|
カテゴリ:著作公開
『第17の茶室』 掛け軸 Bhagavad-gita第17章2節から バガヴァーンは答えられた 肉体に覆われた魂が持つ物質自然の様式によって 信念には徳、激情、無知の三種類がある それについて聞きなさい ![]() 『解説』 この物質界にいる魂はかならず肉体という服を着せられる。普通肉体は魂の意思ではうごいていない。徳、激情、無知という三様式でできた肉体は、同じく三様式のエネルギーに反応してしまう。三様式という物質要因(プラクリティ)は一時的なのでその三者の影響は増加したり減少したりする。魂は食べなくていいので空腹は感じないものだが、肉体はおなかがへる。食べて一時的には満腹になるが時間がたつとまた空腹になる。これを繰りかえす。生じて、しばしとどまり、破壊される。これが物質現象である。おなかがへるという感覚は肉体上にのみおこる一時的な意識である。肉体は外部からの影響でうごいている。感覚をとおして感知する現象世界に反応している。 お店ですきな服をみつける。それがほしくなる。条件のいい会社がある。そこではたらきたくなる。魂はそんなもの必要はない。だから肉体は魂の意思でうごいていないことがわかる。接触する外部エネルギーの配合で、肉体の行動がきまる。 どの様式に惹かれるかは前世での活動の影響を受けることが多い。しかし自分の意思でその配分はかえられる。当然徳の様式の配分をふやし、激情、無知の様式の比率はへらすべきである。「徳の様式にある人は神々を崇拝し、激情の様式にある人は悪魔を崇拝し、無知の様式にある人は幽霊を崇拝する」とクリシュナがいっている。 至上主クリシュナではなく物質界にいる半神とよばれる神々たちを崇拝すれば、来世で彼らがすんでいる物質界の天国とよばれる高位の惑星に昇進する。 悪魔とは激情の様式がつよく至上主クリシュナを信じようとしない、また神をねたみ否定したい人のことである。自分の感覚満足に役立つなら「ヴェーダ」も利用する。大統領や大学教授や会社経営者など強力なリーダーシップをもつ人が自分勝手なかんがえで人を導くなら、それにしたがう人は悪魔にしたがっているかもしれない。 無知の様式の影響を受けるとすべてにやる気がなく怠惰になり、不規則な生活になり、肉食や酒やタバコにふける。そういう人には幽霊が憑依しやすくなり破滅的な人生をあゆむことになる。 例えばだが、私たちは今本当の家からはなれ自分がたのしむ物を買いにきているとかんがえてもらいたい。離れた場所に買い物にいくには乗り物に乗っていかないといけない。肉体という乗り物に乗ってきているとかんがえてほしい。しかし市場で色々と目移りして買い物をしている間にどこからきたかわすれてしまった。豪華な装飾品や車などの店にはいってそれがほしくなる。酒屋やたばこ屋に立寄ってしまう。そんなことを繰りかえしている。はやく正気にもどらないと、もっと市場の奥にはいっていくことになる。 しかし迷路にはいっていってはいけないと注意してくれる人もかならずいる。そういう人をさがし自分はどこからきたのか、どこにいけばいいのかきくべきである。そうしたら市場の地図がもらえるかもしれない。地図には市場の出口がのっている。本当の家にかえる空港行きのバスがくるバス停がのっている。それが「ヴェーダ」という目的地をしり、そこへ辿りつくための地図である。 ![]() 自分は肉体ではなく、魂である。肉体は一時的、魂は永遠である。魂の家は物質界にはないとクリシュナは説く。ナマハタに行きなさい。ナーマとはクリシュナのみ名、ハタとは市場。本当の家に帰りたいならクリシュナのみ名をあつかっている市場をさがすべきである。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Oct 1, 2012 08:55:02 AM
コメント(0) | コメントを書く
[著作公開] カテゴリの最新記事
|
|