Last updated  2005.01.17 13:27:43
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2004.11.24
カテゴリ:OHTERS
日本などが生産拠点や投資先を台湾から中国大陸へシフトするにつれて、台湾の経済は悪化していきました。そして、雇用も厳しくなりました。ですから、いま中国大陸ではたくさんの台湾の人が働きに来ています。
私どもの業界の場合、台湾はある意味で先進地域だったので、台湾で10年~15年経験を積んだ30代くらいの人たちが、中国大陸で活躍しています。マネージャーやディレクターとして、中国大陸の経験の浅いスタッフを指導したりしています。ウチの会社にも4名の台湾のスタッフがいます。

ウチの会社の場合、北京のスタッフは、日本人の言うことはあまり真剣に聞き入れない傾向にあります。「日本ではこうやってうまく行った」などと言っても、ヨソの国のことだし、違う人種のことだからでしょう。でも、台湾の上司の意見は、かなり真剣に聞き入れます。「台湾ではこうやってうまく行った」などと言うと、そのアイディアをそのままパクろうとするくらいです。
同じ中国人とは言え、いままで辿ってきた歴史が随分違いますし、育ってきた環境も大きく違います。台湾の人は「国語」と呼ばれる基本的には中国の標準語に近い言葉を話すのですが、発音も随分違いますし、業界の専門用語ともなると表現そのものが違います。でも、北京人にはそうした発音や台湾で使われている単語が、新鮮でトレンディに思えるらしいのです。日本語はフツーの日本人が韓国語に感じているような、なんかヘンなワカンナイ言葉くらいにしか思っていないようです。

ウチの台湾のスタッフが、たまたまそうなかもしれませんが、、中華圏では良くありがちな、部下に対する高圧的な態度も取りませんし、声も大きくありません。部下に対しても、私に対しても、丁寧に論理立てて説明します。こうした雰囲気が、私のような日本人にとって、とても心地よいのです。
香港人には、セカセカしたか印象しかないので、またそれとも違う感じで良いのです。

しかも、こうした台湾の人たちが、一般的に親日的です。ウチの会社のスタッフの場合、「日本ではこうやっていた」という話を素直に聞いてくれます。逆に、「日本ではこういう場合、どうしているのですか」などと日本での事例を聞きたがります。北京でまだ売られていないような日本のブランドや商品についても、日本人が抱くイメージとほぼ同じ風に理解していることが多いのです。私とほぼ同世代のスタッフは、日本のアニメやテレビ番組やアイドルなどの話になると、コイツ日本で暮らしていたんじゃないか、と思うくらいウマが合ったりします。旅行や出張で日本を訪れた人も多く、機会があればまた日本に行ってみたい、と思っています。外国ならどこに旅行したいか尋ねて、「日本」と答える北京のスタッフがいないのとは対照的です。

もちろん歴史的にみて、台湾と日本は中国大陸と日本とよりも、関係が濃厚だったから、と言えるでしょう。台北を訪ねたとき、東京の新橋に居るような感覚になりました。単純に日本のコンビニがいっぱいあるからだけではなく、ビルの造りや路地や、街並みそのものが、そんな感じだったのです。
ただ、台湾の人たちのこうした親日的な雰囲気に接すると、20世紀前半の彼らの地域にとって「不幸」と言われている時期が、ほんとうにそうだったのか、考えさせられてしまいます....

いまウチの会社では、台湾のスタッフが、北京のスタッフと私たち日本人との間をうまく調整してくれている気がしています。中間管理職としては最適な人材となっています。これは彼らの文化やビジネスに対する考え方や生活習慣が、北京人(中国大陸人)と日本人の間に位置するからなのかもしれません。






Last updated  2004.11.24 15:34:51
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2004.11.15
カテゴリ:OHTERS
北京に現地法人がある日本企業では、日本の本社の社長や会長などのトップや役員クラスの方が、北京に来られる機会が多いはずです。
トップの訪中目的は、政府の要人や幹部、JV相手などの中国側パートナー、取引先などのトップとの面談が中心でしょう。
駐在員の日頃の苦労を理解するために訪中する日本の会社のトップなど、中小企業を除けば稀でしょう。大企業のトップともなると、北京の現地法人のオフィスに立ち寄ることなく帰国してしまうことも多いでしょう。

日本の大企業のトップであれば、中国政府或いは北京市政府の幹部から間違いなく歓待されます。恐らく「朋友(親友)」と呼び掛けられ、「日中友好の架け橋」と美辞麗句を並べ立てられ、立派な宴会にご招待されるでしょう。
政府関係でなくとも、中国側パートナーのトップからも同じように歓待され、協力関係の更なる発展を確信することになるでしょう。
こうした訪中により、日本企業のトップは気分良くし、「中国側は皆歓迎している」「協力関係は万全だ」と言う想いを強くする場合が多いわけです。
苦戦を伝える現地からのレポートが、まるで改ざんでもしているかのように、「中国側は皆うまくやろうとしている。うまく行っていないのは現地での対応に問題があるのではないか」などと、トップから叱責されてしまうことにもなりかねません。

現地のビジネスの現場は、日本から来たトップが思ったほど順調には行かないケースが多いのです。許認可申請がうまく進まなかったり、JVの中国側パートナーが日常業務においてはあまり協力的でないようなことは、良くあるケースです。普段のビジネス相手は同じ組織であっても別な方です。
大臣クラスや北京市長や中国の大企業の総裁の皆さんは、日本企業のトップが訪中するから顔を出すのであって、現地法人の責任者であっても日常の商談ではお会いできないような方々なワケです。

中国側のトップが日本企業のトップを歓待するのは、別に騙すつもりでないはずです。総論として「熱烈歓迎」の意を中国側を代表して表しているのだと思います。ただ、各論になれば双方譲れない難題も出てくるのです。まして、中国政府の出先機関では、組織より個人の判断が優先する「人治主義」がいまだ蔓延っているのですから....

現地法人を任されているにしても、こうした事情を日本に居る本社のトップに理解してもらうのは、たいへん難しいことです。こうした意識の乖離とそれに伴う問題を小さくしようと、本社役員クラスを北京に送り込む上場企業も増えてきていますが、大企業で決定権を行使できる役員であっても北京に居ついてしまうと「友遠方より来る」的な歓待は期待できないのが現状です。

日本の政治家のセンセイたちも、北京に頻繁に来られるのですが、中国側の歓待と総論としての「日中友好」論に気分を良くして帰国していくだけです(産経新聞社の古森義久氏も記事や著書の中でこの点を指摘しています)。

北京を訪れる大企業のトップの方は、ぜひこうした事情を理解した上で、適切な対応を考えていただきたいと思います。
また、中国で頑張っている日系企業の皆さんは、はるばる日本からやってくるトップの方に、できる限り、中国ビジネスの現状を理解してもらえるような工夫をしていく必要があると思います。
将来的には、中国ビジネスのあらゆる権限を現地に委譲すること、そして日本の本社トップがビジネスのために北京を訪れなくとも良くなること、なのでしょうが、これはなかなか難しいようです。






Last updated  2004.11.15 17:48:34
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2004.11.01
カテゴリ:OHTERS
日本から中国へご出張で来られる方、どんどん増えています。「視察」程度なら良い(!?)のですが、しっかり「仕事」を抱えて来られる方が多くなりました。
会議や商談や検品や調達や展示会などなど、日本の本社と北京の支店や現地法人がコラボレーションする場合も多いはずです。そして本社の日本人と現地の中国人社員とで打ち合わせをしたり、会議をしたり、或いは現地の中国人社員に交渉役をお願いしたり、通訳になってもらったり、そういうことがどんどん多くなるわけです。

こんなときに、日本の会社なんだから現地の中国人社員も日本流に仕事をしているのだろう、などと勘違いしないほうが良いと思います。本社ではこうする、とか、日本ではこうだ、と言ったところで、ここは中国の支店や現地法人ですし、中国なのですから。
何十年も別々な民族として生きてきて、同じ会社人生など数年のはずですから、日本のことや日本人の心が理解できるはずが無いのです。
日本流の手際良さに馴れてしまって、中国のルースさにいらいらして、挙句の果てに現地社員に怒鳴りまくるようなことはしないでください。
「郷に入れば郷に従え」です。日本の会社かもしれませんが、所詮ここは中国です。ご出張でいらっしゃった日本人は彼(彼女)たちがいなければ、きっとビジネスを進めていけないのです。

「視察」でご出張の方は、まだまだこんな経験はしなくて済むと思いますが、アテンドの駐在員や現地スタッフに、「本場の(焼き)ギョーザとラーメンとチャーハンを食べれるレストランを教えてくれ」とか言うのはご法度ですから、ご注意ください!






Last updated  2004.11.06 00:21:32
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