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猫のいた生活

2007.03.12
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カテゴリ:猫のいた生活
人懐っこくて優しい性格としか表しようのない長男、ともたろうが、わたしの不注意によって、どれだけ苦しい一夜を明かしたのか、十数年経った今でもハッキリと思い出すことができます。

もはや自己満足以外に意味をなさない励ましの言葉をかけ、ぐったりとなった彼を抱え、日曜も診療している動物病院を探して連れてゆく。
ともたろうは尿毒症でした。

そう言われても、その恐ろしさがわからない。

無知が一番の罪だというのを嫌という程、思い知らされるのです。
知らなかった、知らなければ仕方がない、ただそれだけのことだけれど、その間にも確実にひとつの命は

『死に向かっています』

診察を終えた優しそうな初老の先生の口から、わたしに向けられた言葉はそれでした。

たった24時間前に、ともたろうがトイレに座っているのを見て、わたしはそのまま仕事に行っただけだったのに、今、わたしは穏やかに、彼の死の宣告を受けている。

猫の尿毒症。

だけど、もう駅に行かなければ。
電車に乗らなければ、仕事に間に合わない。
わたしが急に休んでも、代わりにレッスンを引き受けてくれる講師はいないから。
電車に乗ろう。

祈りというのは通じるのかしら。
優しい先生にお願いして、奇跡を信じる事以外、何もできない。
昨日の昼に、無理をしてでも、連れて行っていれば。

その日の昼に、ともたろうの経過を知らされたわたしは、ホッと胸を撫で下ろすのでした。
山はどうやら脱したらしいと。

よかった。
だって、ともたろうが死ぬわけないんだもん。
あんなに元気に走りまわって、肩車だっていつもしてあげてるのに。
あんなに体重があって。
抱っこが大好きでいつも、飛びついてきてわたしの仕事服は一体何着、穴を空けられたかしら。

その日の日記に、こう書いています。

3/7(日)朝 風雨
たろうが 病気になった
昨日 出がけに 嫌な予感がしていた
私は 気付いていたのに それを見逃した
そして たろうは ひどい病気になった
たろうが 突然 いなくなるなんて
考えられないし 考えたくないけれど
たろうは 助かるんだろうか
私は 何も してあげてない
どうか たろうを お守りください
どうか たろうを 死なせないでください

 12:30
家に 二度目の電話をした
たろうは 苦しんだけれど
たろうを見守ってくれている見えない力と
病院の先生の手によって
少しずつ 良い方向へ 導かれていくのだろう
たろうを助けてくれてありがとうございます

それから数日経った日の朝、偶然、早く目覚めたわたしは、別な部屋で両親が話をしているのを何とはなしに聞いていました。

かわいそうで、いわれん・・昨日・・

病院から電話・・

ほんとはもう、ダメとって

ともたろうは。

安楽・・決めてって・・  

わたしは布団に入ったまま、両親に気付かれないように、声を出さないように。
懐で眠っているつれみを撫でながら、謝りました。
ごめん、ごめん、ごめん。
わたしは、あなたの大切な息子を。

決められないよ。
そんなこと、決められないよ、わたしには。

     *     *     *

ともたろうは、最期まで優しいコでした。
わたしに、その日を決めさせることなく、逝きました。

知らないことは、罪。
知ろうとしなかったことも、罪。
わたしは二度と、同じ間違いはしちゃいけないんだろう。

ともたろうが逝ったその日は、山口の湯田温泉というところへの遠出の日でした。

3/12 a.m たろう永眠
奇跡は 起きなかった
私は 泣かなかった
家の そばに埋めた
私は たろうのかたみの首輪をポケットに入れて
今 山口へ行く 新幹線の
中に 居る

ともたろうの首輪は晴れた空の色のような、青色でした。


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Last updated  2007.03.12 17:11:47
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2006.05.19
カテゴリ:猫のいた生活
ネコのいる生活…幸せですね。
何もネコに限りはしないと思いますが、振り返ってみれば、何ものにも代え難い幸せをもらっていたのだと。

音楽の仕事につきたいと、大学を中退した時に親から『そんなので、モノになるのか』と言われ、同じ職業の人からは『畑違いだ』と言われ、小遣い程度ではなく何とかして会社員と同じかそれ以上の稼ぎをたたき出したかったわたしは、少し仕事を優先しすぎた時期がありました。
それが、この頃です。

年間の休みが祝日だけ、という一年もありました。

仕事→ネコ→その他、の優先順位を崩すことなく続けてきましたが、もとより優先順位をつけてはならない種類のものだったのですね。

ネコたちはそれから、時々病院のお世話になることもありましたが、日々健康。
つれみだけはその後何かの病気で思わぬ出費があったので、別名『はちまんネコ』から『じゅうさんまんネコ』に昇進いたしましたが、それ以降、現在までの昇進はございません(というか、あまりにお世話になったので忘れました)。

それぞれの避妊手術も滞りなくすませ、また何事もなく暮らす日々。
わたしは昼に出かけ、夜中にこっそり帰って来る生活。同居家族と会うことすら、あまりない。

暗い3畳の部屋に明かりをつけると、きくのが顔を上げ、つれみが何か言い、そしてともたろうが背中に飛び乗る、そんな毎日がわたしはとても好きで、そういうネコたちとの暮らしがこれから先も10年以上続くと思っていました。

それは当然のことだと思っていました。

土日は一週間のうちで一番忙しい日です、朝から出かけて夜は遅くなります。
動物病院の開いている時間帯には、仕事をしていることになります。

3月に入っての、とある土曜の午前中、ともたろうが何度かトイレに座っているのを見ました。
そして、用を足していないように見えました。
あれ?おかしいな、と思いました。
そして、ちょっと考えてから、わたしはそのまま仕事に行きます。

そして、この時の判断の誤りが十数年経った今でも、自分の心の痛みとして、残ることになります。


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Last updated  2006.05.19 11:16:50
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2006.05.01
カテゴリ:猫のいた生活
年末年始のネコ全滅の危機、それから、その3ヶ月ほど後に起こる出来事を除いては、いつも通っている病院がありました。
そこは、メガネをかけたアンパンマン風の先生と優しそうな奥さんの、お2人でされている動物病院。
うちからは、歩くと20分ほど。

その病院への道のりというと。
うちを出て3分で、小学校。要するに、沢山の児童が通る、通学路です。
そして、すぐに国道。
そしてJRの踏み切り。
それらを渡り切って、動物病院へ到着、というわけです。

そしてわたしは、車の運転が出来ません。

だから、歩きます、ネコを抱えて歩きます。
以前はキャリーケースを持っていましたが、人に貸したら、戻ってきませんでした。
ネコも入りたくなさそうなので、それなら♪と、紐をつけて散歩風にと思いましたが。

ひとりずつでも、無理でした。

ともたろうはわたしを引っ張って、好き勝手に歩こうとする。
きくのはとりあえずどこかに逃げようとするので、抱っこしたらキック。
つれみは、地面に降ろそうとするとわたしによじ登ってきます、そしてワンワン、ビャービャー、泣く。

小さなきくの(3キロ以下)のキックはたかが知れているので、キックされながら20分、歩きました。
しかも、帰りは疲れてグッタリしているから、たいそう楽。06-05-01_12-29.jpg←きくの

つれみ(MAX時、4キロ)はあまりに哀れな泣き声の為、傍目からは、ヒトがネコに良からぬことをしている様に見えたことでしょう。『ワオ~ン』『ハイハイ』『ワォ~ン…』『ハイよ』と、始終合いの手を入れつつ、なだめすかして20分。
それでも、行きはわたしにシッカリとしがみついていてくれるので、まだ助かります。
帰りはというと、まるで精魂尽き果てたようにグッタリふにゃふにゃになった、元ネコをですね、こう…逞しいヒーローが、気絶したヒロインをヒョイと肩にかけて運ぶような感じ(分からなかった方、すみません)で、連れて帰ります。
『にゃ…』すら、発しません。
わたしの肩に両手と頭をだら~んと預けて、帰宅。だら~んとなったものは重いのです。

しかし部屋に一歩入った途端、ネコに戻る現金さは何だろぅ。

大らかなともたろうは、病院に行くときだって違います。
自ら抱っこ(7キロです!)そして、通学路、国道、踏み切り、ALL OK!
彼にとっては、全てが楽しい散歩。

ここでわたしはひとつ、失敗をしてしまいました。
小学生の下校時間と重なってしまった。

ともたろうは、初めて目にする道路の向こう側の子供達をどう思って見ていたのでしょうか。
きっと少し興奮したのでしょう、それまでおとなしくわたしに抱っこされていたのが、ウズ・ウズウズと動き出し、肩にヒョイと手を掛ける。

外出時には必ず紐をつけているので、勝手に走り出す心配はありません。
しかし向こう岸とはいえ、一度に多くの子供を見ては、流石のともたろうも逆上するかもしれない…

ふとそんな心配が過ぎり、心に隙間が出来た瞬間。
ともはわたしの肩にヒョイと登り中途半端に立ち上がった後、わたしの頭の上に両手を乗せて得意の『肩車のポーズ♪』を決めてしまったのです。

下校する子供達の目の前で…。
06-05-01_12-28.jpg←ともたろう(左)とつれみ06-05-01_12-29.jpg←TV上のきくの

慌てふためき、且つさりげなく紐を引っ張って降ろそうとしても、ビクともしない7キロは、そのまま悠々と子供達の眼前を通りすぎてゆくわけです。

『子供らの 無邪気な視線 一身に』

こうなったらと覚悟を決め、あくまでも、『ウチはいつもこの方針ですから!』という毅然とした態度でやり過ごそうとしましたが、おそらく高学年であろう女の子の言葉が耳に入ってきました。

『シ~ッ!いかんって、笑ったらいかんって!』

…。

…思いやりを、ありがとう。


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Last updated  2006.05.01 14:42:04
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2006.04.30
カテゴリ:猫のいた生活
こうしてネコ3匹、ヒト3人での暮らしが1年と数ヶ月続いたある年の大晦日。

ネコたち、朝からなんとなく、おとなしい。
にゃあ、とも、ふー、とも、うんともすんとも言わず、じーっとしている。

1匹だけではなく、皆それぞれに。
寒いと、ネコの動きも鈍るんだなぁ。

年の瀬で多少慌しくしていたので、じーっとしているのを良いことに、そのまま放っておりました。
いくらなんでもまさか、3匹揃って具合が悪いなどと、夢にも思わなかったのです。
まさか…と感じたのは、全く口をつけた気配の無い晩御飯の皿を目にしたときでした。

そう思ってネコたちを見たらば、これはどう見ても元気がないというか、皆それぞれに薄ボンヤリとしています。
水も飲まない、ご飯も食べない、声も発さず、横になっているだけ。
ネコのこういう状態は、今迄経験がありません。
つれみの大変だったときは、あれは『事故』という、見た目で分かるものがあった。

でも、昨日まで元気に駆け回っていたのが、揃いも揃って、一体、何なんだろう。

時々お世話になっている動物病院は、年末年始の休み。
どうか、わたしの気のせいで…と祈って、あらためてネコを見てみると、より一層グッタリしているように見える。外傷が無いだけに、一層不気味に思える。
不安がザーっと、大晦日の自分の心を塗り替えていく。
大晦日の夜中にどうしようもないと思い、とりあえず眠った。

そして、年が明けた1月1日、朝から動物病院探しを始めました。
電話を掛けては、年末年始の休みの予定が、空しく流れてくるだけ。
ネコたちは、まったく動かず。
お腹が動くので、生きているなと分かる程度。

動物だって、病気は待ってくれません。
いつもタイミング良く、平日の昼間に病気になるわけじゃないのに、というよりむしろ、土日や夜に具合が悪くなる方が多いように、わたしには思えるくらいです。

現在は、夜の診療も行ってくれる病院が増えているのでしょうか。
最近の動物病院事情は、よく知りません。

一体、何軒掛けた後か…やっと一軒『連れてきてよいですよ』という病院を見つけ、ネコたちをすぐさま運び込みました。
看板の出ていない、一軒家をグルグル回ってやっと探し当て、診察室に入ると、それはそれはキタナイ…これはどう見ても、数年前に引退したのでは?と思わせる室内、出てきた先生は、やっぱり引退してましたね?と念を押したくなるような、おじいさん。

そのおじいさんは、久々に診療をします、といった感じで、辺りにはおよそ『器具』というものの無い、元診察台のようなところにネコらを乗せ、わたしの見ている前で、白い粉薬を出した。
その白い粉薬を、元皿のようなものに入れ、水を入れてかき混ぜると、針の無い注射器を使ってネコらの喉に流し込み、『ハイ、終了』

相変わらずグッタリとした親子を乗せて、足取りも重く、帰宅いたしました。
しばらく様子を見ても、全く元気になる気配がない。
皆で新しい年を迎えたというのに、折角のお正月、休みの少ないわたしもネコたちとゴロゴロ楽しもうと思っていたのに。
ネコはハムスターより大きいから、突然死ぬことなどないだろうなどと、タカをくくっていたのも正直なところです。

まさか、このまま全滅…なんてありえない。

しかし、ネコ親子は悲しく伸びきったままでした。
貰ってきた粉薬を溶いて飲ませても、力があまりないのか、半分ほどしか飲んでくれません。
そうして、2日ほど経った次の日。

年明け早々、気持ちはどん底のわたしが見たものは。

いたって普通に、元気に動き回っているネコ親子。デスクトップの全体像.jpg

グッタリのグの気配も見せず…あの状態は、一体何だったのか。
全く、わけが分かりませんでした。

親子の一命を取り留めてくれた『元』動物病院には、あれから一度も行っておりません。どこにあったのか、場所も覚えておりません。
そしてあれからもずっと、『元』診療室には埃が積もり、『元』先生は楽しい隠居生活を送られていると、思うのです。

だけど、あのときのわたしの様な途方にくれた人間が現れたときに、おじいさんはまた、あの魔法の粉薬を使って、小さな命を救っているのではないかとも、思うのです。

先生、ありがとうございました。



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Last updated  2006.04.30 23:38:05
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2006.04.24
カテゴリ:猫のいた生活
次男しまちゃんが貰われて、きっとしあわせに暮らしているころ、残った三匹~つれみ(母)、ともたろう(長男)、きくの(長女)~と人間三人もそれなりに、やっておりました。

つれみときくのは、自ら『抱っこしてー』は好きだけど、『抱っこさせてー』は好まず、そこのところをよく把握していないわたしは、無邪気に抱っこしては爪を立てられ、それでも、また抱き上げては、齧られ、それでも(…もういいですか)。

まだ20代前半のピチピチしたほっぺに爪を立てられたときは、びっくりしました。
確かにこんな音がしたんですよ、『プチンッ』って。
ハリがあるって、こういうことなんですね。
これはつれみにやられました。

それから、外でブラッシングをしていたら父が帰ってきまして、その、ぬお~という出現に驚き、パニクったのでしょう、後足(ここがポイント)でわたしの左手甲側、親指の下3センチ、『ドドドドー』と掘られました。
手だと尖った爪で『シャッ』、これは大体一瞬で済みますよ、『イタッ』とは思うけど、それも一瞬。
傷もわりと浅い。傷の風上にもおけない(いや、そこまでは)。
しかし、足は爪が比較的丸いですね、これで『ドドドッ』といかれると、まるで耕された…ような跡になります。
上唇の傷よりハッキリクッキリ!今でもアルコールが入ると赤く浮かび上がる、思い出の傷その2。
これは、きくのにやられました。

ともたろうは、というと。
男の子なだけに、骨もガッシリ。クリクリッとしたブルーなアイがチャームポイントの真っ白ネコで、性格が明るく温厚。怖いもの知らず。
掃除機をかけると決まってその先端にむしゃぶりついてきて、ゴーゴーという音と共にゴーゴー♪とはしゃぎます。

何で覚えたか、ボール状のモノを投げると両手でキャッチ、そして咥えて持ってくる。
投げると、また持ってくる、そしてまた持ってくる、そして(…もういいですね)。

抱っこは何時でも、どんな状況下でもOK。
『仕事は選ばない』がモットーだったわたしはその頃非常に忙しくしており、年間の休みは祝日のみ、いつも終電で帰宅、の日々を送っていましたが、夜中にコッソリ入ってくるわたしの後ろから、これまたコッソリ近付いて、気配を感じた瞬間、『おーんぶっ!』
練習をしているところに、あちらからトコトコと近付いてきたともたろうと、ふと目が合った瞬間、『抱ーっこ!』

どーん!(オモイです。)そして、肩に上がり、わたしの頭に両手を乗せて、最終形は肩車。
これが、お得意のポーズです。

体重は7キロほどでしたが、体も引き締まっており、すばらしい跳躍力ですね。
そのお陰で、仕事用のスーツやワンピースが少しずつ綻びてゆくわけです。

それから掌を鼻の前に出すと、ひたすら舐める、舐める舐める…

『ネコと人間の信頼関係は、肉球を瞼の上に置けば分かる、そしてその生暖かさが心地よい』というような記事を、いつかどこかで読んだ気がして、実践しました。
きくのは(お約束通り)尖ったちいちゃな爪を立て、つれみは徐々に妥協してくれた風、ともたろうは、いつ何時でもALL OK!

生暖かい『ペト』が信頼の証。ともちゃん最高。みんな最高!と浮かれる人間がひとり。

抱っこ、おんぶ、キャッチ、舐める、そして温厚。よく食べよく眠る。
それが、ともたろうの全てでした。

実際、こんなに健康的なネコなら何十歳までも長生きしてくれるのではないかと、思ったほどです。そうです、わたしさえ、きちんと気を配っていれば。

ところで。

犬の散歩に憧れて、ネコ三匹に紐をつけ、散歩に出たことがありました。
5メートルもいかないうちに紐でグルグル巻きになり、わたしは一歩も動けなくなりました。
仕方が無いので、紐をシッカと握ったまま、両足跳びで玄関に戻りました。

ネコは、三匹一緒に散歩させないほうが良いですね。


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Last updated  2006.04.24 11:56:24
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2006.04.18
カテゴリ:猫のいた生活
危機一髪のところで、帝王切開により無事出産したつれみと仔猫たち、計4つの大切な命を抱いて、大人3人とネコ4匹の共同生活が始まりました。

手乗り系鳥類以外の生き物を住まわせた経験のない家に、ある日突然ネコがやってくる、ウロウロ勝手に歩き回っては毛を落とす。
勝手に脱走して帰ってきては、今度は子供を産んで、半年も経たないうちに一気にネコ人口が4倍に増えてしまった。

潔癖症の母にとっては、おそらく一大事だったことでしょう。

しかし、人間、年をとっても環境に適応することは十分可能なのですね。
絨毯をガムテープでペタペタ作業…は続いたものの、つれみ親子は十分、この狭い家の住人として認めてもらえていたようです。
時には、『こうすれば落ちる前に取れる』と言って、直にガムテープをつれみの背に貼っては『フーッ』と怒られてみたり…(な、なんてことを)。

ネコたちは、家の狭さを大して気に留めるでもなく。

掌サイズの仔猫たち『しま・きくの・ともたろう』は、あまりにもすくすくと育っていくようでした。
初めは同じ大きさだったのに、男の子である、しま・ともたろうはだんだん骨太に、きくのは、つれみより線の細い、かわいらしい女の子に成長してゆきます。

そして、つれみはというと~こんなにも性格が変わるものかとわたしは驚いたのです~どこから見ても、母の顔。その落ち着きは、一体どこで、拾ッテキタノデスカ?
仔猫を見守る、立派な母ネコになっているのです。

当たり前な話ですが、過保護でもなく放任でもなく、生き物が生き物としての流れに逆らわず生きている本来の姿を目にすることによって、この家の住人たちも癒されていたのかもしれません。

ネコ親子はますます元気。日中は4匹でゴロ寝。時々走って、またゴロ寝。夜は3畳の部屋で1人と4匹で…
ネコは夜行性と聞きますが、夜中じゅう活動しているわけではないのでしょう、しかしわたしが寝る時間にはいつも元気いっぱい。

ある夜などは『寝るよ、オヤスミー』とわたしが横になった途端、脚から頭に向かって4匹がダーッと駆け上がってきたことがありました。
一体、何がしたかったのでしょう。
マンガならば確実に足跡だらけになっている状態、駆け上がった拍子に、誰かの足がわたしの口にズボッ。
その後から走ってきた誰かの爪が、わたしの上唇の山の部分にグサッ。

…以前飼っていたハムスターに耳を齧られて以来の大流血沙汰で、13年ほど経った今でも、思い出の傷跡が残っています。

ところで。

きくのとともたろうは、真っ白。
しまは、白地に耳と鼻のところがグレーっぽいアクセントのある仔猫でした。
そんな、しまを欲しい、という人が現れました。

そういえば、つれみが初めからお世話になっていた病院のチェーン店が、車で20分ほどの所にあり、そこの掲示板に『もらってください』を、出していたのです。
でも、なかなか貰い手は見つかりにくいということを聞いて、正直そのまま忘れていたような状態でした。

忘れた頃に、貰い手が現れました。

1人暮らしの、若い女の子でした。
連絡を受け、実際に見に来た彼女はしまをひと目で気に入り、ニコニコ笑いながら、そのまま籠に入ったしまを連れて帰りました。

しまはきっと、彼女と仲良く暮らしたことでしょう。
可愛がってもらったことでしょう。

そう思っていても、ずーっと引っかかっている気持ちが何だったのか、わたしは後から気付いたのでした。
気付いて、すごくおかしくってかなしくなりました。

わたしは、しまを手放したくなかったのでした。

育てるのが楽だったわけではありません、確かに複数のネコを世話するのは楽じゃなかったけれど。

つれみの子供を、1匹たりとも手放したくなかったのでした。
わたしは、つれみ親子とずっと一緒にいたかったのでした。
しまが連れられて行くその時に、気付いたのです。

しまを見送りながらわたしは、後から、後からポロポロと、涙がこぼれて仕方がなかったのです。


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Last updated  2006.04.18 15:55:05
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2006.04.12
カテゴリ:猫のいた生活
彼女は以前の事故で、右足が曲がらなくなりました。
見た目はその傷が一番悲惨だったですけれど、普段見えない部分でもっと大きな怪我をしており、レントゲン写真を撮ると、彼女の骨盤の真ん中には小さなネジがついています。

しかし普通に生活する分には支障もなく、わたしよりも環境への適応能力は上ではないかと思われるほど。

しかし。

出産となると話は別になるようで、主治医の先生からは『赤ちゃんの数が多ければまだ良いのですが、3匹だと微妙なところ』だというお話をされました。

どういうことかというと、『入っている赤ちゃんの数が多ければ、一個体辺りの頭の大きさがそんなに大きくならなくてもすむかもしれない』わけで、『そうすれば、骨盤の開きが小さくても自力での出産ができるかもしれない』という、『かもしれない』話です。

で、三匹であるこの現状は100%手放しで喜べる状態ではないということで、その場合どうすればよいのか、どのような出産になるのか…丁寧に説明してくださった…筈なのですけれど、覚えていません。

くどいようですが、わたしは外科的話に非常に弱いのです。

とりあえず『何かあったら病院へ』ということだけ肝に銘じて(あぁ、頼りなくてゴメン)、わたしは彼女を日々見つめてゆきました。

そうしてどれくらいの日数が過ぎたでしょうか、いつものように『オハヨー』と見たら、お尻の辺りから黒いような風船のような…そんな感じの『なにやら』が見えております。
これは出産ダ、とわたしでも分かりました。

とうとう産まれるぞー、わーい。

初めてのネコの出産に立ち会える喜びに、ドキドキやらワクワクやらで、その時は先生が仰った危険性のことなど、わたしの頭からはすっ飛んでいました。

そして、その『なにやら』が見えたまま、彼女はジッと動かないまま、1時間経ち、2時間経ち、昼を過ぎた時、わたしはやっと気付いたのです。
『何かあったら病院へ』の『何か』が、あってるんじゃないだろうか。
それはまさに『今』なのではないか?

そこに気付いた途端、それまでのドキドキが一瞬にして別なドキドキに変わってしまった。

すぐさま、病院へ。
と言っても車で1時間かかる。
その時は既に、グッタリとしか見えない彼女を乗せ、先生の元へひた走りました。

病院に駆け込み、診察を受け、すぐさま帝王切開。

もう少し遅かったら、きっと悔やんでも悔やみきれなかったことでしょう。
かくて、3匹の新しい命が誕生しました。7月1日。
何とか無事に。
彼女も何とか無事に。よくがんばったね。ごめんね、つれみ。
朝、あの姿にわたしが気付いてから、6時間が経っていました。

ついでに避妊手術もしてもらい、彼女の別名はこの日から『はちまんネコ』に変わります。

つれみのこども。2匹は真っ白。
もう1匹は真っ白に耳のフチがちょっぴりグレーっぽい。

掌にチョンと乗る大きさ。かわいいですね。
ほんとにちいさくて、守ってあげたくなる姿ですね。

4匹を乗せた車は、帰りはヨイヨイと走り去ってゆくのでした。。。



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*そして今日のお気に入り*
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Last updated  2006.04.12 11:03:03
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2006.04.11
カテゴリ:猫のいた生活
これまでを読んでくださった方々はもう大体お分かりかと思うのですが、わたしは『一瞬、現実逃避』というのを、よくします。
事実が自分の中に染み通るまで、少しばかり時間がかかるのです。

大切な楽器をバスに置き忘れて帰宅した時も、明らかに軽いバッグの中に『ここに入っている筈だから』と念じて…寝る(そして次の日、やっぱり無いことを自覚して、探しまくる。最後は警察署に引き取りに行きました)。
やっと買ったメガネをジャージの後ポケットに入れたまま、寝ようとして『ガチャ』という音を聞き、『これは夢だから、明日になったら元通り♪』と信じて、寝る(レンズは五分割になっていました)。
次に引っ越した先のベランダに置いた洗濯機の後で、ハトがお亡くなりに…いえこれはまた別の話、にいたしましょう。

そういうわけで、母が言った何気ない一言も、わたしはとりあえず流してみました。
『そうかなー、気のせいやないとー』

『但し、猫は一匹まで』という条件に合わなくなるからです。

初めは本当に気のせいだったら良い、と思いました。
三畳の部屋に人間が一人、ネコがゴロゴロ…そんなのが果たして可能だろうか。
髪の毛一本でも落ちていると嫌がり、つれみの歩いた後をガムテープでペタペタやっている母が、複数のネコに耐えられるのだろうか。

しかし、母の疑問には応えなければならず、且つ、どう見てもつれみのお腹は良い感じで丸くなってきている…気のせいと誤魔化しているわけにもいかず、病院に連れて行きました。
久々にお会いした先生が、あの時と同じように優しく説明してくださりました。
『三匹、いますねぇ』

そうですか、三匹。
うれしい。
でも、親に言わなきゃと思うと、複雑だ。

黙っていてもしょうがないので、言いました。
親の応えは、予期していた通り『中絶せなね、無理やもん』。

うん…そうやね。

しかし、親は分かっていたかもしれません。
わたしが黙って言うことをきくような娘ではないと。
初めから『産ませる』以外の選択は考えていない、と分かっていて、とりあえず言ってみただけだったのかも。

初めに湧き上がった不安要素も、自分の中では勝手に解決させていました。
『ネコには環境に慣れさせる、母も環境に慣れさせる』…以上。
勿論、母にそんな宣言をするはずもなく、軽くお茶を濁しながら毎日が過ぎてゆきました。

つれみは順調に丸々と、穏やかに、ただ寝てるだけ(いいなーネコは)。
網戸の外をふと見ると、ナイスガイのトラ吉くんがそこに佇む。
なんといいますか…これぞ幸せ、という絵。

ただ一つだけ、不安要素はありました。
つれみは、以前の大怪我により骨盤をネジで留めているので、殆ど開きません。
だからあまり赤ちゃんが育っていると、自力での出産が出来ないのです。
そうすると、危険です。


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Last updated  2006.04.11 15:11:10
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2006.04.08
カテゴリ:猫のいた生活

わたしの実家を簡単な一言で表すと『ボロい、平屋建て』です。

『家はボロくても、部屋は美しく』それがモットーの母は無類のキレイ好きで、髪の毛一本でも落ちていたら掃除をしなおすような人なのですが、そんな人が『ネコ付きでよいから帰ってきて~』と言うのだから、ここで帰らにゃ、何かがスタる…ような気がしまして。

他県の大学に入った妹のいなくなった三畳の部屋に、わたしはつれみと共にすっぽりと収まってみました。ちと狭い、以外は特に問題ナシ。

新居に入った彼女は、低姿勢でヒクヒクとやったかと思うと、ササササーッとベッドの下に潜り込んで実に9時間、出てきませんでした。さすがネコ!そうでなくちゃ。と放っておいたら、9時間後、何事も無かったように出てきて白い腹をみせてゴロゴロやり始めました。
人間と暮らし始めて、ネコの性格もだいぶ変わってきたようです。
それにしても、腹を見せるなんて…
馴染みすぎ。

そうして、今回もまたわたしは彼女に油断してしまったのでした。

…というより、何故あんなところに穴がある?

二日目の夕方、さっきまでゴロゴロと転がっていた彼女にごはんー♪と言ってみると、いません。狭い部屋の中、どこにも彼女の姿はありません。
声も…聞こえません。
またもや現実逃避したくなった自分を、ちょいと抑えてもう一度だけ、家の中隅々見回しましたら…電話器の上の窓、そこは外れない網戸が張ってあって、その網戸の左下部分に白い毛が。

網戸の隅っこ、破れてるよ~ょ~ょ~

勿論、外に出て探しましたが、既に真っ暗な夜。
しかもまだ引っ越して二日目。今度こそは、本当にダメだと思いました。今度こそは、確実に迷子になるだろうと。
どこかで優しい人が助けてくれればよいけれど。
でも、あぁダメだ、そんなに人馴れしてないはずだから。
お腹もすくだろうに。
辛い、辛すぎるよぅ。
なので、今夜は寝てしまおう。辛くても、やっぱり寝るのでした。

次の日、話を聞いた近所の子供が『ボクも手伝うヨー』と、一緒に探してくれました。
とても、ありがたかった。
そして本当に見つけてしまうから、すごいです。魔法の杖を持っていますね、子供は。

見つけてくれたんです、つれみを。

『ネコがおったヨー』という報告を受け、その草むらにそーっと見に行くと…いました。いましたょ。10mほど先に。まぎれもなく。よかった…少年よ、ありがとう。

と思ったのも束の間、よほど嬉しかったのでしょう、少年は白いネコに向かってハシャギナガラ、ハシッテイッタ、ノデス…うわ~ん。
より遠い場所に逃げられたのは確実。

あっという間に逃げられまして、わたしたちはしばらく言葉も出ず…。『いいョ、いいョ』と慰めるのがやっとでしたが。

きっとわたしたちの願いと、ネコの本能が不可能を可能にしたのではないかと、まことに大げさですけれど、そう思っちゃあいけませんか?

更にその二日後。

母が言うには『朝、五時半頃ね、お母さんが外ば箒で、はわきよったったぃ、そしたら、つれみが歩いてきてね、その後ろからトラネコが一匹おって、ビックリしてドアば開けたら、つれみは入っていったと』。
母よ…ありがとう。
つれみよ…おかえり。

少しだけ野生的な美しさを増した彼女は、その後脱走することもなくゴロゴロと平和に暮らすのですが、あの朝帰りのときに一緒にいたトラネコさんが、つれみに、そしてわたしに素晴らしいプレゼントをしてくれていたなど、全く気付いていないのは…やっぱり、わたしだけだったのでしょうね。

そしてある日、キレイ好きな母に言われるのでした。
『つれみさん、最近太ってきよらんね』

…はい?

 

 

 



猫と暮らす






Last updated  2006.04.08 14:02:38
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2006.04.05
カテゴリ:猫のいた生活
彼女が脱走したぽかぽか陽気の日は、高校の同級生の結婚式の日でもありました。
 
いついつにどこどこで結婚します、きてね♪というお便りは、ネコが脱走したからとてドタキャンできる種類のものではないことは、今ならば、分かります。
いえ、普通は分かっていて当然のことなんですよね、きっと。

その頃のわたしは、全く分かっていませんでした。その頃の自分の中の基本優先順位は、仕事→ネコ→その他でした。

凄い速さでヒョヒョヒョヒョーっと走っていくネコを、成す術もなく見送りながらわたしは少しだけ、現実逃避をしました、『五万が逃げた…これは夢である』。

夢なわけがないので、探すことにしました。

友人の結婚式への出席という、思えばとても大切なイベントと天秤にかけて悩むこともなく、裏山に入ってネコ探し。
大きな丸太が幾つも幾つも積まれている、その下の隙間から微かに『にゃぁ、にゃぁ…』と聞こえますが、どこから覗いても見えない。

呼ぶ、応える、姿は見えず、そして日が暮れる。

両腕で輪っかを作ったような直径の丸太を、どかせられる筈もなく、声はすれども姿は見えず、どこかに引っかかって出られないのかもしれない、いやそうに違いない、帰ってくる体力など残っていないかもしれないと絶望的な気分になりつつ、暗く部屋に戻りました。

心配で、心配で、それでも夜になるとわたしは寝てしまいます。
次の朝になっても気分は暗い、それでも仕事は待っている…。

暗く仕事を終えて帰ってきたら…

彼女も帰ってきてました、ベランダに。

ガラス越しに白い影が見え、『にゃあ』という声が聞こえ、戸を開けると当然のようにヒョコヒョコと入ってきて
箱の中で丸くなる。

包帯は泥だらけで、ヨレヨレ。

わたしの頭の中に『?』が増えてゆく。

引っかかって出てこれなったのではなく、ただ出てきたくなかっただけ?
久しぶりの外を満喫したかったの?
帰ってきたくなったから、帰ってきた?
骨盤、ネジで留めてるのに?右足だってリハビリ中で、まだ動かないのに?
こんなにこんなに重症なのに?
ネコの我が道加減には、全く頭が下がります。

しかし、これを教訓としてわたしは今迄以上に守りを強化しました。

通院用ダンボールを内側から押し開けようとする力も強くなり、無事に抜糸が済み、あれも必要なくなってしばらくすると、彼女はあまり外に出ることを好まないネコに変わり始めているようでした。

いえ、本当は脱走したときにほんの少し感じたのです。
恐怖を覚えているのではないかと。
ネコの脳の仕組みなど、分からないのですが。

事故に遭う前は駐車場や前の道など広い場所にいつも出ていたのですが、脱走した時、彼女は全く道に出ることなく、そのまま裏山へ入ってしまいました。

そして、彼女の『絶対道に出たくない』主張は、より強化されてその後も続いてゆきます。

彼女の行動パターンは、ワンルームの中で人間ひとりとネコ一匹で暮らすには丁度良いように、変わっていきました。

右足はとうとう動くようにはなりませんでしたが、後は順調に回復し、鍵尻尾を揺らして、ヒョコヒョコ歩く姿も愛らしい。蚤駆除をし、虫下しを飲ませ、一緒に寝る。

わたしがフルートを吹くと、見上げて抗議。高音Fを越えると、向こう脛で爪を研ぐ。

痛い。

ももたと暮らし始めた頃、先輩に『一人暮らしの若い女の子が、ネコ飼い出したら終わりやん』と言われ、何のことかと思いましたが、先輩の予言通りに順調に、ネコとの幸せな暮らしが築かれていくようでした。

そして1年が経ち、親の『帰ってこ~い、ネコ付きでよいから(但し一匹まで)』という熱いリクエストにお応えして、つれみと共に2年間実家で暮らすのです。

つれみにとっては、初の土地。しかも、何だか田舎、身を隠せそうな草むら多し。

そしておそらく初めての一軒家。

とりあえず、脱走してみたくなった気持ちも、分からないではありません。



*そして今日のお気に入り*
【ペパーレット】流せる紙砂8リットル
*あまりに懐かしい…初めはこれでした。お世話になりました。


*ありがとうございます、この記事はどうでしたか*








Last updated  2006.04.05 18:47:21
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