第九話「おいでませ、ジャパン」 前編第九話「おいでませ、ジャパン」管制室を制御したエリック達は海を越えた陸地に辿り付いた。しかし流石にこんな馬鹿でかいホッケーみたいな宇宙船を宇宙人の死体と一緒に放っておく事は出来ないので、後でネルソンが責任を持って破壊する事になった。 「じゃあ、頼んだぜ。ネルソン警部」 「ああ、まかせろ」 最初の約束どおり、エリックは今回だけ見逃してもらった。しかし彼の表情は何処か元気が見られない。 やはりマーティオのことが相当ショックだったのだろう。彼は元気の無い姿のまま山の中へと消えていった。 「警部。大丈夫なんでしょうか。彼は」 「さぁな、流石にそればっかりはあの男が自分でどうにかしないと何にもならん」 エリックを見送ったネルソン達は宇宙船をどうやって処分するか考えていた。 しかし流石にこれだけ大きいのならダイナマイトでも使って完全に破壊するしかないだろう。少なくとも、今破壊するのは無理だ。 「ところで……此処何処ですか?」 「それは寧ろ俺が聞きたい。俺としてはバナナを食えるのなら何処でも構わんのだが………」 彼らはただ陸地を目指して飛んでいたので、此処が何処なのかよく分かっていない。こういうのは最初に見ておくべきなのだが、過ぎた事なんだから仕方が無い。 「ふむ、街にでも行ってみるか。そうすれば少しは情報が集まるかもしれん」 ネルソンはジョンとポチにそう言うと、宇宙船に背を向けて歩き出した。 エリックの手にはマーティオが自分の手を振り解いた時の感触が未だに残っていた。そして海へと消えていく彼の姿が何度もリプレイ映像としてエリックの脳に流れていく。 「………畜生、余計な真似しやがって……バカヤロー」 マーティオは色々と物騒な男だったが、やっぱりいざいなくなると寂しい。いや、これは寂しいで済まされない。小さい時から面識があり、兄弟のように育っていった彼らは本当に兄弟の様な関係なのだ。 何だかんだ言って、エリックはマーティオという奴が好きなのだ。 「……これからどうしようか。ランス」 自身の槍に問い掛けてみるが、答えは返ってこない。 予想していたとはいえ、寂しい物だ。 「此処何処だろうな……」 エリックは呟くように山道を歩いていく。すると、足元に空き缶があるのに気付く。 エリックは今までのイライラを全てぶつけるかのようにして空き缶を蹴った。空き缶はきれいな放物線を描きながら落ちていき、木々の中に入り込む。 「イタっ!?」 すると、その木々の中から何処かで聞いたことがあるような声が聞こえてきた。しかもごく最近聞いた声である。 「……もしかして!」 声の主に見当がついたエリックは声がした方向に走り出す。すると、そこには空き缶が頭部にヒットして泣きそうになっている切咲・狂夜の姿があった。 「イタぁ……何ゆえ空き缶が空から!?」 彼は間違いなくエリックが知る狂夜であった。短髪の黒髪に地味な眼鏡。そしてこの今にも泣き出してしまいそうな表情は確かに狂夜であった。 「……キョーヤ」 「ふえ? ………あ、エリック。いやぁ、久しぶり。何年ぶりかなぁ?」 狂夜は眼鏡をかけ直すと、かなりのマイペースでオーストラリアにいるはずのエリックの姿を確認した。 「ん? ちょっと待てよ。キョーヤが此処にいるって事は……ここ日本か!?」 エリックは驚愕の声を上げたと同時、狂夜は当たり前のように頷いた。 「ええと……そこ以外何があると?」 因みに、狂夜も結構変わり者である。そのマイペースさが何とも凄まじいのだ。 狂夜の山小屋に移動した二人は今までのことで話し合った。 狂夜は黙ってエリックの話を真剣に聞いている。特にラストのマーティオの話になると顔色を一瞬で変えた。 「そうか、それじゃああいつは……」 「ああ、海の藻屑になっちまった……宇宙人と一緒にな」 宇宙人と言うのは信じがたい話だったのだが、エリックの真剣な話し振りからして嘘ではないと狂夜は確信していた。 「あいつ……物騒だったけどスゲー頼りになる奴でさ。アメリカから逃げてきた時も俺を助けてくれた」 数年前。 ネルソン警部のしつこさに根を上げたエリックはマーティオがいるオーストラリアへと飛んだ。その時、泥棒をやっているから匿ってくれと言われたマーティオは即答で答えた。 『ならば俺も手伝ってやる』 マーティオは四人の兄弟弟子の中ではナンバー2の実力者だった。エリックと狂夜では敵わない実力の持ち主であるマーティオを頼ったエリックはそのまま怪盗イオという相棒を得たのである。 「でもよ、あの馬鹿最後に海に落ちやがった……馬鹿だよな。あいつ」 青森から遠く離れた京都。 その京都に住んでいる神谷・棗(かみや なつめ)は海沿いをランニングしていた。潮の香りが好きな彼女は暇を見つけては海にきているのである。 「でもやっぱ冷えるなぁ」 棗は冬が迫っていると言う事を実感していた。流石にこの時期の海は寒い。それでも折角きたんだから何かしないと勿体無いと言う物だ。 「ん?」 何をするかぼんやりと海を見つめながら考えていた棗は一つの影を見つけた。 それはどういうわけか海草まみれの黒のロングコートの男である。しかもその男はまるで海の様な青い瞳に長髪であり、何故か大鎌を杖代わりにしてゆらりと陸にあがってきた。 「……………」 その光景は壮絶であった。大鎌を見ただけでも唖然としてしまうのだが、あの男はどういうわけか海からやってきたのである。しかも今にも死にそうだ。 (ま、まさか海底人とかじゃないでしょうね!?) 棗はついついそんなことを考えてしまったが、首を横にぶんぶんと振ってから倒れこんだ大鎌を持った男―――――マーティオに走り寄った。 「くっ……!」 マーティオは重い身体を起こそうとするが、中々身体は起き上がろうとはしない。しかしそんなマーティオは別のことを考えていた。 (なーんで俺は生きてんだ?) マーティオは思い出す。確か自分は宇宙船から海に落下したはずだ。 (むー……ああ、そうか) そこでマーティオはようやく思い出せた。サイズが彼を助けてくれた事に、だ。 彼が海面に叩きつけられようとした瞬間、サイズの柄が展開して彼を守護するバリアを一瞬にして作り上げたのである。お陰様でダメージは殆どなしなのだが、それでもその後が大変だった。 何と言っても泳いで陸地まで辿り着いたのである。幸いながら陸地が近かったとはいえ、今回ほど泳ぎ疲れた奴は彼しかいないだろう。 (つーか………此処何処よ?) 思考が完全に覚醒した所でマーティオは周囲を見渡す。どう見てもニックの部屋ではない。 それもそのはず。彼の部屋には畳なんて物はない。しかもマーティオは布団の中にいた。ニックの部屋には布団なんて物は無く、ベッドで寝る物である。 (……ホントに何処だ?) 最終的に彼の脳が出した結論は『不明』だった。心当たりが無さ過ぎるのだ。 「おお、気がついたかね」 すると唐突に前方から声をかけられる。 マーティオは驚いた。何故なら向こうは日本語を喋ってきたからだ。オーストラリアでは日本語で喋る事なんて無いのだ。 「……おい、もしかして此処。日本か?」 するとやって来た中年の男は答える。 「おお、日本語は話せるのですね。それは何より。……はい、確かにここは日本です。詳しく言えば、京都ですな」 京都と言えば日本の昔の文化が残された都市だと聞いたことがある。成る程、通りで畳のはずだ、とマーティオは思った。 しかし畳があるところは普通にあるので別にそれだけが京都と言うわけではないのだ。 「……あんた誰だ?」 「私でしょうか?」 「それ以外誰がいると?」 「それもそうですな。自己紹介をしましょう。私の名前は神谷・慎也(かみや しんや)と申します」 「そーかい、で、シンヤさんよ。何で俺はこんなとこにいるんだ?」 マーティオは偉そうな感じで慎也に言う。すると慎也は不快そうな感じも見せずに言った。 「実は娘が海で倒れている貴方を見つけまして……それで家が貴方を保護させてもらいました」 「ふーん………」 マーティオは油断が無い目つきで慎也を見る。一見呑気に見えるが、この男はかなりの猛者である。一瞬にしてそれを感じ取ったマーティオはこの家から速く離れてどうにかエリックと合流しようと考えた。 「………」 しかし考えても見たらエリック達があの後何処に行ったのかマーティオは知らなかった。しかし流石に宇宙船を探している、なんて言えない。こんな摩訶不思議な話をして信じてくれるお人よしなんてそうはいないだろう。 「………そういえば今の日時は何だ?」 「11月の3日ですね」 成る程、あれからそんなに時間は経過していない。ならばエリックも日本にいる可能性がある。 そうと決まったら早速行動開始だ。早い所こんなわけの分らない所からおさらばしてどうにかしてエリックと合流してやる。んでもって此処が日本なら狂夜にでも協力してもらうか。 マーティオの思考が一瞬にしてこれらの計画を纏め終えたと同時、外から悲鳴が聞こえてきた。 「何だ?」 「見て参ります。貴方はここで安静にしてください。起きたばかりではおきついでしょうから」 そういうと慎也は部屋から走って出て行った。 しかしマーティオはそんな事で「はい、そうですか」と言って納得してしまうほど人間が出来てはいなかった。 「おきついだと? 笑わせる………俺はマーティオ・S・ベルセリオンだ。その辺にいる雑魚と一緒にするなよな」 彼は何時もの不気味笑みを浮かべると同時、布団の中から起き上がった。 マーティオは部屋から抜け出ると、そこである光景を目の当たりにした。辺りは一面緑で周囲の家は全部和風である。辺りには木々がまるで檻のように取り囲んでおり、まるで結界でも張られているかのようだった。 「本当に何処だよ。此処……」 マーティオは半分苛立った口調で言う。それと同時、またしても悲鳴が木霊した。 「ちぃっ! 一体何事だ!」 慎也の目の前には異形の姿がいた。 銀色の皮膚、ライオンのように凶暴な牙、ポニーテールのように纏められた髪、そして獲物を見つめるかのようにらんらんと光り輝くその目と姿の持ち主は二足歩行ではあるのだが、人ではない。 あれはまるでSF映画にでも出てきそうな宇宙人である。しかも随分と痛めつけられているようだ。 口から血と思われる黄色の液体が出ており、腹を支えてふらりとよろけている所を見ると腹に何かダメージがあるらしいが、知ったことではない。 「さて、どうするかな」 先ほどこの異形は村の牛をまるごと一頭食ってしまった。慎也が駆けつけたときは人間を襲っている瞬間であったが、その時は何とかこの異形の行為を阻止している。 その行動からして、目の前にいるこの怪物は間違いなく敵である。それも人の肉までも喰らえる肉食だ。 そして厄介な事に偉く頑丈な皮膚の持ち主のようだ。先ほど果物ナイフで切りつけてみたのだが、あまりダメージが無いところから見ると相当の頑丈さを誇るのだろう。それだけに目の前の怪物にダメージを負わせたのが一体何なのか気になるところである。 「――――――――!」 怪物が慎也に飛び掛る。まるでバネの様な跳躍力は人間のそれを遥かに上回っており、慎也を驚かせるには十分すぎた。 しかし次の瞬間、怪物は「どぉん」と言う音と共に吹き飛ばされた。慎也が音のする方向に振り向いてみると、そこにはショットガンを持ったマーティオの姿があった。 「……何処かで見たことがあると思ったら、まさか生きてる奴がいるとはな」 マーティオは怪物に見覚えがあった。あの時の宇宙人である。そして残りの二体は確かに自分が片付けたはずだからこの宇宙人はネルソンの鉄拳を受けたあの隊長であろう。 「ゴキブリ以上の生命力だな。しかもまだ生きてるとは」 ネルソンの鉄拳を受け、海に落下して、そして慎也と戦いショットガンまで受けてもこの宇宙人は死ななかった。 だが黄色い血液が流れている所を見ると全く効いていないわけではない。それならもう一発ぶち込んでやればいい。 彼がショットガンのトリガーを引くのと同時、宇宙人は立ち上がる。宇宙人の右腕に命中するも、致命傷ではない。 向こうは致命傷ではないのなら何度でも向かって来る。先ほどの跳躍力を見た限りでは運動能力は向こうが上だろう。 「だけど脳みそにぶち込んだらどうなるかな?」 右腕に命中したのだから少なからずともダメージを負っているはずだ。それなら今が最大のチャンスと言えるだろう。 しかし宇宙人は左の人差し指をこちらに真っ直ぐ向けてきたかと思うと、そこから一本の針をマーティオに発射してきた。 「ちぃっ!」 針はマーティオの右腕に命中する。彼は痛みを堪えると同時、ショットガンの引き金を引いた。 しかし狙いは定まっていない状態だった。そして宇宙人も動き出したのだ。ショットガンは本来なら宇宙人に命中する所を近くの木に命中する。 「……!」 そこでマーティオは気付いた。あの宇宙人は何者かによって作られた人工物体ということに、だ。そうでないとあんな指が展開して針なんか出せないはずである。そしてショットガンを受けても中々死なないのもこのためだろう。 恐らく、地球上には無い強固な金属でも使われてるのだろう。 (ならあの血液はオイルか?) 宇宙人はマーティオに飛び掛ってくる。距離はそんなに遠くは無い。マーティオはショットガンを構えようとするが、向こうのスピードはそれよりも上だ。 「く!」 宇宙人が左腕を振り上げる。その瞬間、マーティオは今度こそ死を覚悟した。 しかし次の瞬間、宇宙人の首部分に刃物が突き刺さった。それは忍者が良く使う『手裏剣』である。 「何!?」 それに驚いたのは宇宙人とマーティオである。しかし驚きが止まらないうちに宇宙人の身体には次々と手裏剣やクナイが突き刺さっていく。 「いやいや、遅れて申し訳ない。情けない事に、腰を抜かしてしまったようですな」 マーティオの後方から慎也が声をかけてきた。しかし彼が声をかけてきていても宇宙人に対する刃物攻撃が止まる事は無い。 「しかし間一髪でしたな。貴方はあれをご存知で?」 「知っているが、余り関わらん方がいいぞ」 「ええ、牛をまるごと飲み込むような化物とお友達になろう何て思いませんよ」 慎也が喋り終えたと同時、ついに宇宙人の腕が胴体から離れた。そのまま右足も取られ、宇宙人は地面に倒れこむ。 それは宇宙人の活動停止と攻撃終了の無言の合図であった。 「そういえば此処の紹介がまだでしたね。ようこそ、我々の村へ」 「村だと? 今時……しかも日本で村なんて聞いたことが無いぞ」 「それはそうでしょう。世間一般では我々の様な『忍者』なんて物は存在しない、という印象が強いわけですからね。まあ、その分我々は動きやすいわけですが」 「………にんじゃ?」 マーティオは自分の耳を疑った。今、慎也は確かに自分のことを『忍者』と言った。しかも我々、村という単語があると言う事は…… 「では、改めましてようこそ。我々の『忍者の里』へ。此処は実の所、数ある忍者の住む集落の中の一つでもあります」 後編へ |