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つなげ“希”動力-袖番号96、伊東勉のページ楽天版(更新停止。書庫ログ)

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2006年10月26日
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 おはようございます。大船渡はただいま朝4時です。26日付のエントリで書いているのは、やっぱりこの記事を別な日に書くというわけには行きませんからね。
2006年日本シリーズ
北海道日本ハムファイターズ 4勝1敗 中日ドラゴンズ

10月21日(土) 中日 4-2 北海道日本ハム ナゴヤドーム
10月22日(日) 中日 2-5 北海道日本ハム ナゴヤドーム
10月24日(火) 北海道日本ハム 6-1 中日 札幌ドーム
10月25日(水) 北海道日本ハム 3-0 中日 札幌ドーム
10月26日(木) 北海道日本ハム 4-1 中日 札幌ドーム

 新庄…さん、泣いていましたね。今年の引退宣言の後、かけていたんでしょう。今年一年に、これまでの野球人生で培ったものの全てを。タイガース、ニューヨークメッツ、サンフランシスコジャイアンツ。これまで陽のあたるチームでプレイし続けてきた新庄さんが、日本に帰ってきて選んだチームは、北海道移転を決めたばかりのファイターズだった。
 森本稀哲選手は言った。「元々明るいチームではあったけど、新庄さんが外にも見えるようにしてくれた」と。この森本選手もそうだけど、新庄さんの活躍の裏で、それにあやかろう、目立ってやろう、という選手がだんだん伸びていった。

 田中賢介選手は、今年延びなければベイスターズの田中一徳選手のように見切りを付けられていただろう。だけども、彼は踏ん張った。鶴岡慎也選手は三菱重工横浜クラブ出身。ゆるくない状況の中、プロに認められた選手は、いつの間にか正捕手に登りつめていました。
 稲葉篤紀選手は、アメリカ挑戦が不調に終ってのファイターズ入団。一時は不調だったものの、やはりスワローズ時代にはクリンアップを打っていた好打者。このシリーズではMVPに輝きました。
 同年代でこのチームにいるのは、岡島秀樹、建山義紀、清水章夫各投手に金子誠選手。いつの間にか少なくなってしまいましたが、岡島、金子両選手は、見せ場を作ってくれました。続けられるまで、野球を続けてもらいたい。
 そして、田中幸雄選手。すっかり見所も何もない、後楽園球場がガラガラだった頃から頑張ってきた選手が、一打席だけだったけど、日本シリーズの舞台に立てたことに、私はホッとしています。
 小笠原道大、セギノール両選手に関しては、いまさら私が言う事でもないでしょう。
 金村暁選手は、ああいう事態からよく復帰して来ました。ダルビッシュ有投手は、ここからが彼の野球人生の本格的なスタートでしょう。
 新庄さんがまいた肥料は、これら選手の成長を促しました。おっと、忘れちゃいけないのは、北海道の野球ファン。サッカーのアルビレックス新潟同様、本当に実になるかどうか不透明のままスタートを切りましたが、関係する人みんなが頑張って、日本一という大輪を咲かせました。


 一方敗れた中日ドラゴンズ。4勝1敗という結果ほどには差はありませんでしたが。一つ一つの試合の中で、常にファイターズに一歩先に行かれてしまった結果がこうなってしまったのでしょう。
 中日の同年代は、川上憲伸、平井正史両投手に井端弘和選手。加えてリハビリ担当の塚本洋さん。それぞれの立場なりにまだ次も狙える。特に投手の二人は「75年度生まれの投手で一、二を争った」本格派投手。川上投手には「岩手の球児が倒そうと燃えた」久慈商業(現在は久慈東高)を破り「岩手球児に止めを刺した」選手。出来る限り、いつまでも活躍していてほしい。
 川相昌弘さんはこの日の送りバントが、結果生涯最後の仕事になってしまいました。この人もグラウンドを去るんですね。小学時代、テレビで「スイッチヒッター時代の川相選手」を見た時は「10年持つかな」と思いましたが、24年プロのグラウンドに立ち続けました。本当にお疲れ様でした。
 最後は、新庄さんに最後に相対した投手、中里篤史投手。デビュー戦を見たとき「とんでもない投手になるぞ」という予感がしましたが、その年のオフに致命的な大けが。打者転向も検討したとか。でも、マウンドに立つことをあきらめなかった結果、去年、今年と投げられるようになっていました。
 ある意味で、野球を盛り上げるというバトンを引き継いだんだ。中里篤史君よ(苗字だけでとめると、この苗字で知っている人は5~6人はいるので)。来年はローテに入る番だぜ。

 今年も、プロ野球を通じた人間ドラマも、ほとんど終わりをを告げました。
 残るは「アジアシリーズ」「日米野球」。
 今年のプロ野球の仕上げはどんな風になるのでしょうか…。

 でも、あえて言わせてもらいます。悔しさもこめて。

 北海道日本ハムファイターズ 優勝おめでとう。


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最終更新日  2006年10月27日 05時05分50秒
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