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紫色の月光

紫色の月光

第二十八話「プロジェクトの恐怖」

第二十八話「プロジェクトの恐怖」



 イシュの幹部の一人であるサウザーによってあっさりと捕まってしまったマーティオ達は、そのままパリ基地へと連れて行かれた。
 しかし、まさかその基地がサウザーの経営しているレストラン。つまり、フェイトの職場の地下だったとは思いもしなかった。
 エレベーターで地下にもぐり続けること数分。地下何階まで下りたのかは分らないが、ようやく目的の階にたどり着いたようなので、マーティオ達は後頭部に銃を突きつけられながら移動する。
 エレベーターから歩くこと10分近く。その後、ワープ装置を使って何処とも知れない場所にワープした後に更に歩くこと数分。其処まで移動してようやくたどり着いたのは、思わず目がくらんでしまうほどの純白の大広間だった。

「さて、ようやく辿り着いたね」

 先頭に立つサウザーがそう言うと、彼は壁の方に向かって歩き出す。
 次の瞬間。目の前に存在する純白の壁が、何の前触れも無く突然透明になった。しかも、壁の向こうに見えるのは、

「………海?」

 一面に広がるのは、どういうわけかテレビとかでよく見る海底の光景だった。所々に魚がいるが、流石に夜のためか数はそんなに多くは無い。

「そう、Drピート。貴方の進めていたプロジェクトの成果が、この海にある」

 サウザーが言っている事がどうにも理解できないマーティオは、何気なくDrピートの方に顔を向けてみる。
 するとどうだろうか。
 其処には笑みを絶やさない印象を受ける、何処か気の良さそうなヤブ医者の姿は無く、一人の真剣な顔をした『男』がいた。
 だが、少なくとも彼と一緒に暮らした間、こんな顔を見たことが無い。

(それほどの物ってわけか? 『プロジェクト』ってのは)

 マーティオが疑問に思う中、サウザーが咳払いをする。それに反応し、全員が彼に視線を向けた。

「さて、君達は宇宙人の存在を知っているね? いや、知っているんだろう知っているんだよねつーか知ってなきゃ全然意味ないんだけどそこんとこどうなのさ?」

 サウザーの無意味なまでの質問の確認を聞き終えると、マーティオは無言で頷いた。

「実は、その宇宙人がこの真上。つまり、パリに攻めてくるまで後20分なんだ」

「何?」

 宇宙人。確か、京都で得た情報によると『エルウィーラー』だったか。
 マーティオは実際彼等と会った事は無い訳だが、未来だと恐るべき戦力で地球を制圧してしまったらしい。因みに、既に彼等が誇る四大将軍の一人、アルイーターはエリックと狂夜によって殆ど脅威と言える存在ではなくなっている。

「彼等が何処から攻めてくるか。それはズバリ、海だ」

 そう言うと、サウザーは壁から見える海底を指差した。
 しかし、海はとても静かである。とても宇宙人が攻めてくるなんて思えない。




 ところがどっこい、そんな静かな海の中に、エルウィーラーからやって来た四大将軍の一人、エシェラが率いる部隊は確かに存在していた。
 
「あー、ツイてないわ」

 四大将軍の中で唯一の女性であるエシェラは、欠伸をかきながらも攻撃目標であるヨーロッパ大陸へと近づいていっていた。彼女が率いる戦艦の数は30。しかも向こうには気付かれないようにステルス装置を起動させている状態である。

 実はエシェラは他の将軍達とある賭けをしていた。
 それは『誰が最初に地球にたどり着けるか』だ。彼女達は攻撃対象にした星に行く際、何かの賭け事をしてそれぞれ『競争』するのである。
 今回の競争に参加したのはエシェラにアルイーター、そしてジェノバの三人であり、最終的に賭けに勝ったのはジェノバだった。
 勝ったジェノバは負けた二人になんでも命令する事が出来、アルイーターに地球の調査をさせ、エシェラに最初の攻撃を命令したのである。ところが、どういうわけかプッツリとアルイーターからの連絡が途絶えてしまったのである。それが原因で、彼女はアルイーターの分である『地球の調査』を押し付けられてしまったのだ。

「まあ、いいわ」

 それならそれで全部やってやろうじゃないか。そして手柄を全て自分の部隊の物にしてしまえ。それこそ後から地球攻撃しようと考えてるジェノバの出る幕が無いくらいにまで、だ。

「さあ、『よーろっぱ』とやらには後どのくらいの時間がかかる!?」

「はっ、大凡5ザチレンです!」

 5ザチレン。地球で言う所の15分であり、1ザチレンが3分の計算だ。






「さて、イシュの未来によると今から13分後にエシェラ軍の攻撃がヨーロッパに襲い掛かり、1週間もしないでロシア、アフリカまで彼等に占領されるらしい」

 サウザーが説明する中、マーティオはある疑問を抱いていた。
 らしい、と言う事は、サウザーは実際の所は知らないと言う事になる。と言う事は、彼は未来人ではなく、現代人と言う事だ。

「おい、貴様。今のうちに聞いておきたいことがある」

 マーティオがいかにも図々しい態度で聞くと、サウザーは気分を損ねた様子も見せずに言った。

「何かな?」

「貴様、現代人だろう。それならば何故未来から来たイシュに加担する?」

 それは彼の下で働いていたフェイトとしても知りたいことであった。しかし、ある程度の予想はついている。
 そしてその予想は、まさに事実以外の何物でもなかった。

「最終兵器の所持者に選ばれたからだよ。イシュは徹底的にそういう人材をスカウトしてたからね」

「それだけか?」

 マーティオが不信そうな目つきで言うと、サウザーはやはり機嫌を損ねた様子も見せずに答えた。

「いや、実はもう一つある」

 そこら辺はフェイトも予想していなければDrピートも知らない事実であった。

「俗に言う歴史改変だね。その為に、私は過去に行きたいのだよ」

 これまた予想だにしない回答だった。
 一体、彼が何を望み、何の為に過去に行こうと言うのだろうか。

「数十年前の大戦を知っているだろう?」

 数十年前の大戦。相澤・猛がイシュ京都基地として使用していた『平和の塔』が建てられたキッカケにもなった戦争である。

「一番最近の大きな戦争だけあり、存在だけならこの世界に生きる人間はほぼ全員知ってるだろう。しかし、何がキッカケにして起きたのかは知るまい?」

 確かに、言われてみればそのとおりである。おかしな話だが、歴史の教科書や当時の新聞には『戦争があった事実』を伝えていても、『何が原因で起きたか』までは記されていないのである。その為、歴史の教師はこの質問に答えることが出来ずに困り果てるケースが多いのだ。

 未来人であるDrピートもまた同じである。彼がいた未来には宇宙人との出来事については掲載されていても、この大戦のキッカケまでは記されていないのだ。

 しかし、平和の塔のようなシンボルが建てられたのだから相当激しい戦いだったんだろう、と言う事だけは誰でも予想できる。

「教えてあげよう。あの忌々しい大戦のキッカケをね」

 そう言うと、サウザーは壁に背を向け、マーティオ達と正面に向かい合うような形を取って、真剣に話し始めた。

「当時、ある大国のトップが、これまたある大国のトップの別荘に招待されたのだ。この計画は大国のトップ同士の事だけあって極秘にされ、マスコミにも知られる事無く順調に進められていた」

 何処か遠い目をしながらもサウザーは語り続ける。 
 因みに、此処で用いられているトップと言うのは、恐らくは大統領や王様のことだろう、とマーティオは解釈していた。

「そして当日、招かれた方のトップは別荘にて旅の疲れを癒していた。その家族と共にな」

 ところが、そこで悲劇は起きてしまった。

「なんと招かれた方のトップが、招待した方のトップの楽しみにしておいたプリンをついつい食べてしまったのだよ」

「……………………」

 その一言が出た瞬間、場に沈黙が訪れた。
 特にマーティオとネオンに関して言えば、つい最近同じような話を聞いたことがある様な気がする。

「それに怒りを覚えた招待した方のトップは、そのまま怒り任せに戦争を仕掛けてしまったのだ。しかし、それに対して招かれた側のトップも望む所だ、と言わんばかりに張り切って、これが後に第三次世界大戦と言われるほどにまで発展してしまったのだ」

 その時、マーティオは思った。


 最近、こういうのが流行ってるのか、と。


 しかし、霧夜が村から追い出された理由がプリンだったなんて知らないサウザーはそのまま拳をなわなわと震わせながら呟いた。

「私は……この事実をとても情けなく思う。こんな事で私は伯母や祖母を亡くしたのだと思えば、それだけで腸煮えくり返る!」

 気持ちが分らない事も無かった。
 こんな馬鹿馬鹿しい理由で起きた戦争で身内を亡くしたのだから、かなり同情できる。

 しかし、此処で疑問に思えることがあった。

 なんで歴史の教師も知らないようなこんなトリビアをサウザーが知っているのか、と言う事である。
 しかし、その疑問は本人の口からあっさりと吐き出された。

「しかも、そのプリンを食ったのが私の祖父なのだから更に始末が悪い」

『えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!!!?』

 思わず全員大絶叫。
 確か、プリンを食って事の発端を作ったのはとある大国のお偉いさんだったはずだ。それを祖父、と呼ぶと言う事はつまり、

「店長、あんたもしかしてグレイトにすんごい立場の人だったりするのか!?」

 思わずフェイトもグレイトな表情で叫んでしまう。
 すると、サウザーは無意味に一回転してから、両手の人差し指をピストルのように指差してからその質問に答えた。取りあえず、回転やポーズにこれと言った意味は無い。

「うむ。戦争さえなければ、私は今頃結構裕福な暮らしをしてたと思う!」

 そりゃあお気の毒に。
 その場にいるメンバーは全員そう思うしかなかった。
 
「さて、随分と話が逸れてしまったが、宇宙人がもう少ししたら攻撃を開始してくる。我々は、その前になんとしても宇宙人を倒さねばならん」

 ようやくマトモな話に戻ったような気がするが、問題はどうやって海からやって来る宇宙人を倒すか、にある。
 情報によれば、ディーゼル・ドラグーンでどうにかなる相手ではない。やはり最終兵器で倒す気なのだろうか。

「しかし、此処でDrピートの『プロジェクト』の成果が物を言うのだ」

 そう言うと、サウザーはラジコンのコントローラーらしきリモコンを取り出した。
 そのリモコンを鼻歌交じりに操作し始める。

「―――――!?」

 すると、今まで静かだった海底が突然騒ぎ始める。まるで嵐の前兆を物語るかのように、だ。周囲にいた魚達が一斉に非難をはじめ、何故か部屋中に地震かと思うような振動が響く。

「な、なんだ!?」

 次の瞬間、透明の壁の向こうに信じられない物が姿を現した。

「!」

「何だアレ!」

 その姿は一言で言うなら異形。
 外見は蛇を連想させるが、デカさが半端ではない。巨大な口から顔を覗かせている凶暴な牙。鋼のように頑丈そうな鱗。ぎらりと凶悪に輝く眼光。どれをとっても立派な化物である。
 しかし、その巨体は信じられないスピードで宇宙人の潜む海へと突撃していく。

「見るがいい! あれこそがDrピートが作り出した海最強の怪物、『リヴァイアサン』だ!」

 すると、壁の映像がリヴァイアサンの視界を通して映し出されるモニターの役割をし始める。
 その後は、リヴァイアサンの一方的とも言える暴れっぷりを眺めているだけであった。

 ステルス機能はリヴァイアサンには何の効力も無いらしく、その牙で容赦なくエシェラたちの戦艦を噛み砕いていく。更にはその馬鹿でかい巨体での体当たり。そして尻尾を鞭のように振り回す事で次々と、一方的に戦艦を破壊していく。

 しかし、流石にこんな事態になって何もしないほどエシェラは悠長な性格はしていない。即座に反撃の命令を出す。いや、実際はリヴァイアサンが猛突進してきたときから攻撃命令は出しているが、彼女等の戦力ではリヴァイアサンの鱗に阻まれ、致命傷どころかかすり傷さえ負わせる事が出来ない。

「これで、ジ・エンドだ」

 サウザーが言うと同時、リヴァイアサンの力強い牙が最後に残った戦艦を一気に噛み砕く。その瞬間、本来の時間の流れならば宇宙人の襲撃を受けていたヨーロッパは、なんとか襲撃を回避できたことになる。
 海の化物、リヴァイアサンによって、だ。

「………おい、Drピート。オメー、とんでもねー化物作ってたんだな」

 マーティオが半目で横にいるDrピートに言うと、彼は複雑そうな表情で返答した。

「そもそもにして、僕はイシュにいた当時は改造生命体の創造を任されていたんだ。それも、ディーゼル・ドラグーンに負けることがないような強力な奴を、ね」

 しかし、最初に作り上げた改造生命体『リヴァイアサン』を完成させた瞬間、彼は突然怖くなってしまったのである。
 果たして自分が完成させたこの悪魔の兵器が、これからどんな事をしでかすのか、と思うとそれだけで怖くなってくる。しかも彼にとっては、実の息子に等しい。

「結局、僕はリヴァイアサンを海に放してから組織を脱走したんだけど……捕まってしまった訳さ」

 それは自分と、リヴァイアサンの両方の事を示しているのだろう。
 そして、再び捕まったDrピートに要求される事は一つ。

「では、あのリヴァイアサンの兄弟達の製作を再び続けてもらおうか」

 イシュのプロジェクトでは、リヴァイアサンの他に三体の改造生命体が実戦配備される予定だった。いずれもディーゼル・ドラグーン部隊以外の『切り札』として使われる予定だった代物である。

 主に水中戦の為の切り札であるリヴァイアサン。それと同様に、陸と空、そして宇宙空間に適応した改造生命体の創造をこのまま実施しようと言うのである。

「無論、断ればどうなるか……分っているよね?」

 サウザーの言葉がやけに無気味に広場に響く。
 だが、それと同時にマーティオ達四人は後頭部に銃を突きつけられるどころか、壁の向こうからリヴァイアサンに睨まれてしまった。
 もし、このタイミングで断ったら命は無い。

「……分ったよ。さ、案内してくれ」

 そう言うと、Drピートは一人だけ別室に連れて行かれた。
 後に残されたマーティオとフェイト、ネオンはサウザーの命令で牢屋行きを余儀なくされたのである。







「………あー、だりぃ」

 それが牢屋に入れられてからのマーティオの第一声だった。しかも、牢屋に入れられてから1週間経過している。
 どうにもあのリヴァイアサンが現れてからこんな調子である。

「……マーティオ、テンションダウン?」

 ネオンが尋ねるが、マーティオは首を横に振った。

「そんなんじゃない。これからの事について考えていた」

 先ず、どうにかするべき方法は牢屋からの脱出だが、これは問題にはならない。 
 マーティオは泥棒だ。故に、何時でも脱出できる手段は用意している。しかし、イシュは未来からやって来ており、しかもこちらが最終兵器所持者と知ってこの牢屋に入れているのだ。並みの方法では脱出できないだろう。
 しかし、マーティオにはそれをも打破できると考えられる『最終手段』があった。

「で、どうやってグレイトに牢屋を脱出するつもりだい? んでもって、グレイトにこれからどうするのさ?」

 フェイトの問いに、マーティオは答えない。
 しかし、フェイトは知っている。昔からマーティオと言う男は何か考え付くと、妙に目をギラつかせるのだ。しかも、毎回ロクなもんじゃない。
 そして今、マーティオは妙に目をギラつかせながら、牢屋の換気窓から僅かに見える満月に笑みを浮かべて見せていた。






 サウザーは自室でマーティオの情報を整理していた。どうにもマーティオは情報が少なすぎだし、彼が持つサイズの情報がイシュには全くと言ってもいいほど無かったからだ。京都で使った性能しか分らないと言うのは結構痛い。

「だが、時間をかけたお陰で大分君の素性が分ってきたよ」

 徹底的にマーティオを調べ上げた為か、やけに上機嫌である。
 しかし、マーティオについてはどうしても謎な部分があった。

「……親の情報がどうしても分らんな。誰が何時生んだんだ?」

 年齢、血液型、過去の経歴等を全て調べ上げた。しかし、それでも何故か彼の親の情報だけが不明なのだ。
 更に彼について解せない点はもう一つ。

「……こいつの背中の細胞は、人間のそれと比べて80%も違うぞ。何者だあの青髪」

 体全ての細胞が違うと言うのならまだいい。しかし、背中だけと言う点が非常に怪しい。是非とも親の顔が見てみたいものである。

 しかしそれよりも重要なのはDrピートが新たな改造生命体を作り出す事にある。マーティオの謎は気になるといえば気になるが、あの忌まわしき『プリン大戦』を食い止める為に過去に行くと言う使命が自分にはある。
 故に、今は大人しくイシュの命令に従う他無い。そしてその命令が他ならぬ改造生命体の完成だ。リヴァイアサンを使ったために歴史は改変された。故に、これから起こるであろう歴史の微妙な『食い違い』に対応する為に急がなければならないのだ。もしかしたら宇宙人の本隊が一気に地球に襲い掛かる事もありうる。しかし、肝心の洗脳装置はまだ完全ではない。せめてそれの完全な完成までに間に合わせなければならないのだ。

(フェイト君には悪い事をしたかな。しかし、過去に行く為なら私は鬼にだってなってみせる!)

 そんな時だった。
 突然、基地全体に地震が起きたかのような大振動が響きだす。

「うお!?」

 思わず体勢を立て直してしまうサウザー。
 だがその直後、彼は聞いてしまった。

 まるで野獣の雄叫びのような力強い咆哮。ビリビリと響く凄まじい衝撃。まるで電気ショックが身体に流れたかのような感覚だった。

「何事だ!」

 管制室に連絡を入れると、向こうから思いもしなかった返答が来た。

『サイズです! サイズがレベル4を発動し、周囲の壁をぶっ壊しました!』

「何!?」

 方法は目茶苦茶だ。しかし、これはれっきとした脱走。しかも相手はレベル4の最終兵器。
 しかし予想していなかった事態ではない。そもそもにしてマーティオ達をすぐに殺さなかったのはこの事態を見越してのことである。
 
(いい実験になるかもしれんな)

 そう言うと、彼は一つのボタンを押した。そのボタンの隣には『リヴァイアサン起動』とあり、今彼が押したボタンにはこう書いてある。
 
「ワイバーン、起動」

 その瞬間、何処からか化物の咆哮が轟いた。





 レベル4で凶化されたマーティオは牢屋を破壊し、一気に地上へと跳躍する。眼は銀色に輝き、筋肉が膨れ上がり、耳はエルフ耳のように尖がっている。彼を少しでも知る人物がいれば驚く光景だ。
 だが、生憎現在の状況ではこの男の姿を見る者はいない。ネオンとフェイトは牢屋を破壊した際に上手く脱出しており、彼とは別行動中だ。

「んあー?」

 蕩けた眼で夜空を見上げる。其処にあるのは闇の中に輝く満月のお月様。
 
 そしてもう一つ。

「――――――――」

 マーティオを発見し、意気込んでいる化物。『ワイバーン』だ。Drピートが先ほど完成させたばかりの改造生命体である。
 見た目は全長100m近くの巨大な竜。左右の巨大で雄雄しい翼を大きく広げており、鱗は満月と同じ色の輝きを放っている。

「―――――――」

 威嚇しているのか、喧しい雄叫びを響かせるワイバーン。
 その衝撃はマーティオにも確かに伝わり、身体中がビリビリと震動しているのが分る。

 だが、それだけだった。
 今のマーティオをビビらせるのはそんなのでは到底不可能である。

「ひゃはははははははははははははははははははははははっ!!」

 ワイバーンに向け、高らかに笑うマーティオ。本能だけで相手に伝えているのだ。
 かかって来い、と。

「――――――」

 おうよ、やってやろうじゃねぇか、と言わんばかりに吼えるワイバーン。直後、巨体をマーティオに向けて突撃。超巨大な弾丸となって、天からマーティオ目掛けて猛突進。

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 それに対してマーティオは、何と跳躍で対抗する。

 真正面からワイバーンに立ち向おうと言うのである。

「―――――――」

 それを見たワイバーンは、すぐさま回転。尻尾を鞭のように振るい、マーティオを地に叩きつけようとする。
 だがしかし、マーティオはその巨大すぎる鞭にサイズの刃を突き刺し、そのまま勢いに任せて尻尾の上に飛び乗る事でコレを回避する。とても常識では考えられない行為だ。

 サイズを尻尾から引き抜き、乱暴に引きずりながら更に跳躍。今度は右の巨翼に目掛けてサイズを振りかざす。

「ディアナライトぉ」

 その銀の刃が、満月に照らされて不気味に輝く。直後、大鎌の刃がまるでビームのように輝き、伸び始める。巨大な敵をぶった切る為に。

「クラッシュ!」

 一気に振り下ろす!
 次の瞬間、ワイバーンの右の巨翼がバッサリと切り落とされた。リヴァイアサンの硬い鱗のように、ミサイルでも破壊する事が出来ない程の頑丈さを誇る翼を、一瞬で切り落としたのである。

「――――――――」

 空中でバランスを崩しながら、苦しみの咆哮を挙げるワイバーン。
 しかし、そんな彼に更なる追い討ちをかけるべく、マーティオはワイバーンの左の翼の上に着地する。

「ああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 ワイバーンの大きな首目掛けて大鎌をフルスイング。
 直後、ワイバーンの首が呆気なく切り落とされた。宇宙人用の対空兵器『ワイバーン』の呆気ない敗北の瞬間である。

「ひゃは、ひゃはははははははははははははははははははははっ!!」

 だが、ワイバーンの巨体は首を落とされた瞬間、完全に落下を始めた。
 それに応じ、マーティオの身体もイシュ基地に向けて落下していく。しかし何がおかしいのか、マーティオの狂った笑いが止まる事は無かった。
 次の瞬間、ワイバーンの巨体と共にマーティオの姿がイシュ基地に沈んだ。





 Drピートは研究室にて先ほどの戦闘の映像をリアルタイムで見ていた。
 感想としては『流石マー君、無茶するな』で、ワイバーンに対しては残念に思う気持ちがあった。作られてからすぐに実戦で使われ、そして死する。生まれてすぐに殺されるのと同じような感じがして、医者でもある彼からしてみれば複雑だった。

 しかし気付いた。
 今、マーティオとワイバーンが落下した位置にある、『ある人形』について、だ。

「いけない! 殺されてしまうぞマー君は!」

「どういう、意味?」

 予期しない声に反応した彼は、思わず振り返る。
 すると、其処には白髪の無表情娘、ネオンがいた。何時の間にか研究室にやってきていた彼女は、Drピート以外のイシュ関係者を全員ぶっ飛ばしていた。見た目に合わずなんとやら、である。
 しかし、そんな彼女はDrピートの発言を聞き逃してはいなかった。

「何が、あるんですか?」

 顔は無表情だが、目に真剣さがある。

「……今、マー君が落下した部屋には未だに所持者が決まっていない最終兵器が保管されていたんだ。他の研究者達が言ってた噂話を聞いただけなんだけどね、あの話が本当ならマー君は殺されてしまう!」

「誰に?」

 あるのが所持者のいない最終兵器なら恐れるに足りない。いかに兵器が人を殺せる力を秘めているとはいえ、使う奴がいないのなら意味が無いのだ。

「保持者がいない、最終兵器は唯の玩具」

「いや、そうじゃないんだ!」

 それに対し、Drピートは1から説明を始めた。






「痛っ……こりゃまたエラく暴れたな、俺」

 落下の衝撃でサイズを思わず手放してしまったマーティオは、レベル4から正気に戻っていた。どうやらワイバーンの柔らかい肉の部分をなんとかクッションにして衝撃を防いだらしい。それでも普通ならダメージを受けてるだろう。身体能力が著しく上がっているレベル4に感謝するべきなのかもしれない。

「けっ、リヴァイアサン以外の化物を一匹退治して終わったみて―だな……つーか何処だ此処?」

 サイズを再び手に持ち、周囲をキョロキョロを見回す。
 天井は自分とワイバーンが突撃した為に大きな穴が空いており、そのショックのせいなのか明かりが点いていなかった。しかし、周囲の状況が見渡せないと言う事は無い。
 しかし見渡す限り何も無い、ただの空間だった。

(空き部屋なのか? ……つーか寒いなおい)

 その寒さに思わず身を震わせる。恐らく、外の夜風が天井の穴から入り込んでいるのだろう。

(さて、後はあいつ等が上手くやるかどうかだが……)

 牢屋をぶっ壊す役は自分が、Drピートのプロジェクトをどうにかする役をネオンが、サウザーを倒す役をフェイトがそれぞれ請け負っている。どれも自ら買って出た役なのだが、

(どうにも先輩が不安だな……あの店長は最終兵器所持者だし、何よりリヴァイアサンでも呼ばれたらいくら先輩とはいえ太刀打ちできるとは思えねー)

 そう考えると、すぐに回れ右。出入り口から真っ直ぐフェイトの救援に向かおうと走り出すが、

「!」

 突如としてその出入り口の扉が開き、一人の人間がぷらり、とだらしなく腕を垂らしながら部屋に侵入してきた。
 しかも、その両腕には何か装着されている。明かりが無くてすぐには分らなかったが、よく見てみると、それは武器だと分る。腕に装着するタイプの『クロー』だ。しかも、それからは、

(最終兵器の波動!? まさか、あれは―――――!)

 次の瞬間、イシュ側にある五つ目の最終兵器、リーサル・クローがマーティオ目掛けて襲い掛かってきた。





「イシュと言う組織は、マー君の過去を徹底的に調べ上げた! 牢屋に入れられた時に脳波や身体データを全て採取し、しかも過去の記憶まで調べ上げたんだ!」

 Drピートはプロジェクトのデータをデリートしながら、ネオンに事の説明をし始める。

「僕やフェイト君みたいに、サウザーが思いもしないような人物がいるのではないか、と言うのが当初の目的だった。ところが、彼はその過去を見て、ある計画を実行したんだ!」

「計画?」

 首を傾げるネオン。
 それに対し、Drピートはああ、と答えた。

「余った最終兵器、クローとある死人の融合計画。結果は成功。目的の死人は蘇り、最終兵器クローは実戦で使えるようになったんだ。そして今、マー君が落ちた場所は正にそのクローが待機している場所!」

「でも、マーティオは負けない」

 負けずと言い放つネオン。
 しかし、Drピートは首を横に振った。

「いや、マー君じゃ絶対にクローには勝てない! 何故なら、融合した人間は――――」






 クローの突撃攻撃を間一髪で回避したマーティオ。
 ただ、その顔は驚愕で染められていた。

「そんな――――」

 視線の先にいる人物、最終兵器クローと融合している人間は、長すぎる髪をかき上げて、その素顔を外気に晒す。
 しかしその顔はマーティオを驚かせるには十分すぎた。

「ヘルガ……!」

 その人物。マーティオが二十年の人生の中で唯一愛した女性、ヘルガは口元に笑みを浮かばせながら、呟いた。

「久しぶりね、マーティオ」

 あの時と変わらない笑顔。まるで幻想にでも包まれたかのような優しい響き。
 だが、それらは一瞬で砕かれる。

「それじゃあ、死のうね?」

 その瞬間、世界が凍りついた。





 続く





 次回予告

エリック「遂に姿を現した最終兵器クロー。だが、それと融合してしまったヘルガは最早マーティオが知る以前の彼女では無くなってしまっていた! そして先輩は上司であるサウザーと対峙するが、彼の持つ9つ目の最終兵器が先輩を捉える!」

狂夜「次回、『最悪のワルツ』」

ヘルガ「さ、踊ろうよ。殺すほど愛してあげるから」

マーティオ「生憎、俺はダンスはやった事無いんでね!」





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