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紫色の月光

紫色の月光

妖刀

「妖刀」



 とあるスラム街にある事務所にいる連中は金を払えばどんな汚い仕事でもこなす事で有名である。そこにいる連中はやはり人縄筋でいかないような経歴の連中が多く、中には元殺人犯なんて連中はゴロゴロいる。
 そしてそんな人縄筋でいかない強者揃いの連中の中でも一番の強者はなんとたった19歳の少年である。
 彼は最少年で、この事務所で一番強いのだ。
 そしてやはり彼は人縄筋でいかない経歴の持ち主でもある。殺人鬼、殺し屋、連邦軍所属兵士、さすらいの旅人と、最早何でもありになりそうな経歴の持ち主なのである。
 
 そんな彼の名前はカイト。
 事務所では「ハゲタカ」の異名を持つ男である。



 そんなカイトがクリスマスにマーティオと出会う前、彼はとある事件に遭遇した。
 このお話は、そんなカイトとこれから長い付き合いをしていく二本の刀のお話である。






 カイトの目覚めは朝の6時である。
 ソファーの上から起き上がった彼が真っ先にする事は朝の飯作りだ。作る量は決まって二人分。
 これは別にカイトが二人分食べると言うわけではなく、単にもう一人一緒にいると言う事である。
 その男の名前はエリオット・ルイス。20代前半の金髪の男で、普段は医者をやっている。

 彼らが何故一緒に住んでいるのかというと、単に一緒に行動しているからだ。
 3年前、彼等二人はとある目的の為に共に冒険する決意をした。
 エリオットは趣味である歴史を調べる為に、カイトは行方不明になっている父と友を探す為にである。
 そんな彼らはまだ目的を達成していない。今はこの街で働いて金を稼ぐ事だけを考えているわけである。

「エリオット。俺、今日は遅いぞ」

「何。また依頼を引き受けたのか?」

「引き受けたと言うか、全員強制参加ってとこかな。最近、この辺りで辻斬りが流行っているってのは知ってるな?」

「ああ、知っているぞ」

 その辻斬り事件は今から一週間前に突然起きた事件である。
 狙われた者は一閃で切り捨てられ、犠牲者はこの一週間で20人にもなる。

「流石に此処まで来ると見過ごせないって事で、警察が俺たちに頼んだってわけ」

「警察が? 珍しいな。警察はお前達事務所の連中を嫌ってるんじゃなかったけ?」

 犬猿の仲というのだろう。
 本来なら警察の仕事なのに、事務所の人間が片付けてしまう。そして何より経歴に問題がある連中が多いので気に入らないのだ。
 そんな警察が事務所に依頼すると言う事はそれだけ困っていると言う事なのだろう。

「何でも、警察の方にも犠牲者が出ているらしい。しかも五人だ」

「詰まる所、銃は通用しないと言う事かな」

「多分な」

 そう言うと、カイトは肩まである長い黒髪を後ろに纏め始めた。





「で、詰まる所辻斬り魔の特徴ってのは何か無いのか?」

 事務所に集まった人数は総勢17人(この中にはカイトも含まれている)。詰まる所、今回の依頼を受けた連中の人数である。

「今のところ報告されている事は、赤い刀を使うと言う事だけだ」

「赤い刀? そんなん聞いたことが無いぞ」

 刀と言えば普通は銀色のはずだ。どんな素材を使っているのかは知らないが、これは普通の刀ではないだろう。

「ま、いいさ。会えば分る」

「その前に殺されなかったら、の話だがな」

 周囲のメンバーはそう言い合いながらこれからの行動をお互いに話し始めた。
 しかしカイトは先ほどから一つの言葉に何か引っかかりを感じていた。

『赤い刀』

(まさか………な)

 旅をしている時に噂で聞いたことがあった。
 一度鞘から放たれたその真紅の刃は人の血を飲まずにはいられない妖刀と化す、と。

 そしてその名前をカイトは聞いたことがある。
 
(………妖刀、紅牙か)





 午前1時。

 街の中に散らばった17人はそれぞれのやり方で辻斬り魔を探し始めた。
 無論、カイトもその中の一人である。彼は夜という名の闇の中、一人宛てもなく道をさ迷い歩いていた。

(さて、何処から来るかな?)

 今のところ、周囲に異常と言うべき物は見つからない。
 辻斬り魔が襲ってこようとも、その恐るべき殺気らしき物が感じ取れないのだ。
 そういうのに長けているカイトは周囲の空気に意識を集中させる。

(何の気配も感じない……)

 それはまさしく無である。
 つまり、周囲にカイト以外の人物は居ないのだ。

 しかし、次の瞬間。

「………!」

 突然、痛みを背中から感じた。
 余りにも凄まじいその一撃はカイトに言葉にならない痛みを与えて、そのまま気配無く去っていく。

(馬鹿な! この俺が気配も何も感じ取れなかっただと……!)

 そう考えながらも、カイトの意識はゆっくりと闇の中へと消えていった。







 気がつけば、そこは自身の部屋だった。
 周囲を見渡してみると、エリオットがトーストを食べている姿を視界に捉えることが出来る。

「お、気がついたか」

「…………」

 エリオットに声をかけられても、カイトはまるで状況が把握できずに居た。
 先ず、自分の身に何があったのか。

「流石の私も焦ったぞ。お前が斬られたなんて聞いたときにはな」

「斬られただと!? 俺が!?」

「現に斬られたから包帯でグルグル巻きにされているんだろうが。まあ、幸いながらに傷は浅く、尚且つお前の再生能力で回復できる傷だったから良かった。突き刺されて心臓がやられたらアウトだったぞ」

「そりゃあ俺じゃなくても誰だってそうだろうが」

 そうは言っても、斬られた時は何の気配も感じ取れなかった。
 純粋に感じ取れたのは痛みだけなのだ。

「こいつは……嘗て無いほどに厄介だな」

 カイトは起き上がると、ジージャンを羽織ってテーブルについた。

「大丈夫なのか? あれから2日とはいえ、斬られたんだぞ?」

「動けるんだから問題は無い。………ところで、ちょいと出かける用事が出来た」

「言うと思ったぞ。辻斬り魔へのリベンジってトコだろう」

 エリオットは自信満々な顔で言うが、カイトは鼻で笑った。

「違うな。………辻斬りが使ってる刀を作った奴に会いに行くんだよ」

 そういうと、彼はエリオットに留守を任せて部屋から出て行った。





 カイトが部屋を出てから3日過ぎた。
 彼は今、日本のとある滝の前に居た。何故そんなところにいるのかというと、目的の人物が彼の目の前に居るからである。

「何のようだ?」

 カイトの目の前に居る男は不機嫌そうに自身の背後に居るカイトに言う。しかしカイトは全く動じずに言った。

「真田・源魔。貴方が作り上げた作り上げたある妖刀についての話を聞きたい」

「私はもう刀を作らないと決めた。紅牙の話が聞きたいのなら他の詳しそうな奴にでも――――――」

 源魔がそこまで言ったと同時、カイトは力強く言い放った。

「妖刀、紅蓮血龍!」

「!」

 源魔の表情は驚きに変わるが、カイトは話を続ける。それは先ほどと同じように力が強くこもっている言葉であった。

「鞘から解き放たれた瞬間、使い手すら操ってひたすら人の血を求める魔剣! その切れ味は紅牙の比ではない!」

「………お前、何処でそれを」

「俺が住んでいる街で大暴れしている辻斬り魔が使っている刀だ。その刀の恐るべき所はまるで使い手を幽霊のように姿亡き者にしてしまい、気配も無く人を切るという」

 真紅の刀、気配無く切りつける。このキーワードからカイトが思い浮かんだのはただの紅牙ではなく、それよりも性質が悪い紅蓮血龍であった。

「頼みがある。あれを超える為の力が欲しい」

「………再び刀を作れと言うのか? 何故そこまでして勝ちたい?」

 源魔はようやく振り返ってカイトに問うた。
 すると彼は真剣な顔で返答する。

「誰よりも強くなりたい! 負けたら、それだけで大切な何かを失うからだ!」

 カイトはそう言うと同時、頭の中に一つの映像が浮かんだ。
 それは彼の過去の記憶。
 敵に絶対的な敗北を受けて、仲間が散っていく姿をただ見ているしか出来なかった屈辱の記憶である。

「一つ、約束しろ」

 カイトが返答してから十数秒経過してから、源魔が再び口を開いた。

「必ずあの呪われた刀を葬れ。―――――それが出来ないのなら作らん」

「こっちは最初からそのつもりだ。でないと、こんな所には来ないさ」





 源魔の山小屋に入ると、小屋の主は静かに話し始めた。

「とは言っても、アレを超える為にはおまえ自身も強くならなければならん。だからお前にはこれから材料集めも兼ねて、修行をしてもらう」

 全く予想もつかなかった彼の言葉に、カイトは仰天した。

「それはいいけど……材料ってば、具体的にどんな?」

「うむ、このメモ帳に書いてあるから、それを集めて来い。それだけでいい」

 カイトはメモ帳を受け取ると、無言でそれを読み通した。
 数は少々多いが、材料はどれも聞いたことがある物ばかり。これなら1ヶ月もしないうちに全部入手できるだろう。
 しかし、

「ただし、お前にはこれを着けて貰う」

 源魔は一対のリストバンドをカイトに手渡す。一見、普通のリストバンドに見えるのだが問題は「中身」であった。

「ぬお!?」

 とにかく重さが半端ではないのだ。カイトの推測からして、一つ100kgはあるのではないだろうか。鍛えてなかったら受け取った時点で床に落としてしまう、それほどの重さなのだ。

「因みに、靴とシャツ、そのジージャンも同じ物に代えて貰う。そしてメモ帳に書かれている材料を集める時は乗り物には乗らず、一週間以内に集めてもらう」

「何!?」

 この目茶苦茶重い装備をまとって、一週間以内。
 一ヶ月ならともかく、一週間で34もの数の材料を集めるのはかなりキツイ。しかも乗り物は禁止。

「あ、勿論期間をオーバーした場合は作らないからな」

「何だとぉっ!?」

 そうとなれば、時間が惜しい。
 カイトは急いで重い服装に着替え、全速力で小屋から出て行った。そのスピードは高速道路を通る車もビックリの状態だ。

「………しかし、あんなに重い服装でよくあれだけのスピードで走れるな。これは帰ってきた時が楽しみだ」

 源魔は笑いながら言うと、小屋の中で美味しそうにお茶を飲み始めた。



 今、カイトの壮絶な「修行」が幕をあけたのだ。





 しかし、源魔は3日後、予想外の展開に驚きを隠せなかった。
 カイトが戻ってきたのである。しかも重い服装で、全ての材料をそろえた状態で、だ。

「どうだ! 全部集めてきたぞ! 勿論乗り物には乗ってないし、服も脱いじゃいない!」

 その恐ろしいほどの自信に満ちた目は確かにこなしてきた証拠であった。
 しかし、幾らなんでも3日は早過ぎやしないだろうか。何せまだ期間の半分にも満ちていないし、材料の数は世界各地に散らばっている34。
 源魔はあまりの事態に我を忘れてしまった。

「……お、お前。只者じゃ無いな」

 額から汗を流しながら源魔はカイトに言った。

「ふ……ははははははははは」

 しかし、カイトはすでに疲れ果てている為か笑っていた。
 それはあまりにも爽快な笑顔であり、逆に不気味ささえ感じられた。





 街の夜はやはり冷える物だ。
 しかし、こんな冷えた夜でも辻斬りは当然のように行われる。
 事務所の人間の数は14人になっていた。カイトは忽然と消え、犠牲者も出てきたのだ。しかし事務所の仲間の中から犠牲者が出てきたとなれば余計に黙ってはいられない。
 事務所の人間は総人数で今回の辻斬り魔を捕まえるべく、警備を強化したのだ。

 しかしそれでも辻斬りは止まる事が無かった。
 一日に犠牲になる人数は次第に増えていき、とうとう昨夜は一気に10人が犠牲となってしまったのだ。

 そして辻斬り魔は更なる獲物を求めて、まるで血の様な赤い刀を持って街の中を歩く。
 そんな時である、ふと背後から人の気配を感じた。
 つまり、後ろに獲物が居るわけである。
 それを感じ取った妖刀、紅蓮血龍は使い手に命令する。『獲物を斬れ』と。それを承諾する妖刀の人形である使い手は、ゆっくりと背後に振り返る。

 すると、そこには一人の男が居た。しかも見覚えがある。

「よお。また会ったな」

 男が挨拶をした瞬間、紅蓮血龍は思い出した。この男は以前、自分が斬った『獲物』なのだと。
 それなら斬らなければならない。何故なら目の前に居るジージャンを羽織った男は自分の獲物だからだ。
 しかしよく見てみると、男は以前とは違っていた。刀を二本ぶら下げているのである。しかも二本とも自分とよく似たオーラを放っている刀だ。

「二度も斬られてたまるか。今回は俺がお前を斬ってやる」

 カイトは両手でそれぞれの刀を抜いた。
 右手には紅蓮血龍に良く似た真紅の刀『紅蓮血鳥』が。そして左手には美しい銀の刀身『白銀狼牙』がそれぞれ鞘から抜き放たれた。

「紅蓮血龍! お前は俺が始末する!」

「ふん、やれるものならやってみるがいいさ!」

 紅蓮血龍を持つ使い手は、刀の意思をそのまま口にすると同時、疾走し始める。しかしカイトもこちらに突っ込んでくる。

 使い手は驚異的なスピードで真紅の刃を振り下ろしてくるが、それにまるで動じないカイトは自身の真紅の刀を使ってこれを食い止める。
 
「馬鹿な! 俺が受け止められるだと!?」

「こいつはお前と同じ素材で出来てる『紅蓮血鳥』だ! よく憶えておきやがれ!」

 その隙を突いてカイトは銀の刃を使い手の身体に叩き込もうとする。しかし、本来なら嫌な音をたてて突き刺さるはずの刃が空を切った。

「!?」

 この異変を見たカイトはすぐに周囲を見渡す。
 紅蓮血龍とその操り人形と化した使い手は見事なまでに消えていた。まるで幽霊のように、だ。
 前に斬られた時の様に、周囲から何の気配も感じることは出来ないし、殺気も感じなければ音もしない。挙句の果てには視界に捕らえる事も出来ない。
 だが、今回は違った。カイトは辻斬り魔が何処に潜んでいるのか分ったのだ。

「そこだ!」

 カイトは身体を捻ると、そのままの姿勢で横から来る斬撃を回避する。そしてそのまま彼は銀の刀身を横一文字に一閃した。

 次の瞬間、血しぶきが舞った。
 銀の一閃は使い手の皮膚を確かに切り裂き、ダメージを与えたのだ。しかしこれはまだ致命的なダメージとはいえない。何故ならまだ向こうは刀を握っているからだ。

「ば、馬鹿な……気配は完全に消したはずなのに」

「確かに、お前の気配の消滅ぶりは見事としか言いようが無い。だが俺はお前を捕らえる手段を二つもっている」

 カイトは使い手を睨みつけると、『手段』の内容を静かに言った。

「一つは、ニオイだ。さっき白銀狼牙でお前を突き刺そうとした時、俺はお前が持つ強烈な血のニオイを確かに記憶した。あんな強烈なニオイは忘れないな」

「な、何だと!?」

 使い手は驚きを隠せなかった。それもそうだろう。まさかニオイを嗅ぎ分ける事で自分を見つけ出すような男が居るとは思わなかったからだ。

「ナメルナァァァァァァァァァァッ!!!」

 使い手は怒りに任せてカイトに突っ込む。しかもまたしても気配を完全に消して、だ。

「そしてもう一個。―――――これが命取りになるぜ」

 カイトは静かに言うと、白銀狼牙を縦一文字に一閃した。それと同時、真紅の刀身が―――――紅蓮血龍が一瞬にして粉砕された。

「相手が悪かったな。俺は僅かな空気の流れを感じ取るだけでお前の位置が正確にわかるんだ。簡単に言えば、感覚をフルに活用すればお前を捕らえるぐらい造作も無い、ってことさ」

 使い手は紅蓮血龍が粉砕された瞬間からもう動かなくなっている。どうやら完全に呪われた真紅の刀に魅入られてしまっていたようだ。これではもう二度とマトモに動けまい。

「まあ、俺も今回は相当苦労したよ。………本当に、な」



 こうして街を騒がせた辻斬り魔は完全に世から姿を消した。

 刀を作り出した源魔は、カイトの持つ二本の刀を完成させてから数ヶ月もしない内に病でこの世を去ってしまうが、その事を知るのは後に彼の墓を立てたカイトだけである。

 後にカイトはこう語っている。

「………使い手次第で武器の善悪が変わると言うのなら、あの呪われた刀は一体なんだったんだろう」

 その答えは返ってくることはない。
 何故ならその答えは、その呪われた刀にしか分らないのだから。




 妖刀   完


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