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紫色の月光

第三十一話「デスマスクが割れた日」

第三十一話「デスマスクが割れた日」



 ニューヨークの署内のお世話になることになって、早1週間。ジョン刑事は、朝早くから出勤していた。彼はネルソンの考案する秘密兵器開発の責任者(ネルソンに強制的に任命されたわけだが)であり、日々改良に精が出ているのである。
 だが、今日彼が朝早く出勤してきた理由はこれだけではなかった。

「えーっと、『ポリスマンの歌 オーケストラVer』と『戦え、ポリスマンパワードのテーマ』の作詞作曲かぁ」

 彼はネルソンが生み出した妄想の塊である『ポリスマン』の音楽の作詞作曲を担当しなければならない立場なのである。毎日のように彼の部屋からはド派手なメロディが流れてくるわけだが、

(……自分はこんな事をするために警官になったんでしたっけ?)

 なんだか最近はどんどん警官の仕事から離れた事をしている気がする。この前も、ネルソンがTV局に押し寄せてポリスマンを全国放送で放送させようとした事があったのだが、

(どう考えても警官のすることじゃないでしょうに……)

 因みに、放送はどうなったのかと言うと、何故か一発OKが貰えた。理不尽な気がしないことも無いが、『ポリスマン』は毎週日曜、朝八時に放送されることになったのである。こんなんが許されてもいいのか。

(で、最初のテーマソング集はすべて自分が作詞作曲しなきゃならないんですよねぇ。自分考案なんだから少しは自分でやってくださいよ警部)

 そのネルソンは現在、別室にてトレーニング中である。彼は毎日の朝のトレーニング5時間を欠かした日は無いのだ。

「あ、お早うございまーす」

 朝7時。その時間となれば署内で偶然出くわした他の警官に挨拶することは普通と言える。
 だが、挨拶を受けた警官四人は、びくり、と反応してから、四人そろってぎこちないスマイルで返事をしただけだった。その後は四人そろって、逃げるように去っていっただけだった。

「……なんだろう。朝ごはん抜いてきたのかな?」

 兎に角、自分にも仕事がある。早いところ片付けて、本来の仕事に戻らないと、本職を忘れてしまいそうだ。

「それにしても、さっきの四人ってどっかで見たことあるような……」




 警官の姿をした四人は冷や汗をかきながらひそひそ話を開始する。ぶっちゃけ凄く怪しい光景なわけだが、幸いな事に今は誰もいなければ監視カメラもない。

「ふぃー、思わず冷や汗かいたぜ。まさかジョン刑事がいるとは思わなかった」

「……お前が無駄なリアクションをしたせいで、こっちは気づかれたのかと思ったぞ」

 半眼でエリックを見るカイト。
 彼ら四人は警官の服装を奪う、と言う結構単純な方法で侵入していた。だが問題は此処からである。これから彼ら四人の大仕事が始まるのだ。

「さて、手はずどおり進めますか」

 その瞬間、エリックは懐から「怪盗シェル」の仮面を手に取り、顔に装着した。それはずばり、『仕事』の開始合図に他ならない。





 役割分担はこうだ。エリックが情報を盗み、カイトが監視の目をごまかし、カノンがエリックの護衛で、アルイーターが入り口の前で何事も無いかのような涼しい顔で警備の真似事をする、だ。
 
「だぁー! パスワードが何重にも張り巡らされてるな。こりゃ骨が折れるぞ」

 しかし、流石に警察から情報を盗むとなると今までの比ではないほどのプレッシャーと疲労の強烈なコンボが襲い掛かってくる。しかも失敗なんかもっての外だ。

『結構ピンチ?』

 横からカノンが紙を見せてくると、エリックは静かに頷く。

「ああ、カイトとアルイーターがどんだけ持ち応えてくれるのか判んないけど、流石にそんなに長くは無理だろうな」

 問題点は唯一つ。その時間内にこの厄介な代物を『盗めるのか』である。否、エリックの辞書には『諦め』と言う文字は無い。『盗む』のだ。それしかない。

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

『何故其処で吼えるの?』

 カノンが疑問の紙を差し出すと、エリックは妙にハイテンションな状態で言う。

「男には、諦めちゃいけないときがある!」

『いや、判ったから少しは声のボリューム下げようよ(汗』

「馬鹿を言うな! 男が熱血する時とは吼える時に他ならない! お前は日本のスーパーロボットの気迫を見て、何も学ばなかったのかああああああああああああああ!!!!?」

『いや、でも扉の向こうで丸聞こえだったら意味ないし……』

「夢の無い発言をするな!」

 口が利けないんだから発言とはいえないんだけど、とカノンは思ったが、敢えて黙っておいた。なんか火に油を注ぐような気がして怖いからである。




 エリック気迫の情報盗みは、信じられない事に、さきほどのやり取りの後、たったの5分で成功してしまった。熱血と咆哮の力なのかは知らないが、本人がその答えで満足しているのだからいいのだろう、多分。

「よーし、仕上げだ」

 そういうと、エリックは懐から一枚のカードを取り出す。何時も使う犯行予告カードだが、今回はすでに犯行を終えている。だから今回は『犯行行いましたよカード』となるのである。

「ふふふ、こいつを発見した時の警部たちの焦った顔が眼に浮かぶ」

 エリックは物凄く満足そうな笑みをうかべていた。どす黒い何かさえ、カノンには見える。

「さて、何処に突き刺すかなっと―――――おわ!」

 その瞬間だった。
 エリックが何故かバナナの皮をふんずけてしまい、派手にすっ転ぶ。問題はその瞬間、手からカードを手放してしまい、それが事もあろうか『監視カメラに張り付いてしまった』ことだった。
 今まではカイトが(本人が言うには、電波ジャックを行って違う映像を見せていたらしい)どうにかして監視カメラの眼を誤魔化していたからいい物の、今は既に成功の報告をしており、既にカイトの力は作用しない。

 つまり、この後署内で起こることは常識的に考えて一つである。

「……さっさと出て行かなかったのが仇になったな」

『いや、全く』

 その瞬間、署内に喧しいサイレン音が鳴り響いた。
 因みに、なんでバナナの皮がこんなところにあったのかというと、やはりネルソンが色んなところで食べ散らかしているからなのだが、そんな事をエリックが知ることは無かった。





「あほおおおおおおおおおおおお!! 折角成功しても見つかったら意味無いだろうが馬鹿!」

 合流して早々吼えるカイト。

「うるせえええええええええええ!! 逃げ切れれば何の問題もナッシングなの! 文句言う前にさっさと足動かす!」

 合流して早々反論するエリック。この二人は見ていて仲がいいのか悪いのか判らない。

「しかし、逃げると言っても……」

 アルイーターが言いかけた瞬間、廊下の真正面から警官の大群が姿を見せる。
 反射的に後ろを振り返ると、其処にもやはり、あの男の影があった。

「待てええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええい!!! たあああああああああああああああいほだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 無駄に喉が元気すぎるゴキブリ警官、ネルソン警部が元気に走ってきているではないか。

「どうする? 後方のおっさんは一人だけだが、あいつを突破するか?」

 カイトが問うが、エリックは首を横に振る。

「いや。お前は知らないだろうが、あのネルソン警部はまともに相手をしていたらいけないおっさんだ。人間じゃない。アレはゴリラだ」

 違和感が感じられないから不思議である。
 だが、ネルソンの迫力から何かを感じ取ったのか、カイトとカノンは無言で頷いてから、回れ右。

「じゃあ、あのゴリラに追いつかれる前にあの警官の群れを全部ぶっ潰して逃げればいいんだな!」

「そのとおり! 死なばもろともおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 エリックを先頭とし、カイト、カノン、アルイーターが次々と警官の波の中に突撃していく。しかし、闇雲に突撃していってもピストルに撃たれて終わるのがオチだ。しかし、今回は全くと言ってもいいほどそんな心配は無い。

「よーし、頼むぜアルイーター!」

「任せろ!」

 すると、先頭のエリックが後ろに回り、アルイーターが先頭に踊り出る。だからなんなのだ、と言わんばかりに発砲する先頭の警官軍団。もう後ろにネルソンがいようとお構いなしである。
 しかし、後ろ三人がアルイーターを盾にするかのようにして移動するのには理由があった。そもそもにして、アルイーター達エルウィーラーの人間の主食は金属品である。ナイフを煎餅の如くばりばりと食べるのがその証拠だ。
 ここで考えても見てほしい。彼らはナイフを口に入れて傷一つ着かないほど皮膚が頑丈なのである。そんな人間を銃弾の雨嵐の中に突入させると、

「じゅ、銃弾が通じない! 化け物かコイツ!?」

 こうなる訳である。
 アルイーターにとって、地球の銃弾なんかポップコーンと同じような物なのだ。身体全体が防弾チョッキの塊だと思えばいいだろう。
 兎に角、そんな彼を盾にして移動する以上、エリック達に銃弾は通用しないのだ。

「よし! 後は――――」

「警官どもを警部の障害物になるようにぶっ潰す!」

 その瞬間、アルイーターの陰に隠れていた三つの影が一斉に散開。稲妻のような動きで一気に警官との距離を詰め、

「喰らえ!」

 引き金を引く暇も与えずに一撃で急所を突き、後ろから迫るネルソンの障害物と化させる。

「おのれ怪盗軍団め! 小癪な真似を!」

 台詞が悪役っぽいが、気にしちゃあいけない。
 兎に角、ネルソンは中々思うように進めずにいた。次々と前方でやられていく仲間たちが、自分の方へと突っ込んでくるからである。
 やろうと思えば向かってくる障害物は全て拳で退けることは出来るが、それだと仲間の身体が心配だ。威力があるというのも考え物である。

「ならば!」

 ネルソンは何か閃いた顔をすると同時、リュックから何かを取り出す。
 それはまるで、某未来からやって来た猫型ロボを髣髴とさせる光景だった。

「秘密兵器その3、ハイパーシューズ!」

 一見、ただのローラースケートに見えるが、履いた者は問答無用で脅威のスピードを手に入れると言う、速さを求める人には堪らない秘密兵器である。
 因みに、試験中のこの秘密兵器を使用したことによって、エリックは過去に大怪我をしたことがある。

「この改良を重ねたハイパーシューズと、このネルソン様の超人的な反射神経さえあれば、貴様らを一網打尽にしてくれる!」

 ハイパーシューズを履いたと同時、ネルソンの目が、まるでバナナを見つけた猿のような凄まじい物に移り変わる。いや、猿なんて生易しい物ではない。最早キングコングだ。余裕でゴジラと勝負できる。

「いくぞ、レエエエエエエエエエエエエエエエエッツ、ボルト、イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!!」

 全然関係ない掛け声と共に、ネルソンが風になった。この光景をあえて文章で表現するのなら、『チーターになったゴリラ』と言うのが妥当だろう。

 しかし、馬鹿馬鹿しく思えてもその速度と反射神経は自賛するだけあって凄まじいものであった。
 次々と障害物となっていく警官を上手く避けるボディーコントロール。狭い廊下内でも自在に走るテクニック。そして何より、怪盗を絶対に捕まえるのだ、と言う執念の賜物であった。
 どうでもいいが、妙に知的に思えてしまうのがネルソンらしくない。

「ふはははははは! とうとう追い詰めたぞ!」

 ネルソンが上機嫌に言う。
 それと同時、四人とネルソンとの距離は僅か数メートル。しかも、もう警官は全員倒されてしまっているので、障害物も無い。

「ふははははははははははははは! たああああああああああああああいほだああああああああああああああああああああ!!!!」

 ハイパーシューズの出力を更に上げてスピードアップするネルソン。
 その先には、こちらの存在を確認した四人がいたが、

「たりゃ」

 エリックが突然取り出したランスがつっかえ棒になってしまい、ずだーん、という激しい効果音と共に、頭から床に倒れこむ。見ていて痛々しい光景だ。
 しかし、ハイパーシューズの出力はやっぱり生きていた。そのままハイパーシューズに引きずられる形になったネルソンは、気絶したまま前進する。

「さいならー」

 しかし、その先には『非常口』の扉を開いた状態でカイトが待ち受けていた。
 気絶して動けないネルソンは、そのまま成す術なく非常口へと突っ込んでいく。直後、カイトが扉を閉め、念のために鍵も閉めておいた。

 次の瞬間、非常口の奥の方から、階段から転げ落ちる激しい金属音が響いた。普通なら余裕で死ねる。

「でもまあ、大丈夫か。警部だし」

 それで納得できてしまうんだから不思議だ。
 しかし、だからと言って何時までもここにいるのは危険だ。何時また追っ手が来るのか判らない。

「よし、急ごう」

 回れ右をして署内から出て行こうとする四人。
 しかし次の瞬間、

「待ちたまえ」

 何処からか男の声が聞こえてくる。
 一体何処から、と思い周囲を見回すと、突然真横の壁に亀裂が生じる。

「へ?」

 エリックが間抜けな声を出した瞬間、壁が崩壊し、埃の奥から一人の男性が姿を現した。

 しかし、格好がちょっと妙だった。手にしているのはステッキ。そして服装はタキシード、蝶ネクタイ、シルクハット。
 どっからどう見てもどっかの映画に出てくるイメージのジェントルマンであった。

「成るほど、君が噂の怪盗シェルだね。弟が世話になっている」

 すると、ジェントルマンは綺麗にお辞儀をしてから、名を名乗る。

「初にお目にかかる。私の名はチャールズ・サンダーソン警部。警官四天王の一人、エレガント警部であり、君がよく知るネルソン・サンダーソンの兄だ」

「何いいいいいいいいいいいいいいいいい!!!? これが警部の兄貴いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!?」

 兄がいたこと自体が初耳だったが、それ以上に全くネルソンの兄とは思えない男だった。何故っていうなら、格好もあるが、それ以上にエレガント警部の見た目が若すぎるのだ。
 ネルソンはこの前40を迎えたばかりだが、この男はどう見ても20代。自分たちと同世代にしか見えない。

「あのー、失礼ですが、年齢は?」

 む、とエレガント警部は眉をひそめるが、すぐに答えてくれた。

「今年で46歳になる」

『うそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!?』

 46歳でその若さはねぇだろ、と思わず突っ込んでしまう一同。
 しかし、次の瞬間、またしても男の声が響く。

「はっはっはっ、エレガント警部。私がいることを忘れてはいないかね!?」

 今度は何だ、と思い、声のする方向を振り向くと、其処には『異形』がいた。
 いや、よく見ると人間だが、やはりこの男も格好がまともではなかった。上半身裸の半裸マッチョで、しかもどういうわけか頭にでかい南瓜をかぶっていた。南瓜に顔が掘り込まれているが、それはそれで何処と無くハロウィンのランタンを髣髴とさせる。

「おや、君はパンプキン警部ではないかね。君もニューヨークにいたとは驚きだな」

 エレガント警部が言うと、パンプキン警部は力強くうむ、と言ってから、四人を順番に眺める。

「恐らくは君と同じだ。私は怪盗シェル、ハゲタカ、デスマスクといった面子がいるこの街で逮捕作業を行おうと……む!?」

 カノンと目が合ったところで、パンプキン警部は何故か異様な反応を見せる。
 でかい南瓜をかぶっているので、表情はわからないが、リアクションが無駄に激しいのでどんな心境なのかはなんとなくわかる。ずばり、『驚』だ。

「き、君!」

「?」

 呼びかけに思わず反応するカノン。
 すると、パンプキン警部はカノンの近くにまでてくてくと歩いていき、懐から一枚の写真を取り出し、カノンに見せる。

「?」

 一体何なのだろう、と興味本位を持った他の面子もカノンの近くに集まっていくと、其処には一人の少年の姿が写った写真があった。
 南瓜な印象を受ける濃いめの長いオレンジ髪。そして南瓜マークが入っている、花粉消予防のためのマスク。

 こんな事を言うのもなんだが、カノンにとってもよく似ていた。
 因みに、写真のタイトルには『パンプキン。警官見習い』とある。どうやらパンプキン警部の若いころの写真のようだ。

「………」

 思わず全員黙り込んでしまうが、背後からパンプキン警部がカノンの肩を、ぽん、と叩く。心なしか、南瓜の顔部分の口から、見えないはずの歯がきらーん、という効果音と共に輝いた気がした。
 その瞬間、全員の脳裏にある音楽が流れ出した。




 君のすーがーたーはー、僕にー似ーてーいるー♪




 次の瞬間、カノンがキレた。
 もしも彼が言葉を話せたら、今の気持ちをどんな風に語ってくれるのか聞いてみたいものである。






 パンプキン警部はキレたカノンによってボコボコにされてしまっていた。その凄まじい怒りっぷりは、パンプキン警部のやられ方の描写が流石にNGになるほどである。

 因みに、今のカノンの片手にはスタンガンが一つ握られており、パンプキン警部の股間辺りから焦げ臭い感じのにおいがする。
 そして、この光景を見ていたエリックは、思わず股間をガードしてしまったんだそうだ。

「いや、失礼。見苦しいものをお見せした」

 全くである。

 兎に角、エレガント警部は、話をエレガントに進めるために、パンプキン警部を非常口から放り出しておいた。何気に酷いことをしているが、これもエレガントの為だ。仕方が無い。
 因みに、良い子の皆さんは絶対に真似してはいけない。

「これでよし、と。さあ、エレガントに行くと――――」

「食らえ!」

 振り返ろうとした次の瞬間、背後からエリックに思い切り蹴飛ばされる。そしてそのまま非常階段へ。

「うお、何をする貴様! 此処は紳士的に行くべきだと、何故空気が読めない!?」

「喧しい! 何でこんな敵地で紳士的に行く必要があるんだよお前!」

「あたたたたた! こら、塩をまくな塩を!」

 それ以前に、どっから取り出したんだろう、とアルイーターは思う。
 しかし、横のカイトは消火器をぶっ掛けており、カノンは何故か豆を撒いていた。補足のために言いと、今日は断じて節分ではないのだが、本人がやりたいのなら問題は無いのだろう。多分。

「おのれ賊め! 紳士的ではないぞ!」

「ばぁーかめ! 賊が紳士的でたまるかってんだ!」

「全くだ!」

 すると、三人の物投げスピードは更に凄まじくなっていく。
 まるで雪崩が襲い掛かってくるかのような光景だ。しかも既に巻き込まれてしまっている状態なので、中々抜け出すことが出来ない。
 だが、こうしている間にも、エレガント警部の自慢の服装はどんどん汚れていく。これには幾らなんでも我慢ならなかった。

「おのれ賊があああああああああああああああああ!!! たあああああああああああああああああああああああああいほだあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 その叫びを聞いた瞬間、エリックは思った。

(ああ、この無駄な喉の強さは間違いなく警部の兄貴だわ)

 そう思った瞬間、横のカイトが消火器をそのまんまエレガント警部に投げつける。今まで叫んでいて、他が眼中に無かったエレガント警部は、これを直撃。

「あぐお!?」

 そして、エレガントでかっこいいやられ方(の様な気がする)で、消火器と共に転倒。尚、なんか魘されてるらしい所を見ると、まだ死んではいないようである。

「ちっ、生きてやがる」

 カイトは心底残念そうに舌打ちしている。なんというか、色んな意味で恐ろしい奴である。

「兎に角、邪魔は消えた! さっさとずらかるぜ!」

 



 ミッションコンプリート。
 
 任務達成。犠牲者なし。敵への損害はBランク(推測)。入手アイテム、『警官の情報ディスク』、『パンプキン、警官見習いの写真』。

「素晴らしいなオイ。我ながら惚れ惚れする」

 裏路地への帰り道、エリックは自身への評価を表に映し、妙に満足そうな笑みをうかべていた。因みに、今いるのは彼の他にはカイトとアルイーターの二人で、カノンはアウラの見舞いに行って来るんだそうだ。

「まあ、こっちには何のリスクも無かった。成功と言っても十分だろ」

「犠牲者がいない、と言うのも大きいね。戦いで、例え任務達成したとしても全員戦死しました、なんてのでは話にならない」

 カイトとアルイーターも、今回の結果にはそれなりに満足している様子だ。
 そんな事で盛り上がっていると、いつの間にか日は暮れ、夕日が彼らを赤く照らす。

「よし、着いたぜ」

 集落の入り口前で立ち止まる三人。
 恐らく、この扉の向こうには、何時ものようにモーガン達が下手なギャンブルをやっているに違いない。きっと今日の『収穫』を見たら驚くことだろう。

「ただい――――ま」

 だが扉を開けたその瞬間、エリック達の明るい表情が一斉に曇りだす。
 扉の向こうには、何時もと同じような、暗くて、汚くて、そして狭い空間があった。そして、それぞれの事情で集まった仲間たちがいる。ちょっと住み難いけど、慣れたらそうでもない、そんな空間だ。
 
 しかし、問題は、仲間たちが全員血まみれで倒れていることであった。

「おい、しっかりしろ! 何があった!?」

 エリックが入り口に一番近い位置に倒れていた男に語りかけるが、もう既に息をしていなかった。
 それを確認すると、三人は散開し、生き残りがいないか確認する。

「モーガン!」

 集落の奥の部屋。モーガンの私室で倒れているモーガンもまた、そんな血まみれの仲間たちの一人だった。だが、彼はまだ死んではいない。

「お……? エリックじゃねぇかぁ……」

「生きてるか、モーガン! 誰だ? 誰にやられた!?」

 デスクの上から力の無い目線でこちらを見るモーガン。彼の背中には、まるで何かに抉られたかのような深い傷口があった。そこからの出血量が普通ではなく、今生きていることが不思議な状態である。
 しかし、今救急車を呼んでも手遅れだ。第一、呼んだとしても、この場所を感づいている警官が黙ってはいないだろう。

「車椅子……女……!」

 モーガンの身体が、ぴたり、と停まる。直後、彼の目線が、完全に虚空を見つめてしまった。

「モーガン! おい、モーガン! ……くそ!」

 此処まで喋れただけでも奇跡と言うものである。出血量から考えて、一番危険だったはずだ。

 しかし誰だ。誰が仲間たちを殺した?

(車椅子………女………)

 モーガンが残したキーワードをヒントに、エリックは心当たりを探り出す。
 だが、その人物を思い出すのに、そうは時間がかからなかった。

(まさか―――――嘘だろ!?)






 病室にいないものだから、カノンは足が不自由な妹を探しに屋上へと出ていた。入り口を開いた瞬間、其処には見慣れた車椅子と、見慣れた妹の姿があった。
 だが、よく目をこしらえて見ると、一つだけ普段の妹とは違うところがあった。

 最初は夕日のバックでよくわからなかったが、アウラのパジャマには、赤い血がべっとり、とくっついているのだ。しかも、かなり派手に浴びたらしく、顔にも血がついている。

「兄さん」

 アウラが口を開く。その瞳は、まっすぐに兄へと向けられている。だが、それは何時ものアウラが放つ目ではなく、何か別の『怪物』の目に思えた。

「駄目じゃない。兄さん。ああいう人たちと付き合ったら……」

「――――――――」

 言葉を話せないが、それでもカノンは叫んでいた。
 何故、と。何を言っているのだ、と。

「誤魔化さないで。私と兄さんは何もかもが一緒。忘れたの? お互いの『能力』を使えば、何時だって私たちはお互いの全てを知ることが出来る。だから、兄さんの周りにいる悪い奴らも簡単に見つけられたの」

「――――――――」

 止せ、なぜその単語を使う。僕たちに、もうあの『力』は不必要なはずだ!

 
 カノンの無言の叫びは、虚しく響くのみ。
 だが、アウラは確実にカノンの意思を感じ取ることが出来る。

「彼女の本能を目覚めさせたみたのさ。因みに、彼女をあそこまで運んだのは俺だ」

 だが、問いに答えたのはアウラではなく、何時の間にか背後に立っていた銀髪の男だった。

「そうだろう、ナンバー9。最終兵器の従兄弟。悪魔の兄弟」

 男――――バルギルドは、目にも留まらぬスピードでカノンを捕獲すると、彼の口元をしっかりと塞ぎ、身動きの出来ないようにする。

「覚えておけ。これから受ける痛みを、お前の妹も受けたのだ」

 直後、強烈な電流がカノンの体中に流れ込む。
 それはカノンの中に眠る『何か』を引きずり出そうとし、どんどん身体の奥深くへと潜って行く。

(嫌だ! 助けて、誰か助けて! 助けて――――――)

 彼の中に眠る『何か』が脈動を開始し、カノンの意識を支配していく。
 薄れていく意識の中、彼は一人の男に助けを求めようと、必死に叫ぶ。

(助けて――――――――カイト兄さん!)

 直後、「デスマスク」カノンの硝子の心に、深いひびが入った。最早『修復不能』とでも言わんばかりに、だ。




 続く



次回予告

エリック「カノンがデスマスクを捨て、アウラが車椅子に対する嫌気を捨てたその時、彼らは史上最強最悪の最終兵器へと変貌する! それに対峙する俺たち三人だが、人間離れした彼らの前に、勝ち目はあるのか!?」

カイト「……もう、戻れないのか。俺たちは」

アルイーター「次回、『ライジング・ブラザーズ』」

カイト「せめて、苦しまずに殺してやる!」



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