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2009年4月1日

地球人スピリット
・ジャーナル2.0


へ引越しました。

2007.12.04
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カテゴリ:チェロキー


「アトランティスの暗号」10万年前の失われた叡智を求めて
<再読i>コリン・ヘンリ・ウィルソン /松田和也 2006/09 学習研究社 単行本 487p
初読★★★★★

 リン・ウィルソンは、なかなか細かいところまで書いているので、急いで読もうとするとなかなか読みこなせない。でも、それなりのスピードで読む進めると、これがまたなんとも面白い。ついつい時間をかけたくなる。このスピードの図り方がわかってくれば、もっともっと彼の一連の本が読みやすくなるだろう。

 この本を読みこなして、コリン・ウィルソンの説得力に納得することができるなら、それをアトランティスと呼ぶかどうかはともかくとして、10万年前の古代文明の存在をおのずと認めたことになる。それが、ムーであったり、レムリアであったり、アガルタであったり、あるいは他の呼び方であろうと、やはりその存在は否定しがたいということになる。

 の川は射手座の近くで黄道と交わっている---直角ではなく、60度だ。ところで、天体望遠鏡で二つの惑星が交差して見えるとき、これを合(コンジャクション)と呼ぶ。2012年12月21日、太陽は天の川とコンジャクションする。しかもこのとき地球から太陽を見ると、その延長線上には銀河中心が位置しているのである。この中心にはブラックホールがあるといわれるが、ともかくこれがマヤの大周期が終わるときの天体配置なのだ。

 13バクトゥンの周期の終わりにこれが起こることをマヤ人は知っていたのか? 彼らの信じがたい暦と計算技術を見る限り、大いにありうることだ、とジェンキンスは考えている。
 コットレルによれば、マヤ人自身の与えた日付はカトゥン13、アハウ(至)であり、これは2012年12月21日かもしれないし、あるいは単にアハウで終わる13周期の7200日目を意味するのかもしれない。これは256年ごとに起こり、それならば2048年ということになる。
 コットルに言わせれば、マヤ人は今のわれわれよりもはるかに賢明であったので、たぶん2012年に関しても正しいだろうという。

 だが私自身は懐疑的だ。私はマヤ人がわれわれよりもはるかに賢明だったというコットルやアルグエリェスの意見に与(くみ)することはできない。車輪やアーチですら発明できなかった彼らの知性には、ヴィジョンや融通性が欠けていると思うからだ。
 天文学に関しても、彼らは金星を「双子」と呼んでいる。つまり、明けの明星と宵の明星が同じものであることを知らなかったわけだ。さらに、大量殺戮---あの人身供儀---を許容する傾向は、ナチスの強制収容所と同じ倫理観の歪みだと本能的に感じるのだ。
p194

 Aセンションと言われる一般の「流行」の存在はともかくとして、その日にちの特定には、このマヤの暦が一役買っているのは間違いない。ウィルソンが懐疑的であるように、私は、これら一連の動きには、なんともいえない不合理性ばかりが目について、まともに受け止めることはなかなかできない。

 日にちを特定することは、例えば、古い話しでいえば1970年の6月23日があったし、88年8月8日なんてものもあった。あるいは1999年7の月、なんてまことしやかにささやかれた日時もあった。あるいは2000年1月1日、という決め方もあった。なにごともなかった(かどうかはともかくとして)から、こうして語ることができるのだろうが、私は日にちを決めてその日をオメガ・ポイントとして人々を煽る動きには、それこそ与(くみ)したくない。

 Paritoshoがいうように「ことの正誤でも善悪でもなく、ただ思考の枠組みを広げるためにAセンションという言葉を流行らせたいと思います。」という程、優雅に構えていていい話なのだろうか。単に「思考の枠組みを広げる」なんて取り組みで間に合うのだろうか。「ことの正誤でも善悪でもなく」などという言葉も、なんとなく、誤魔化しくさい。

 ネット株取り引きも、消費者教育の一環だから、おおいにその「枠組みをひろげるべきだ」などというような、ある種いい加減な言論に通じるところがあるような感じがする。賢い消費者はその仕組みを利用する力はあるかもしれないが、圧倒的多数は、その仕組みの被害者になる可能性が高い。

 Aセンションの正誤や善悪はともかくとしても、
1)古代大陸や古代高度文明の存在
2)時間的期日の決定方法
3)地球人以外の高度文明の存在
4)その意志の伝達方法(チャネリング)
などが、もっと合理的に検証されないことには、うかつにはこの話題を「流行」させたい、と、私は思わない。

 ウィルソンのこの本を途中まで<再読>しながら、この手の本にしては、やはり私にとっては説得力のある本だとつくづく思う。具体的には、未来のことなんかホントはだれにもわからないのだ。この世の終わりが来る前に、自分がこの世での生命がなくなってしまうほうが確率が高い。Aセンションのことを考えるのもひとつの機会ではあろうが、みんな一緒に、という幻想より、確実にやってくるはずの自己の死と向き合うことのほうが、今の私にとっては差し迫った問題だ。

<再読ii>につづく







Last updated  2008.05.06 22:56:46
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