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2012.02.20
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カテゴリ:雑感・日記
 光市で起きた母子殺害事件。
 今日、被告人の死刑が決まった。

 私はこれに「よかった」と言うことができない。
 犯罪は起きてしまった時点で「誰も救われない」ものだから。
 NHKのニュースでは「少年法の主旨に則り今までは匿名で報じていたが更正の可能性がなくなった」と、実名で報道した。

 更正の可能性がなくなった…か。
 そうやって“都合悪い”の切り捨てて、ぬくぬく生きていたいってか。そのような思考回路にヘドが出る。

 もちろん、親子を殺した行為を肯定する気は1ミリもない。生きて人生刻むことができなくなったことに悲しく悔しい思いを持つし、その行為を絶った事には怒りも覚える。

 だけど、そういう思いよりも「厄介者が消えた」あるいは「“憤り”に名を借りたストレス発散」を優先したものの考え方ににつき合いたくない。繰り返しになりますが「犯罪は起きてしまった時点で誰も救われないもの」。そこ忘れて“謙虚さ”失うと、それが新しい犯罪の基にもつながります。

 人に怨嗟の言葉投げつけるぐらいなら、その力を自分が犯罪犯さない事、他人に犯罪犯させないことに力入れていただきたい、と心から思います。

 厳しいこと書きましたが拙稿もとに一考いただければ幸いです。

 参考に。2008.04.22拙稿「その67 万歳、ザマ見ろ語りはやめてくれ。誰も救われない悲しい結果ということを忘れないでほしい。」






最終更新日  2012.02.23 00:06:52
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