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社会人野球1994~2005

2010年03月03日
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 思えば、あのときのたたかいは
 “熾烈”なんて言葉じゃ済まないぐらいの激しいたたかいを展開していた。
 ふだんの仕事もキッチリしながらも、10日間で11試合。
 企業チームには勝てなかったけど、並み居る強豪クラブチームに勝ち切った経験があったからこそ、より上のたたかいに挑む資格ができたのだと思う。
 その10日間を振り返ります。


前章・最後の「県クラブ予選」。

 今は都市対抗の岩手県予選は一つのトーナメントで行われていますが、2003年までは二つの段階に分かれていまして、企業チームや前年に好成績を残したクラブチームをシードと、その他のチームでまずトーナメントし、4~5チームにしぼり(この部分で『クラブ予選』)、そのチームとシードチームで『県本予選』が行われていました。
 企業チームの減少によって2004年から一つのトーナメントとして行われるようになっています。

 2003年の『クラブ予選』は、一関地域で行われました。
 この年は大体3~4チーム毎に5ブロックに分けて行われ、2試合勝てば本予選に進出できる組み合わせになっていました。赤崎は前年の都市対抗予選はシードで本予選から出場しましたが、緒戦で敗退。この年はクラブ予選からスタートしていました。

 5月24日に花泉球場で行われた一回戦。
 相手は北上市・黒陵クラブ。大学野球の経験者も多い結成4年目のチーム。
 前年緒戦で敗れているだけに「しっかりとした形で入るぞ」と気合を入れて試合に臨みました。初回に相手エラーに付け込んで2点先制、3回に修君の二塁打と泉君の適時打で3点、4回にも満塁から琢哉君の三塁打で3点、5回に幸喜さんの適時打、6回に宏也さん、豊君の適時打で4点と6回までで13点奪取。この日先発した山本君は初回にいきなり2連打を浴びますが、その後は危なげない投球を見せ、6回まで0封。7回に後一人で完封という所で、途中リリーフした高橋貴教投手にタイムりーを浴びましたが、まずは完勝の好スタートを切りました。

大船渡市・赤崎野球ク2033140 13
北上市・黒陵クラブ 0000001 1
◇三塁打 千葉(北)佐藤琢(大)
◇二塁打 大畑、生形、村上修、磯谷幸(大)

【大船渡市】
9大畑
6生形
7佐々木宏
8佐藤琢
2村上修
D出羽
3泉
4平野
5磯谷幸 →磯谷長5回代走・5 →金野豊6回代打・5
1山本淳

【北上市】
 7高橋優
 4菊池
 5篠原
 8佐藤一
 2千葉
 9菅原正
 3木村 →7回代打高橋和
 1高橋拓 →5回から1高橋栄→7回から1高橋貴
 6照井


 続く相手はこの時期力を伸ばしつつあった盛友クラブ。緒戦をスキのない守備とチャンスに畳み掛ける攻勢をかけて大槌に勝ってこの試合に臨んで来ました。
 赤崎はダブルエースの一人、佐野清隆投手。
 左上手からの140キロ近いボールで相手を攻める本格派タイプの投手。やや制球に課題を残していましたが、佐野君、山本君という存在が、ほかのチームに「侮れないチーム」という思いを抱かせるものがありました。相手の帷子君もていねいにコースを突き、打たせて取る投手。点をとるには簡単な投手ではありません。

 ようやく状況を打破したのは7回。
 ヒットの生形君を三塁に送り、ツーアウトから佐々木宏也さんがセンターオーバーの二塁打を放ちまず1点。さらに続く村上修君も右中間にツーベースと続き、この回2点を先制しました。
 試合が終わるにつれて気になったのは「佐野君のノーヒットノーラン」なるかどうか。何ぷん四死球10のピッチングだったもので気がつきませんでしたが、8回まで相手にヒットを許さない投球を見せていました。

 「いよいよノーヒットノーランか」と思われた9回。
 しかしその夢はあっさりと坂本選手に打ち砕かれてしまいました。糸を引くような打球はああいうものか、という具合のセンター前ヒット。さらに代打で出て来た藤沢選手にもヒットを打たれ、一気に勝利すら消える危機にも立たされましたが何とか後続2打者を打ち取り、2-0の僅差で盛友に勝ち、本予選大会に進出しました。

大船渡市・赤崎野球ク000000200 2
盛岡市・盛友クラブ 000000000 0
◇二塁打 生形、木下、佐々木宏、村上修(大)

【大船渡市】
 9大畑
 6生形
 8佐藤琢
 7木下
 5佐々木宏
 2村上修
 D出羽 →7回代打鈴木博
 3泉
 4平野
 1佐野

【盛岡市】
 6→8→6伊藤
 8→7藤原
 4田端
 3松本
 2横山
 5坂本
 D志和
 9佐々木大 →8回から9上平→9回代打藤沢→投手の佐々木健が代走に
 7箱石 →2回代走川村→8→6
 1帷子→9回から1佐々木健・藤沢の代走でDH放棄


1.6月13日、初戦。

 2年前の大会で、東北進出まで後一歩まで迫った赤崎。東北大会進出へ向けたたたかいが幕を開けました。とはいえ、開催日が金曜日とあって、選手の集合に難儀した部分もあり、山本君と打線の軸2人(宏也さん、木下さん)が欠場。スタメン表には新人が3人並ぶ状況になりました。
 初回、固くなったのかいきなり生形君が2エラーし、先制を許しました。苦しいスタートになりましたが、この日先発した佐野君が3回までで7奪三振と踏ん張ると、3回に生形君の汚名返上のタイムリーで同点。4回にこの日は7番を打つ平野誠君が適時打を放ち勝ち越しに成功。6回には幸喜さんの適時打後、8番に入ったルーキーの志田太郎君が強烈な弾道をレフトスタンドに放つ3ランホームラン。勝負はほとんど決まった…か、に見えました。

 8回まで15奪三振、このまま完投するかに思われた佐野君でしたが、9回に大異変が。先頭から2人に連続安打、送りバントの後さらにヒットをくらい、満塁に。暴投で1点、押し出しで1点、併殺崩れの間に1点、さらに宮沢選手に適時打を食らい、あっと言う間に1点差。水沢駒形から戻って来た(出身地)田代選手を打ち取ってやっと試合を終えましたが、この不調の原因(爪を割る)が、後々佐野君を苦しめることになってしまいました。後から考えれば、この1勝の代償は大きかったのかもしれません…。

遠野市・遠野クラブ 100000004 5
大船渡市・赤崎野球ク 00110400X 6
◇二塁打 村上修(大)
◇本塁打 志田太(大・左翼席3ラン)

【遠野市】6松田 4菊池弘 7阿部 5宮澤 2田代 8菊池哲 3関根 D佐々木康 9倉内 1井手 (交代選手)小笠原(佐々木康・7回代打→D)佐々木一(倉内・9回代打)
【大船渡市】9大畑 D生形 8佐藤琢 2村上修 3出羽 6磯谷幸 4平野 7志田太 5佐々木淳 1佐野 (交代選手)吉田忠(生形・7回代打→D)


2.6月14日 難敵を乗り越えて。
 オール不来方とは前年に2度対戦し2敗。
 しかもその内の1試合は7回コールド、しかも完全試合で敗退という、これ以上ない悔しい敗退をきっしました。そんなものでちょっと苦手意識を持っていまして…そんでもこういうライバルを越えない事には次に進めない、と前向きに意識を立て直して、応援に臨む事にしました。

 不来方はエース徳田君が先発。赤崎もエース山本君が先発のマウンドに立ちます。この徳田君に、前年完全試合を食らったわけでその雪辱戦。
 徳田君は調子の波に乗せると、切れのあるストレートと多彩な変化球で簡単に打てる投手ではありません。赤崎は2回に2安打で好機を作りますが無得点に抑えられると、4回に不来方の三浦選手の三塁打後、暴投で1点を許してしまいました。

 点をとられた直後の4回裏に、先頭の4番の木下さんが左中間に二塁打。5番の修君が送りバントを決め、さらに続く幸喜さんのショートゴロの間に木下さんが返り同点。さらに5回には平野君が敵失で出塁後、ツーアウトからこの試合はDHに入っている生形君がライト声の三塁打で1点を奪い、勝ち越しに成功。
 5回にエラーとフィルダースチョイスで2人、6回にも三浦、小田嶋両選手の連続ヒット、7回にも深沢、菊地両選手の連打で赤崎のピンチが続きますが、5、6回はていねいに打たせ取り、7回には山本君の好守備と、修君の盗塁刺でピンチを切り抜けました。赤崎も6回以降はランナーも出せませんでしたが、不来方の反撃も許さず、2-1という僅少差ではありましたが、難敵を破り、準決勝戦に進出しました。

盛岡市・オール不来方 000100000 1
大船渡市・赤崎野球ク 00011000X 2
◇二塁打 三浦郁(盛)木下(大)
◇三塁打 三浦郁(盛)生形(大)

【盛岡市】6藤村 5三浦大 7三浦郁 D小田嶋 3信太 8小田中 9深沢 2菊地伸 4新山 1徳田亨 (交代選手)なし。
【大船渡市】6大畑 D生形 8佐藤琢 7→9木下 2村上修 5磯谷幸 3泉 4平野 9佐々木淳 1山本淳 (交代選手)志田太(佐々木淳・7回代打→7)


 今回の記事部分では「クラブ予選」「本予選の1、2回戦」を扱って来ました。次の記事では本予選…第一代表決定トーナメントの準決勝、決勝が行われた『6月15日』と、第二代表決定トーナメントが行われた『6月16日』を扱っていきます。

「パート2」はこちらからどうぞ。






最終更新日  2014年06月25日 19時59分04秒
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 「パート1」はこちらからどうぞ。

 社会人野球に14年関わっていますが、一番間隔キツいたたかいはどれか、と言われれば、迷わずこの11日間をあげます。ただの『11日間で10試合』ではない、都市対抗とクラブ選手権という、より上を目指すたたかいを『11日間で10試合』たたかったのですから、キツいなんて言葉が生ぬるい、しかし、充実という言葉でも語りつくせないたたかいをして来ました。
 今回は記事は都市対抗の第一代表決定、そして敗者復活から第二代表を目指すたたかいを記していきます。

3.6月15日。宮城建設の前に…大船渡市代表2連敗。

 この大会は、フルに参戦すれば5日間日程をとられます。私もこの時はコンビニの夜勤をしていましたが、さすがに5日間連続で休む、という訳にいかず、前日の試合後花巻から大船渡に帰り、夜勤に就いた後5時に交代と変わり次第すぐに盛岡に行きましたが、試合開始には惜しくも間に合いませんでした。
 予定では8時半の開始で、その8時半には間に合ったのですが、試合はその10分前に始まってました。なので、一回表の木下さんの先制タイムリーは直接見ていません。一回裏の宮城建設の攻撃からスタンドで見ていました。

 2回裏、宮城建設の反撃も始まり、佐久間捕手の適時打で1点先制後、エラーでその佐久間選手も三塁まで進めてしまい、打者転向ウン年経過していた田代選手の適時打で逆転を許しますが、3回表赤崎もすかさず食らいつき大畑悟君のヒット後、生形君の進塁打でランナーを進め、佐藤琢哉君の汚名返上の適時打で追いつき、木下さんの二塁打でランナー二、三塁として村上修君の犠牲フライで勝ち越しに成功、一進一退の攻防を見せていました…が、互角の展開はここまででした。

 3回裏、ここまで2イニング試合を作っていた佐々木慶喜君でしたが、大沢晃彦さん、伊藤さん、鈴木選手と三連打を食らい、KOを食らいました。佐野君が本調子でなく、山本君が前日完投という事もありまして、慶喜君の先発となりました。「勢いに乗って行ける所まで頑張れ」という事で奮投していましたが、残念な結果にしてしまいました。
 ただ、代わった佐野君も暴投で1点、2つアウトを取りましたが、佐久間選手に2点適時打を食らい、さらに田代選手にも適時打…でこの回5失点。

 佐野君はその後4、5回こそ0に抑えますが、6回に6安打4四死球、10連続の出塁を許し8失点。8番の佐久間選手に5打点、9番の田代選手に3打点と下位打線にも痛打を食い、最後は二塁ベースに当たった打球が平野君の正面に飛び、そのまま二塁ベースに駆け込んでスリーアウトになりましたが…当時「岩手でドームに一番近いチーム」宮城建設打線のすごさを思い知らされたものとなってしまいました。

 それでも赤崎は最後まで試合を投げる動きは見せず(山本君ブルペン待機)、何とかせんとはしていましたが、宮城建設投手陣を長く支えて来た尾形さんが、4回からはすっかり落ち着き、3人ずつ切って取り、最終回に登板した長谷川投手も3人で抑え試合終了。宮城建設は決勝進出。赤崎は第二代表トーナメントに回る事になってしまいました。

大船渡市・赤崎野球ク 1020000 3
久慈市・宮城建設   025008X 15
◇二塁打 木下(大)大沢晃、中野、佐久間(久)
◇三塁打 池端(久)

【大船渡市】9大畑 6生形 8佐藤琢 7木下 2村上修 5磯谷幸 D出羽 3泉 4平野 1佐々木慶(交代選手)佐野(佐々木慶・3回途中から1)鈴木博(出羽・7回代打)磯谷長(泉・7回代打)
【久慈市】9福地 4大沢晃 8伊藤 9鈴木敦 3池端 5田中 6大沢学 2佐久間 D田代 1尾形(交代選手)中野(大沢晃・4回代走→4)新田(佐久間・7回から2)長谷川(尾形・7回から1)


 第二試合。準決勝第二試合も「久慈市-大船渡市」。久慈クラブと太平洋セメントが対戦しましたが、今度は「大船渡市」が「久慈市」を圧倒。前年の高校野球で小規模校を3回勝たせる原動力になった松平隆投手が登板した久慈でしたが、太平洋打線にめった打ちを食らいKO。こちらも若手投手が鍛練積んだ企業チームに攻略される展開でコールドゲーム。太平洋が決勝戦に進出。

 第三試合も「大船渡市-久慈市」。
 県大会の優勝と、東北大会進出一番手をかけたたたかいは、太平洋・菅野貴行投手、宮城・小山内大和投手が先発。熾烈な投手戦となりました。

 初回、3年ぶりの優勝をめざす太平洋は、相手エラー出塁、送りバント後、三番の村上浩規君のタイムリーヒットで先制。その後は、菅野君はランナーを出さない、出しても併殺や盗塁刺で3人でずつで片付けていきました。小山内君も4回こそ連打で二塁にランナーを持って行かれましたが、それ以上を許さずこらえていました。

 この2人の投球には鬼気せまるものがありました。
 特に、菅野君の投球には…。その投球が、赤崎投手陣から15点取った宮城建設打線を0に封じていたのだと思います。
 しかし、その危機迫る投球も8回…この8回だけは宮城建設に通用しませんでした。と言うより、宮城建設の執念が、菅野君を捕らえた。そう言ってもいいのではないでしょうか。

 池端選手の安打後、田中選手の犠打、大沢学選手の犠飛でツーアウトランナー三塁。この回あと一人、という所で佐久間選手のタイムリーで同点。田代選手の安打後、さらに福地選手の打球は…痛烈に沈みはじめた夕日に向かって飛んで行きました。打球は左中間を抜け二塁打、2点追加、3-1。

 9回、長年太平洋を支えた小沢浩喜さんの安打は出ますが、後を抑えられ3-1で宮城建設が勝利。3年連続で岩手大会の優勝を果たすとともに、東北大会進出を決めました。太平洋セメントは第二代表決定戦に進出。しかし、この両チームが見せた危機迫るたたかいは、この時点で太平洋は『都市対抗後の活動停止』が決まっていた事、宮城建設も積極的な補強とは裏腹に、野球部の活動に対しての視線が必ずしも暖かくはなかった事。そういう状況の中で自分たちの存在価値を見せた試合となりました。

大船渡市・太平洋セメント 100000000 0
久慈市・宮城建設 00000003X 3

【大船渡市】6小沢秀 4森 9村上浩 3菅原 2小沢浩 7川内 D斎藤 8大沢 5野々村 1菅野貴(交代選手)なし。
【久慈市】9福地 4大沢晃 8伊藤 9鈴木敦 3池端 5田中 6大沢学 2佐久間 D田代 1小山内(交代選手)なし。


4.6月16日その1。赤崎-駒形ライバル対決。

 前日の激闘から1日。(そりゃそうだ)
 舞台を花巻に移して、第二代表決定のトーナメントをたたかっていました。
 この大会は本大会に残った全チームに敗者復活の権利が与えられていましたが、前日に企業チームのJR盛岡、JAいわてが敗退。
 この一日で、前日準決勝で敗退した赤崎、久慈と、前日の敗者復活戦を、企業チーム相手に勝ち上がった駒形、不来方の4チームの中から太平洋セメントに挑むチームが決まります。

 第一試合、対戦相手は水沢駒形です。
 3チームとも、どこにあたっても簡単に勝たせてもらえる程甘いチームなんてありません。しかもその相手が水沢駒形と、一番手ごわい所が相手でしたから、後のことなんて考える余裕なんてありません。この日帯同していた投手陣は山本君と慶喜君の2人だけ。エース山本君が先発のマウンドに立ちました。

 駒形の先発は高橋投手。駒形も金曜日から連日のたたかいを演じていたので選手起用も楽ではなかった様で、この時の投手陣の柱2人(新田忠正君、小野寺淳さん)をベンチスタートに。
 先手を取ったのは赤崎。ツーアウトから琢哉君がデッドボール、木下さんはフォアボールでランナーをためた後、修君がレフトオーバーの二塁打で琢哉君が返り先制。4回にもツーアウトから磯谷幸喜さんの安打後、泉邦幸君の三塁打で2点目、さらに平野君のデッドボール後、ルーキーの佐々木淳一君のタイムリーで3点目をあげました。

 駒形は「これ以上の失点は試合の行方に関わる」とばかり、二本柱の小野寺さんをマウンドにあげ、試合を落ち着かせましたが、打線の方が山本君を攻略できません。赤崎も全員がレギュラーではない(+負傷明け)打線でしたが、駒形も普段はつなぎ役の選手を「返す役」にするなど、オーダー編成に苦慮した様子がうかがえます。
 駒形は5回裏に加藤武さん、及川将君の安打でツーアウトながら一、三塁としますが、山本君が後続を打たせ取り、ほかのイニングで二塁間でランナーを進めたのは1回だけ。駒形は5回から小野寺さん、8回から新田君を登板させ、赤崎打線も攻め手をつかむ事ができませんが、山本君も駒形打線を封じ込め、5安打完封。3-0で水沢駒形に勝つ事ができました。

大船渡市・赤崎野球ク 100200000 3
水沢市・水沢駒形倶  000000000 0
◇二塁打 村上修(大)
◇三塁打 泉(大)

【大船渡市】5磯谷長 6生形 8佐藤琢 7木下 2村上修 9磯谷幸 3泉 4平野 D佐々木淳 1山本淳(交代選手)なし。
【水沢市】8加藤浩 6千田雄 9佐々木力 3深井 7竹長 2加藤武 D八重樫 5及川将 4加藤充 1高橋利(交代選手)54小野寺淳(高橋利・5回途中から1)新田(54小野寺淳・8回から1)高橋幸(八重樫・5回代打→D)千葉盛(加藤充・8回代打→4)千葉勝(千田雄・9回代打)佐々木明(千葉勝・9回代走)

※『54小野寺淳』→もう一人、野手で同姓同名の選手がいましたのでこういう標記にさせていただきました。

 この後の試合ではオール不来方が久慈クラブに勝利。
 6月14日に続いて、もう一度不来方と対戦する事になりましたが、ここで一つの“課題”が起きました。
 この試合をどういうふうにたたかうか。
 特に、投手をどう起用するかで難儀しました。
 選択肢は2つ。
 「山本君の同一日2連投」か、「慶喜君の先発」か。
 勝つ事だけ考えれば、この当時の選択肢としては前者を…という声もありましたが、チームの総意としてとった選択肢は後者でした。

 赤崎の…そして、慶喜君の運命をかけた一戦が始まりました。

 と、いう事で紙幅が尽きてしまいました。
 次の章では「6月16日その2」「6月17日」そして、紙幅が空けば「番外編 太平洋セメント・最後の試合」をお送りします。

「パート3」はこちらからお願いします。






最終更新日  2014年06月25日 19時59分24秒
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「パート2」はこちらからどうぞ。

5.6月16日その2・「不来方戦・二重の“運命の一戦”」

 2003年都市対抗野球岩手県予選、第二代表決定トーナメント。
 簡単に言えば、敗者復活戦。
 その三回戦で赤崎が駒形を、不来方が久慈に接戦で競り勝ち、次の試合に勝ち抜けば太平洋セメントと第二代表の座を争う、という都市対抗の運命を決める試合。
 第一試合で山本淳一投手を完投させた赤崎。平日の試合となったこの日、花巻球場に来る事ができた投手は淳一君と佐々木慶喜君の2人。以前ヒジを手術している淳一君に一日2試合投げさせるというわけにいきません。
 前日にノックアウトされた慶喜君をマウンドに上げる事になりました。

 その慶喜君を援護すべく赤崎打線は初回から積極的に攻めます。
 この大会では一度勝っているとはいえ、簡単には打ち崩せる投手ではない徳田亨投手。赤崎打線はその立ち上がりを急襲しました。この日サードに入った磯谷長栄さんがフォアボールを選び、続く生形君がレフト前ヒット、さらに佐藤琢哉君の送りバントを徳田君がエラーし、ノーアウト満塁に。
 ここで4番の木下清吾さんがセンターオーバーの二塁打。満塁のランナー一掃で一気に3点を先制しました。

 しかし、不来方もそれで大人しくなるはずもなく、2回に三浦選手の犠飛、藤村選手の適時打で2点を返します。慶喜君は初回こそフォアボール一つで終わらせましたが、2回には2安打2四球とこの回は攻勢を食らい2-3と詰められます。
 3回に赤崎は佐藤琢哉君が右中間三塁打後、“女房役”の村上修君がレフト犠牲フライを放ち、4-2に。これで慶喜君が波に乗るかと思いましたが、小田嶋選手に二塁打をくらい、ツーアウトこそ取りましたが、最初の打席で二塁打を放っている信太(しだ)選手に、再びレフトへ痛打を浴びました。しかし、ここで守備陣の連携が光ります。木下さん→生形君→修君と好中継を見せ、タッチアウト。2回、3回と打ち込まれていただけにこのプレーが試合の流れを赤崎に引き寄せました。

 4回から不来方は右パワータイプの田村投手にスイッチ。
 その裏の不来方は、ツーアウトながら満塁と攻め立てますが、3番の小田中選手を打ち取り慶喜君はこの回も0に。その後、6回に1点取られ、4-3とまた1点差に詰められますが、慶喜君はよく耐えていました。
 8回。
 赤崎は途中からライトに入っている佐々木淳一君が四球で出ると、盗塁とパスボールで三塁に進み。続く泉邦幸君も四球→ディレードスチールでランナー二、三塁とするとこの日DHに入っていた出羽直樹君がレフト前2点タイムリーヒット。貴重な追加点を上げました。

 6-3。7回まででも115球投げて来た慶喜君なだけに、8回から淳一君か、とも思われましたが、そのまま慶喜君が続投。8回は四球一つで、9回はこのチームで一番気を使わなければならない打者2人に回る打順でしたがていねいに3人切って取り、完投で貴重な一勝をあげました。

 慶喜君はこの前年から赤崎に加入していましたが、山本淳一君、佐野清隆君の二本柱の存在で自分の存在価値に苦しんだ、という話をしていたようです。(翌日の毎日新聞岩手版インタビューより)それでも、チームの一人として存在し続けようとしていたその努力が、ジグザグもありながらこの日の勝利に結び付き、さらに後年には赤崎の二番手投手としての地歩を築き、準全国大会(東日本クラブカップ)で最優秀選手を獲得するまでになったものと思います。

 慶喜君にとっても、チームにとっても大きい一勝をあげ、いよいよ岩手代表の二つ目を決める試合は、文字通り「大船渡市代表決定戦」となりました。

大船渡市・赤崎野球ク 301000020 6
盛岡市・オール不来方 02000100X 3
◇二塁打 木下、村上修(大)信太、小田嶋(盛)
◇三塁打 佐藤琢(大)
【大船渡市】5磯谷長 6生形 8佐藤琢 7木下 2村上修 9磯谷幸 3泉 D出羽 4平野 1佐々木慶(交代選手)吉田忠(磯谷幸・6回代打)佐々木淳(吉田忠・7回から9)
【盛岡市】6藤村 9深沢 8小田中 D小田嶋 7三浦郁 4信太 3小川 2田中 5三浦大 1徳田亨(交代選手)田村(徳田亨・4回から1)北田(田村・8回途中から1)新山(深沢・9回代打)


6.6月17日岩手最後のたたかい-大船渡市代表決定戦-。

 都市対抗岩手予選の最終日。
 岩手の第二代表を決めるこの一戦、しかし球場には独特の雰囲気が漂っていました。
 一つは「どっちが負けても恨みっこなし」という雰囲気。
 一つは「同じ大船渡市のチーム同士で最後の一枠を決める」事に対しての複雑な心境。

 太平洋セメント野球部は、この都市対抗野球を最後に活動を終えることになっています。敗戦即休部。だけども、勝負の世界にいる以上手加減というのは許されません。それが、先に書いた「どっちが~」の一文に示されたものです。
 何にしても、一種の独特な、そして厳粛な雰囲気を漂わせたまま、試合は始まりました。
 先発投手は太平洋菅野貴行、赤崎山本淳一の両投手エース対決。
 初回太平洋。フォアボール3つで満塁にするも、得点0。
 1回、2回の赤崎。一安打ずつ放ったものの、得点0。
 3回太平洋。小沢秀次さんの安打後送りバント、内野ゴロで三塁へ。4番菅原悟さんのとき暴投で1点先制。さらに菅原さん、小沢浩喜さんの安打で追撃するも、点には結び付けず。
 3回裏に生形憲治君の二塁打、4回裏にも村上修君の二塁打で好機をつかむも、赤崎クラブ点を奪うことができず。
 4、5、6回。両チームともにランナーこそ出すものの、0得点。
 7回表。秀次さんの二塁打後、森英悦さんはサードゴロも、送球が暴投になり太平洋は2点目。
 9回表。0-2と抑えられていた太平洋、円陣でゲキ。気合みなぎらせ奮闘する淳一君から4安打を集中。大澤正治さん、秀次さん、村上浩規君の適時打で一気に3点加え突き放す。
 9回裏。赤崎も先頭の佐藤琢哉君がライト前ヒット。ツーアウトにまで追い込まれるも、6番の磯谷幸喜さんにもヒットが飛び出しますが、代打の佐野君が三振に倒れ、試合終了。
 さて、この試合の書き方をここまでの試合と変えてお送りしました。
 ホント言えば、この試合はこう書くだけでいい。
 「両チームがそれぞれの思いを胸に全力でたたかい、その結果として太平洋セメントが次のたたかいに進む権利を得る勝利を得た」
 これだけで、いい。

 試合が終わった後、太平洋応援団と、赤崎の後援者との間でエール交換をし、試合終了後の表彰式後の記念写真には、両チームの選手が並んで写真に納まっていました。
 応援する赤崎野球クラブがより上のたたかいに参戦できなかったのは残念。だけども、敗れたチームが自分たちの思いを託すに十二分に値するチーム。普段は同じ大船渡の同じ赤崎町(太平洋セメント工場は赤崎町にあります)に本拠を置くチームとの、切なくも、貴重なたたかいを経て、太平洋セメント野球部を東北大会に送り出し、赤崎クラブは一つのたたかいを終えました。

大船渡市・太平洋セメント 001000103 5
大船渡市・赤崎野球クラブ 000000000 0
◇二塁打 小沢秀(太)生形、村上修(赤)
◇三塁打 村上浩(太)

【太平洋セメント】6小沢秀 4森 9村上浩 3菅原 2小沢浩 7志田勇 D斎藤 8大沢 5野々村 1菅野貴(交代選手)川内(小沢浩・4回より2)金野(斎藤・9回代走)
【赤崎野球クラブ】5磯谷長 6生形 8佐藤琢 3木下 2村上修 9磯谷幸 D出羽 4平野 7金野豊 1山本淳(交代選手)佐野(出羽・9回代打)


6のおまけ.太平洋セメント野球部、最後の日。

 その日。私はどうしても仕事を休めず、太平洋の試合を気にしながらコンビニ&共産党の仕事をしていました。ここまで書いて来た試合で休みを融通していただき、さらに一週間後にはクラブ東北予選もあったので、それ以上の無茶を言う訳には行きませんでした。
 それでも関係者の方から「都合良ければ、応援のバスは出ているから一声かけて」とは言われていたので、この鶴岡との試合に勝てば、もともと休みの日にあわせて、おそらくは山形しあわせ銀行(今は『きらやか銀行』)との試合には、応援に行くつもりでいました。

 ところが…。鶴岡野球クラブに延長15回の末、惜敗。
 鶴岡に先手を取られ、6回まで0-3とリードを許していましたが、7、9回の攻勢で同点に。そのまま延長戦に入り、太平洋は14回にサヨナラの好機を迎えましたが、それを生かす事ができず。逆に15回、佐藤選手のヒット、渋谷選手の犠打の後、甲島選手のヒットと守備の乱れで勝ち越され、そのままゲームセット。

 太平洋セメント最後の大会は、好投手のいる秋田銀行には勝ったものの、七十七銀行と鶴岡クラブに敗れ、50年の活動に終止符を打ちました。

鶴岡市・鶴岡野球クラブ 020100000000001 4
大船渡市・太平洋セメント 000000201000000 3
【鶴岡市】6佐藤浩 8成沢 3鈴木 5田村 D佐藤裕 9渋谷 4甲島 7松浦 2本間重 1吉田隼 (途中交代)五十嵐(吉田隼・8回から1)長谷川(鈴木・代打→3)
【大船渡市】6小沢秀 4→5野々村 9村上浩 3菅原 2小沢浩 7志田勇 D川内 5金野裕 8大澤 1平田 (途中交代)村上章(平田・4回途中から1)菅野貴(村上章・10回から1)斉藤(川内・代打→D)森(金野裕・代打→4)


 チームの活動停止後、菅野貴行投手と村上浩規選手が高田クラブに(菅野投手は更に埼玉・都幾川倶楽部に)大澤選手が釜石野球団に、金澤投手は都幾川倶楽部に転籍しましたが、その他の選手は硬式のグラブを置きました。
 とは言っても、やはり基本野球好きですから、野球の活動自体は「太平洋オールディーズ」として続け、幾度か全国大会に出場しています。

 岩手の野球どころとも言われる気仙地域で、長年社会人野球での活動の場となっていた太平洋セメント。残念ながら東京ドームには届きませんでしたが、残した足跡は貴重なものがありました。

 と、ここまでの3編だけでも「おなかいっぱい」だと思われますが、後から考えてみれば、この都市対抗第5日を終えた時点で「11日間で10試合」で言えば、まだ半分越えただけです。この後行われたクラブ大会の内、6月22日に行われた部分は既に記事起こしましたので、この4日間をどうたたかったかという視点で記事を作っていきます。

「パート4」はこちらからどうぞ。 






最終更新日  2014年06月25日 19時59分39秒
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「パート3」はこちらからお願いします。

7.クラブ大会・最終日に勝ち残るまで

 さて「2003年2週間10連戦」の記述も、今回がラストとなりました。
 都市対抗の6試合だけで3つも記事使っておいて、残り4試合を一つとは、というツッコミがきそうですが、実は6月22日の2試合は別な記事で紹介しましたので、後は最終日の2試合を記せば完成です。
 ただ、その記事では「赤崎野球ク-盛友クラブ」の試合の出場選手の記載がなかったので、改めてここで記しておきます。

盛友クラブ 300103020 9
赤崎野球ク 40003103X 11
◇二塁打 佐藤琢、村上修、磯谷長(赤)
◇三塁打 平野(赤)
◇本塁打 松本(盛)

【盛友クラブ】8伊藤 4→6小沢 6→5川村 3松本 D→4田端 2横山 7坂本 9箱石 5瀬川 1帷子(交代選手)帷子(田端DH解除、瀬川に代わって打順に入る。)小原(箱石・5回から9)佐々木健(帷子・7回から1)小泉(小原・9回代打)
【赤崎野球ク】9大畑 6生形 8佐藤琢 7木下 2村上修 D磯谷長 3泉 5倉本 4平野 1佐野(交代選手)金野豊(生形・6回から6)佐々木慶(佐野・5回から1)山本淳(佐々木慶・9回から1)


 火曜日に都市対抗が終わって、日曜日の緒戦を迎えるまでの4日間。
 わたしの記憶が定かなら、この間は選手達は休んでいた分の仕事をしながら、日曜日の試合に向けてコンディションを調える事を第一に動いていました。都市対抗の大会中も、図らずではありますが、試合が行われていた5日間中、多くの選手が一日か二日、仕事のために欠場。試合のある日も、終了後即大船渡に帰って仕事という選手も多く、仕事と野球との両立に腐心していた様子が伺えます。

 コンディションを調え、大会2日目からの登場。
 前述した記事で記述した様に、手ごわい盛友を、最大のライバル水沢駒形をやぶり、最終日に駒を進めた赤崎。
 最終日は、都市対抗で戦力を消耗した久慈、不来方など強豪チームを破った、勢いのあるチームが勢揃い。東北に進出できる2つの枠をめぐってのたたかいが繰り広げられました。

8.6月23日その1。VS宮古、打撃戦制し決勝&東北大会進出。

 この間、わたしが勤めていた職場の同じ時間帯のメンバーには大変な負担をかけさせてしまいました。当然その分の穴埋めはしましたが、生活の感覚を狂わせてしまった事に関しては、本当に申し訳ない思いでいます。
 このクラブ大会のあった週は、試合に関わる2日間は休ませていただきました。とは言っても、この頃から赤旗日刊紙の配達もわずかながら請け負っていたのでその分だけ大船渡からの出発が遅れ、遠野市営球場に着いたのは7時半。既に赤崎メンバーは練習を始めていました。

 対戦相手の宮古倶楽部は、これまでも幾度もギリギリのたたかいをしてきたチーム。特に98年都市対抗では延長10回の息詰まる試合を展開。佐藤組北上球友に在籍していたときは、96年にあと一回抑えれば都市対抗本大会進出という場面で、4点リードを引っ繰り返された相手。

 赤崎の先発は、16時間前まで熾烈な投手戦を投げ抜いていた山本淳一君。打線がバックアップをと、初回から攻勢をかけます。先頭の大畑悟君が出塁後、2番の生形憲治君が送りバント。3番の佐藤琢哉君が、左中間ややセンターよりに大飛球。そのままホームランにし、2-0と先制。

 が、初の東北大会進出を情熱をかけるのは、宮古も同じ。
 2回に下位打線の3連打で3点をあげ逆転すると、3回表こそエラーで赤崎が追いつきますが、その裏にエラーと4連打で3点をあげ6-3に。
 一気に盛り上がる宮古ととは対照的に、思うような投球ができずにイラついている淳一君の様子が印象に残っています。

 しかし、赤崎はこの後猛反撃。
 4回に泉邦幸君の二塁打後、平野誠君が返しまず1点返すと、5回には琢哉君のこの日2本目のホームランで同点にした後は5安打2四球でたたみかけ、泉君、平野君の適時打などで好投手・吉濱君をKO。代わった梅澤投手(本来捕手なはずですが…)からも6回に村上修君が2点本塁打。梅澤投手も7、8回はよく投げましたが、9回に大畑君の三塁打、生形君の二塁打、佐々木宏也さんの適時打で4点加え16-6。山本淳一君は4回以降、散発のヒットこそ許しましたが二塁を一度しか踏ませず、終わってみれば予想外の大勝ではじめての東北大会進出が決定しました。

赤崎野球ク 201162004 14
宮古倶楽部 033000000 6
◇二塁打 泉、磯谷長、生形(赤)館崎(宮)
◇三塁打 大畑(赤)
◇本塁打 佐藤琢2、村上修(赤)

【赤崎野球ク】9大畑 6生形 8佐藤琢 2村上修 7佐々木宏 5磯谷長 D金野豊 3泉 4平野 1山本淳(交代選手)佐々木淳(磯谷長・6回から5)出羽(金野豊・9回代打→D)
【宮古倶楽部】6千葉 2昆 8宝代寺真 3山崎 7佐々木宏 D館崎 5佐々木智 4佐々木光 9高橋 1吉濱(交代選手)梅沢(吉濱・5回途中から1)小山(佐々木智・7回から5)北村(高橋・9回から8)


9.6月23日その2・そして、優勝。

 この日出場していたチームの中では唯一全国大会の経験をもつ釜石野球団と、近年力を伸ばしつつあったオール江刺が激突した準決勝第二試合。力の差は大きくなかったはずでしたが『10-9も10R積み重ねれば100-90』という格言が、あったかどうか知りませんが、結果としては釜石の若手投手陣を打ち込み、じわじわと差をつけた江刺が、7回コールド8-1という結果で、こちらもはじめての東北大会進出を決めました。

 そして、はじめての「岩手王者」をかけた決勝戦。
 赤崎は前日の試合でKOされたリベンジをねらう佐野清隆君が、江刺は様々な場面で登板できる渡部投手が先発しました。
 やはり、早めの援護が求められる場面なだけに赤崎は積極的に攻めていきました。
 初回、ワンアウト一、二塁から修君、宏也さんが適時打で2点先制。渡部投手の調子が今一と見るや、2回から佐々木章投手を投入しますが、3四球→修君の適時打→宏也さんの本塁打でこの回4点。2回ではや6-2とペースを握ります。

 佐野君は初回に2バッテリーエラーから1点、2回に満塁から杉田選手の内野安打で1点失いますが、4回まで試合を作り、5回にピンチを迎え、後藤選手に犠飛を許した場面で佐々木慶喜君に交代します。
 慶喜君はこの大会は2度目の登板。
 ランナーこそ出しますが、大きい傷にはさせない投球を展開。8回こそ杉田選手の犠飛で1点返されますが、何とか踏ん張っていました。

 江刺は佐々木章投手が3回以降は落ち着き、後は投球が慣れたと見極めるや、6回からリリーフした沼崎宏祥君(のち雫石ク)は『完全投球』で3回を抑え、9回は菊地良幸投手(のち水沢駒形)も3者凡退と後半は赤崎を封じ、じわりとムードをもってきましたが、赤崎は前半にあげた6点が大きくものをいい、逃げ切りに成功。
 赤崎野球クラブは、84年に硬式に転換以来19年目にして、全国に進出できる大会としてははじめて、東北大会に進出する事ができました。

赤崎野球ク 240000000 6
オール江刺 110010010 4
◇二塁打 杉田(江)
◇本塁打 佐々木宏(赤)

【赤崎野球ク】9大畑 6生形 8佐藤琢 2村上修 5佐々木宏 D出羽 7金野豊 3泉 4平野 1佐野 (交代選手)佐々木慶(佐野・5回途中から1)吉田忠(出羽・5回代打→D)佐々木淳(佐々木宏・9回から5)
【オール江刺】8杉田 9荒井 5高林 3三鬼 4後藤 2沼崎光 D小沢 7計良-けいら- 6今松 1渡部(交代選手)佐々木章(渡部・2回から1)家子(小沢・4回代走→D)及川惇(計良・5回から7)沼崎宏(佐々木章・6回から1)菊池良(沼崎宏・9回から1)


7年後のエピローグ。

 11日間で10試合。
 今から考えると、すごい無茶苦茶なスケジュールで試合したものだと思います。
 この件が影響したのか、次の年から、大会日程を作る作業で、試合・大会の間隔というものもより重く見られるようにもなったようです。

 トーナメントが主体の社会人野球において、多く試合をする、という事は多く勝ち進む、という事。
 ただ単に勝つだけでもなく、ただ単に多くの試合をしただけでもない。毎試合がそうとはいえ、都市対抗、あるいはクラブ選手権は高校生で言えば「甲子園大会」に匹敵する一大大会。どの試合も気を抜けない、どの試合も勝たないと、次に進めないという中でつかんだ「8勝2敗」が、赤崎野球クラブを岩手トップクラスのチームに押し上げたものだと思います。

 7年経ち、赤べこ軍団の破壊力にフェズント岩手の伸長、JR盛岡の逆襲、水沢駒形の変わらぬ強さ、オール江刺の執念、高田のライバル心。さらに赤崎に思い切ってぶつかって、結果を出そう、乗り越えようという強い思いをもった『視線』を受けながら、たたかってきました。
 強くなるのも大変だけど、それを維持しようというのも大変です。
 今年から応援に使用する「横断幕」を用意していますが、その文面には「挑戦者」という言葉を入れました。
 どの試合を取っても、一つ一つの試合に対してはだれもが挑戦者。
 あの時も、そういう思いでたたかって、結果をつかみ取った…その原動力は、無我夢中にそれぞれの試合に“挑戦”したから。その心をもう一度改めて持っていただきたいな、と就活中の分際ですが、思っています。

 何にしても、暑い天気と熱い思い、ギリギリの状況下でたたかったあの日々は忘れられないものになりそうです。そのたたかいに居合わせた全ての皆様、ありがとうございました。
 これにて『03年6月熱戦』シリーズを終わらせていただきます。






最終更新日  2014年06月25日 19時59分56秒
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2010年01月14日
 あの日まで、01年毎日旗大会県予選優勝、01年都市対抗県大会4位、03年同3位と好結果を出していても、どうにも一歩引いてものを見ていた自分がいた。それは、他のチーム-殊に水沢駒形-が強いという結果を様々な場面で見せつけられていたからだ。
 だけど、あのギラつくような暑い日のたたかいは、一つの大きい勝利という結果に収まらず、自分の心の中で「赤クは岩手のチームの中でトップクラスと認識していいんだ」という自信をも植え付けた、自分も、グラウンドでたたかった両チームもまさに燃えた大勝負となった-。

1.2003年6月22日 FROM大迫。

 前日から始まっていたクラブ野球選手権岩手県予選。
 赤崎野球クラブは2日目からの登場となり、大迫球場で勝ち上がればダブルヘッダーでたたかう事になっていた。私はと言えば、コンビニの夜勤こそ休めはしたものの、新聞配達に思いの外手間取り(配達範囲は三陸町全体)大迫球場に着いた時には、既に第二試合が始まっていました。

 第一試合は水沢駒形と隣町の高田が対戦。
 試合が終わったばかりの知り合いの選手から「惜しくも負けたよ。対戦できなくて残念だ」という言葉を交わしながらスタンドに。スコアボードには「MS」の方に3の数字が早々と乗っていた。対戦相手は盛友クラブ。元プロの猪久保吾一さん加入後、力を伸ばして来たチーム。簡単に勝てるとは思っていなかったが、初回から苦戦を強いられるとは思っても見なかった。

 この試合登板した佐野清隆君は、都市対抗時に爪に変調を来し、そこから投球のペースを乱していた。1回裏に佐藤琢哉君、磯谷長栄さん、泉邦幸君の適時打で逆転するものの、4回にも2安打2四球で同点に。5回から佐々木慶喜君がリリーフし、その裏に村上修君とルーキー倉本君の適時打でするものの、6回にまた追いつかれる試合に。

 しかし、この試合赤崎は打ち負けない。取られたら取り返す試合ができたのが最後に効きました。8回に盛友・松本直樹さんの本塁打で勝ち越しを許しましたが、その裏に平野誠君の三塁打+1エラーで追いつくと、さらに連打で畳み掛け、最後は木下清吾さんが後10センチでホームランという強打で11-9。山本淳一君が9回の盛友の反撃を0に。
 試合状況が7変する試合を制し、第三試合の進出、水沢駒形とのたたかいに進出しました。
2.電光石火のツーランスクイズ。

 しばしのインターバルをおいて行われる準々決勝。
 先発投手は、赤崎がエース山本淳一君、駒形もエース新田忠正君。
 クラブチームの中では実績NO1、2年前の全国大会では準優勝という強力すぎるライバルチーム。しかし、赤崎も都市対抗では3度この駒形を破っている実績もあった。
 でも…文頭にも書きましたが、この時はまだ、私の心の中では「まだ駒形が上」という意識がありまして。試合には勝っていても、駒形に対する“恐れ”はまだ消えていませんでした。

 この2人の投げ合いとくれば、ただでは終わらないのがこのカード。
 お互いに“簡単には点は取れない”というビリビリとした意識が充満していました。
 初回、2回と駒形は1安打放つものの0。そして2回、試合は思わぬ所から動きはじめました。

 新田君は体を投げ出すようなフォームから勢いよく腕を振り、居合切りの様にボールを繰り出す本格派投手。この特徴あるボールを「ファルコンダイブ」と勝手に異名作っているのは私ですが、打ちにくいことこの上ない投手です。
 ただ、弱点もありまして、時折コントロールが効かなくなる場面もあります。この2回のときもそう。修君には死球、長栄さんには四球、倉本君はライト前にヒットを放ち、満塁の好機を作りました。

 打者は泉君。
 攻守に渋い動きを見せる“職人”が、ここで仕掛けた策はスクイズでした。
 修君ホームイン、一塁で泉君がアウト…で済まなかったのがこのプレー。
 長栄さんも一気にホームに突っ込んで来ました。

 高校時代から一番を打っていた三拍子そろう好打者。特に走塁や守備などで、一時のスキを見逃さずチームに効果的な動きができる選手。その動きは、相手が駒形でも鈍る事がありませんでした。一気にホームを陥れ、2点目をあげました。
 一点を争う試合で大きい先制の2点。
 流れをまず、つかむ事には成功しました。
3.このままでは、終わらない。

 赤崎は4回にも4番の木下さんの安打、5番の村上修君の二塁打、さらに長栄さんの死球で満塁と責め立てたものの、ランダウンプレーで三塁ベースに二人がいてしまい、対処をあやまり2人共アウト。以降は好機らしい好機も作らせてもらえません。
 一方で駒形は毎回のように一人以上はランナーを出し-打線の上位、下位は関係なく-誰もが必死にプレッシャーをかけ続けた。

 6日前の都市対抗予選。駒形は淳一君の前に4安打に抑えられ敗れていた。同じ相手に、二度も負ける訳には行かない、という気合が、試合の流れを変えつつあった。
 それでも何とか勢いを押し止どめていた淳一君と赤崎ナインだったが、9回、それまで0に抑えられていた駒形の逆襲がはじまってしまいました。

 先頭の佐々木力さんが安打後、4番の深井君のタイムリー二塁打。高橋君の凡打で一息つくかとも思われたが、加藤武さんの二塁打で同点。さらに千葉光輝さんの安打でランナーを進めたものの、及川君は凡打でツーアウト。
 9番の加藤充敏君は、登録は投手。野手としての彼を認識していなかったので「よし、これで何とか…」と思ったが、野球は甘くなかった。打球はサード。ルーキーの倉本君が必死にさばきましたが、充敏君の足が一歩勝りました。
 この間に武さんはホームイン。3-2。
 とうとう駒形に逆転を許してしまいました。


 5回以降は好機は作れなかった赤崎。とうとう逆転も許し、ペースを駒形に握られてしまいました。そして、9回裏。
 先頭は“クラッチヒッター”佐藤琢哉君。
 勝負を決める場面で、ことごとく期待に応えてきた琢哉君が2ストライク後にライトへ打球を飛ばし二塁打に…しかし、この日のライトはこれまで一塁を守ることが多かった力さん、セカンドは経験は多くない充敏君。このわずかな「付け入るスキ」を見逃しませんでした。

 結果から言えば、この2人のダブルエラーで琢哉君は一気にホームに帰って来ました。3-3、同点。しかし、次の試合に進むには、あと一点取ることが必要。さらに修君、長栄さんの安打、泉君の四球で満塁にまで追い詰めますが、新田君は踏ん張り、平野君のセカンドゴロでチェンジに。
 エラーした二人が、その回の内にすぐリベンジ(打球を処理)した事で、エラーをしたという負い目をリセットできた事で、もともと簡単に勝てるとは思っていない相手でしたが、まだ長いたたかいは続くな、と思いました。
4.決着。

 試合は延長戦に。両チームともにこの日は一試合たたかって、その上でこの熾烈な試合をたたかっている。1時半に始まった試合、一日で一番暑い時間帯での試合。スタンドにいる自分でさえ、選手の消耗と、それに反比例する情熱は見えて~特にこの試合は~とれました。
 10回表、駒形の攻撃は三者凡退。
 10回裏、赤崎の攻撃も三者凡退。
 11回表、武さんの安打は出たものの、得点0。

 「このままじゃ、決着つかないんじゃ…。」
 11回裏。先頭の木下さんがライトフライ。
 チーム一の打者-木下さんは甲子園で「大高旋風」が起こした時のレギュラー、法政大学でもレギュラー-でも、打開策が築けない。このままいつまで続くか、と思われた時に透き通るような音が聞こえました。

 カキ------ン

 修君が思いっきりぶっ叩いた打球は、レフトスタンドにぶっ飛んで行きました。
 ついに決着の…サヨナラホームラン。

 この一週間、都市対抗野球も合わせると、10日間で11試合をたたかうという強行軍。私も大声の声援を送っていましたが、この日の中盤にとうとう声をつぶしてしまい…しかし、自分の事はどうでもいい。グラウンドにいる選手たちは、その何倍ものダメージを負いながらたたかい続けました。

 殊に、修君は淳一君、佐野君という本格派投手の球を受け続け、とうとう左手親指の付け根を痛めてしまっていました。それでいて「何、大丈夫ですよ」と平然とマスクをかぶり続け、たたかい続けた。同じ捕手として、代わってやれないのが見ていて辛かったけど、そうしてたたかい続けて来た結果、岩手最大のライバル・水沢駒形を互角のたたかいでやぶった。

 この激烈なたたかいを制した喜び。
 より上のたたかいに挑める事ができる喜び。
 そのうれしさを、両手を突き上げて、声にならない叫び声を上げて表現してました。
 5.その後。

 あの壮絶な試合のリサルトは以下の通り。

水沢駒形倶楽部 00000000300 3
赤崎野球クラブ 02000000101 4
◇二塁打 高橋、加藤武、深井(駒形)
     村上修、佐藤琢(赤崎)
◇本塁打 村上修(赤崎)

【水沢駒形倶】8加藤浩 6千葉盛 9佐々木力 3深井 D高橋 2加藤武 7千葉光 5及川将 4加藤充 1新田 (途中交代)佐藤辰(佐々木力・8回代打)千田長(佐藤辰・9回から9)
【赤崎野球ク】9→11回8大畑 6生形 8佐藤琢 7木下 2村上修 D磯谷長 5倉本 3泉 4平野 1山本淳 (途中交代)磯谷幸(佐藤琢・11回から9)


 このたたかいの後、赤崎は県予選で宮古、江刺を破り、県大会初制覇。東北大会で白山、羽柴、福島硬友を破り、東北大会も制しました。全国大会こそ新潟コンマーシャルに敗れたものの、以降は岩手を代表するチームとして『クラブ全国ベスト8』『七十七、TDKと引き分け』『クラブカップ優勝』という成果をあげた、そのきっかけとなったのがあの大迫での試合だった、と私は勝手に思っています。

 あれから7年が経ちました。
 この試合の前までに積み重ねて来たものが火薬だとすれば、その火薬に火をつけたのがこの試合…そこから数年、見せ所は作り続けた赤崎でしたが、2009年は全体的に苦戦を強いられました。中軸選手こそ強力なパワーをもった選手がいるものの、基本はチームとしてまとまりの力でたたかう、時に敗れても、一つ一つの試合の経験を生かすというのがチームのスタイル。これを良き伝統としてこれからも刻んでいただければ、と思います。






最終更新日  2015年02月22日 23時36分05秒
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