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2015/02/23(月)00:21

その176 2008足利への道。-私が挑んだ『クラブカップ』について。(前編)

社会人野球2008(52)

 この記事を「社会人野球」のカテゴリで扱うのはどうよ、と考えた。  でも、実際関わったのが「社会人野球」だから、という理由であえて書かせていただきます。名づけて「2008・足利への道。」 1.何も出来なかった一年前…仲間のエールに送られる。  2007年9月6日。  クラブ選手権が翌日。雨足も強くなりつつある中、私伊東は直前の参院選の後退のショックも覚まし、準備も整えて所沢へと行く旅路に向かおうとしたときでした。  後ろにいた車の突然の発進。避けたはいいが、その際に起こした肉離れ。  出発一時間前に泣く泣く所沢に行くのをあきらめたあの日。  裏方と応援で盛り上げて、赤崎を、全足利が相手とはいえ勝たせてやりたい。  そういう思いを発揮する事が出来ませんでした。  あれからひとつの冬を越え、新しく始まった野球のシーズン。  赤崎はクラブ選手権出場こそなりませんでしたが、クラブカップ大会には進出という1つの結果を成し遂げました。  「今度こそ、どこが相手だろうが応援でも負けたくはない!」  グラウンドで頑張る選手を更に後押ししたかった。  その思いで色々と「何が出来るか」を模索した結果、1つの行動を起こしました。  「野球の応援でスーパーメガホン使っていいのかい?」  そこにいた仲間の一人がたずねていました。  私の知人からメガホンを借り、そこから応援に適した「着メロ」を流しながら、声出しの応援をプラスチックメガホンでする。  大きな音楽機材を借りる力のない私にとっては、これが精一杯の行動でした。  途中寄った共産党の仲間から「頑張って来いよ」と送り出され、いざ足利へ。2.効いた友人のアドバイス。  7月頃の記事をご覧いただいた方なら承知とは思いますが、正直行けるかどうかというのは寸前になるまで分からない状態でした。  ギリギリの人数で回している職場。更にそこから1人の退職者。  そんな中で4日も休むというのは、大変な事でした。  それでも盆の時期の集中出勤という条件はついたものの、ギリギリではありましたが4日の休みが取れ、ボロ車を動かして足利に向けて走らせました。  8月8日。この日は大変天気が良く。良いだけならどうでもいいのですが、とにかくむちゃくちゃ暑い日でした。しかも、1つとんでもないことが起きてしまいまして…。  エアコンが…効かないんですよ。  ACのスイッチ入れても何の反応もなし。  一応冷房の所に温度をあわせていましたが、ちっとも涼しくなりません。  そうしている内にギラギラ熱くなってきて…車走らせている内は窓開けていれば良かったのですが、止めている時はそうも行きません。私は1つ、手を打たざるを得ませんでした。  古川あたりのイオンで氷を買い、首筋に1つ、後は車が止まっている時に全身を冷やす用途に1つ使いました。出発寸前に友人から「熱中症にかかる危険性が多いのだから」と、色々な対処法を教えていただきまして、首筋に氷、というのもその内の1つでした。これがなければ仙台あたりで救急車、でした。本当に助かりました。  でも、それだけで逃げ切れなかったのがこの--暑さ。  とうとう名取のあたりで一度休まざるを得なくなりました。  『日が暮れてから走らせよう』。  車のラッシュ、何よりもこの--暑さ。  それを考えた結果、このまま走らせるよりはいいと考え、4時間ばかり休む事にしました。3.何とか着いたよ足利に。  さて、私はこの旅路、高速道路は使いませんでした。  高速道路料金の支払いに難儀する、というのもありましたが、もう1つ語らせていただければ、高速道路を使った旅路というのはどうにも“旅”をした、という実感がわかないんですね。所々止まったりなんだりしてそこにいる人との交流をする、というのも旅の楽しみの1つ。あるいはそこの風景に見入るというのも旅の楽しみの一つ。  実用面考えれば「高速」使うのが一番便利とは思いますが、私も欲張りなもので…で、一般道路使ってずっと進んでいきました。国道4号線は何回も通っているのである意味『慣れている』部分もありますが、それでも月一で使っているというわけでもないので、久しぶりに通ってみたら「あの店なくなっているな」「ここにも…かよ」「車止めるスペース出来たね」とか思う事もあります。  で、9時には福島市に到着し、ネットカフェに一時間いて「その142 ただいま伊東中!じゃない移動中。赤崎、駒形、江刺、盛大附…がんばろうぜ! 」を制作。その後は再び車走らせて11時頃には郡山を通過。12時過ぎたあたりに、福島・栃木県境の手前で休憩し、午前3時起き。5時になる前にさくら市川岸交差点から国道293号線に入りました。  「果たして8時まで間に合うべか…」  と思いながら車走らせていましたが、意外にスイスイ進み、6時半には足利の手前、佐野市田沼町にたどり着きました。その間に20分ほどトイレと着替えをしていたにもかかわらずにです。あ、別にスピード違反はしていませんよ。  そこの道の駅で弁当食べながらこの後の行動の段取り、そして借りてきたスーパーメガホンの調整をしまして、7時前に出発。7時半過ぎには足利市に突入。そして、8時少し前に野球場にたどり着きました。4.暑い天気にゃ熱い試合がお似合いだ。  到着直後、試合開始のサイレンが。  「8時半じゃなかったっけ?」  …どうやら私は第一試合の開始時間を間違えていたようでした。  スーパーメガホンに、スコアブックなど道具一式、万一に備えて鐘太鼓(素直に玉子焼き用のフライパン-105円-と言えよ)、飲料水の入っているクーラーボックス。これら抱えてスタンドに着いた時は既に2回に入ろうとしていました。  既に伊勢崎の選手は到着。そして、我が赤崎の選手も3,4回頃に続々とやってきました。今回どれだけの体制で来る事が出来るのかな、と思っていましたが、総勢20人オーバーでこの大会に臨む事ができました。本当に、大会に参加させていただいている関係者の皆様には頭が下がる思いでいます。  第一試合の苫小牧-宇都宮は中盤の点の取り合いでは宇都宮が一歩リードしましたが、苫小牧が最後追いつき延長へ。しかし勢いに乗った宇都宮は1点取られてもへこまず最後は逆転サヨナラ勝ちを収めました。苫小牧は…6点取られた回がすべてでしたね。大量リード奪い、相手先発はKO、こちらはエース。それでもやってみなければ分からない所が野球の恐さです。  そして、第二試合『赤崎-伊勢崎』。  試合前に磯谷監督と菅原部長には話していた応援をスタートさせました。  ある選手曰く「お昼のチャイムが鳴ったかと思った」。  全員がビックリした事と思います。  応援に関してはまた別な記事を立てますが、この日の猛烈な暑さを考えると、6月の時のように声出し、音出し応援の協力を他に来ていたお願いする、というわけには行きません。かといって屋根のあるバックネット裏では応援自体が出来ないので、ギラギラずう日差しの中三塁スタンドに座って応援を実行しました。ただ、私の体を心配した後援会長はじめ皆さんが時々来ては水を渡してくれたり、体調に気を遣っていただきまして、応援を無事に進める事が出来ました。  試合は2回にあげた一点を山本淳一君、村上修君はじめとした守備陣が守りきり、全国優勝経験のある伊勢崎硬建を破りました。とはいえ、伊勢崎はやはり強かった。特に速水投手は打ちづらい投手でした。早めに取った1点で勝ちましたが、あの場面で点を取れなければどうなっていたか。本当に暑い天気にふさわしい“熱い試合”でした。5.天気も、試合も急変!  試合後、赤崎・後援会のメンバーを見送った所で第三試合がはじまりました。この暑さです。手早くいい環境で休ませる事が選手達には最善でした。そして私は球場に残って残る2つの試合を見ていきました。  トランシス・マーリンズと日立ドリームスの一戦。  序盤はマーリンズの選手の能力の素晴らしさが目立っていました。  3回に飛び出した沢村選手のホームラン。  登板している岩田投手は、駒大苫小牧時代の甲子園優勝投手。  それにふさわしいいいボールを放っていました。  が、あれだけ暑かった天気が少し変わって来た時に、それに釣られるかのように試合の流れも変わってしまいました。  5回に日立は1点取ると、6回にも2点とって逆転。  7回にはエラーや四死球が絡み、あっと言う間に勢いをなくしたマーリンズをあざ笑うかのように日立が点を取りまくり、気がついたら岩田投手はKO。9-2という大差がついていました。日立は二番手で登板した葭葉投手が踏ん張り試合を立て直した事が功を奏したのでしょうか。試合終了後、後援会の皆さんと話をする葭葉投手はいい表情をしていました。  第4試合。同じ東北代表の秋田王冠とほぼ地元の高崎の試合。  3時間前までは--暑かった天気でしたが、この試合開始前にはなんと大粒の雨が降り出してきました。いわゆる「ゲリラ豪雨」って奴ですか。  この雨に影響されたというわけでもないのでしょうが、王冠の若手有望株・高橋投手がいきなり高崎の攻撃を食らい、0-5!とんでもない幕開けとなりました。  話はずれますが、このとき、観客席には30人はいたでしょうか。  高崎の応援の方が大多数ですが、秋田出身の方も応援にきていました。  自分の近くの席にいた親子連れ。子供はまだ小学校未満でしょうか。  自分の席の周辺にいた方とワイワイ話をしながら試合を見ていました。  でも、子供ってのも行動力凄いものあって。  ちょこっと目離せばすぐぶっ飛んで行くんですよ。しかも裸足で。  少し後にはファールボールが壁にぶつかった後のリバウンドがこの子に当たった(伊東間に合わず)のですが、この子、ケロッとしていましてね。  育ち盛りの親御さんの大変さを少し見たような気がします。  あの時足利でお話した皆さん、今でも元気でいますか。  あの時はどうもありがとうございました。  …ここまで書いたところで紙幅が尽きようとしています。  王冠-高崎のこの後や2日目に関しては後編で書かせていただきます。一旦失礼します。 ※カテゴリ違いだけど…見ていただきたい、関わっていただきたいイベントなので。 10・5集会 開催間近です。 活動交流ブログはここから。 皆さんぜひご参加を。協力することの頼もしさ感じに来てください。  人気ブログランキングへ →以上のランキングに登録しています。よかったらクリックお願いします。 伊東宛の私書箱はこちらからです。当面これしか連絡手段がありません。どうぞご意見をお寄せください。  

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