<1>からつづく
「憲法九条を世界遺産に」 <2>
太田光・中沢新一 2006/8 集英社 新書 170p
昨年の9月1日に、すでにこのブログでこの本について「爆笑問題・太田光にノーベル平和賞」というテーマで書いている。この本に関しての自分の印象メモとしては、誤字脱字、若干の誤解を除けば、ほぼ、いまでも私自身の感想にはなんの変わりもない。しかし、前回は書店での立ち読みで済ましていた。今回は、もうすこしゆっくり読みたいな、と思って、図書館に予約していたものだが、どうやらこの本はリクエストが多いらしく、なかなか私の番までまわってこなかった。
いま、こうして一晩かけてゆっくり読んでみて、本としての印象に変化はないが、細かいところをチェックする余裕があるのはうれしい。
太田 実は僕も今回の対談で一番お聞きしたかったのが、宮沢賢治のことなんです。あれほど動物や自然を愛し、命の大切さを語っていた賢治が、なぜ田中智学や石原莞爾のような日蓮主義者たちの思想に傾倒していったのか、そこがわからない。 p20
この問題はこの本を立ち読みする前から、私自身も疑問だった。これに対する中沢マジックもなかなか冴えた反応をしては見せるが、根本的にこの問題は解決はされてはいない。このテーマはひとり賢治だけのテーマではなく、当時の軍国日本、世界の戦争的状況、ナチズムの台頭、ファシズムの横行、そして人間本来の本性、というところから、このブログでも再検討していく必要を感じている。
中沢 たぶん宗教、国家、法という、現実を離れた大きな幻想が関わってくるとき、共同体というものがディスコミュニケーションを複雑に調整しながらできていることじたいが、非常に危険な作用を及ぼすことになります。国家も法も、単一の価値をたてようとします。宗教は、いっそう単一な価値を立てて、そこに人格全体を巻き込んだ意味づけをしようとする。p32
太田がいうまでもなく「中沢新一といえば、日本の思想界の巨人」p16だから、その「名前を利用させていただく」という、なかば芸人としてのくすぐりを込めた太田の狙いはあたっているといえるだろう。しかし、中沢といえども、磐石な構えで「巨人」たりえているわけではない。
太田 以前、オウム事件が起きたときに、オウムのホームページを覗いてみたことがあるんです。そこで麻原が「最近は一般の人々が、愛情とエゴイズムを混同している」と語っていた。それを読んだ時に、いや、エゴイズムこそ愛だろうと反発を覚えたんですね。麻原は、おそらく自分が神になりたかったんだと思う。神の愛をもちなさい。憎しみは捨てて、もう一つ上のステージの愛を持ちなさい。その愛を持てない人間は、ダメな人間だと、否定した。だから、みんな殺せというところにつながっていったんです。p44
このブログでもみてきたとおり、中沢は麻原集団関連でミソをつけた。麻原集団擁護のインテリとしては筆頭格にさえ祭り上げられていたことがある。太田は「何年か前に、オウムにあたえた影響について、中沢さんに聞いたこと」p63がある。中沢は「自分のつくりだした思想や書物が、その先影響を与えたことに関しては気にしていない」と言っていた。でも本当は中沢は「傷だらけだった」と思う、と太田はいう。
中沢 たしかに深く傷つきましたが、傷ついたということを表現することは、したくなかったですねえ。言い訳をするのもよくない。それよりも一貫性をもっていくにはどうしたらいいか、ということを考え詰めました。自分の思想の中の生き残れる部分は何か、それを探し出して細い糸にすがるみたいにして未来につなげていくしかない、というところまで、自分を追い詰めようとしたからね。p64
ここのポイントが、結局、麻原擁護(と見られて)で職を追われた唯一の学者・島田裕巳との際立った違いとなった。島田は近々「中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて」を出す。こちらも楽しみだ。
太田 先住民を虐殺してしまったことを後悔し、傷ついたアメリカ人。日本国憲法をつくったときに、そのアメリカの心が繁栄されたんじゃないか。そんな思いもあって、僕は口で言うほどアメリカ人が嫌いになれないんです。p71
ネイティブ・アメリカンに関わらず、先住民や先住文化の虐殺については、このブログでもおいおい読んでいこうと思っている。
中沢 小泉さんの「不戦の誓い」という表現で、ちょっとひっかかるのは「不戦」という言葉でしょうね。不戦という言葉は、俺はじつは戦えるよ、でもね今は戦わないでおくよというつよがりが含まれています。もう一つよく似た言葉で、まったく概念が違う言葉に「非戦」があります。非戦は、一貫して私は戦いませんということばです。p125
インターネットの進化した機能として「ブログ」というものがある。そのブログありきのなかで、はてこの道具をどのように使えばいいのか、という試行錯誤の中で進んでいるのがこのブログだが、現在のところ、「非戦を旨とする地球人スピリット」とは奈辺にあるかを探究しよう、というのが主テーマとなっている。
太田 憲法九条を世界遺産にするということは、人間が自分自身を疑い、迷い、考え続ける一つのヒントであるということなんですね。P136
そういった意味では、太田のコメディアンとしての言葉のひらめきは、多くの日本人に大事なヒントを与えたし、中沢とのこの対談も、どこかで図星なところに風穴を開けている。
中沢 日本人は、インドにいてもカッとなってボーイの胸ぐらをつかんじゃったりすることがよくあります。僕もテープレコーダーを盗まれたときに、「どうなっているんだ!」と相手の胸ぐらをつかむと、「そういうことはしてはいけない」とすずしげに言ってました。p137
いやぁ、ここは笑った。実は、私もインドでテープレコーダーを盗まれて、怪しいインド青年にすごい剣幕で迫ったことがあった。その時、たしかにインド青年は、すずしげに対応していたことを思い出した。私は胸ぐらをつかむことはなかったが、「盗む」インド文化と、「怒る」日本文化、どこかに通底ものがあるのだろうか。
太田 さっき選挙の話が出たけれど、最近、よく言われるんです。「太田さん、そろそろ出馬したらどうですか。政治家になるんでしょう?」って。「そのうち」って適当に答えてるけど、僕の中では、冗談じゃない、そんなつまらないところに行きたくないと思っている。p149
さて、こんな考えかたをしていていいのかな、と私は思わないわけではない。政治は「つまらない」かもしれないが、現実社会では必要なものだろう。歯医者やガードマンや床屋さんやトーフ屋さんが必要なように、政治家は必要だと思う。しかし、それ以上のものにしてはいけないと思う。
中沢 芸術と政治が合体したときに生れた最大の失敗作は、ナチでしょう。ナチズムの思想は、人間が人間を超えていこうとした。非人間的なものも呑み込んで、人間を前進させるんだという考えが、現実の政治とつながっていったとき、とてつもない怪物が生まれた。それ以来、政治の中に芸術や芸術的な思想を結びつけるのは危険だということで、ヨーロッパでは政治と芸術を分離させた。p151
この小さな新書本のなかにたくさんのヒントと、深い世界への入口がちりばめられている。ひとつひとつについては、私なりに異論はあるが、このようなヒントと入口があればこそ、こちらの思考や想いが活性化されるというものである。
太田 自己嫌悪とジレンマの連続ですが、今が踏ん張りどきです。僕なりに、世界遺産を守る芸を磨いていきたいと思います。p163
最近、田原聡一郎の日曜朝の番組より、たしかに爆笑問題がでている「サンデー・ジャポン」のほうが面白い。
中沢 私たちはどのような結論であっても、それを他人に押しつけようとは思わない。しかし憲法九条を「世界遺産」のひとつとして考えてみるときにははっきりと見えてくるこの国のユニークさだけは、明瞭にしめすことができたのではないかと思う。p170
この対談は、日本思想界の「巨人」中沢新一を追いかけていく上で重要な一冊であろう。単著としては「芸術人類学」が最新刊だが、共著としてはこの本が最新刊である。
<3>につづく