ある中国人起業家の反アウトソーシング主義
北京で中国人の知人が起こした会社を訪ねました。0歳から6歳までの乳幼児の両親をターゲットとするマーケティングとコミュニケーションの会社とでも言いましょうか。アウトプットとしては、ヴァイラル(クチコミ情報)をメインとしたポータルサイト、雑誌、ペイテレビ・チャンネルなどによって、ママやパパと子育て関係の商品やサービスを提供する企業との間に情報を流通させるというビジネスです。中国には6歳までの乳幼児が1億人近くいます。このうち約20%、2,000万人が貧困農村部以外に住んでいるそうです。そのうちの1割を顧客として取り組めれば200万人(世帯)。ペイテレビの視聴料を月10RMB(150円)として年間で120RMB、200万世帯なら2,400万RMB(約3億6,000万円)の収入になります。達成率3割とし、さらに広告収入や雑誌販売などの収入を控えめに見積もって、年間1億円ちょっとの収入があればペイできる、と言う比較的謙虚なビジネス・プランで進めているそうです。ご存知の通り、中国では"一人っ子政策"が続いていて、都市部の大部分の家庭では子どもを一人しか持てません。おのずと子どもにかける期待が大きく、期待に比例して子育てにかけるお金も大きくなります。0歳から6歳の子どもを持つ大都市の夫婦は1ヶ月あたり800RMB(約1万2,000円)以上費やしています。10RMBや20RMBくらいであれば、子育て情報に費やするのは惜しくないはず。雑誌などは既に出尽くした感じですが、ウェブやペイテレビ・チャンネルは発展途上の市場と言え、いいところに目をつけたなぁ、と言う感じです。オフィスを訪れて驚いたのは、こうしたサービスをすべてインハウス(自社内)で完結しようという姿勢です。つまり、アウトソーシングを一切考えていないのです。エディター(編集者)、記者、デザイナーはもちろんのこと、カメラマンや映像編集者、番組のディレクター、パーソナリティに至るまで、すべて自社で抱えているのです。設備も、ウェブやDTPの編集で使うパソコンはもちろんのこと、テレビカメラ、ライティング、スタジオまで、すべて一つのオフィスに収まっています。つまり、ポータルサイトもペイテレビの番組も雑誌もすべてワン・オフィスで完成してしまうのです(雑誌の印刷などはアウトソーシングしますが)。確かに、ビークルは違っても、情報の内容はウェブ、テレビ、雑誌ともほぼ同じはずです。昔と違って、1台のパソコンでウェブの制作もテレビ映像の編集も雑誌の編集もできちゃうのです。つまり、ウェブ制作事業もテレビ番組制作事業も雑誌編集事業も設備が共有できるということ。コンテンツ(行き交うデータ)は皆子育てに関するものですし。日本をはじめ欧米など多くの企業では、アウトソーシングを活用し、自社はコンパクトにするという経営が主流です。自社内で完結しようとすれば、多くの設備が必要になりますし、多くのスタッフを抱えることにもなります。商売がうまく行っている間は、コスト削減にも繋がるでしょうが、商売を縮小する必要が生じた場合、身動きが取れなくなってしまいます。固定資産が大きくなり、その償却のため利益が削られますし、余剰スタッフにも人件費がかかります。専門的な業務であればあるほど、スタッフの配置転換も難しくなります。こうしたリスクを回避するために、多くの企業はアウトソーシングします。ですから、工場を持たないメーカーやウェブ・デザイナーのいないウェブ制作会社などが存在します。日本の広告会社でテレビCMを作っていると思ったら大間違いです。アウトソーシングを重視する経営姿勢は株価向上のため、とも言われます。固定資産を小さく抑えることができ、豊富なキャッシュフローが生み出され、四半期や一年といった短いスパンで経営を管理し易いわけですから、EVA(Economic value added:投資した資本に対し一定の期間でどれだけのリターンを生み出すか)を重視する投資家にとっては魅力的な方向と言えるでしょう。経営者の知人に問い質してみると、中国の場合、サービス業を含むソフト系産業では、インハウス(自社完結型)のほうが有利だと考えているようです。いろいろ話したのですが、彼女の意見をまとめると、中国における固定資産と現金と人件費の関係にあるようです。中国では企業価値というと未だに固定資産を重視する傾向にあるとのこと。債権回収がシステマティックに行われていない中国においては、売掛金や買掛金といった帳簿上の資産や負債よりも、現金化可能な固定資産のほうが重視されているので、資本を固定資産化することを投資家は歓迎するそうです。ま、独自の技術だとか知的財産などが未だに価値として認められていないようなこの国ならではの事情かなぁ、と思います。次に、設備投資と比較して人材投資が圧倒的に安く済むということ。しかも、とりわけソフト系産業においては人材流動性が激しく、人件費を固定費として考える必要が無いということ。事業規模を縮小したときの社員削減コストも少なくて済みます。むしろ、成長性の無い会社なら自主的にスタッフが去っていきます。ですから中長期的にみれば、労働集約型のソフト系産業の場合、アウトソーシングに出さないでインハウスで行ったほうが圧倒的に有利、というのが彼女の主張でした。私としては納得できるような納得できないような感じですが、確かに知人の起こした会社は、複数の事業で設備やスタッフを共有できるフレームワークになっていて効率的です。しかも、オフィスのロビーがテレビ番組用スタジオと兼用になっていて、運転手さんが収録の音声スタッフ(マイク持ち)をやったりしていました(写真)。それでも、いきなり100人近いスタッフを抱え、この先大丈夫なのかなぁ、と心配もしつつ、日本の企業に居てはなかなか発想にこぎつけない、"自社完結主義"を応援したいと思っています。