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つなげ“希”動力-袖番号96、伊東勉のページ楽天版(更新停止。書庫ログ)

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2010年01月14日
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カテゴリ:“変態”を嘲う
前編はこちらからご覧いただきます。

7.思いの告白。

<-月-日 岩手タイムス特別ページ>
 『福祉活力化法案』
 皆さんはこの言葉にどういう意味を込めているだろう。
 より積極的に福祉に力を入れることか。
 それとも福祉の対象になっている人が、生きる気力を活性化させることか。
 あるいは他の理由もあるかとは思うが、その多くは「福祉の対象になる人が生き生きとできる社会」になってほしいという願いがこめられていたはずだ。
 ところが、実際できあがった法律のもと、実行されたのは「重篤障害者の抹殺」ではなかったか。

 たしかに、重篤障害者と言われる方たちは、病状にもよるが自分で起き上がる事もできなければ、何かものを考えてその実現のために行動できるわけではない。中には“高度な医療”によってやっとこ命をつないでいる人もいるのも事実。そして、彼らが生きている事、その事に対して税金が支えになっているのも、事実だ。

 彼らに対して「金の無駄遣いだ」というのは簡単だが、さらにそれを突き抜けて「死んでくれ、その分浮いたお金は有効に使うから」という言葉さえ、平気で吐かれる世の中になってしまった。
 最初は、一人のある程度権力をもった人間が語った“戯言”であったはずだ。
 世の中に広く認められる言葉ではなかったはずだ。
 本当にどうしようもない末期状態であるなら、本人の意思確認の上での事だが、治療行為をやめるという『尊厳死』というのは認められるようにもなって来たのだから、その適用で話は付くはずだが、それをなぜ、お上から死を強制されなければならないのか。

 法案を審議していたとき、提案者は言った。
 「その対象者の家族は生きていてほしいという気持ちは当然もつだろう。だがその一方でこれ以上苦しむのを見たくないと思うはずだ。そういう思いに立った場合、その本人を死なせてあげるという事をためらってしまう。だから、政治がその苦しみを解き放ってあげる。十分人道的な法案じゃないか」
 笑わせるな、としか言えない。
 そういう大変な思いをしているご家族の方々のご苦労は私ごときでは計り知れない。なかには大変な思いに押し潰され、とんでもない思いを抱く事もあるし、そういう事件も数多くあった。

 だが、この提案者がやろうとしているのはただの殺人だ。
 生きるか死ぬかを決めるのは、最終的に本人だ。
 誰であろうと、誰かに対して「死ね」という事を命ずる事はあっていけない。
 どんなに「善意」な理由であっても、政府が、何かの対象者に対して、死ぬ事を命ずる社会があってはならない。
 いったんそういうのが認められたら、今度は別な理由をくっつけられて「死んでくれ」と言うのが認められてしまう。

 何度でも繰り返して言う。
 誰かに対して死ぬという事を、命じていい人はいてはいけない。

 よくよく考えれば、こんな法律が簡単に通っていいはずではなかったが、拍子抜けするぐらい簡単に法案が通されてしまった。
 それはなぜか。
 世の中が、一部の人気者の指導者の過激な発言に喝采を送り「まともでない障害者や、後は死ぬしかない老人が、ただ生きるためだけに治療をうけつづけている。こんなのにいつまでも金かけるわけにいかない」という言葉にお墨付きを与えてしまった。そのお墨付きが、国会議員に悪魔の道を進ませる原動力にしてしまった。反対する人に対して様々なレッテルを張り、この件に関して検討することすら許してくれなかった。

 その結果生み出したものは何か。
 目一杯キリキリと生きている人が、より目一杯キリキリと生きている人を貶め、より目一杯キリキリと生きている人が、目一杯キリキリと生きている人のために死ぬ事を命じられる。
 筆者の地元でも重い障害を背負った子供が、死ぬ事を命じられ、それを苦に思った母親が自殺した。その事件に対して「そんなの当然だ」と言っていた男性は、その娘が事故によって自決を命じられた際には徹底的に抵抗したが、その様を見た別な『活力化』支持者に刺し殺されてしまった。

 これが何を意味する?
 「だれそれを死んでいい」なんて事さえ、一時の興奮と巧みな世論誘導で決めてしまった結果が、これだ。
 もういい加減気づくべきじゃないか?
 一時の熱狂で、大事なものを吟味せず、議論もせずで勢いで物事を決めてしまう、正確には決める事を許してしまう結果が、一部の人を追い詰め、その追い詰められた人は無情な方法で、あるいは非情な方法で社会に対して報復する。彼らに対しての“攻撃”が激しければ、激しいほどだ。

 これが失敗だ、間違いだ、けどもみんなが決めたことだから…
 失敗だ、間違いだと気づいたら、それを素直に表せばいい。
 人間は間違いや失敗から学ぶことができる。

 ゆるくない人達につらい目に遭わせてしまった事に気づいたなら、こっからやり直そう。間違いを正すの遅いって事はないのだから。
                    (高橋 元気)


 「…何とか書いて見たがどうかな。」
 公園でキャッチボール-片方はイスに座って-をしていた元気は、親友の真に静かに語った。少しボールを往復させた後、真はボールだけでなく言葉も返した。
 「さぁな。おまえぐらい言葉の使い方が悪い“ジャーナリスト”もいないからな。
 でも、おまえの思いは十二分に書いたんだろ。
 あとは、その言葉を受け取った人が、どう行動するか、だよ。」

 しばらくして。
 内陸地方の中心都市で
 「これでいいの?本当の“福祉活性化”とは
   偽りの“活性化”を許したことを反省し
    本物の“活性化”を作り上げて行こう…の会」
 という、タイトルの長い集会が行われた。

 「河地さん、俺にパネリストだなんて…あいませんって、本当に。…せっかくの集会壊しますよ。…それてもお願いします、と。しゃべりが下手なのは分かっているから、フォローは入れますからって。…はぁ、分かりました。謹んでお受けします。」

 元気は電話を切った。
「なんだなんだ?おまえが発言者なんてよ、ヒューヒュー。」
 冷やかすように“三番目の男”奈木翔が声をかけた。これも元気の友人だ。
 「おれがパネリストだと言うこと以外は、待ち望んでいた集会だからね。」
 「妨害の懸念はあるっていうぞ。」
 真が“どうせ答え決まってんだろ”というニュアンス漂わせながら元気に向き直った。
 「妨害は困るけど、それでも後で気が付けばいいさ。
  まずは一歩目、踏み出さないと、ね。」
 近くなった野球の試合にむけて、外の庭でキャッチボールに駆け出す3人の姿があった。






最終更新日  2010年01月15日 02時05分05秒
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