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2009年4月1日

地球人スピリット
・ジャーナル2.0


へ引越しました。

2007.02.14
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<4>よりつづく

「オウム」 <5>なぜ宗教はテロリズムを生んだのか
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第8章 村上春樹のオウム事件
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 が麻原集団に関心を持った理由とはいくつかあるが、むしろ、同時代人として関心をもつな、と言われるほうが難しいと言える。あれだけの情報がながされ、あれだけの事件を起こしたのであれば、それについての自分なりの整理をしておかなくてはならない、と思うのは自然な流れだと思う。

 簡単に列挙しておけば、大きく次のようになる。
1)書店で彼らの書物が目に入ったこと
2)地方における彼らの拠点が、偶然、すぐそばにできたこと
3)マスコミで私達の活動と、彼らの活動が関連づけられて報道されたこと
詳細については、いままでもどこかに表明したし、これからも折にふれて再考していかなくてはならないと思っている。

 1)と2)については、それほど大きなことではないし、私だけにおける限定的な特性ではない。問題は3)であろう。報道で関連付けられたという問題も、すでに解決済みと考えていいだろう。身に降る火の粉は払わなくてはならない、そのレベルでの活動は、すでに報道直後に解決されたと考えている。しかし、それ以上、本質的に、それでは彼らの集団性とどう違うのか、あるいは、なにかどこかで抵触するところがあるのか、という問題がある。これは解決に時間が必要だろうと、放置してきたと言ってもいい。あるいは、再考する時期というものがあるだろう、と待ってきた、ということもいえるかもしれない。

イ)私たちの活動と彼らの活動に、実際的な個的な接点があるのか
ロ)私たちの活動と彼らの活動に、本質的な類似性はあるのか
ハ)私たちと彼らが生きている、この地球、この21世紀とはなにか
 「私たち」とは、とりあえずOshoという単語で括られる総体としておく。「彼ら」とは、麻原と関連付けられる一連の現象としておく。

 ず、イ)についてであるが、同時代に同地方で生きた多くの人間が様々な行動をしていた中でのことなのであり、個的なことをひとつひとつ追いかけることは不可能である。しかし、その中でも、象徴的なことをいくつか拾い上げることはできるだろう。いくつか、というより、私にとってはたった一つと言ってもいいかも知れない。

 麻原が、ヨーガの実践方法について、どのような書物から、あるいは誰から学んだのかは必ずしも明確ではない。ただし一つ可能性が考えられるのが、雨宮第二の存在である。雨宮はヨーガと禅を学んだ人物で、ダンテス・ダイジの名前で、三冊の本を出している。『検証・オウム真理教事件』によれば、雨宮は麻原と交流があり、ともに修行をしていたという。雨宮は著作のなかで、クンダリーニの覚醒について述べている。雨宮は若くして1987年に亡くなっているが、ヨーガの面での、麻原の指導者、さらにはグルであった可能性も考えられる。p278

 この雨宮第二(ダンテス・ダイジ)について、私はまったく知らない。本も読んだこともないし、正確な情報を得たことはない。しかし、気になるポイントに存在した人物ではあるようだ。島田はこの文章の<注>で書いている。

 『検証・オウム真理教事件』73頁。ダンテス・ダイジの著作は、森北出版から、『ニルヴァーナのプロセスとテクニック』『アメジスト・タブレット・プロローグ - 純粋冥想の道標』『絶対無の戯れ』三冊が刊行されている。雨宮の知人によれば、彼は行き詰って自殺したという。p526

 雨宮のことを私が噂話としてきいたのは95年の麻原集団事件の後だが、大体、この流れとほぼ同じ内容であったと思う。そして、ここからはなんの確認すべき資料がないので、単に私の「噂話」にすぎないが、この時、雨宮は決意の「餓死」をしたのであり、自分が死んだあとは、残された取り巻きたちは、インドのOshoのもとへ行くように指示していたという。そして、実際にその一部はインドのOshoの元に行き、サニヤシンになり、インド人であるSティルスを連れて日本に戻った、とされる。そして、日本で新たな瞑想センターとして活動を開始したのが、Sシンと思われる。私は87年にプネーのOshoのもとにおり、この流れのごく一部を見ている。もちろん、全体的な流れなどは知らないが、後から考えれば、ああ、あの断面が、あとからこう繋がってくるのか、という程度であるが。

 ただ、仮に雨宮と麻原が師弟関係にあったとして、その雨宮の門弟がOshoの流れに接し、新たな形で日本でセンター活動を開始したとしても、そのことと、麻原集団と雨宮後継集団がなんらかのつながりがある、なんてことは何の断定すべきことではない。Sシンセンターに雨宮の著書が販売用として(かどうかはさだかではないが)陳列されていた、という話もあるし、雨宮後継集団の紹介で、麻原とSティルスが90年前後に直接あったのではないか、という話も聞いたがさだかではない。仮にそうだったとしても、それが麻原集団の「犯罪性」とつながりがでてくるわけではない。ただ、これらの「噂話」が、Sシンのセンターとしての「特異性」を際立たせることになり、それ以前から活動していた他のセンターと一線を画すことになる要因の一つになったのではないか、と思う。これは現在のところ、私の想像にとどまる。

ロ)この点については、私はまったくないと思っている。類似性を指摘されたオレゴンのコミューンにおける経緯については、近年出版された「OSHO:アメリカへの道―砂漠の実験都市・ラジニーシプーラムの誕生と崩壊の真相 」などをテキストとして、再検証してみることも意味あることだろう。

ハ)について。こここそが、すでに21世紀も7年目を迎えて、いまあらためて90年代を問い直そうとして私が重い腰を上げている理由である。こここそが、このブログの主テーマに繋がっていく部分なので、ここでは詳細に触れない。

 さて、本書で島田は、村上春樹の「アンダーグラウンド」における村上春樹的な麻原集団理解に触れている。実は、私は、この島田の「オウム」を読みながら、その傍らに「
アンダーグラウンド」を置いている。つぎはこれを読む予定である。ただ、宗教学者としての島田と、小説家としての村上の、麻原集団へのかかわりは、まったく角度が別なのであり、島田は、ここでこんな形で時間やページを稼いでいいのか、と、ちょっと嘲笑的な私がいた。

<6>につづく






Last updated  2009.02.01 11:50:31
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