
「シャンバラ」勇者の道 <1> チョギャム・トゥルンパ 澤西康史 2001/6 めるくまーる 原書 SHAMBHALA The Sacred Path of the Warrior 1984
この本、同じ澤西康史の訳した、ニコライ・レーリヒの「シャンバラの道」を念頭において読むとなお、リアリティを感じることができた。立川武蔵が二回目のアメリカにいった1975年頃、チョギャム・トゥルンパは、このような「シャンバラ・トレーニング」の準備を開始していたのだ。
トゥルンパの本は、このブログでも、「チベットに生まれて」1966、 「仏教と瞑想」1969、 「タントラへの道」精神の物質主義を断ち切って 1973、 「タントラ 狂気の智慧」1976、を読んできた。また、トゥルンパの弟子のひとりであるアメリカ人女性が書いた「チベットの生きる魔法」ぺマ・チョドロン2001も読んだ。その経緯を踏まえた上でも、この本の味わいはまた格別なものがある。
いつも行っている図書館に未収蔵だったこの本をリクエストしておいたら、なんと、遠く離れた中部地方の県立図書館から転送されてきたようだ。このような本を蔵書として保管してくれている図書館や、そのような手配をしてくれた皆さんに申し上げます。どうもありがとうございます。
昨年、このブログでは、数百冊読んだところで「2006今年読んだ本・ベスト10」を挙げておいた。今年もこの企画をやろうと思っているが、冊数が多くなりそうなので、前期と後期に分けようかな、とも思ったりするし、このペースでの読書もいつまで続くかわからないので、そっと静かに終了しようかな、と思う時もある。しかし、ながら、いずれにせよ、この「シャンバラ 勇者の道」はその、ベスト10には、きっと入るだろう、と思われる一冊である。
チベットには、アジアのほかの国々と同じように、今日のアジアの社会の知恵と文化の源泉となった伝説の王国の物語がある。その伝説によれば、そこは平和で豊かな土地であり、賢明で慈悲深い支配者が治めていた。国民はみな思いやりが深く教養があったので、王国はしばしば理想の社会とみなされた。この国土はシャンバラと呼ばれた。
シャンバラの社会が発展する上では、仏教が重要な役割を果たしたと言われる。伝説が語るところでは、釈迦牟尼仏はシャンバラの初代王ダワ・サンポに高度なタントラの教えを授けたという。これらの教えはカーラチャクラ・タントラとして受け継がれて、チベット仏教のなかでは最も深遠な知恵とみなされた。王がこの教え授けられたあと、シャンバラの人々は瞑想に親しむようになり、生きとし生けるものを哀れみ慈しむ仏教に帰依するようになった。このようにして、君主ばかりか国民たちまでも高度に啓蒙された人たちになった。
チベットの人々のあいだでは、シャンバラ王国はいまもどこかに存在し、たぶん奥深いヒマラヤの谷のどこかにあると広く信じられている。またシャンバラに至るための道順を詳細かつ曖昧に記録した仏教の文献がいくつかあるが、これらが具体的なものか比喩的なものなの意見が分かれるところだ。さらに王国の様子を詳細に記述した多くの文献が残っている。例えば、19世紀の高名な仏教教師ミパムが著わした「カーラチャクラ大註解」によれば、シャンバラの地はシータ河の北方にあって、その国土は八つの山脈によって区切られている。歴代のリグデン王、すなわちシャンバラの偉大な支配者たちが住む宮殿は、国の中央の環状の山の頂上に建てられている。ミパムによれば、この山はカイラーサ山と呼ばれている。カラーパと呼ばれるその宮殿は、敷地が何平方マイルにも及ぶ壮大なものである。その南面にはマラヤと呼ばれる美しい庭園があって、この庭園の中央には、ダワ・サンポが奉納したカーラチャクラの寺院が建っている。
別の伝説によると、シャンバラは何百年も前に地上から姿を消してしまったということだ。ある時点で、国のすべての民が悟りを開いて、王国は別のもっと天上的な領域へと消えていった。これらの物語によれば、シャンバラの歴代のリグデン王はいまも人間の行ないを見守っており、いつの日か人類を滅亡から救うために地上に戻ってくるという。多くのチベット人が、偉大な勇者の王、リンのゲサルは、リグデン王やシャンバラの叡智から霊感と導きを受けていたと信じている。これは、王国は天上界に存在するという信仰を反映したものだ。ゲサルは実際にシャンバラに行ったわけではなく、彼の王国とのつながりは霊的なものだった、と多くの人が考えている。彼はおよそ11世紀の人で、現在の東チベットのカム県にあった、リンという小王国を支配していた。ゲサルの治世のあと、彼の勇者・支配者としての優れた業績の言い伝えが広くチベット中に知られるようになり、ついにはチベット文学の最も偉大な叙事詩とみなされるようになった。一部の伝説が言うところでは、ゲサルは再びシャンバラから現われて、軍勢を率いて世界の闇の勢力を打ち負かすことになる。
近年になると、シャンバラ王国とは、実際には中央アジアのザン・ズン王国のような歴史上に実在した古代王国だったのではないか、という西洋の学者が現われた。しかしながら多くの学者は、シャンバラの物語は神話にすぎないと信じている。シャンバラ王国をたんなる作り話として片付けてしまうのは容易だが、この伝説のなかに、あらゆる人間のハートに深く根を張った、善良な充実した生き方を求める普遍的な欲求の表われを見ることもできる。実際、チベットの多くの仏教教師のあいだには、シャンバラ王国を外側の場所ではなく、万人のなかに潜在する目覚めと健全さの基盤、または根とみなす長い伝統がある。この視点から見ると、シャンバラ王国が事実なのか作り話なのかを判断することはさほど重要ではない。それよりもむしろ、それが象徴する「目覚めた社会」という理想的な価値を認めて、それを見習うべきだろう。p25
<2>へつづく