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2009年4月1日

地球人スピリット
・ジャーナル2.0


へ引越しました。

2007.01.18
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「裸のサイババ」 ぼくたちの外側に「神」をみる時代は、終わった。 
パンタ笛吹 VOICE 2000/12



 ほど読んだ
平野啓一郎「本の読み方」ではスロー・リーディングの必要性を教わったばかりなのに、早速、ななめ読みしてしまう本がでてしまって、申し訳ない気分だ。先日から借りてきてストックとなっていたこの本の貸し出し期限が今日で終わる。読まないで返すか、再貸し出しをしてもらって、熟読するか、はたまた、とにかく今日、目をとおしてしまうか。今回は最後の方法を選んだ。

 現在までの私の読書は、まずはブログありきで、ブログに書く材料を図書館に借りにいくというスタイルであった。そして、特にリクエストせずに、開架図書を閲覧していて、気になる本があったら、ランダムに借りてきて、出会い頭に読んでみる、というスタイルである。

 この本も実はその一冊である。特に読まないで過ごしてしまっても特に問題はない。読んでおいても問題はないだろう、という程度である。以前は、図書館から借りてきた本はほぼ目を通し、ブログを書いていた。ところが、最近は、仕事がいそがしくなってきたせいもあるが、だんだん専門書や長編の大作に挑むことが多くなり、どうしても冊数を稼ぐことができない。そこで仕方がないので、残念ながら読まずに返却することも若干でてきてしまっている。

 て、この本、著者とは顔見知りである。70年代初半からの旅仲間である。当時から彼は、あの長身で、なおかつ好奇心に満ち、また不思議な一面をも持った人物だった。その彼と再開したのは、95年に彼が共著で
アガスティアの葉の秘密を出したことによる。この本に著者がかつての70年代の私が属していたコミューン活動の記録を書いていたので、読者ハガキで連絡をとっておいたのだった。

 翌年、アメリカ在住だった著者から電話があり、彼の講演会の主催を引き受けることになった。その経緯については、ネットのどこかに書いてあるので割愛するが、とにかく90年代中盤に日本に戻って、新たな話題を提供してくれたことは間違いない。

 しかし、アガスティアの葉にせよ、サイババにせよ、あるいは、イギリスのミステリー・サークルにせよ、彼は、乗りつつ覚めている、あるいは、覚めつつ乗っている、ということができる人なのだなぁ、と改めて感心する。

 彼はたしかどこかで、サイババについては痛く敬服したような表現をしていたのではなかっただろうか。たとえば、テレビに出演した時は、ミステリー・サークルの権威のような顔していたが、個人的に一対一で話してみると、「あれは人間がやってるんだよ」と静かに断言するような、きわめてクリアな男である。

 はサイババの存在は、Oshoの存在と同じくらい前から知っているが、ちっともサイババに惹かれたことがない。これは残念ながら申し訳ないがごめんなさい。だから、サイババがどういうトリックで、どのように人々に接していたのかは、コメントしようがない。ただ、何回かは、テレビで見た。ビブゥーティという白い粉を、誰かに現物を見せてもらったこともある。

 しかし、サイババのシステムを私は最初から必要としていない。だから、あえて、この本のタイトルのように「ぼくたちの外側に『神』をみる時代は、終わった」と2000年当時に宣言されたとしても、私の目にも届かなかったし、耳にも入れる必要がなかったのであろう。

 サイババの数々の所業については私はあまり関心がない。この本についてコメントするとすれば、最後部分にあたる「17章 グル時代の終焉と21世紀のニューエイジに向けて」というところである。内容すらもあまり私にとっては、引っかかるものがなかった。タイトルだけ言えば、この「グル時代」という単語を簡単に取り扱ってしまう姿勢。あるいは21世紀、ニューエイジ、といった紋切り型の言辞を弄するのは、2000年当時の流行だとしても、なんだか、薄ら寒いのだが、どうしてだろうか。

 他の本を今は引用しないが、著者はたしか1999年の終末や、2000年問題(Y2K)について、自分のホームページでも大々的に問題視していたのではなかったか、と思う。いちいち言上げしないが、どうもそのような、さまざまなシーンが私の脳裏をかすめる。ひとりサイババばかりが批判されなくてならない、ということでもなさそうなのだが。

 近の私は、インド哲学の最深部とも言われるウパニシャッドを聞こうと思って、すこしづつ準備に入っているところである。いままでもそれに触れては来たのだが、どうやらこちらの自分に準備ができていなかった。これからはすこしづつ、体制を変えていこうと思っている。キーワードは、全体性、受容性、信頼性である。だから、読むべき本も、「出会い頭」もすこしづつ減ってくるし、「批判的」もすこし減ってくるだろう。好意的、というだけでもなく、ポジティブというだけでもない。

 もし、サイババが、人々をそのウパニシャッドの最深部に招こうとして、ビブゥーティなどのテクニックを行使していたとしたら、そのテクニックが災いして、そこから人々はさらに深い部分へと進めないことになり、ちょっと残念だ。私はそのような挟雑物などがあるとすれば、注意深くそれらに足をとられないようにしながら、もうちょっとウパニシャッドの方へ、足を進めてみようと思っている。







Last updated  2009.01.31 12:24:10
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