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つなげ“希”動力-袖番号96、伊東勉のページ。

2012.03.17
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カテゴリ:雑感・日記
 先日のある事件の裁判を経て、確信に変わったことが一つある。
 今の日本に、死刑制度はとる資格はない、と。

 とーとつに何言い出すかと思えばこれかよ、とあきれる方も多いとは思いますが、話は最後まで聞いてください。

 山口の母子殺害事件の裁判報道時に、マスコミは一つの“境界線”踏み越えたのを覚えていますね。ええ、実名報道です。
 では、その実名報道に踏み切った理由をどう書いたか。

 『刑を受ける人間の人物像に対しての興味』
 『更生の可能性がなくなった』

 と。
 ああ、そうか。
 片方では野次馬根性につけこんで興味本意に取り上げ、もう片方では“終わった人”としてゴミ屑のように扱い、両方ともに言えるのは『加害者に都合悪いの押し付けて始末する』構図。
 もっと言えば『人間粗末に扱う』図式に吐き気催した事が、最初に書いた“確信”に結び付いたわけで。


 確かに、母子を殺した事に関して『その行為を肯定』する要素は1%もない。人生こっからだ、という時にそれを絶たれたことには『なんて事を』という怒りをも覚える。

 だが、加害者のそれまでの人生で、そういう行動を起こす要素を作った原因を見もしない、言葉キツく言ってしまえば『彼の周辺にあった“社会”が無視し、放っといた』。この部分も見ないで、ただただぶっ叩く様子を見ていると『こんなんでは新たな犯罪の芽は潰せない。むしろ憎悪をかき立てて“芽”を醸成させてしまっている』としか認識できない。

 被害者のご遺族の方が『事件が起きた時点で誰もが救われない』と語っていた。私も僭越ながら記事の中で『犯罪に対して怒り覚えるなら、起こさせない行動に力を入れていただきたい』と書いた。加害者の行為は重大だが、それだけ責めたって新たな犯罪は防げない。自分が何をできるか、それを無視して叩きに走り、ひどい者になると家族や弁護士に対してすら『死ね』という。こういう構図にはもううんざりだ。

 今日もとりとめのない話だったけど、世の中は『きれいなもの』ばかりでない事、しかしその克服は『きれいではないもの』と向き合った上でなされるべきもので、それさえ除けば自分は助かる的な考えで糞味噌に言い、結果憎悪を撒き散らす事はやめていただきたい。
 この考えを基に『死刑にしさえすれば全て片つく』という思考が嫌で、一般的に言われる死刑制度反対とは違う理由ですが、はっきりと死刑制度には反対だ、と語らせていただきまして、今回の一文を閉じさせていただきます。





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Last updated  2012.03.17 23:04:22
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