【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

プロフィール

BETHESDA

BETHESDA

フリーページ

2021年08月16日
XML
カテゴリ:「愛」「命」

 十)凍土のゼムランカ「哀しき夕陽、作者 能瀬敏夫」より
           
見渡す限り荘漠たる雪野原であった。ここがこの貨車の終着点だと言うが、シベリアの大地に降り立つと、匂うような寒気が地を這っていた。
みんな身の回りのものを持って隊列を整え、歩哨の隊長があごをしゃくるのを合図に、うっすらと雪に埋もれたシベリアの大地を、ラーゲルに向かって行進する。途中に丸太造りの民家があった。それを飾る唯一のもの、小さな窓に白いカーテン、ソ連労働者の新婚家庭なのかも知れない。
ラーゲルはここでも三重の鉄条網に囲まれ、その中に幾つかのゼムランカ(半分土に埋もれた建物)が、やはりうっすらと雪をかぶって寒々と並んでいた。
既に先客がいるらしく、彼らは驚いたように我々を見る。何れも弱々しい兵隊で、主力が作業に出た後の、取り残された病弱者なのかもしれない。
情報将校が来て、名簿を受け取ると早速入所を促した。門扉が開かれ、その両側に歩哨が並び、こちら側では先頭から順に身体検査が始まった。持ち物を全部前に出して、頭の先から足の先まで、物入れ、衣服の縫い目、帽子の中、靴の中、手袋まで調べ上げ、めぼしいものは全部取り上げて積み上げた。
彼等は上官の目を盗んで、珍しいものはさっと自分の懐に入れる。その素早さには驚くが、上官は見ているのか、見ていないのか、或いは役得と心得てみて見ぬ振りをしているのか、しきりに積み上げられた宝の山の管理に余念がない。
さて、身体検査が終わった順に入所となる。入所は必ず四列に整頓して入るように、との注意があった。四列の基準が少しでも崩れると、員数を数える歩哨の頭の中が混乱するらしく、何度も繰り返し四列に並ばせ,一、二、
三、四と数えてゆく、途中出四列が参列になったりすると、真っ赤になって怒り又最初からのやり直しである。それでも何度か立ち止まって頭の中で数字を調整しているらしく、辛うじて員数計算を終了して名簿の数とあったときは、本当に嬉しそうに拳を挙げて見せた。
 哈璽浜からはるばる持ち込んだ余分な衣服、万年筆、お金、写真、ノート、時計、印刷物は全部取り上げられ、私も万一のためにと布製のバンドに縫い込んだ相当額の日本紙幣や、これだけは大切にもち続けようと雑脳の背中の部分に縫い込んだ同人誌「潤田」も、そっくり其の侭取られてしまった。「潤田」には敗戦下の哈璽浜で悲嘆や絶望の中から書き綴ったみんなの詩や歌や随筆などが掲載されていて、当時を偲ぶ何よりの資料であった。
 あまりにも何から何まで取られてしまうと逆にほっとして、ここまで来ては観念するより仕方がないと、上下の軍服だけの身に殻になった雑脳を無造作に握り、歩哨が居並ぶ収容所の門を胸を張る思いでくぐった。オブルチア第一ラーゲルへの第一歩である。
このラーゲルには八百名ほどの日本人が収容されて居るらしく、さすがに所内は整然として日本人らしい几帳面さが窺われた。
 本部があって、そこでは日本人幹部が常時ソ連側将校と作業の打ち合わせや、人員の配置などに気を配っているとのことであった。
しかし、此処は私らにとって意外にも仮のラーゲルに過ぎなかった。翌日私ら凡そ二百名は、更に数十キロ離れた日本人が初めて踏み入るという奥地オブルチア第二分所へと移動するのである。
哈璽浜以来同行した多くの戦友と別れの挨拶もせず、誰が残り、誰が同行するのかも分からぬままに、呼び出された者から順にトラックの人となり、荒地のままの急造の道路を転がるようにして奥地に向かった。
第二分所はこの道の尽きるところ、川のほとりにあった。多くの収容所が川のほとりにあるのは、逃亡を阻止するための、彼らが数度の失敗から学んだ智恵でもあった。
既に先遣隊が作業をしているらしく、私らを引き取りにきたナチャーニック( 監督)が、
 今車輌が通り抜けた道路も、途中の伐採も、ゼムランカ(半土中の宿舎) も、数軒見える民家風の丸太小屋も、全て彼らの労働力によるものだ。と、トラックの上で、踊るような振動に耐えながら通訳を通じて教えてくれた。
 第二分所は比較的小規模の収容所で、所長は青い目の如何にも都会育ちらしい洗練された青年将校のように見えた。やはり第一分所と同様に頑丈な三重の鉄条網に囲まれているが、ゼムランカも僅か二棟だけで、その他に小さな急造の建物が幾つか雑然と並んでいた。
 ゼムランカは半分土に埋もれているので、入り口を入るとはっとする程暗く、一段下ってその正面の一番奥にペチカがあり、土間の通路を挟んで左右に、夫々丸太で組んだ二段の休息の場が続いている。
電灯が無いので暗くなると、ブリキ缶に油を入れて、これに布をたらして火をつける。
このブリキ缶を、入り口と、中央と、一番奥につるしてあるが、暗さに慣れるまではなかなか歩行も困難であった。
その日の夕食は、「今日は特別だよ」と前触れつきで、作業から戻ったばかりの先発の連中が飯上げをしてくれた。
間もなく所長が巡回に訪れて、随行の日本人通訳が「今日はみんなのお祝いに、特別ご馳走を提供してくれた」と、自慢そうに報告した。所長はそれに応えて何度も頷いたが、栗色の髪と透き通るような肌の白さ、それにブルーの澄んだ目が幾分私らの心を和ませてくれた。
目の前に並べられた食器代用の缶詰の空缶 には、籾殻つきの半雑炊が盛られていた。
「これがご馳走かよ」
 藤根が思わず口走った。今まで病院で比較的まともな食事をし、貨車でも油脂入りのきらきらした飯を食べていた我々には意外であった。
「いただきまぁす」
 古い連中はそんな私らにお構えなくこの飯を食べ始めた。本当にうまそうにこの籾殻を口に含むと、口の中で何度か転がし、プッと吐き出す。すると中身は口の中に残って、籾殻だけが地面に散った。
 私らもやってみた。何と口の中でいつまで経っても籾殻は分離せず、だから半噛みのままもみと一緒に米までが地面に吐き出される。
 古い連中が食べ終えて、その三倍も時間を掛けながら、しかもまるで食事をした感触がない、これは大変な処へ来たものだ。と、実感した。
 何といっても私らと同行した連中はおっとりしているから、食べ物にもあまり深いこだわりがない。ところが、それが見事に変転して餓鬼の心境になるまでには、たった一日の労働を経験することで実感するのである。
 パンの分配には掟のようなものがある。それを知らされたのはその翌日のことであった。あの麩の多い黒パンは美味いと思う。しかし、あの円形の分厚いパンを等分に分けるのは、正に至難の業である。しかもそれには次のように、彼等自身が生み出した侵しがたいルールがある。
一、 先ずこの分厚く円い黒パンを、割当て人数分に平等に切ることから始まる。
二、 次に一見平等に切ったパンを、班の連中が見守る前にずらりと並べる。ところが、ここで「大体平等だからまぁいいや」と、満足するわけにはいかない。大体の形は平等でも、その密度によって夫々重さが違うからである。
予め用意した手製の天秤を前に、みんなが注目する目の前で、一個ごとに軽量をして全数の重さを同じにする。
ところが、「これで平等だから公平だ」と、考えるのはまだ甘い、重さが同じなら、やはり見た目の大きさに惹かれるからである。
三、 そこで今度は、ずらりと並べたパンに、夫々一から順次番号の札を置き、当番がその札の半片を、見えないように缶の中
に入れて待つ。
しかし、そこで「よし、これなら公平だ」と、やたらにその札を引くわけにはいかない。今度はその札を引く順番による運不運が影響しそうな気がするからである。
四、 番号札を引く順番は、毎日確実に順繰りに移動する。当番は勿論最期に残される。最後に当番が札を引いて、その日の
責任全うすることになるのである。

 これで今回のパンの分配は公平という意味で満足するのである。しかし、このパンの量も、その日の作業のノルマーの達成度合いによって違うから、伐採や、道路作業のような重労働で与えられたノルマーを達成することは、先ず不可能なのである。
 例えば、道路作業に於けるその一人分の土を掘り下げるノルマーが一立方メートルだとする。それなら軽い、と思うのは早計である。
満身の力を込めて振り下ろすつるはし、凍えた土は粘力のあるコンクリートのように固く、時には土から火花が散るのである。
 重労働における一○○%達成は正に至難であり、その達成率によってパンが減り、体力が低下し、更に労働力が低下する。そんな悪循環が自ら栄養失調を招き、それに耐え切れない者は眠るようにこの世を去る。しかしそれが今我々が進み得る唯一の道なのである。

(シベリアへの抑留、極寒の地での凍土と病いとの戦い。生き抜いた者達へ渡された
「帰国の途」という切符とは・・・チチハル陸軍病院経理勤務、そして終戦。ハルピン
への移動・・・、病院開設・・・。傷病兵、難民で施設はあふれ、修羅場と化した。
「哀しき夕陽、原作 能瀬敏夫」)

https://07nose.wixsite.com/bethesda-kashiwa
「2021年「台湾文旦」好評予約販売中」




にほんブログ村 ブログブログへ



葦のかご教会水曜讃美祈禱会(2021年7月14日)能瀬熙至兄弟
https:// www.youtube.com/watch?v=VX9rfrrNJhA



【賛美】主の計画の中で
Seekers (Within Your Plan
주님의 계획속에서
https://www.youtube.com/watch?v=NjUEbhpxJYE&feature=youtu.be


【賛美】いつもいつまでも
Seekers (Always
andForever
항상영원히까지
https://www.youtube.com/watch?v=MsfDBkdK3XQ&feature=youtu.be


【賛美】あなたが共に
Seekers (Together with God
당신이 함께
Eng,Kor sub)
항상영원히까지
https://www.youtube.com/watch?v=xTuqgreT0hg&feature=share


【賛美】善き力にわれ囲まれ
By loving forces
선한 능력으로,ENG/KOR sub
covered by Seekers
Eng,Korsub)
항상영원히까지
https://www.youtube.com/watch?v=2tCshyJunSM





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2021年08月16日 21時26分43秒
コメント(0) | コメントを書く
[「愛」「命」] カテゴリの最新記事


PR

カレンダー

バックナンバー


© Rakuten Group, Inc.