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紫色の月光

紫色の月光

第十五話「オレンジの恨み」

第十五話「オレンジの恨み」


<メサイア基地跡地>


 瓦礫の山の中にビリオムの生首がごろり、と入り込む。その直後、キメラの鎧に包まれたビリオムの身体が転がっていった。

「………」

 リオンは未だにレーザーを構えたままだ。果たして本当に息の根を止めたのか、それを確認しない限りまだ安心は出来ない。

「いやぁ、イタイイタイ」

 その瞬間、背筋がぞ、とするような寒気がした。
 その直後、ビリオムの身体が素早く起き上がり、リオンに回し蹴りを放つ。

「な――――!?」

 風の様な一撃の前に、為す術なくぶっ飛ばされる。
 するとビリオムは、自身の首を探し出し、平然とした顔で胴体とくっつけた。

「いや、最初は驚いたが……どうやら液体金属に包まれている今、こちらの身体も液体金属――――つまりキメラになっていると言う事だね」

 さて、と彼はサルファーに向かう。
 だが、放たれた言葉は彼ではなく、後ろの人影に送られた。

「無意味な事は止めたまえイグル君。先ほどの光景は君とて見ただろう。『攻撃』はこちらには無意味でしかないのだよ?」

 思わず舌打ちするイグル。だが、それでも彼は手にしている銃を手放す事は無かった。それはサルファーが剣を手放そうとしないのと同じように見える光景だった。

「さて、どっちから死にたい?」

 ビリオムが不敵な笑みを浮かばせている。
 正直、為す術無しの『万事休す』と言う言葉を思い出した。

 だが次の瞬間。

「……ん?」

 何処からかオカリナの音色が響いてくる。
 その旋律は何処かで聞いたことがある様な気がして、しかし何処でも聞いた事が無いような気さえしてしまいそうな不思議な音楽だった。

「誰だ?」

 ビリオムが言うと、オカリナの音色が止まった。
 すると不思議な事に、気絶していった者達が、傷つきながら立ち上がっていく。

「……ジョーカー」

 先ほどまでオカリナを奏でていた青年は答えた。
 前髪は黒で、後は青髪の青年。その姿は何処か神秘的な物があった。

「お前は………」

 そしてその姿を見て、真っ先に発言したのはリディアだった。
 
「お前はもしや神鷹・快斗か? もしくは嘗て俺が殺したゼッペル・アウルノートなのか?」

 その問いに、青年は首を横に振った。

「俺は快斗でなければゼッペルでもなくマーティオでもない……俺はジョーカー」

 すると、青年はビリオムの近くまで移動する。その移動方法は徒歩だった。

「なんだ? 闘るのか?」

「ちょっと違うな」

 ジョーカーはそう言うと、不気味な笑みを浮かばせてから言った。

「殺るんだ」

 直後。ビリオムがぶっ飛ばされた。


 ○


<メサイア基地跡地>


 最初、あのジョーカーとか言う男が何をしたのか分らなかった。
 だが、ふらふらとしつつもライの視界は確かに捉えていた。

(今、あいつは思いっきり『殴った』)

 しかもジョーカー自身全く動いてないようにしか見えないのにも関わらず、だ。それはつまりジョーカーが常識を遥かに超えた速度のパンチで放った為に『全く動いていない』ように見えてしまったということである。
 視界に捕らえる事が困難なほどのスピードなのだ。

 しかもR・J社の誇るライでさえ微かにしか見えなかったのだ。今まで戦闘経験が無く、しかもずっと研究に熱中していて眼鏡を掛けている所を見ると、目はそんなに良くないビリオムが捉えられるハズがない。

(これじゃあジョーカーの動きを捉えることはできない!)

 現在、ジョーカーはヒット&アウェイでビリオムをぶっ飛ばしつつ、元の位置に戻っている。だが、果たしてこの動きを捉えている者がこの場に何人いるだろうか?

「な、何を――――!?」

「しているのかって?」

 ぬ、と現れたジョーカーの顔に驚きを隠せないビリオム。
 だが、流石に元が元だけあってジョーカーは容赦が無かった。右手でビリオムの顔面を鷲掴み。そのまま瓦礫の山目掛けて、思いっきり叩き込む。

「………おい」

「………うん。言いたい事は分る」

 栄治の呼びかけに、紫伝は思わず頷いてしまった。
 ジョーカーが目茶苦茶と言っても良いほど強いのである。もう反則級だ。

 炎と冷気を受けても平然としており、フェイザリオンの剣を涼しい顔で受け止め、リオンやネオンを一撃でぶっ飛ばしたビリオム。例えキメラがなんだろうが、それは彼の意思で行われた事だ。

 だが、そんな彼の意思でもこの男は止められない。

「ふん」

 ジョーカーが翼が生えている訳でもないのに宙に浮く。それと同時、瓦礫の山に埋もれたビリオムを見下しながら、嘲り笑う。

「どうした? もしかして、瓦礫に引っかかって動けなくなったか?」

 すると、彼は右腕を真っ直ぐ突き出す。その拳を強く握った後、中指を、くん、と挙げてみせる。
 その直後、ビリオムの埋もれた位置を中心とした半径50mばかしが一瞬にして吹き飛んだ。


 ○


<???>


 上空何千メートルといった位置では、巨大な漆黒の機械竜が咆哮を挙げていた。目の前の敵に攻撃を当ててご機嫌なのだろう。

「なるほど、大した威力だ」

 だが、その攻撃を当てた相手の声が竜の耳に届く。
 見てみれば、煙の中には黒い影が宙に浮いたままで、腕組みをしていて先ほどと変わらず動じていない姿がある。

(だが、流石にあれを連発して直撃を受けるとマズイな。此処はそろそろ決めておくべきだろうか)

 其処まで考えた瞬間だった。

 何処からか大気が震えるような大振動と大きな轟音が響いてくる。

「む!?」

 何事か、と思い、ヴェイダは見た。
 イビルドラゴンの遥か向こう側。恐らくはこの漆黒の機械竜がやって来たであろう場所から、火柱の様な光が見える。

(あれは――――!?)

 正直に言うと、何が起きているのか分らない。
 しかし、この距離から見てあの火柱の様な光は、何故かよく分らないがとても魅力的に見えた。


 ○


<メサイア基地 跡地>


「どうした? 折角出してやったんだから、感謝の一つでもして欲しいな」

 ジョーカーがにやにやと笑っていると、ぶっ飛ばされて強制的に外にたたき出されたビリオムは言葉に詰まった。

(分が悪すぎる……!)

 運動能力の徹底的な違いという物を見せ付けられた。
 こちらは一撃も仕掛ける事が出来ずに向こうの攻撃を一方的に受けているのだから、相当キテいる。

「だが、勝敗は別だぞ!」

 すると、ビリオムの前に黒い渦が出現する。丁度人間が通るトンネルの入り口のように見えるそれに、ジョーカーやリディアといった面子は見覚えがあった。

「次元トンネル!? 奴め、転移する気だな!」

 リディアが叫ぶと同時、ビリオムがトンネルを通る。次元を無理矢理捻じ曲げ、そこを通ることで空間を自由に移動することがリディアことジーンΧの能力だった。
 それは詰まり、ジーンΧの身体をそのまま使用しているキメラの鎧をつけているビリオムにも使えると言う事になる。

「なるほど、まともにぶつかりあったら勝ち目なしと踏んだか」

 だが、とジョーカーは言葉を続けた。

「考えが甘い」

 次の瞬間、ジョーカーの目の前に黒い渦が出現し、そこから無数の光が彼に襲い掛かる。超至近距離における光学兵器の乱発。威力が高いうえに、避けられはしない。

「!」

 光が覆う。
 ジョーカーを一瞬にして包んだそれは、避ける間を与えずに次々と爆発していった。

「うわ!?」

 凄まじい爆風が巻き起こる中、ギャラリーは思わず伏せる。
 そうしないと目がおかしくなってしまうような光だったし、爆風が凄まじすぎて、立っていたらぶっ飛ばされそうだったからだ。

「………」

 攻撃がようやく止んだかと思うと、静寂が場を支配する。
 ジョーカーが先ほどまでいた場所には大きな煙だけが存在していた。無数の光学兵器を全て避けずに身に受けた事で発生した物である。

「い、生きてるのかあいつ?」

 リオンが言うと、近くにいるフェイザリオンが呟く。

「…………生きてるみたいですね。信じられませんが」

 煙が晴れていく。
 すると、其処にはぴんぴんとした青年、ジョーカーの姿が健在していた。しかも身体には傷は愚か火傷までなく、事もあろうか服装に汚れ一つなかった。

「………うそん」

 全員があんぐり、と口を開けた状態になってしまった。
 と言うか、服装にすら傷跡が付いていないのは絶対おかしい。普通なら消し飛んでいる。

「さて、何時まで隠れているつもりだ?」

 ジョーカーがにたり、と笑うと、その場に黒い渦が出現する。
 すると、彼は躊躇無く手を突っ込み、その右手で次元の中に隠れるビリオムを力強く引っ張り出した。

「そら、特別サービスで喰らえ!」

 ビリオムをゴミのように放り投げる。
 すると、彼は右手の人差し指をビリオムに向け、叫んだ。その人差し指が、何故か小さな銃口に見える。

「ミーティア・イレイザーガン!」

 指の先端から光の弾丸が勢いよく飛び出した。
 それは真っ直ぐビリオムに向かって突き進み、空気を裂き、ビリオムの胴体を簡単に貫通してしまった。

「うぐ!」

 ビリオムが撃ち落された鳥のように、瓦礫の中に埋もれていく。
 それを見届けた後、ジョーカーは再び大地に降り立った。

「ビリオム、貴様に聞いておきたい事がある」

 すると、彼は融合する前の『彼等』が考えていた事を口にした。

「何故そんなにまでして世界を破壊しようと思う? 今までの連中や卵の件を見た限り、別にお前は学会を追放されたからと言って、困らなかったのでは?」

 確かに、言われてみればそうだ。
 今まで戦ってきた連中を思い返すと、どれも個性豊な能力で、やろうとおもえば事業を築けたはずだ。サイボーグやバイオ技術、挙句の果てにはクローン技術まで手を出してきたんだから、それを誇りとして生きていく事も出来たはずである。

「………そうだ。私は別に学会を追放されたからといって世界を恨んでない」

 何、と全員が聞き返す前に、その答えは本人の口からあっさりと吐き出された。

「2年前のあの出来事が、私には耐えられなかったのだ!」


 ○


<2年前 クリスマス>


 世間はクリスマスだと言うのに、街は妙に静まり返っていた。しかし、この降り注ぐ雪の結晶を見ていれば『偶にはそれもいいか』と思えてしまうから不思議だ。

 当時、ビリオムは学会を追放されたからと言って暴走した訳ではなかった。
 寧ろ、自分のやりたい事を一から再確認するチャンスだと捉えたのである。なんとも前向きな考えだ。

「ん、なんだ?」

 すると、一つの高層ビルが妙にやかましい。
 パトカーと野次馬の群れが入り口でごった返しており、しかも全身もぎ取られたかのような状態の起動兵器がどまん前にあった。

(なんかの騒ぎが終わった後のようだな)

 何かと思って前を見てみれば、女の店主――――シャロンを始めとしたビルの関係者達が、麻薬密売によって逮捕されていた。
 なんでも、宝石を狙ってきた泥棒と裏切った一人の男によってこの事が発覚したらしいが、そんなことはあまり興味が無かった。

「さて、行くか」

 何処に、と言われたら答えは一つ。
 このビルの壁に寄りかかるかのように設置されている自販機である。此処の自販機には結構前から発売されているオレンジジュースが置いてあり、これがかなり美味しい。
 ところがどっこい、それもかなり前の話なので、既に市販では売っていない。残りあるとすれば唯一つ。この自販機しかない訳だ。

「さーて、今日も元気にオレンジィ!」

 くるり、と回りながらビリオムはご機嫌で自販機に小銭を入れると、何時もの決まった位置にあるオレンジジュースのボタンをプッシュしようとする。クリスマスで寒いとはいえ、美味いものは美味いのだ。

 だが次の瞬間、ビリオムの身体に衝撃が走った!


 なんと、何時もの楽しみ、オレンジジュースのボタンにこう表示されていた。








「うりきれ」







「な、何ゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!?」

 この自販機はビルの取り壊しと共に撤去が決定。つまり、二度とあの天国の様な麗しのオレンジとは会えないのである。

「い、一体誰が!? 誰が私のオレンジを!?」

 ふと見てみれば、この雪の中『オレンジジュース』を片手に持って乾杯している二人の青年の姿があった。

 この瞬間、ビリオムの全ては一変した。


 ○


<メサイア基地 跡地  現在>


 クリスマスの悪夢を語ったビリオムは、拳を震わせながらこう言った。

「こうして、私はオレンジを失った悲しみに浸りながらも、地球人類の復讐を誓った!」

 熱弁終了。
 それと同時、沈黙と呆れのオーラが場を包み込んだ。

「……たったそれだけの事で、こんな騒ぎを起こしたのか、あいつは?」

 イグルが全員の言葉を代理して言った。
 だが、ジョーカーは何か頷いていた。

「その気持ち分るぜビリオム。オレンジジュースの感動は俺も忘れない」

『えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!?』

 思わず全員大絶叫。
 しかし、この後ジョーカーの口から爆弾発言が飛び出した。

「ところで、その自販機って赤と白のクリスマスカラーで、オレンジジュースの隣には目茶苦茶マズイ抹茶ジュースが売ってる奴か?」

「そ、そうだが?」

 呆気に取られるビリオム。

「すまん、その二人の青年って俺だ」

『何いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!?』

 思わず全員大絶叫。
 今日はよく叫ぶ日だ。

「あの時、シャロンをぶっ潰したのは神鷹・快斗にマーティオ・S・ベルセリオンだったんだ。その時の祝杯って事でマーティオがオレンジジュース買ってきて、乾杯したって訳だ」

 なんだこの恐るべき事態は。
 全員が呆気に取られる中、ビリオムだけが身体を震わせている。気のせいか、ドス黒いオーラが巻き起こっているような気がした。

「殺してやるぞ貴様あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 ビリオムが絶叫すると、彼は右手に巨大な黒い球体を作り出した。
 その禍々しい球体を見ただけで、思わず恐怖してしまう。

「カオス・ボンバー!?」

 リディアが言う『カオス・ボンバー』と言うのは、ジーンΧ最大の技である。
 嘗て快斗が駆るダーインスレイヴの二大必殺技を何度も弾き飛ばしまくったトンでもない技である。

「死ねえええええええええええええええええええええっ!!!」

 超特大カオス・ボンバー。下手したら地球が木っ端微塵になることだろう。
 
(俺の中にいるゼッペルはあの技で殺されたか……)

 記憶の中に鮮明に蘇るあの光景。
 死していくとき、ゼッペルが何を思い、ジョーカーとなった今、何を思うのか。

 そんな事、残りの二人には分らない。

(ただ、悔しいとは思うだろうな。ゼッペルとの決着を着けられなかった快斗も、今始めて関わったマーティオも)

 その瞬間、ジョーカーが笑った。
 不敵に笑みを浮かべ、相手を射抜くように睨みながら、彼は呟く。

「俺は快斗のように邪眼は使えないし、ゼッペルみたいに水晶精製なんか出来ないし、マーティオみたいに月の光で強化する事も出来ない。だが――――」

 
 ―――それらが使えなくても、俺が負ける要素は何一つない!


 ジョーカーが両手を翳す。
 すると、其処から溢れんばかりの光が飛び出していく。

「ギャラクシー・ミーティア・レボリューション!」

 その掌から放たれたのはまるで『銀河』を切裂くかのような『流星群』だった。
 その中の一つがカオス・ボンバーの漆黒の球体の中に入り込み、また一つ、もう一つ、と次々と球体の中に突撃する。

 次の瞬間、カオス・ボンバーの球体が爆ぜた。

 まるでシャボン玉のように、あっさりと。

「な――――!?」

 驚愕。本当にその言葉しか思い浮かばないくらいの酷い顔をしていた。
 もう防ぐ物は何もない。ただ流されるようにして、ビリオムは銀河の流星群の流れに飲み込まれていった。


 ○


<メサイア基地 跡地>


「……アレを受けてまだ生きてるのか」

 誰かが呟くと同時、ジョーカーは呆れたような表情を作った。
 
「しぶとい奴だな。キメラの鎧を装備してあるだけの事はある」

 だが、四肢はもげ、明らかに苦しんでいる。
 

 完全に弱っている今が究極のチャンスだった。


「よーし、今度はチリ一つ残さず消し飛ばしてやる。お遊びは此処まで――――」

 其処まで言ったと同時、ジョーカーの身体が光りだす。
 
 何事か、と思って彼に視線を集中させると、信じられない事が起きた。

「え!?」

「何!?」

「嘘ぉ!?」

 先ほどまでジョーカーがいた場所に、三つの人影がいた。
 右にいるのがマーティオ、左にいるのはゼッペル(しかも生き返ってる)、中央にいるのは間違いなく快斗だ。

「……やべ、融合が解除された」

 恐らく、ジョーカーの恐るべきパワーの前に、身体が持たなかったのだろう。
 展開としてはありがちだったが、3人は今、最大のピンチを迎えてしまったのである。



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