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紫色の月光

紫色の月光

九話 後編

 後編

 
 ネルソン・サンダーソン警部とジョン・ハイマン刑事、そして警察犬のポチは青森から東京へと向かっていた。流石に飛行機で行こうとするとポチで色々と問題が起きてしまうという予想をネルソンがしたために、彼らは車で移動している。

「警部。流石に青森から東京まで車で行くのは辛いんですけど……」

 運転席にいるジョンは眠そうな目をしながらネルソンに言う。彼はぶっ通しで車を運転しているのだ。
 尚、ネルソンはちゃんと運転免許を持っている。

「警部、出来れば代わってもらいたいんですけど……」

「ジョン、俺はな。今、とてつもなく素敵な事を想像した」

「警部、話聞いてますか?」

 ジョンはキレかかった。しかしネルソンはそれを天然でスルーする。

「いいから聞け、ジョン。この話を聞けばお前も元気になるはずだ」

「こちらとしては警部が運転を代わってくれたら100%元気になれると思うのですが?」

 ネルソンは助手席から外の光景を見つめながらジョンの話をスルーした。





 気付けばすっかり夜は更けてしまっていた。
 ジョンは毎回ながら気の毒な事に、ネルソンのどうでもいいトークを聞かされてすっかりグロッキー状態である。

「ジョン、今日は近くの旅館にでも泊まるとしよう。ちょっち晩飯代わりにコンビニで弁当でも買うから待っていろ」

「は~い~、警部……」

 相当重傷な様である。彼はぐったりとハンドルの前に倒れこんでいるような状態であり、かなり眠そうな目をしている。これ以上彼に運転をさせたらそれこそ交通事故の元だ。
 と言うか、此処まで頑張った彼には拍手を送りたくなってくる。





「…………ポチ少佐。自分はもう駄目であります……」

 ジョンは死にそうな目で何か言い始めた。
 これを聞いたポチは思わず反応して飛び起きてしまったが、ジョンはそれを気にするほど頭に回転がかかっていなかった。

「…………遅いですねぇ、警部」

 まるで自分に言い聞かせるようにジョンは呟いた。
 既にネルソンがコンビニに行くといってから30分も経過している。
 幾らなんでも遅すぎると思ったジョンは扉を開けて外に飛び出した。
 と、同時に、

「キーッ!」

 まるで猿の鳴き声の様な変な声が何処かから聞こえた。
 ふと周囲を見回してみると、何時の間にかジョンの周囲には何処かの戦隊物にでてきそうな雑魚敵イメージの全身黒な連中が溢れかえっていた。

「うお!?」

 流石にこの異常な光景によって完全に頭が覚醒したジョンはすぐさま拳銃を取り出す。
 しかし雑魚敵は軽く30はいる。これを拳銃一丁で倒すには少々きついものがある。

「待てぇい!」

 しかしその瞬間、何処からか鋭い叫び声が聞こえた。

 ジョンと雑魚敵、そして車の中のポチまでもが声の主のいる方向に顔を向けた。
 すると、何故か煙突の上に人影があった。それはバックのお月様に照らされているので見事に黒のシルエットとして視界に捕らえる事が出来る。

「満月の夜に暴れる悪党共よ! 例えその悪行、お月さんが許してもこの俺が許さん!」

 よく見るとそこにいたのは他ならぬネルソンであった。
 何時の間にあんなトコに登ったんだろうか、とジョンは思ったのだが、次の瞬間、彼は信じられないものを目撃した。

「へぇぇぇぇんしぃんっ! ポリィスメェェェェェェェェンッ!!」

 よく響く叫びを彼があげたと同時、どういうわけかネルソンの身体が輝き始めた。
 そのままネルソンの姿が輝いていると、彼は煙突の上から飛び降りる。

「とうあああああああああああああああああああ!!」

 空中でネルソンの光り輝くボディに変化が訪れる。
 身体の光がまるで新体操のリボンのようにクルクルとネルソンの身体に密着していき、地面に着地したと同時にその姿が明らかとなった。

 逞しい筋肉の形が明らかに分るボディー、ヒーローに欠かせないマスク、そして一番特徴的なのは胸に大きく「正義と愛」と書かれているところである。

「…………」

 これを見たジョンは思った。
 何か微妙に書いているのがかっこ悪くないかな、と。

「ポリスマン、参上……!」

 しかし何だかんだ言っても結構かっこよかった。
 やっぱりこういう変身ヒーローは変身した後がカッコイイのである。

「さあ、行くぞ!」

 ポリスマンは雑魚敵の群れに突っ込んでいく。
 そして雑魚敵はそれに応じるかのようにポリスマンへと向かっていった。

「この俺に向かってくるとはいい度胸をしている!」

 ポリスマンは黒の一匹に鉄拳をお見舞いする。
 その超が付きそうなほどの強力な拳は雑魚的の腹部に抉りこむと、そのまま敵をぶっ飛ばす。

「キィィィィィッ!?」

 雑魚敵はそれらしい叫び声を上げると、勢いよく壁に叩きつけられる。

「さあ、次はどいつだ!? このポリスマンは逃げも隠れもしないぞ!」

 ポリスマンが叫ぶと、今度は雑魚敵が10人がかりで彼に襲い掛かってきた。しかしポリスマンはそれを見てもたじろぎはしない。

「数で攻めてくるか!」

 ポリスマンはその右拳を強く握ると同時、突っ込んで来る雑魚敵に向かって勢いよく拳を振るった。

「受けよ灼熱の鉄拳! バァァァァァァァァニングゥナッコォォォォォォォッ!」

 ポリスマンが技名を叫ぶと同時、右拳が突然燃えさかり始めた。それは次第に大きくなっていき、向かって来る雑魚敵を容赦無用で消し炭にしてしまう。

「さぁ、残りの連中はどうする!?」

 敵を倒した事を確認したポリスマンは残りの雑魚敵を睨みつける。
 残りの雑魚敵はまだ数にして20近くいるが、全員でかかったとしてもこのポリスマンには勝てないだろう。
 それを感じ取った為か、雑魚敵はポリスマンから距離を置く。
 しかしそれを見たポリスマンは、

「………俺を避けるな! むしろ受け止めろ!」

「いや、いきなり何を言うのですか貴方は!?」

 突然訳のわからない事を言い出したポリスマンにジョンが突っ込みを入れた。
 それと同時、彼ら二人の目の前に一つの影が、まるでずっこけたかのように落っこちてきた。
 それはまるで騎士を連想させる鎧で全身を覆っており、ポリスマンと同じように顔が見えない。兜をかぶっているからだ。

「くっ……おのれポリスマン。この私の美しい登場シーンを奇妙な台詞で台無しにするとは……!」

「あ、貴方は一体!?」

 ジョンが言うと、鎧は素早く立ち上がってから叫んだ。

「私の名は『メタルアーマー二式』! イシュが誇る小型ロボット軍団の中の一人!」

 ロボットなら普通は『一体』だよな、とジョンは思ったのだが敢えて口に出さないで置いた。

「ポリスマンよ。貴様の強さには圧巻だ。こちらの一般兵では、たとえ何百万の数で攻めようと貴様を倒す事は出来ないだろう」

「ほほう、敵とはいえ褒められると嬉しい物だな」

「しかし、それもここまでだ。この私がやってきてしまった以上、貴様は此処で死ぬ事になる!」

 メタルアーマーはファイティングポーズを構えると、そのままポリスマンに右ストレートをお見舞いする。

「ぬお!?」

 その拳のスピードは正に弾丸の如くである。ポリスマンはこれを紙一重で避けると、そのままローキックをお見舞いする。
 しかし相手の防御力は半端ではなかった。
 ポリスマンが放ったローキックはメタルアーマー相手では大したダメージを与えられなかったのだ。

「はははははは! その程度ではこの私には勝てない!」

「ならば受けろ! 鉄拳、スーパーナッコォォォォォォォ!」

 ポリスマンの右拳が光りだす。
 それと同時、彼は超高速のスピードでメタルアーマーに鉄拳をお見舞いする。
 狙いは敵の顔面だ。

「ぬおおおおおおおおおおおおお!!」

「何!?」

 メタルアーマーの兜に鉄拳が炸裂する。
 まるでドリルの様な破壊力を持ったパンチによって、派手な音を立てながら破壊された兜は静かに散っていく。
 それによって露にされたのはメタルアーマーの素顔である。

「くっ、まさかこれほどまでとは……」

 メタルアーマーは一言で言えば美形だった。
 その美しい表情は鎧と見事にマッチしているのだが、ポリスマンのパンチによって額から流れる血が妙に痛々しかった。

「このポリスマン必殺の鉄拳を食らっても生きているとは大した兜だ」

「その言葉はそっくりそのままお返ししよう。まさか私も、この自慢の兜を砕かれるとは思っても見なかった」

 メタルアーマーは何故か嬉しそうに微笑む。

「そして、この私に傷をつけたのはお前が初めて! 傷のお返しにコイツを食らうがいい!」

 メタルアーマーは右腕をまるで時計の針のように一週させる。

「む!?」

 ポリスマンは来るべき攻撃に備えて体勢を整える。
 しかしそれを見た瞬間、メタルアーマーが突進してきた。

「受けろ、我が必殺の一撃!」

 メタルアーマーは右腕を振り上げる。
 彼の攻撃手段は手刀だ。
 その残像が残るほどのスピードで迫る手刀は真っ直ぐにポリスマンへと振り下ろされる。

「!?」

 しかしポリスマンはこれを防御するのではなく、回避する事を選んだ。彼の戦士としての嗅覚がその手刀の恐ろしさを教えてくれたのである。

 飛びのいたポリスマン。
 それから間もないうちに先ほどまで彼がいた場所に亀裂が生じる。
 メタルアーマーがその必殺の手刀で切裂いたのだ。
 あれをまともに受けていたらポリスマンは右腕を持っていかれるどころか胴体が二つに分かれていた事だろう。

「何と、まさかこれほどまでとは……!」

「ひえ……!」

 これを見たジョンは車の中にいるポチとともに震えていた。
 生身であんな凄まじい一撃を受けたら命が幾つあっても足りはしない。

「よくぞかわす事が出来たな、ポリスマン。褒めてやろう」

「ぬぅ」

 流石のポリスマンもこれには驚いた。
 彼の得意技である鉄拳もメタルアーマーの手刀の前には豆腐も同然。近づけばばっさりと切られてしまう。

 しかし対策法が無いわけではなかった。

「うおぉぉぉぉっ………!」

 ポリスマンはすぐさまファイティングポーズを構えると、意識を集中させる。
 そのまま彼を覆うのはまるで炎の様な凄まじいオーラである。

「な、何だ!?」

 メタルアーマーは自身の目を疑っていた。
 ポリスマンがまるで何処かの格闘漫画にでもありそうな構えで巨大な光球を作り出しているのだ。

「超必殺、ポリスブラスター………」

 ポリスマンが呟くように言うと、その両手をメタルアーマーの前にかざした。
 それと同時、彼の掌からエネルギーの渦が発射される。それはまるでSF映画にでも出てきそうな戦艦の主砲のようである。

「ば、馬鹿な!」

 メタルアーマーはその一撃を見事に受けてしまった。
 ポリスマンの最強技はメタルアーマー自慢の強固な鎧を吹き飛ばし、更にはメタルアーマー自身までも消し飛ばしたのだ。

「メタルアーマー。かなりの強敵だった。……しかし、俺は負けん。何故ならこのポリスマンは常に正義を背負って戦っているからだ!」

 ポリスマンはどんな強敵が立ちはだかろうが決して恐れずに立ち向っていく!
 頑張れポリスマン!
 負けるなポリスマン!
 この地球の平和は君の手にかかっているのだ!





「と、そんな感じだ」

「訳わかりませんよ警部! 何で警部が変身するんですか!?」

 車の中でネルソンは自身のトークを終えたためか妙に満足そうな笑みを浮かべていた。

「それはあれだ、ジョン。俺は正義の味方だからだ」

「それはあくまでも役でしょう、役! 現実でも十分正義の味方の様な気がしますが!」

 自分で言って見ると結局どっちなんだと突っ込めなくなってしまう。

「夢の無い発言だな、ジョン。そんなんじゃ青少年達のハートを掴む事は不可能だぞ」

「別に掴もうとは思いませんから!」

 車の中は妙に騒がしい。
 その騒がしさはまるでハリケーン並である。

「まあいい。だがこれで眠気と疲れが取れただろう」

 確かに眠気は叫んだ為か一気に取れた。
 しかし疲れは更に増してしまった。

「警部、いい加減交代してくださいよ………」

「駄目だ、俺はこれから恒例のバナナタイムに入る」

「何ですか、そのタイミングの良さ!」

 ネルソンはジョンを無視してバナナを食べ始めた。
 それこそ幸せそうな顔で。
 
 何時もの光景だが、ジョンは溜息をつかずにはいられない。
 
「どうした、ジョン。食え、エネルギー補給をしなければ人間は生きてはいけんぞ」

 ネルソンはバナナを頬張りながらジョンにバナナを手渡した。
 しかし流石に運転中なので、ジョンがエネルギー補給をするのは夜になってからの話である。

 毎回ながら彼は可哀想である。




 次回予告

 ついに泥棒活動を再開するエリック。
 彼の新たな相棒、狂夜はある物をターゲットに選んでしまう!
 しかしそんな彼らの前にネルソン警部が立ちはだかる!
 果たして彼らは無事にターゲットを盗む事が出来るのか!?

次回「三人目の泥棒」




第十話へ


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