|
全て
| 目次
| 2nd ライフ
| ネットワーク社会と未来
| マルチチュード
| アガルタ
| シンギュラリタリアン
| 地球人スピリット
| マーケットプレイス
| ブログ・ジャーナリズム
| OSHOmmp/gnu/agarta0.0.2
| mandala-integral
| レムリア
| スピノザ
| ブッダ達の心理学1.0
| シンギュラリティ
| agarta-david
| アンソロポロジー
| バック・ヤード
| チェロキー
| 環境心理学
| osho@spiritual.earth
| スピリット・オブ・エクスタシー
| 22番目のカテゴリー
カテゴリ:アガルタ
「チベットわが祖国」 ダライ・ラマ自叙伝 木村肥佐生 1989/9 原著1962 中公文庫 原著が出版されたのが1962年ということは1935年生まれのダライ・ラマが27歳の時に書いた本ということになる。自分の転生の話や、チベット文化の歴史について細かく書いてあり、実に参考になる一冊だが、私には中国とのいきさつがちょっと直視できない感じがした。この部分はむしろ読み物と考えた場合は削除してほしいとさえ思えた。 この本は、実はすでに1963年と1979年に邦訳がでていたらしいが、「第6章 共産中国にて」「第7章 弾圧と憤懣」「第9章 決起」が全文欠落していたという。その部分を今回復活したので、この本は、逆に史実にもとづく貴重な資料として更に重要性を増したということになる。 以前読んだ「瞑想と悟り」は1995年発行だから60歳の時のダライ・ラマである。この27歳と60歳の時のダライ・ラマの人生の間にもたくさんのことがあった。このブログでは次第に、そのミッシングリングを見つめていくことになるだろう。 ダライ・ラマの幼少時代と中国のチベットへの侵略については、映画「セブンイヤーズインチベット」でみて、大体のことは知っている。しかし、戦闘のシーンは直視できない。聖地チベットに対する大変な侵害であるといえるだろう。 この本の原著がでてからすでに半世紀に近い年月がすぎ、あちこちに現代的ではない言葉や視点がのこされている。2001年に新版がでているようだが、当時の雰囲気を知るには、以前のバージョンで読むことも必要であるといえる。 その小さな男の子は、あたかも、数珠に見覚えがあるかのようだった。そして「それを下さい」とねだった。高僧は、「もし、自分がだれだか当てることができたら、この数珠をあげよう」と約束した。男の子は「セラ・アガ(Sera-aga)である」と答えた。それは土地の方言でセラの高僧という意味であった。p41 これはダライ・ラマ13世が亡くなったあと、転生仏として、まだ4歳の子どもだった現ダライ・ラマ14世が発見されるくだりだ。ベットのある土地の方言ということだが、であるとすれば、アガルタの「アガ」とは「高僧」という意味になるかもしれない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009.03.31 13:16:04
コメント(0) | コメントを書く
[アガルタ] カテゴリの最新記事
|
|