楽天ブログでの記述停止にあたり―一時期を盛り上げた「対論記事キャラクター」最後の舞台。
楽天ブログからの撤退を前に。 拙稿ブログで一時代を担った「対論記事」。一人五役のキャラクターで、対話形式で話を進め、記事を形成したときがありました。14年の岩泉線紀行以来、記事製作スタンスが変わったことから対論記事形式の記事はなくなり、今後も復活の可能性は限りなく低いので、「体育会系入った強烈なバカ突っ込み係・びーいとう」「冷静・知的なスタンスで場を調整するベンジャミン・コルドマン」「紅一点の天然系・伊藤びー子」「ベンジャミンとびー子の子ども・B太郎」の最後の舞台を用意しました。ベン「僕たちが出てこなくなって3年になりますね。お久しぶりです。長年忘れられた存在になりかけましたが、今回、ブログやSNSの体制が変わるということで、僕らが登場したこの楽天ブログでの更新がなくなるということで、これを機に最後の舞台を与えていただきました。本当にありがとうございます。」びー子「私は四番目の登場でしたか。岩泉線のお話の前にも少し空いていた期間があって、その間に結婚するわ、母親になるわで大変だしビックリしました。B太郎も登場時は赤ちゃんでしたが、いまは相応に歳とらせてもらって、来年あたりは小学生になります。」B太郎「ぼくしゃべれるようになったよ。もうすこしでおとうとかいもうとできるんだ。ねーねーすもうとりのおぢちゃんきょうこないのー」びー「(頭を指でくるくる回しながら)無理だな。いま勉お爺ちゃんは忙しいんだ。 …最初は俺と二人で始めたんだよな。それがベンジャミン加わって、びー子加わって、この坊主(読み“ぼんず”)加わって、か。リアルではあまり出さないけど、勉の気性の荒さにはな…洗練もしていったけど、実際の社会で通用しない行為で、逃げ場ない人間いじめる行為、あるいは合意形成求めず頭から押さえつける態度には簡単にヒューズ飛ばした。 さすがに今度のはやり過ぎだったがな。」ベンジャミン「ぼくらがネットに関わって10数年。掲示板からブログ、ツイッター、Facebook、僕らはやってないけどインスタグラム、といろんな舞台できたけど、いずれも変わらない怖さは『匿名性』。気兼ね無く意見発することができる盾にもなるけど、悪用すれば『闇討ちの隠れ蓑』にもなる。」びー子「勉君の態度はひどかったけど、朝鮮人とか韓国人というだけで惨い言葉投げつける人たちは一切咎められもせず、例外無く態度を変えずに差別的な言葉を吐いている。この差は何?」ベンジャミン「“短気短足半細胞”というのが勉君の異名。正直、人並みの神経だったら野球も“社会活動”も続けられない。ブログだって幾度も“無能のカス”呼ばわりされて、一時はそれを集中的に浴びせられて死ぬ近くまで行った。」びー「それでも結果死なないで、この世に食らいついていること“だけ”は見事なもんだが、もう少し“学べ”と思う。一人で突出しても袋叩きに遭うだけだっつうに。」三人(頷く。ただしB太郎は親のマネ)B太郎「そーいればーおじちゃんからおとしだまもらったー。2回」びー子「お年玉?いま9月よ?しかも2回?」B太郎「1回めは、やきゅうボールおとして『おとしたま~(落とし球)』だって」びー「ふーんそうか(後で勉をしばく)」B太郎「もうひとつはこっちー。おとうさんと、おかあさんと、ばかおじさんのまえであけるんだよといわれた」びー「(もう一発追加)」ベンジャミン「それじゃ開けようか…500円。」びー「たしか、20歳も歳下の従姉妹に『おじちゃん貧乏だからお年玉要らない×2』と拒否された経験あったよな…。」びー子「今はそのときよりマシだからもらっておきましょう。」B太郎「うわーい…なにかかみおちてきたよ」ベンジャミン「どれどれ(..)…手紙だ。勉君の。」びー、びー子「ほお。」ベンジャミン「じゃあ読みますよ。」『びー、ベンジャミン、びー子さん、B太郎。 記事製作に関する様々な心境変化があって、みんなをブログに出せなくなってからかなりの時間が過ぎました。 俺は一人遊びが好きで、大船渡では一部で伝説になっている一人野球(※柳沢慎吾さんの野球ネタをイメージしていただければわかりやすいと思います)なんてのやっていたしで、色んな“登場人物”出して物語つくって遊んでいた。ブログの記事を書くとき“複数人で会話している設定で話かたりしながら意見を発信する”スタイルを作って、その登場人物としてあなた方4人を産み出しました。 しかし、社会活動の中身がシビアになるにつれ、ギャグやら寸劇の混ざった記述がしづらくなり、14年の『岩泉線道中記』を最後に4人を登場させた記事を作ることができなくなりました。いつか出してやりたいという思いはありましたが、それをするには心境やら状況が厳しく、総じて言えば『もはや出すのは困難』であると言わざるを得ません。 産み出し、一時のブログを支えたキャラクターを、なにも節目つけずに封印させるというのは4人に失礼、また、4人が出てきた記事を読んだ皆さんに失礼と思い、今回レギュラーとしては最後の舞台をつくりました。 大方の創作物語のキャラクターは、作品として表される部分が終わってもその世界の中で生き続けるものです。びーいとう、ベンジャミン・コルドマン、伊藤びー子、伊藤コルドマンB太郎。これからも元気に生き続け、拙者を見届けてください。 ありがとうございました。 伊東 勉』…。びー「架空のキャラクターにこんな『手紙』出すかね。」ベン「ま、区切りつけたかったんでしょ、単純に。」びー子「ぶちギレるのも、こういうスタンスとるのも同じ人だからね。憎悪だけ振り撒くツイッターアカウント見ると『人間の幅見えないね』って思う。」ベン「近視眼的でない見方で見れば、30年近くかけて『冷戦で勝った』はずの陣営が、そこにいる人々を幸せにできていない構図がある。でも、各々を『進化』させるか『逆行』させるか。長い目線と、目の前を一所懸命生きること、両立しないとね。」びー「俺たちが出てきての記事が何ぼでも足跡になっていればいいし、いま言った事情もあるから、このSNS内では勉のバカに頑張ってもらうしかないな。表に見えないところで俺たちは構ってやろうぜ。」B太郎「うんつぎきたらおうまさんごっこー。ぼくがおうまさんやるのー」びー「やめとけ死ぬぞ(笑) …それでは11年の楽天ブログの中で俺たちも構っていただいて、本当にありがとう。勉の未熟さが基での変化の中だったけど、俺たちの一区切りの場をつくってもらってありがとう。あいつも色々おかしいから、あと何年生きていられるかわからないけど、できるだけ長く見届けてやってな。」ベン「本当にありがとうございました。研鑽は積み続けられるようにゲキ入れます。」びー子「正直なところ、勉君が結婚とか家族つくるにはかなり厳しいのが現実ですが、それを抜きにしても『九分九厘の人とはしっかり向き合え、一厘の“加害者”には先ずその凶暴性を排除できる盾になる』人間で居続けられるように手伝います。」B太郎「おとうとができたらCたろー、いもうとならC子となまえつけてあげる。あ、みなさんげんきでね」大人の3人「本当にありがとうございました。勉、あと頼む。野球も社会活動も脱落はすんなよ!」―今回のブログ・SNS変更経緯を考えれば、この記事が適当か、相応しいかは疑問と思います。 しかし、長年にわたり、特に心身苦しかった時期に多く登場した『仲間』に、区切りをどうしてもつけさせたかった。その部分であえて記事を作らせていただきました。 状況が許せばゲストで出そうとは思いますが、ひとまずはここでお別れです。お付き合いいただきありがとうございました。(了