第三話 ~VSアシュロント第三話「ガーディアンの戦士達」ガーディアンの先行部隊は様々な世界を放浪する為に、複数の幹部と共に要塞を拠点としている。 その中の一つの要塞内部では次の進行世界を探すと同時、あるイベントが行われようとしていた。 神鷹・カイトの実力検査と言う名の実戦テストである。 ルールは基本的に何でもあり。 あくまでカイトがどれ程戦えるのかを計るのが目的なので、武器の持ち込みも自由。 何かしらの超能力や魔法、変身なんかが使える場合はそれも使用可能。 ただし、それは相手にも適応されている。 「相手も立場がありますので、本気で来ると思ってください。尚、禁止事項は相手を殺すことだけです」 「勝敗を決する為の物は?」 一番大事な項目だ。 殺しが無しならば、しっかりと確認しておく必要がある。 「ダウンしてこれ以上戦闘できないと審判である僕が判断した場合。または降参した場合です」 審判は自分に今まで説明をしてきたカインが引き続き行うことになった。 彼はガーディアン側の人間だが、こればっかりは文句は言えない。何といっても彼等の組織で行われるからだ。 「一応、念の為に言っておきますけど僕は公平な審判ですからね?」 「そうであることを心から祈っておこう」 その場で手を合わせて大げさに祈る仕草をする。 信用ないなぁ、と呟きつつもカインはルール確認を続けた。 「基本は1対1で、その後の怪我の状態や貴方の意思なんかも尊重して戦い続けてもらいます」 「連戦なのか?」 「はい。体力測定も兼ねてると考えていただければ」 大体こんなところでしょうか、と話を切り上げるカイン。 「他に質問は?」 「……要するに、勝てば問題ないわけだな」 返答には簡単にそうですね、と答えてからカインは扉を開ける。 扉の先にあるのは戦いの会場――――ガーディアンの戦士達の集う、コロシアムである。 普段のコロシアムはガーディアンに所属する構成員達の練習試合に使われている。 今回のように新人を本格的な舞台でどれだけ戦えるのかを見極めるというのは、そんなに多いケースではない。 最近は特に幹部達の目に叶う新入りが少なくなったのもあるのだが。 (意外と広いな……) その広さは想像よりも遥かに大きかった。 カイトは大体プロレスのリング並みの広さなんじゃないかと考えていたのだが、実際は学校にある体育館3,4つ並みのスペース。 そして地を支配するのは床ではなく、どこにでもあるような普通の大地だった。 「文字通り、コロシアムって訳ね」 扉を潜った瞬間に歓迎の視線が降り注いだ。 コロシアムと言うだけあって、観客は戦いを見物しに来ている訳だが彼等の目的は単なる娯楽ではない。 「確認しておきますが、観客はあくまで貴方がどれだけ戦えるかを見極める為に集まった組織の構成員です。ギャラがもらえるとかそういう不埒な事を考えないようにお願いしますね」 それだけ言うと、カインは審判としてコロシアムの中央に立つ。 (こんなに集まってるんだから、新入りに優しくしてくれたっていいでしょうに……) コロシアムを囲むようにして存在している観客席は完全に組織の構成員達で埋め尽くされていた。 前回のカインからの説明にもあったように、組織には三つのランクがある。 その三つのランク全員が終結し、自分を審査しようと言うのだろう。 「…………」 そんな中、カイトはある人物を観客の中から探していた。 (あのガキは……いた!) 幹部と言うだけあって、シデンをテディベアに変えた少女は構成員達が埋め尽くしている観客席ではなく、その上にある玉座からこちらを眺めていた。 隣にはペルセウスも控えている。 これでは王様とそれをお守りする騎士様である。 (まあ、立場的に間違ってはないんだろうが……どうにもあのガキの考えはよくわからん) 少女はあくまでカイトのみに視線を集中させている。 彼女が何故自分をこの組織に引き連れてきたのか理由はわからないが、少なくとも今は彼女の前で『切り札』を見せるわけにはいかない。 (下手に見せたらそれこそ命取りだ。それに、『アレ』は本当に緊急時の時にしか使わないし……周りから勘付かれることのないように、此処は何時もどおりのペースで行こう) 少しアップを始めてから、視線を少女から中央に居るカインに移す。 それが準備完了の合図だ。 「ではこれより、新入り君の実力審査を始めます。先ず彼と戦うという者は前に出てください」 戦う相手は会場の中から募集される。 我こそは、という立候補者はその場で立ち上がり、会場に意思表明――――降りてくれば良いというものだ。 「これで誰も来てくれないのなら面倒にならずに済むが……」 「では、先ずは私は行こう!」 「そうは行かないよな……」 少し肩を落とした後、カイトとカイン、そしてコロシアムに集まっている構成員達は意思表明をした戦士に視線をやった。 すると、そこにはカイトも見知った顔があった。 (ゲイザー・ランブル!) チャーハン大好き、ゲイザー・ランブル。 相変わらず白仮面を装着しており、素顔は見えないがその仮面越しから伝わってくるのは間違いなく強い敵意そのものだった。 どうやらかなり嫌われていると見ていいだろう。 だが、意思表明をしたのは彼ではない。 彼の横に座っていた、何処となく貴族風の立派な服装を着ている緑髪の長髪が印象的な男性だった。 「アシュロント・ネリアスだ!」 「薔薇の英雄か!」 「ああ、あの電波王子ね……」 「おらアシュロント! 音量小さくしろ!」 「うおおおおおおおお!! アーガス・ダートシルヴィーだとぉ!?」 コロシアム全体が彼の登場に沸き立つ。 しかし、ソレと同時にカイトは思った。 (あの男はアシュロント・ネリアスとアーガス・ダートシルヴィーのどっちなんだ?) 他にも薔薇の英雄、電波王子、音量小さくしろとの訳のわからない単語が続出している。 まさか最初からこんな訳のわからない戦士と戦わなければならないとは思わなかった。 しかし、幸いにも疑問は晴らされる。 「こらー! 誰だ今『アーガス・ダートシルヴィー』って言った奴は!? 私はこの世に使わされた美の化身、『アシュロント・ネリアス』なの! 『アーガス・ダートシルヴィー』じゃないの!」 整った顔立ちで苛立ちを露にしつつも、何故か背面が全て薔薇で覆い尽くされている。 その量はまるで彼だけをこの世から薔薇の世界へ移したかのようであり、隣に居るゲイザーは酷く迷惑そうに薔薇の棘を払っていた。 その様子を見て、カイトは思った。 ああ、馬鹿か、と。 「代表者、アシュロント・ネリアス。前へ」 しかし審判であるカインはあくまで冷静だった。 彼はアシュロントを会場に来るように促すと、中央から邪魔にならない位置に移動を始める。 だがソレと同時、何故かコロシアム全体に音楽が鳴り響き始めた。 「?」 今までの音楽は精々観客の騒音だけだっただけにこの変化には驚きを隠せないカイト。 だが、カイン達は頭が痛い、とでも言いたげにガックリと肩を落としていた。 「ふははははははは! お初にお目にかかるな新入り君。私の名はアシュロント・ネリアス! 美しき美の化身、アシュロント・ネリアス様だ! 今日は君に歓迎の意を表して私の美しいピアノ捌きを見せてあげようではないか!」 何故かピアノと一緒に流れるようにしてコチラに移動してきたアシュロント。 いちいち自己主張の激しい男である。顔立ちも整っているだけに余計に腹立たしい。 じゃーん! ぱろぽろりろぴろぴろぴろぴろ! 「では参ろう。美しき我がテーマソング。『ああ、美しきビューティフルウォリアー……』」 ああ、今からテーマソング歌うのね、とその場で項垂れるカイト。 しかもわざわざ口に薔薇を加えてくださって雰囲気を出している。 もう好きにして欲しかった。 「あー……申し訳ないのですがアシュロント。そろそろ始めて欲しいんですけど?」 このままでは何時本番が始まるか判った物ではないので、審判を務めているカインが待ったをかけた。 「何を言う。これからが美しい美のサプライズの本番ではないかね。これより新入り君に私の美しさを刷り込んでもらわないと」 刷り込まれなきゃいけないの、と目で訴えるカイト。 いえいえ、あれは只の戯言です、とカインは同じく目で返した。 意外とこの男とは仲良くなれそうな気がした。 「アシュロント。貴方は何の為に此処に来ているのか判ってるんですよね?」 あくまで確認の意をこめて言う。 それに対し、本人は当然だと言わんばかりに主張した。 「私の美を頭に叩き込ませることではないのかね?」 「もう頭打って帰ってくださいアンタ」 真顔で言い放つカイン。 だがソレに対し、アシュロントは、 「? では私の祖国のお土産である薔薇煎餅を献上すればいいのかね?」 「何でそんな話になったんですか? ねえ、僕そんなに難しい話してますかね?」 見てるだけで頭痛がしてきた。 何時になれば終わるのか判らないこの茶番を見てるだけと言うのも退屈する物である。 「おーい。俺帰っていい?」 「アシュロント。このままだと彼の目に汚点として残されますよ!? それでいいんですか!?」 服を掴んでガクガクと身体を揺らしまくるカイン。 揺さぶられまくっているアシュロントはそれでも状況を把握しようとし、 「ううむ、汚点となるのだけは我が美しさに賭けて許す訳にはいかん! 美しく勝負と参ろう!」 判ってるなら何故最初からそうしないんだろう、とカイトは思った。 だがいずれにせよ、ようやく茶番が終わったのも事実。 「では、待たせた非礼を詫びるのも含めて先制攻撃を許そう。美しく攻撃してきたまえ」 「何?」 これからやっと始まったか、と思った瞬間、アシュロントから思っても見なかった提案が飛んできた。 と言うか、非礼とか自覚があるなら最初からやるなと言いたい。 「…………」 じっ、と睨んでみるがアシュロントは動じない。 それどころかピアノから離れ、武器らしい武器も持っていなければ構えようとすらしていない。 正しく棒立ちの形であった。 視線でカインに始めてもいい物か問いかける。 「……アシュロント。今度こそ準備はいいんですね?」 同じ事を思っていたのだろう。 カインは全く同じ疑問を審判と言う立場から問いかけた。 「構わん。美しく始めたまえ」 ソレに対し、アシュロントはやはり動きを変えようとしなかった。 直立不動。 先程まで馬鹿みたいに笑いながらピアノを鳴らしまくっていた姿からは想像もできない真面目振りである。 「では……代表対新入りの第一試合を開始します」 その声だけで『始まり』を理解するには十分だった。 構えも取らず、先手を許すというのならば遠慮なくそれに乗らせてもらう。 そして『破壊』する。 それがカイトの先制攻撃だった。 「!」 会場にざわつきが生まれるのとアシュロントの目が見開かれたのはほぼ同時だった。 先程までカイトが居た場所に砂埃が起こると同時、その姿が消えたのである。 (速い! ゲイザーと争った時以上だ) その行動をいち早く理解したのは審判役を務めているカインだ。 彼はただ真っ直ぐアシュロント目掛けて『走っただけ』なのだということを理解した彼は、そのままアシュロントが受けるであろうダメージの計算を頭で行っていた。 (彼のパワーはゲイザーの鉄仮面ですらヒビを入れる。素顔丸出しのアシュロントがあのパワーをもろに受けたとすると……!) 顔面を殴られたとして、顔の骨を『破壊』されるだろうと推測。 だが、途中で止めることは審判役として許されない。 あくまで攻撃する権利を与えたのはアシュロントなのだから。 真っ直ぐ突撃しても、アシュロントは微動だにしなかった。 先ず最初の攻撃手段はゲイザーを殴り飛ばした鉄拳。 (先制攻撃を許されたとは言え、何をしてくるか判らん。先ずはコレで……!) 思いっきり振りかぶり、そのままアシュロントの顔面目掛けてストレートと言う名の凶器を叩き込む。 ――――はずだった。 「!」 そのはずなのに、彼の拳はアシュロントの顔面前で動きを止めた。 意識して止めた訳ではない。 目の前に現れた『壁』の出現によって拳を無理矢理受け止められたからだ。 その壁の正体とは、 「青い、薔薇!?」 目の前に突如として出現したのは青い薔薇。 赤い薔薇は見たことがあるが、青い薔薇は始めてみる。 「先制攻撃は許す、と言ったが――――」 拳を受け止めた青い薔薇を構えつつ、アシュロントは言う。 「こちらから動かないとは、言っていない!」 直後、拳を受け止めていた青い薔薇からカイト目掛けて凄まじい『力』が圧し掛かってきた。 まるでタンプカーが高速で襲い掛かってくるような威圧感が、青い薔薇から放たれてくる。 その威圧感から察することのできる『脅威』は、カイトの目から見ても明らかに見えた。 (やばい!) でかい一撃が来る。 そう思った瞬間、アシュロントが動いた。 「美しく飛びたまえ!」 アシュロントが青い薔薇を宙に上げる。 まるで放り投げるかのようにして乱暴に挙げた右腕。 しかし目の前のカイトは青い薔薇から発する『爆風』で吹っ飛ばす。 「疾風のブルーゲイル!」 青い薔薇を中心として、コロシアム会場に青いハリケーンが巻き起こる。 当然ながら一番その被害を受けるのは目の前にいて、同時にアシュロントに一番敵意を向けていたカイトであった。 「くっ……!」 一気に上空へと吹っ飛ばされたカイトは、ハリケーンの中から圧し掛かってくる力に抵抗しながらもどうやってアシュロントを倒すか考えていた。 先ず、この爆風の中から攻撃を仕掛けるのは却下。 (奴の武器は『薔薇』。しかし、俺のパンチの射程距離は精々近距離) あの青い薔薇を振りかざせば長距離でもハリケーンを巻きこすことが出来るだろう。 そうなれば近距離で攻撃することしか出来ない自分は何度でも吹っ飛ばされ、そして地面に叩きつけられる。 (と、なると手段は絞られてくるな) 方法を纏めると、青い薔薇を振りかざす前に素早く仕留めるという事だ。 その為には反撃を受けない為にも一撃で、確実に勝利をもぎ取る手段が必要になってくる。 (と、なると) 殴って『破壊』するよりは切り裂いて『破壊』した方が効率がいい。 それが地面に叩きつけられる直前にカイトが叩き出した思考結果だった。 青い薔薇が巻き起こす『疾風のブルーゲイル』で吹き飛ばされる高さは、ビルの10階並。 室内コロシアムの天井ギリギリまで届く距離がある。 故に、普通の人間なら地面に叩きつけられた時点で全身の骨に大ダメージが走る。 そうなると動くことすらままならずに病院送りだ。 骨が砕けすぎてそのまま死ぬ可能性もあるが、それならば『弱いから』の一言で纏めることができる。 (ルールの一つは『殺したら負け』。故に、君の全身を美しく破壊する方法を取らせてもらうぞ) 死んでしまったのなら、それだけの話だ。 これだけで簡単に死ぬようであれば最初からお呼ばれはしていないだろう。 その確信がアシュロントにはあった。 だからこそ先程地面に叩きつけられた黒髪の青年もダメージは骨が砕けるくらいのはず。 そう考えていた。 「…………」 だが、審判を務めるカインはアシュロントの勝利を宣言しなかった。 その理由は、 「カイン、彼はまだ戦えるのかね?」 これだけしかありえない。 そしてその問いかけには、カインではなく地に叩きつけられた新入りから答えられた。 「とーぜん」 何事も無かったかのようにむくり、と立ち上がってみせた。 コロシアムの天井まで吹っ飛ばされ、そのまま大地に叩きつけられたにしてはけろりとしている。 詰まり、この男は『疾風のブルーゲイル』で特にコレと言った大ダメージを受けていないことになる。 それはアシュロントにとっても予想外のことだった。 (確か彼の体が地面に叩きつけられたのは……) 自分の見間違いでなければ、背中から叩きつけられて全身に衝撃が行き渡ったはず。 だが、目の前にいる男の平然とした顔を見ている以上、自分の予想よりも与えたダメージが小さい事を認めざるを得ないだろう。 自分の想像よりも『凄い新入り』だという事を察したアシュロントは、青い薔薇だけでこの男を制することはできないであろう事を察知した。 この男の骨が鋼のように頑丈なのか、皮膚が蟻のように頑丈なのかは知らないがあれだけ平然とした顔をされているのならば何度青い薔薇をを振りかざしたところで結果は同じと判断したのである。 しかし、それはあくまでどのまま同じ使い方をした場合。 (それならば!) 別の手段を使って、新入りを制する。 具体的に言えば、今度は『天井に叩きて、更に地面に叩きつける』。 この場で定められている事項は『殺してはいけない』と言うルールのみ。 逆に言えばそのルールさえ破られなければどんな手段を使っても構わないという事だ。 「美しい物ではないが……今度こそ君を屈させて見せようではないか」 次はアシュロントも自分の力量を視野に入れての攻撃に移ってくるだろう。 先の言葉からカイトはそう判断した。 背中から叩きつけられた際のダメージは実のところ、そんなにない。 これは頑丈な身体になりやすいようにした父とその関係者に感謝するべきなのか。 それとも、このまま気絶していた方が楽に終わったという意見を出しておくべきなのか。 (いや、それでも今回の目的は別だ) 組織には複数のグループが存在する。 学校の生徒が全員部活動に強制入部しなければならないという物にやや似ているが、問題はこの実戦テストがそのまま所属先に響いてくることだ。 カインからの説明によると、それぞれのグループから一人ずつしか実戦テストに参加してはならないことになっている。 出来るだけ複数の目から力を判断したいからだ。 そして今回のカイトの目的は『出来るだけ強いグループの奴と戦い、適当なタイミングで負ける事』だった。 その目的を果たす為にも、最初の戦いで負ける事だけは絶対に避けたかった。 (そもそも、新入りの配属先は基本的に打ち倒すことが出来たグループが好きにしていいと言う決まりがあるらしいしな。少しでもいい評価貰って、ポイント稼がんと) ソコまで考えたのはいいが、問題があった。 カイトはまだ組織内にどんなグループが存在しているのか知らされてないのである。 当然、ここまで考えた以上は審判を務めるカインに質問の一つとして投げかけたが、 『確かに強いグループと弱いグループが存在しますが、公平さを欠く可能性があるので黙秘させてもらいます』 と、いう事らしい。 公平な審判を務めるのはいいことだがもう少し情報をオープンにして欲しかったというのが本音である。 いいグループに入って、ポイントを稼いでシデンをテディベアから解放しなければならないからだ。 (故に!) アシュロントとて立場がある。 一人の構成員として、そして先に活動してきた『先輩』としての意地がある筈だ。 少なくとも、幹部の目にかなった新入りとは言えいきなり現れた奴に簡単に潰されてしまったら立場も無いだろう。 それに彼とて『願い』があるはずだ。 そういう意味では自分と同じ目的を持っているといっても過言ではないだろう。その願いの内容がどうであれ、だ。 だが、知ったことではない。 最初に負ける訳には行かないのはこっちも同じ。 恨むのなら力の無い自分を恨んでもらう。 「切り裂く!」 その瞬間だった。 カイトの両手に填められた黒い手袋。 その指先を突き破り、黒い爪が文字通り『伸びてきた』。 まるで獣を連想させるその凶器の長さは、大凡10cm。指から直接生えてきたと考えても関節の事を考えれば収まりきらない長さである。 ソコを考えればカイトの指から生えて来たというよりも、『手袋から直接生えてきた爪』と考えた方がいいだろう。 だが、武器の不思議さではアシュロントの薔薇も似たような物だ。 そいういう意味ではどっちもどっちだろう。 「だが、そんな物を生やしたところでどうなるというのだ!」 相対するアシュロントが再び青い薔薇を振りかざす。 いかに爪を生やそうが、長さが10cm程ならば近い距離でなければ機能することは無い。 それならば距離を置いた状態で攻撃を仕掛ければいいだけの話だ。 「そりゃあそうするだろうな。俺だってそう考える」 アシュロントの考えているであろう簡単な思考に同意してみせるカイト。 子供でもわかる単純な理屈なのだ。読心術が使えなくても相手が何を考えているのかは簡単にわかる。 「だがな」 自分はさっき青い薔薇に吹き飛ばされた。 致命傷を与えるには至らなかったとは言え、遠距離でも攻撃できるのなら安全策、または更なる様子見でもう一度振りかざしてもいいだろう。 いかんせん、今は新入りという事もあってお互いの事を知らなさ過ぎる。 しかし、そんな『先程吹っ飛ばされた自分』がわざわざ同じ技を使わせるような武器を取り出すだろうか。 答えは否。 断じて否である。 「俺はどんな形であれ、触れることだけを考えてきた」 「何?」 青い旋風が巻き起こる中、カイトは呟いた。 「触ることが出来れば、後はどうにでもすることができるからだ」 触れた後、どうやって壊していくかを考えながら生きてきた。 へし折る。 砕く。 切り裂く。 穴を空ける。 蹴り飛ばす。 押し潰す。 噛み付く。 etc 色んな手段があるが、いずれも触れることができなければ話にならない。 故に、遠距離から攻撃を仕掛けるというアシュロントの考えは決して間違っているという事は無いだろう。 だが、決して正解ともいえない。 何故ならば、 「触れることが出来るなら、なんでもいい」 例えソレが人の皮膚だろうが、鉄の仮面だろうが、『青い疾風』だろうが関係ない。 ただ触れることさえ出来ればそこから『破壊する』事が出来る自信があるからだ。 その方法は、 「!」 右手の義手。 爪が生えた後はただぶらん、と下がっているだけだった腕を下から上に勢いよく振り上げる。 たったそれだけの動作だった。 「っ――――!」 だが、それが『何を引き起こしたのか』を真っ先に理解したのは相対しているアシュロントだった。 カイトが腕を振り上げる。ただそれだけの動作をしただけで自身が作り出した青い旋風を『切り裂いた』のである、と。 簡単に纏めると、空気に『触れた』後切り裂くことによって真空波を生み出し、真正面から『疾風のブルーゲイル』を切り裂きに来た、ということだ。 (これが彼の技か!) アシュロントはこの遠距離攻撃の正体を知ると同時、先程まで持っていた青い薔薇が散っていく事を頭の中で理解していた。 ソレは詰まり、 (強力な真空の刃が、来る!) 直後、アシュロントの左頬から右腕にかけて鋭い刃が襲い掛かる。 その瞬間、皮膚が裂ける痛みが彼を襲うが、 (浅い!) 届いた真空の刃は、そのまま身体を二つに分けることは出来ない深さに留まった。 故に、身体に受けたダメージは刀で切り裂かれたというよりは鞭で叩きつけられたといった方が近い。 「ちぃ……っ」 そのダメージを確認した瞬間、カイトは舌打ちをした。 思っていたよりもダメージが少ないからだ。 (何か仕掛けてくる前に倒したかったが……浅すぎる!) 恐らく、青い旋風を切り裂いた時に真空の刃の方も威力が弱まってしまったのだろう。 しかし青い薔薇が散った今、一気に畳み掛けるチャンスだ。 そう思い、今度こそ行動不能になるくらいの切り傷を与えてやろうと構えた。 その時だった。 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」 コロシアム全体を凄まじい雄叫びが支配した。 まるで獣のような咆哮。 しかし何処か赤ん坊が泣きじゃくるような叫び声に、カイトは行動を停止させざるを得なかった。 (凄いパワーだ……!) 先程の疾風のブルーゲイルで吹き飛ばされた時よりも遥かに高いパワー。 それを真正面から受けては、防御の姿勢をとらずにはいられなかったからだ。 「おお――――あ、ああああああああああ!!」 蹲りつつも叫びを上げるのは目の前にいるアシュロントだった。 彼は地に膝を着き、出血した左頬を手で押さえていた。 まるでこぼれ落ちそうになっている大切な何かを必死に塞き止めようとしている、そんな風に見ることが出来た。 「私の――――っ、私の顔があああああああああああ!!」 先程の真空の刃で傷つけられた左頬。 それがアシュロントの精神に大きな傷跡を残していた。 「…………?」 それを与えた張本人は、思わず唖然としていた。 今まで色んな奴と戦ってきたが、あんなかすり傷程度の傷で嗚咽する男を始めて見たからだ。 あれくらいなら絆創膏でも張っておけばいいだろうに。 「なんという事だ……! なんという事だあああああああああああ!!」 美しい私の顔が。 傷つけられた。 泥を塗られた。 あんな野蛮そうな男に。 父様と母様が与えてくれた美しい私の顔を、あの男が傷をつけた! 「許せん! 死んでしまえ死んでしまえ死んでしまえシンデシマエえええええええええええええええええええええええええええ!!」 初めて会った時の清潔さは微塵にも感じられない、醜く歪んだ形相。 先程までのアシュロント・ネリアスとは全くの別人だった。 「!?」 しかし今注意するべきことはアシュロントの変化ではない。 彼が取り出した『ダークグリーンの薔薇』の存在だ。 (今度は何だ!?) 様子が明らかにおかしい今の状態で取り出された薔薇。 先程の青い薔薇よりも注意が必要と感じ、その場で構えなおす。 だが、その直後。 「!?」 皮膚の左腕。 頑丈さでは流石に機械の義手である右腕には敵わないであろうこの腕から、突然皮膚を突き破らん勢いで突起物が生えた。 しかも一つではない。 まるで自分の左腕の中から『何か』が暴れているようにして幾つもの突起物が、突然自分の左腕から暴れ始めたのである。 「ぐっ……」 左腕から、言葉にならない激痛が走る。 この突起物の正体が何なのか、カイトは知らない。 自分の体の事なのだ。故に、自分が知らない変化が起こりうる事はありえない筈。 と、なればこの変化を起こした犯人は、 「やはりそうか」 ダークグリーンの薔薇を振りかざす、アシュロント以外に他ならない。 彼は蠢く左腕を抑えながらも自分を睨んでくるカイトを見下しつつ、不敵な笑みを浮かべた。 「君は外からの攻撃には非常に頑丈だが、中からには実に脆い。私の美しきダークグリーンの薔薇から発せられた種子に抗うこともできないとは」 「しゅ……し?」 その言葉で、何が起こり始めているのか徐々に理解し始めてきた。 「テメェ、俺の身体に薔薇を埋めこんだのか!?」 何時の間に、とは聞かない。 恐らくは先程の青い薔薇がハリケーンを生み出したように、このダークグリーンの薔薇が相手の体を蝕む寄生植物を生み出すのだろう。 身体の中に入り込む隙は幾らでもある。 鼻の穴の中や、口。僅かな傷口からでも侵入することは可能だ。 「蝕むがいい、パラサイト・ローズ! 我が美しき顔に傷をつけた野蛮人に死よりも醜い苦しみを!」 薔薇を再び振りかざした、その時だった。 左腕の中から暴れていた突起物がカイトの腕の中から皮膚を突き破りつつも姿を現す。 「――――!」 悲鳴は上げなかった。 否、あまりの激痛に挙げる暇すらない。 「おお……!」 左腕の皮膚を突き破りつつも、まだ暴れることを止めようとしない『元突起物』の正体は植物の根っこだった。 まるで生き物のように蠢くソレは、まだ足りない、とでも言わんばかりに成長を続けていく。 養分を吸い取ろうとしているのだ。 「くっそ……!」 振り払おうにも、左腕に寄生された植物の根っこは骨にまでこびりついている。 それどころか、自身の血肉にすら同化しつつある状態だった。 (最悪だ! これじゃあ左腕丸ごと使い物にならない!) それでいて、こちらは一方的に栄養を食われていく。 食われるごとに植物は更に成長を続けていき、左腕との完全な同化を進めていく。 いや、このままでは左腕だけには留まらずに身体全体にまで届く恐れもある。 「さあ、参ったと言いたまえ! 先程は思わず逆上してしまったが、私は美しい死に様を望む。君が土下座し、心をこめた謝罪をするというのならば許してやらんこともない」 頬を切り裂かれた際の怒りは、優勢になったことで多少和らいだようだ。 しかしここで参った、と言うのかと問われれば、 (……言わないぞ!) 蹲りつつも、カイトは現状打破の方法を考える。 だが、何時までも考えている訳にはいかない。 (左腕に根っこが張り付いてやがる! こいつをどうにか出来ないと、『次』はない!) ここで無様に這い蹲って降参する訳には行かない。 最悪な評価を貰って、禄にポイントを稼げないようなところに配属されてしまったらシデンはどうなる? 置いてきたエイジに何て顔される? (……どうにもならねぇなら) ソコまで考えたら、後は実行するだけだった。 自分が欲しいのは勝利のみ。 ここを勝ち進む為に『何かを犠牲にしても』、次の戦いでそれを十分に補う力があると証明出来れば良いだけの話だ。 「足引っ張るなら、いらない」 「何?」 消えてしまいそうなほどに小さな呟き。 しかし、それでも目の前にいるアシュロントには強大な恐怖が一身に襲い掛かってくる。 (!) 先程まで寄生植物に苦しみ、蹲っていたカイトがこちらを見上げてきた。 その目は降参して楽になるどころか、こう語っていた。 ぶっ潰す、と。 「来るというのか!?」 寄生植物に寄生されている以上、まともな動きは封じられる。 そこから栄養を吸われ続け、身体の力がまともに入らないからだ。 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」 素早く立ち上がり、そのまま機械の腕を振り上げて来た。 その指から生えている黒い爪で攻撃してくるとアシュロントは睨んだが、 「!」 漆黒の爪を食い込ませた先は、自身の肉。 寄生植物に寄生された『左腕の肉』だった。 「あっ――――く!」 苦悶の表情を浮かべるカイト。 しかし、見ただけで激痛が全身に走ってきてしまいそうなこの光景の中でも確実に寄生された肉を削ぎ落としていた。 「使えないなら、こんな腕いらねぇ! 足引っ張るような身体なんか、捨ててやる!」 左腕が骨丸出しになった直後、カイトが動いた。 距離は這い蹲った状態のままジリジリと近づいていたのもあり、5mも無い。 「おのれ!」 アシュロントが薔薇を振りかざそうとするが、既に距離は無い。 一瞬で0距離にまで追い詰められた後は、右の爪で一気に薔薇ごと腕を削っていく。 「――――!」 まるでカッターナイフで鉛筆を削っているかのような光景だった。 正確に芯と言う名のダメージがむき出しになるように『指』ごと薔薇を削ぎ落とす。 「!」 後はもう簡単だ。 防ぐ手段を無くしたアシュロントを残された腕で大地に押し倒し、 「ぐあああああああああああ!!」 そのまま顔を踏み潰す。 骨が丸出しになった左腕を意識することもなく相手を『ぶっ潰す』には、うってつけの手段だった。 「そこまでです」 もう一発踏んでしまおうか、と思っていた矢先、審判であるカインが判決を下した。 審判が動くのであれば、自分はこれ以上の攻撃を中止し、彼の判断に従わなければならない。 「アシュロントは知ってのとおり、自分の顔に絶対的な自信を持っていました。故に、そこだけは絶対にガードしようとしています」 しかし、彼は二度も傷つけられた。 しかも最後には足で踏み潰されるという無残な結果である。 「決定的なダウンも取られました……この勝負、新入り君の勝利です」 その声がコロシアムに響いたのと、カイトが地面に膝を着いたのは殆ど同時だった。 会場全体がざわつき始めているが、今はそんなのを気にしている余裕は無い。 (いってぇええええええええええええええええええええ!!) 左腕の肉を、寄生されていたといえ削ぎ落としたのだ。 それに寄生植物に吸われた栄養の関係もあり、カイトは一回目の戦いにして大きく消耗する結果となってしまったである。 倒れたまま起き上がらないアシュロントは、そのまま組織の医療チームに担架で運ばれた。 出来れば自分も運ばれて治療を受けたいところだが、そうはいかない。 「カイン、次はどいつだ……?」 「どいつだって……貴方はその怪我で戦う気なんですか!?」 信じられない、と言った顔でこちらを見るカイン。 その反応は当然といえば当然だろう。誰だって左腕が骨丸出しの男を見たら病院を紹介したくはなる。 「喧しい、どうせ今後は禄に使えないんだ! それなら今このまま戦って、左腕が無くても戦えることを証明してやるよ!」 半ば喧嘩を売るような姿勢だった。 だが、それでもカイトが言いたいことをカインは理解しているつもりではあった。 しかし、これ以上戦えない傷と判断した場合、自分には審判として戦いを取りやめる義務がある。 「確かに、言い分は分からないこともないです。しかし――――」 「いいじゃないか。本人がソコまで言ってるんだから」 すぐ真後ろから、声がかけられた。 その声に反応して振り向いてみると、 「その戦いに対するハングリーな精神は買える。是非ともお手合わせ願いたいね」 女性がいた。 正確に言えばすぐ後ろにあった客席の最前列からこちらを見ていた女性の一群。人数にして大凡2、30人。 その正面に居る鋭い目つきの女性だった。 腰にまでかかるであろう漆黒の黒髪。 肉食動物を連想させる刃物のような鋭い目つき。 そして活動しやすそうな比較的ラフな格好。ジーパンに黒の半袖と言う格好は先程の貴族服のアシュロントに比べたら何とも活動的であった。 余談だが、いい身体つきしてるな、とカイトは思った。 ファイターとして理想の無駄のない体系。自分をライオンだと例えるなら彼女は豹になるだろう。 「タイラント……!」 タイラント、と呼ばれた女性はこちらににっこり、と笑いかけつつもカイトを見る。 「お前、意気込みはいいが本当にやれるんだろうな?」 「やれる。甘く見るな!」 吐き捨てるようにしてカイトは返事をした。 その返事に満足げな笑みを浮かべたタイラントはいいだろう、と呟いた後、 「さあ、誰が行く? 我等『レオパルド部隊』、誠意を持って相手をさせてもらおう」 自分が率いているグループメンバーに問いかける。 どうやら本人は戦うつもりはなく、あくまで自分のグループのメンバーと戦わせた上でカイトを観察するつもりのようだ。 それならそれで別に構わない。 だが、口癖からして彼女は自分のメンバーに相当な自信を持っているであろう事を察したカイトは、隣に居るカインに彼女達について尋ねた。 「レオパルド部隊、てのは……強いのか?」 単純な問いかけ。 それ故に返答も単純だった。 「ええ。組織のグループの中でも最も強い女性たちによって構成されたチームです。主にリーダーのタイラントを筆頭に、その横に居るシンシアとメラニーの『エリシャル三姉妹』がトップ3になります」 タイラントの横には二人の少女が居た。 右側に居るタイラントよりも一回りデカい、ノッポの銀髪ショートカットとかなり目立つ笑蘭(シャオラン)。 見た感じ顔立ちも整っており、長身スレンダーと言った感じなのだが見に纏っている緑のチャイナ服の袖の長さが半端なかった。 袖の長さは腕のほうが足の膝程の長さまであり、下半身の方は完全に見えないので色気もクソもなかった。 しかも本人は死んだ魚のような生気のない目でこちらを見ている。 左側の少女、メラニーはそういう意味ではまだ『不思議さ』と言う点で笑蘭より判りやすかった。 先ず目に付いたのが頭にすっぽりと納まっている赤いトンガリ帽子。身体は同じく赤いローブで全身を覆っており、まるでトンガリ帽子を被った赤いテルテル坊主状態だった。 特にトンガリ帽子がすっぽりと収まりすぎて、表情が見えない。 この二人がタイラントと姉妹の契りを交わしたとされる『エリシャル三姉妹』。 レオパルド部隊最強の三人とされ、シルバークラスでも最強を争うグループに成長するに至った中核となる三人だ。 「因みに、タイラントは僕らシルバークラスの中でも最もゴールドランクに近いとされている実力者です」 「ほう」 と、いう事は事実上シルバークラス最強候補に目をつけられたわけだ。 彼女に目をつけられたという事は、構成員全体に多少の興味を持たせたと自惚れてもいいだろう。 (問題は此処で勝てるかどうか、だ。さっきのアシュロントクラスを片手が無くても倒せると実証できれば、『いい成績』は貰えるだろうよ) しかし、そうなると相手が問題になってくる。 組織の中でも1,2を争うという強力なチームメンバーを相手にしなければならないという点で、厳しい戦いを覚悟しなければならない。 「私がやります」 立候補者から声が挙がった。 その声を聞いた瞬間、カイトは即座にその人物に顔を向けるが、 「!」 会場に降り立った次の相手は、赤いトンガリ帽子を深く被った少女だった。 名前はメラニー・ルオ・エリシャル。 最強のレオパルド部隊の誇る三姉妹の末っ子だ。 「メラニー、か」 思った以上に強そうなのがきたな、とカイトは思った。 カインの話によればメラニーはレオパルド部隊の中核をなす三姉妹の一人。 (強敵か) 餌としては極上の相手が釣れた方だろう。 問題は釣ったまま食うか、食われるか、だ。 「メラニー。審判としての立場から言わせて貰いますが僕は少しの間休憩時間を取りたいと考えています」 どうやって食ってやろうか、と考えていた矢先、カインが口を開いた。 「その少しの休憩時間で、使えないにしても彼の左腕の応急手当をしたいと考えています。異論はありますか?」 非常にありがたい提案が飛び出した。 骨と若干の肉だけが残っている左腕はどう転んでも邪魔にしかならない。 だが、しかし。 「却下します」 「!」 相手であるメラニーは提案をさも当然、と言わんばかりに却下してきた。 「お忘れですか、カイン? 彼は『左腕が無くとも戦えること証明』する為に戦いを続行したのです。そのような提案は今更受けれません」 トンガリ帽子の奥からライトグリーンの瞳が不気味に輝く。 その瞳からはある種の『必死さが』若干ながら伝わってきていた。 「しかし、僕は審判として一方的な戦いになる可能性のある物は組むことは出来ません」 「いや、構わん」 あくまで義務を貫こうとするカインを、カイトは止めた。 「左腕無しで戦えばいいんだろう? やってやろうじゃねぇか」 メラニーが満足げに頷く。 どうやら、どうあってもこの戦いで左腕を使わせたくないようだ。 「……本人がそういうなら僕は止めません。しかし、せめて痛み止めと後の治療はちゃんと受けてください。終わった時に腕が無くなってたら治る物も治りませんよ」 ありがたい。どうやら治療は十分可能なようだ。 ならば後にこなすべき事は一つ。 (そっこーでテルテル女をぶっ潰す! 体力温存とかしてられん。全力でやってやる!) 続く |