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紫色の月光

紫色の月光

第二十七話「暗殺者」

第二十七話「暗殺者」



 レストランが店を閉めた時間帯。この時を見計らってマーティオとネオンは噂の先輩を待ち構えていた。まるで獲物を待ち構えるハンターのように。

「……そんなに目をグレイトにギラつかせなくても逃げないよ」

 店から出てきた私服姿の先輩が怪訝そうな顔でマーティオに言うと、彼は首を横に振ってから答えた。

「申し訳ないですが、一度黙って行方不明になっているだけにこちらもそれなりに用心しているのです」

「はは、無理に敬語をグレイトに使わなくてもいいよー? 似合わないし」

 先輩の変わらない笑顔に思わずむっ、とするマーティオ。
 しかし、敬語が似合わないと思うことに関してはネオンも同感だった。今まで礼儀もクソもなかったこの男が敬語なんか使うと気持ち悪いったらありゃあしない。

「いやー、しかしマーティオは変わらないね。あの時とぜーんぜん変わらない」

「そうか?」

 使わなくてもいい、と言われたため、マーティオは普段どおりの言葉で先輩と会話する。

「そうさ。今まで何やって来たのかグレイトに聞いてみたいもんだね」

「それじゃあグレイトに聞いてみてくれ。昔の俺を知る奴に」

 先輩とネオンが振り向くと、マーティオは無表情な顔で言った。

「先輩達と別れてからの俺はオーストラリアでDrピートの世話になっていた……彼から話を聞けばいい」

 無表情だったが、何故かそんな彼の顔から何処か哀愁の様な物を感じられた。




「いやー、貴女がマー君が言っていた先輩さんですか。初めまして、アルバート・フォン・サザーランド・デトロニクス・シャジャークイス・ツードラサイド・ファルコニアス・ライザモンブル・アルヴェニシカ・エレキブル・ロケットニアス・アンドライド・エルフレア・コスモファイア・ジジステートです」

 Drピートの診断所にて、先輩はDrピートと対話していた。
 取りあえず、彼女から見た彼の第一印象は『何かグレイトに胡散臭いな』で、名前を聞いた瞬間思った事は『グレイトにロングなネーミングだな』である。

「いえいえ、貴方もグレイトに大変だったでしょう? マーティオと一緒に生活してたなんて」

「いえ、何。最初は確かに自分の血を何度か見る羽目になりましたが、慣れたらそうでもなくて」

 一体どんな生活を送っていたんだろう、とネオンは思った。
 それ以前に、マーティオはどれだけ物騒だったんだろうか。

 因みに、そんなマーティオは『自分の話はあんま好きじゃ無い』とか言って外出している。久々に夜風に当たりながら煙草を吸いたいんだそうだ。

「ところで、失礼ですがお名前は?」

 不意に、Drピートことアルバート・フォン・サザーランド(以下略)が先輩に言う。
 だが、この話題は正直な所ネオンも気になるところだった。何故って、何時までも呼び名が『先輩』だと非常に呼び辛い。長年一緒に生活してきたマーティオならまだしも、今日出会ったばかりのDrピートやネオンは何か妙な違和感を感じるのだ。

「あー……そうですね。今まであのグレイトな馬鹿三人に『先輩』と呼ばれてたんで、出来ればそれで通してもらいたいんですが……」

「いやー、しかし呼び難いでしょう。それに、レストランで働いていたんなら何か呼び名があるはずでは?」

 確かに。いくらなんでも『先輩』のまま雇っていた訳ではないだろう。
 あの店長は声だけ聞いていたらのほほん、としていそうな印象なのだが、流石に、

『あー、先輩君。お客の対応お願い』

『グレイトに了解した!』

 こんな会話が普通の店の中で行われると思ったらちょっと嫌である。

「ああ、店ではちゃんと名前はあったんですが……生憎、名前は物心ついたときにはグレイトに無かったんで、自分で適当に」

「じゃあ、マー君達と暮らしていた時期はずっと名前が『先輩』だったのかい?」

「ああ、はい。今では『フェイト・ラザーフォース』とグレイトに名乗っています。まあ、やっぱり本名じゃないんですが」

 そう言うと、先輩ことフェイトは力無く『あはは』と笑って見せた。





 夜風が吹くと同時、マーティオが吸う煙草の煙がかき消される。
 診断所から散歩のつもりで随分と歩いていたら、何時の間にか公園にたどり着いてしまった。時間も時間なので、人はマーティオしかいない―――――――はずだった。

 だが、確かに『ソレ』は近づいてきていた。まるで獲物を密かに追う野獣のように、ゆっくりと、確実に。

「――――――」

 マーティオは何気無く煙草を地面に捨て、靴で踏みつけると、愛用のロングコートの内側から何かを取り出す。

「………」

 暗闇の中、銀色に光るそれは医療で使われる道具、メスだった。なんとなくそれを器用に指で回して見せた後、

「!」

 背後に向けて、振り返りもせずに投射。
 銀色に輝く凶器が夜の闇を切裂くように木々の中へと入り込んでいくが、その直後、鈍い金属音が響く。

「!」

 次の瞬間、軽いジャブのつもりで投げたメスが入り込んだ木々の闇の中から、回転する刃物が飛んできた。それは真っ直ぐ、猛烈なスピードでマーティオに向かってくるが、

「ちっ!」

 マーティオは舌打ちしつつもこれを回避。
 その直後、先ほどまでマーティオがいた位置に、日本では良く知られる『手裏剣』が地面に突き刺さった。

「出やがったな、神谷・霧夜」

 不敵な笑みを浮かばせながらもマーティオがそう呟くと、影の奥から女の声が響いてきた。

『貴様、何故私の本名を知っている?』

 しかし、流石に顔や身体までは影の中からは見えない。

「あんたの親父の慎也さんから聞いたぜ。イシュにダーク・キリヤって奴が雇われたって事」

 そうか、と影は返答する。
 すると、影の方から予想だにしない言葉が出てきた。

『では貴様。私が前長に村を追い出された事も知ってるか?』

「ああ、ついでにお前が当時の長のプリンをつまみ食いしたっていうのも」

『仕方が無いだろう! あんなド田舎の山の中では中々プリンにありつけぬのだ! ああ、あの蕩ける様な甘い黄色が憎い!』

 その時、マーティオは思った。


 よくこんなんで暗殺者勤まったな、と。


 余談だが、霧夜は仕事をする際の報酬として、金ではなくプリンやケーキといったお菓子類を要求してくる事が多々ある。しかもご丁寧な事に何処の店のこんな商品、と言うところまで指定してくるのだ。
 
 因みに、今回のように金を要求してくる場合とお菓子類を要求してくる場合の比較はほぼ半々である。

『さて、話を随分と逸らされてしまったな。貴様只者ではないな』

 いや、そっちが勝手に自分の世界に入ったんだろう、と本来なら突っ込むところなのだが、

「ふ、まあな」

 生憎、この男はふてぶてしかった。兎に角普通の感覚ではないのである。

『さて、貴様。折角だが、取引する気は無いか?』

「何?」

 突然の霧夜の提案に、思わず聞き返すマーティオ。
 暗殺者が、ターゲット相手に何を取引すると言うのだろうか。

『私の正体を知っているのなら話は早い。妹の棗を覚えているだろうか?』

「ああ、よく覚えてる」

 何回ハリセンでぶたれたっけかなぁ、とか考えてるが、兎に角覚えている事には変わりなかった。

『実は、私は影ながら『妹との交流専用携帯』で棗と日々お喋りをしていてな』

 なんとも妹思いというか、妹離れできない姉だな、とマーティオは思った。

『そんな時、私が貴様を殺すと言う依頼を受けた事を知った棗は私にこう言ったのだ。せめてハリセンでぶつ程度じゃ駄目なのか、と』

「………」

『当然、仮にも暗殺者である私が貴様を優しくハリセンでぺち、と叩く訳にも行かない』

「いや。その前にお前を八つ裂きにしてやりたい」

 本音だった。
 本当にやられたら何をされるか想像がつかない。

『そんなわけで、イシュはお前を出来るのなら殺せ、と言ってるわけだが、貴様の持つ大鎌を素直に渡してくれれば、こちらも貴様と闘う事はない』

 マーティオは数秒沈黙。
 やがて、溜息をついてからこう言った。

「つまり貴様はこういいたいわけだ。……サイズを大人しく渡せば、貴様は俺様に殺されずに済む、と」

『違う。逆だ逆』

 毎度の事だが、この男はふてぶてしさが違う。
 どんな時でも自分のペースで行動するのがマーティオのマーティオたる所以なのだ。かなり度が過ぎてるような気がしない事もないのだが。

「ダーク・キリヤ。交渉は最初から決裂だ。諦めな」

 マーティオが敵意を込めて影の奥にいるであろう霧夜を睨む。
 ソレに対し、影の奥から溜息にも似た霧夜の声が響いた。

『そうか』

 次の瞬間。影で覆われた木々の奥から無数の光が飛来してきた。
 マーティオは一瞬、目で確認しようと視界に力を入れようとするも、間に合わない。代わりに、サイズの柄を無数に分裂させ、自身を取り囲むピラミッド型の防御壁を作り出した。
 直後、無数の金属音がサイズの防御壁から響く。霧夜が投げつけた無数のクナイ、そして手裏剣が防御壁に命中したのだ。

『ほう、棗から聞いてはいたが、面白い武器だな。それは』

 そりゃあそうだ。何せ俺様が扱うんだぜ?

 マーティオはそう言いたかったが、不敵な笑みを浮かばせただけで終わった。
 何故なら、今はしっかりと視界に捕らえてしまったからだ。今対峙している暗殺者ことダーク・キリヤの姿を。

(少しだけ棗と似てるな)

 それが第一印象である。髪型も棗と同じおさげで、棗と同じ忍者の雰囲気が出る黒装束に身を包んでおり、何より棗とそっくりなのは目だった。

(あの敵意を込めた目はハリセンで叩いてくる棗そっくりだわ)

 流石姉妹。結構似ている部分が多い。
 だが、どういうわけか慎也とはあまり似ていなかった。恐らくは母親似なのだろう。

「霧夜忍法奥義――――!」

 そんな事を考えていた時、マーティオは見た。
 霧夜が両手で手裏剣、クナイを構えてこちらに投げつけようとしているのを、だ。

「死ね。刃の影分身」

 棗とは違い、流石に冷酷な一言。
 一気に絶対零度の位にまで気温を下げられた感じがするような、そんな冷たい一言だった。

 だが、マーティオは慣れた物だった。何時も何時も自分が他人に言ってきた事だったし、自分が言われた事だって何度もある。

(……そういえば)

 マーティオはその一瞬、本当に一瞬だけ。Drピートと初めて出会った時の事を思い出してしまった。殆ど無意識の内の出来事である。




 その時マーティオはまだ15、6歳の少年だった。
 元々翔太郎の元で生活していた四人の中でも、一番血の気が多かった彼は翔太郎が死んだ後、1週間もしないで外国に行く事を決意していた。かと言って無一文。金が無いのだから飛行機に乗れるはずが無い。
 ならばどうやって日本からオーストラリアにまで飛んだのかと言うと、彼からすれば簡単な手段があった。適当な乗客からチケットを盗んだのである。

 このような経緯でオーストラリアに飛んだわけだが、それでも問題はある。生活していく為の手段が無いのである。住む家も無ければ金も無い。
 しかし、マーティオはそれでも困ろうとはしなかった。
 何故なら、無いのなら『手に入れればいい』からだ。例えどんな手段を使おうが、『今』を生きる為に、彼は色んなことをしでかした。
 強盗、誘拐、脅し、そして殺人。
 当時『イオ』と名乗っていた少年は、何時の間にか高額の賞金首となっており、その賞金目当てに彼に襲い掛かる連中もいた。ところが、彼はそんな連中すら返り討ちにしてしまったのである。

 そんなある時の事だった。

 いきなりの大雨に襲われ、マーティオ少年は身も心も冷め切ってしまいそうな状態だった。頼みの綱のマイハウスである段ボール箱は既に雨にやられてしまって使い物になりはしない状態だった。
 オーストラリアのとある土地にある裏路地の奥のほうには今でもマーティオが寝床として使っていたダンボールハウスが存在している。雨で何回も駄目になったが、その度に補強したマーティオ初のマイハウスである。
 しかし、そんなマイハウスも使い物にならない現状の中、彼はただ雨に身を打たれるしかなかった。

(けっ、傘でもパクってくりゃ良かった)

 もしくはビニールでもパクルべきか。兎に角これからでも雨避けになるのを何処かで調達せねばなるまい。

 そんな時だった。

 一人の白衣の青年が、そんな青髪の少年に傘をくれてやったのは。




「ほほう。では、その時から貴方はマーティオと?」

 これまでの話を聞き、何故か満足そうな顔をしたフェイトがDrピートに尋ねる。

「ええ。僕は当時から闇医者として裏路地で活動していましてね」

「しかし、なんでまたグレイトに免許を取らなかったので?」

「ああ、実は僕は今でも追われている身でして」

 さらりと爆弾発言が飛び出した。
 実はこの男がオーストラリアから出て行った理由も此処にある。追っ手と思われる連中が来た為、彼はマーティオと話し合った結果、自分だけがパリに行く事を決意したのだ。

「そんな訳で、裏でコソコソと隠れてやるしかないんです」

「貴方もグレイトに大変な立場な人だな」

 すると、フェイトはある事に気付き、再び問う。

「ところで、よくあのマーティオとグレイトに生活できましたね?」

 フェイトが知るマーティオは兎に角人見知りが激しい性格だった……と思う。
 思う、と言うのも彼女が知るマーティオは兎に角『知らない奴は皆敵。だから殺す』みたいな思考の持ち主だった。
 それ故、出会ったばかりのDrピート相手にすぐに心を許したとはとても考えられないのである。

「ああ、最初はもう大変でしたよ。右足を持っていかれましたから」

「……え?」

 思わず、ネオンが呟いた。
 右足を持っていかれたと言う事はつまり、

「………切り落とされたんですか? ……マーティオに」

 ネオンが遠慮がちに言うと、Drピートはネオンの複雑そうな気持ちを察したのか、笑って答えた。

「うん。でもまあ……昔の話だからさ。義足の生活にも随分と慣れたし、患者の気持ちが分るだけOKと言う事にしてるんだよ」

 随分とグレイトに前向きな思考の持ち主だな、とフェイトは思った。普通なら右足を切り落とした張本人と一緒に暮らすなんて出来ない。それはもう心の問題だ。

「なるほど。マーティオが少しは大人しくなったのがグレイトに分る気がしますよ」

「あ、いや。多分、僕より彼女の影響が強いと思いますよ?」

 Drピートが言った『彼女』と言う単語に思わず反応するフェイトにネオン。
 フェイトは最初ネオンの事かと思ったが、本人が首をかしげているのを見て違うと悟った。

「彼女と言うのは………なんですかね。一言では言い辛いのですが」

 すると、Drピートは少し重々しい感じで口を開いた。

「マー君の……恋人ですかね」

 その瞬間、本当に沈黙が場を支配した。
 ネオンに至っては完全に目が点になっている。一方のフェイトは完全に時が止まっていた。二人共ぴくりとも動きはしない。

 それからどれくらいの時間が経過しただろうか。一分か、もしくは五分だろうか。ひょっとしたら一時間経過したのかもしれない。

 そんな事を考えながらも、固まった二人を他所にDrピートことアルバート・フォン(以下略)は平和的にお茶を飲んでいた。

「ぐ、グレイトに今の発言ストオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオップぅっ!」

 すると突然石化が溶けたフェイトが人差し指を突きつけて豪快に叫んだ。気のせいか、背景にでかい荒波が押し寄せてきているかのように見える。
 因みに、ネオンはと言うと、フェイトの隣で彼女と全く同じポーズを取っていた。机の上に片足まで乗せているところを見ると結構『異議あり』な発言だったらしい。

「Drピート! いや、アルバート(以下略)さん! それはグレイトに真実なのか!? あ、あの超がつきそうな程性格がひん曲がっているマーティオに恋人がいるのか!?」

「あ、いや……その……」

 フェイトのあまりの迫力により、ついつい押されてしまうDrピートことアルバ(以下略)。因みに、ネオンは無表情な顔でDrピートことアル(以下略)に詰め寄っていたが、その鉄仮面みたいな無表情な顔からは凄まじい気迫を感じられた。

「まあ、なんと言うか……」

 Drピートことア(以下略)は、少々苦笑していたが、彼の目は確かにこう言っていた。

 出来れば話したくない、と。





 霧夜の技は流石に他とは違う。
 
 それが今先ほどマーティオが考えた思考だった。さっき会話してみても、慎也達と比べて『幼さ』が残っていた。やはりまだ未熟なうちに里を出る羽目になったのが原因だろう。我流で闘っているのが正にその証拠だ。

(ま、闘い方なんて俺様も我流だがよ)

 翔太郎の教えはあくまで『身体を鍛える』や『基礎学力』といったレベルである。身体能力はそのお陰で異常に発達したと思う。素手で熊相手でも恐れはしない。
 霧夜もそういう環境で育ってきたのだろう。

(だが、流石に何時までもこいつに時間を喰ってるつもりはねーな!)

 木に隠れて手裏剣の嵐をガードするマーティオ。致命傷は何とか避けてきているとはいえ、身体中切り傷が出来ている状態だ。彼女の奥義は幻術なのかどうかはわからないが、一本のクナイや手裏剣を『影分身』させるという物であった。通常の分身とは違い、ちゃんと実体があるという影分身。それを武器に応用したのである。

(お陰で正に今、刃物の嵐って感じだな!)

 そんな時だ。

 不意に、マーティオの頬を風がかすった。

「!」

 何も考えず、直感だけに頼って地に伏せる。直後、先ほどまでマーティオがガードに使っていた木が横に真っ二つにされた。しかも音も無く、まるで豆腐のようにばっさりと、だ。

「―――――」

 音も無く、気配も感じることなく標的を血まみれにするダーク・キリヤ。そんな彼女の基本スタイルは第一に刃物乱れ撃ち。障害物が何も無い場所でやられると一瞬にして死に至るだろう。しかし、今回のように障害物がある場合も活用される。だがそれはあくまで『囮』として。

 音も無く、気配も無く敵の首を刎ねる。

 その為の場面を作り出す前座の様な物だ。
 だがしかし。この青髪はそれを紙一重でかわした。霧夜にとって、こんな展開は初めてだった。

「くそっ!」

 霧夜は舌打ちするが、マーティオは目を見開いている。その心境は一つ。

(危ねー)

 九死に一生を得たとは正にこの事だろうな、とマーティオは思った。今のも何らかの霧夜流奥義になるんだろうが、木を横に、しかも一瞬で真っ二つにするような物を受けたら無事ではすまない。と言うか、確実に死ねる。

「!」

 ならば、と言わんばかりに霧夜が小刀を真下に突き下ろすべく、細い腕が動きだす。実際には一秒もない動作だったが、マーティオは『はい、そうですか』とやられる気は全然無かった。

「む!?」

 その時、霧夜は腕に違和感を覚えた。
 何事かと思う前にマーティオにトドメを刺そうと考え、小刀を一気に振り下ろす。

 直後、がつん、と嫌な音が場に響く。本来なら肉を裂くはずの生々しい音がするはずなのに、今のは明らかに硬い物体に金属が命中した音だった。

「ざーんねんでした」

 小刀をすり抜けた『ブレたマーティオ』があっかんべ、と舌を出して霧夜を馬鹿にする。

「――――分身の術か!?」

 そういえば棗がこの前『分身の術を、不完全ながら猿真似した馬鹿がいる』とか言っていたような覚えがある。それが他ならぬこの男だったのだ。
 しかし、だとしたら非常に気になる事がある。先ほど腕に憶えたあの違和感。もしも先ほどの攻撃の際、マーティオが自分に気付かれずに何かしたのだとしたら。
 結構優秀だと言われてはいたが未熟なうちに追い出されたとはいえ、霧夜は暗殺者である。そんな彼女に気配を読まれずに、何かを仕掛けるとは恐るべきスキルだ。

「げ!?」

 腕を見てみると、思わずそんな事を呟いてしまった。
 何故なら、霧夜の左腕には事もあろうか『花火』がくっつけられていたのである。しかも、すぐ隣でマーティオが悪戯小僧みたいな笑みを浮かべてライターの火を点けている。

「よ、よせ馬鹿ああああああああああああああああ!!!」

しかしマーティオはそういわれて止める様な優しい男じゃなかった。例え敵が女子供だろうがマイペースで行動するのがこの男がマーティオたる所以なのだ。

「さあ、踊れ」

 その言葉を放った瞬間。導火線に火が点いた。
 そして数秒もしない内に導火線の火が花火に点火。火の噴水を吐き出した。

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?」

 その時の霧夜は正に踊っているとしか言いようが無かった。腕に取り付けられているため、物凄く熱い。しかし、同時に取ろうと思っても火が飛び散って火傷してしまいそうなのである。これは(色んな意味で)未熟な霧夜には踊るしかなかった。

「そーら、消化してやる」

 すると、すぐ近くで見物していたマーティオが、何処から持ってきたのか消火器の安全ピンを抜き、思いっきり霧夜にぶっ放した。しかも顔面から。

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 目の前が兎に角真っ白になる。
 その時、霧夜は『ああ、ポケモンの全滅した時ってこんな気分なのかな』とか思いながら消化剤を顔から浴びていたらしいが、そんな事知った事じゃ無いマーティオは消化剤が切れるまで霧夜に吹きかけていた。
 最近すっかり忘れがちだが、この男の楽しみは『人の不幸な所を見ること』であり、エリックやニックと言った面子が幾度と無く犠牲になった事は言うまでも無い。
 そのため、久々に霧夜で『遊んだ』マーティオは結構充実感に満たされつつあった。

「そら、トドメだ」

 すると、今度は消火器をその場に捨て置き、コートの中から水鉄砲を取り出す。まだ消化剤の白煙の中で咳き込んでる霧夜は全然気付いていない。

「ファイア!」

 水鉄砲の銃口から液体が発射される。それはちょろちょろと音を立てながら霧夜の顔面に命中し、最終的には体全体に液体がついたことになる。

「うー……なんなんだこれは!?」

 なんだか異様にベタベタする。何が起きたのかはよく分らなかったが、気持ち悪い事この上ない感覚で満たされていた。

「ああ、砂糖水ぶっかけてみた」

「何いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!?」

 心なしか、霧夜の足に蟻が寄って来た気がする。
 『気がする』と言うのも、彼女が極端に思い込みが激しいと言う事があるのが原因だ。実際は濡れた肌が夜風に当たって妙に冷える事くらいだ。

「くそおおおおおおおおおおおおおおお!!! 憶えてろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 そう言うと、霧夜は回れ右。
 その直後、目にも止まらぬスピードで夜の街中を駆けて行った。心なしか、泣いていた気がする。もしかしたら蟻に何か嫌な思い出でもあるのだろうか。

 と言うか、実はあった。

 霧夜は里で初任務を成功させた時、父の慎也からお祝いとして有名ケーキ店のケーキを5つほど買ってもらった事がある。そしてそれをテーブルに置き、手洗いをしているうちに悲劇は起きた。
 そもそも神谷宅の食卓が地下にあると言うのが最大の原因だったのだろう。そして家が比較的古い構造と言うのもあるだろう。
 それらの原因が重なり合った結果、霧夜のケーキは蟻に『やられてしまった』のである。
 その時のショックを未だに引きずっている霧夜は、今でも蟻を見れば絶叫してしまう常態だった。要は意識しなければ何の問題も無いのだが、一旦意識してしまえば話は別だ。もう頭から離れない。霧夜の最大にして究極の弱点である。なんとも不憫な。
 此処で暗殺者失格とか言ってはいけない。彼女は彼女なりに苦労しているのだ。

「勝った」

 しかし、マーティオはそんな彼女のトラウマなんか知らないもんだから余裕で勝利の笑みを浮かべていた。いや、この男の場合はトラウマを知っていたら余計にそれで攻めてくるタイプだ。兎に角勝ちに拘るのである。
 兎に角、刺客をなんとか退けた(?)マーティオは煙草をもう一本吸ってから帰路に付く事にした。




 その出会いはマーティオがDrピートの仕事の手伝いをし始めてから暫らく経ってからの事である。
 丁度、犯罪者イオの名がオーストラリアで消えかかってきた時、マーティオは平然と買い物に出かけていた。元々そんな事を気にするような男でもなかったのだが。
 そんな時、彼はある事件を目撃した。


 ある少女が交通事故に巻き込まれたのである。


 時間の問題もあってか病院は全て使えなく、当時結構大人しくなっていたマーティオは彼女をDrピートの所へと連れて行った。

 すると、彼はこんな事を言ってきた。

『折角だ。君が担当すると良い』

 そんな訳でマーティオは『ドクター・イオ』として初めて人の命を救う手術を行ったのである。その時のマーティオは、自身の気持ちを日記に記していた。

『今日、俺は生まれて初めて誰かを生かすと言う事をやった。エリック、狂夜、先輩。もしかしたら、俺はあんた達三人が知らない俺へと、変わりつつあるのかも知れねぇな。なんかこう、文章じゃ書き辛いんだが、何かすっきりした気持ちになれた。こんなのは初めてだ』

 手術はDrピートの助力もありなんとか成功。しかし、患者である少女は打ち所が悪かったのか、記憶を失ってしまっていたのだ。幸い、持ち物で名前だけは分ったが、それ以外がさっぱりな状態だった。
 当てがあるわけでもないので、結局マーティオが少女の面倒を見ることになったのであるが、珍しい事にこの男は文句を一切言わなかった。彼が言うには、初めて担当した患者なんだから、最後まで面倒を見てみたいと言う事らしい。

 Drピートが言うには、その時のマーティオはやけに晴れ晴れとした表情だったらしい。





 『ソレ』は、マーティオが少女の世話をし始めてから一ヶ月程経ったある日の夜のことだった。
 持ち物から判明した少女の名は『ヘルガ』といい、最初は目つきが悪いマーティオに戸惑っていたが、次第に慣れていき、しかも恋心まで寄せてしまう始末だった。ところがマーティオもそんな彼女に次第に惹かれていってしまい、二人だけの時間は少しずつ長くなっていった。因みに、関係で行くのならキスにまで発展している始末である。
 ヘルガは記憶を失って過去の自分を知らない為か、少々大人しい性格だった。ソレに対し、色々と大胆なマーティオに何処か憧れみたいな感情を覚え、それが最終的には恋愛感情にまで発展していったのではないかと後にDrピートは語っている。
 兎に角、二人の仲は見ていて非常に輝いており、時たまにはバカップルっぷりを発揮してくる時もあった。

 ところが、そんな日にも終わりは訪れてしまった。

 ある日、ヘルガがマーティオの目の前で死んでしまったのである。いや、正確に言うなら『殺されたのだ』。しかも皮肉な事に、彼女の死亡原因はマーティオが彼女と出会うキッカケとなった交通事故だった。しかも強盗をやらかした車を追いかけていた『パトカー』に轢かれて、だ。

 だが、幸い轢かれてから少しの間はまだ生きていた。だからマーティオは生まれて初めて見ず知らずの誰かに助けを求めた。まだ助かるかもしれない、という小さな希望に初めて賭けたのだ。ところが、警官は、

『なんだ、後にしてくれ! 今、あいつを追いかけないといけないんだ!』

 その時、マーティオは絶望のどん底に突き落とされた。




「……マー君は血まみれの彼女を背負って僕のところへ来たけど、その時にはもう彼女の息は無かった。その時の彼の顔を、僕は生涯忘れる事はないと思う」

 フェイトにネオンは黙り込んでいた。
 特にフェイトは、ちょっとしたショックを受けていた。レストランで彼と再会した時、マーティオは昔と変わりの無い状態だと思っていた。危なっかしく、ちょっと近寄りがたいオーラが漂っていて、それでいていざという時には頼りになる男だと思っていた。

 だが、実際は違った。

 マーティオはほんの少しだけ、本当に少しだけ大人の階段を上っていたのだ。絶望、希望、そして何より誰かに対する激しい憎悪を憶える事で。

「ヘルガが助からないと言う事はマー君も運んだ時点で分っていました。ですが、どうしても認めたくなかったんでしょう。それだけに現実はとても残酷です」

 大きな病院は金が必要だが、彼等にはそれだけの金が無いし、何より時間が無かった。だからこそ自分達の腕で出来る限りのことをやってきたつもりではいる。何度も生き返らそうとした。無駄な努力だとは分ってはいる。しかし認めたくは無い。その一心だけで二人は行動したのだ。
 しかし、マーティオは人を助ける事も出来るが、人を殺す事も出来る手を使って、結局は彼女を救う事が出来なかった。『殺す事を望んではいなかった』はずなのにも関わらず、だ。

 その時、マーティオは叫んだ。誰にでもなく、自分の『手』に向けて。

『何故だ! 何故お前は誰かを殺す事しか出来ない!? あの時は救って見せたのに!』

 医者という道を歩んだからには誰もが一度は経験する事だ。一生懸命やったのに、結局は何も出来ない。命を扱うような職なのだから尚更である。

 しかし、マーティオはその経験をするにはまだ若く、道徳が不足していて、何より『相手が拙かった』。




「成功しなかったヘルガの手術が終わった後、マー君はこの世の物とは思えない程の恐ろしい目を光らせながら、僕の診断所を出て行きました。何をしに行ったか、わかります?」

 フェイトもネオンも答えられない。
 いや、正確に言えばある程度は予想はつくのだが、口に出来ないのだ。

「殺したんですよ。ヘルガを轢いたままほったらかしにした警官を」

 その死体はすぐには身元が判明できないほどに刃物でズタズタにされており、まるで何かに見せ付けるかのようにして教会の十字架に貼り付けられていたのだという。しかも銃弾が6発、体の中から検出され、直接の死亡原因はハンマーを使っての撲殺。
 よほどの恨みがある犯行、としか言いようが無かった。

 その後、Drピートは追っ手の襲来を受けてオーストラリアから離れ、マーティオは暫らく一人ぼっちの生活を送っていた。魂の抜け殻、というまではいかなかったが、あのヘルガが死んで以来、ドクター・イオを自分から名乗る事は無かった。

 そしてエリックに泥棒やらないか、と誘われ、怪盗イオとして現在に至る。
 ヘルガという存在は今でも彼の中に深く存在している。マーティオの中では一番大切な宝箱だ。だからエリック達に見せはしない。何時までも自分だけの宝物でいて欲しいから。そして何より、見せてしまったらエリックに自分の弱さを見せるような気がして、とても嫌だった。

 以前、ヘルガを怖がらせた事もあり、目つきの悪さを改善しようと思ったことがある。しかし、彼女はこう言った。

『でも、私はそのままの貴方が好きだな』

 満面の笑みで、そういわれた。
 だから彼は変わろうとはしない。いつでも自然に自分らしさを貫いていく事こそが、ヘルガが一番大好きな自分だから。




「帰ったぞ」

 話が終わってから数分後、マーティオが何事も無かったかのような顔で診断所に帰ってきた。すると、その場にいた三人が『びくり』と身体を反応させた。

「や、やあマー君。遅かったね」

「ああ、調子に乗って煙草を4本吸ってたからな」

 すると、突然彼は受付のテーブルの上に腰を下ろしてから、フェイトに言う。

「で、先輩。返答をそろそろ頂きたいのですが?」

 『返答』と言う単語にフェイトの眉がぴくりと動く。

 そもそもにしてマーティオとネオンが遠い所からやってきた理由はフェイトを探し、協力してもらう事であり、楽しい同窓会を行う為ではない。
 
「……事情は大体ネオンに聞いたよ。グレイトに冗談にならない事態みたいだね」

 未来人と宇宙人と言うのは聞いただけではとても信じられない。百聞は一見にしかずというが、正にそれを実感したような感じがした。
 だが、いかなる事態であろうとも彼女の返答は決まっていた。

「悪いが、私は協力できない」

 何故、とマーティオが問う前に彼女は語り始めた。

「私には生活がある。……グレイトに言い方が悪いが、君達は『暇だったから』そういうのをやっていた訳だろう」

「む」

 反論できない。だが、考えても見れば自分がこういう立場にいるのもエリックに誘われたのが原因である。だが、もしも今のフェイトのように――――つまり、自分が医者としての楽しみを感じ始めていた時期に誘いがあったら、素直に応じていただろうか。ソレを考えたら、更に何も反論できなかった。

「私は今の生活がグレイトに好きで仕方が無い。お前達の力になってやりたい気持ちはあるが……残念ながら今の私ではどう考えても足手まといにしかならないだろう」

 考えても見ればフェイトは彼等と違い、最終兵器の所持者ではないのだ。宇宙人はどうかは良く分らないが、イシュと闘う場合はどう足掻いても最終兵器と戦う事になる。そのためにはやはり最終兵器が必要不可欠なのだ。だが、彼女にはソレが無い。

「……なら、せめて情報が欲しい」

「情報?」

 マーティオの発言に思わずフェイトは目を丸くした。
 彼はこくり、と頷いてから続ける。

「京都で入手した情報によると、イシュの最終兵器所持者は四人。この中の誰か一人でも見つけ出し、倒せばぐっと有利になる」

 そもそも今のイシュは全部で十の最終兵器の中の半分しか所持していない。全部集めないと邪神復活もクソも無いのだから、一個でも失えば彼等に大きな痛手を与える事は出来るはずだ。

「今から所持者の名前を言うから、何か知っていたら教えて欲しい。ウォルゲム・レイザム。相澤・猛。竜神・煉次郎。そしてサウザー・ニトロディーン」

「サウザー・ニトロディーン?」

 その名前に、思わずフェイトは聞き返してしまった。

「その名前があったのか? その……京都で入手したイシュの情報とやらに」

「……知ってるんですか?」

 マーティオは射抜くような視線でフェイトに尋ねると、彼女は信じられない、とでも言いたげな顔で呟いた。

「ウチの………店長の名前だ」

「何!?」

 店長。奥の方から気の入らない声を出していたあの男。キャラ的に言えば十分美味しかったと思う。
 あの男がイシュ幹部の一人であり、最終兵器所持者であるサウザー・ニロトディーンだったと言うのか。

「店長が今何処にいるか分るか!?」

 思わず乱暴な口調でフェイトに詰め寄る。
 だが、次の瞬間。レストランの奥のほうから聞こえてきた『あの男』の声が診断所内に響いた。

「探す必要は無いよ。既に此処にいるからね」

 思わず全員が入り口の方を見ると、其処には店長ことサウザーとその部下と見える黒服の男達が全員マシンガンを構えていた。思わずホールドアップ。

「いやはや、ダーク・キリヤを餌にして見たら見事に喰らいついてくれたね。どうやって追っ払ったのかは謎だったが、お陰で楽に後をつけることが出来た」

 あちゃー、とマーティオが思わずがっくりと項垂れる。後を着けられたとは不覚だった。何故今まで気付かなかったのだろうか。兎に角、一生の不覚だったことには違いない。

「しかし、フェイト君に長年我々が追いかけていたDrピートまでいるとは思いもしなかったね。一度君の人間関係を洗ってみるべきなのかもしれないね?」

 そこでマーティオは気付いた。今この男はなんと言った?

(我々が長年追いかけているDrピートまでいるとは?)

 確か、彼は長年追っ手に追いかけられているのだと言う。それがイシュだと言うのだろうか。

「あー、誰かと思えばサウザー君じゃないか。君が直々に出向いてくるとは、最終兵器を持つマー君達への対抗と見ていいのかな?」

「そのとおり。Drピート、我々のプロジェクトの為にはどうしても貴方の強力がいるのだ。何時までも未来人が現代でヤブ医者なんて出来ると思わないように」

 未来人。

 その言葉に、マーティオは何かが肩に重く圧し掛かってきたかのような感覚を覚えた。




 続く



 次回予告


Drピート「はーい、実は未来人でした。サーセン」

マーティオ「サウザーによって連行された俺達は、イシュのパリ基地に連れて行かれてしまう。ところが、今度は其処に宇宙人が攻めてきやがった!」

Drピート「だけど、イシュだってちゃんと対策法を考えていたんだよね。そして僕の考えた『プロジェクト』も実戦配備されてもう大変なのさ!」

マーティオ「次回、『プロジェクトの恐怖』。Drピート、お前なんて計画立ててやがったんだ!」

Drピート「だから逃げてたんだよー(汗」






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