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2009年4月1日

地球人スピリット
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2008.10.23
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カテゴリ:環境心理学


「男一代菩薩道」インド仏教の頂点に立つ日本人、佐々井秀嶺
小林三旅 2008/01  アスペクト  単行本   291p 
Vol.2 No.342 ★★★★★

 当ブログの初期的新書、胎蔵界マンダラに置いて、その中心に座したのが「吉祥秘密集会成就法清浄瑜伽次第」にふれていた、ツルティム・ケサンと正木晃の「チベット密教」だったとすれば、金剛界マンダラの中心に座ったのは、アンべードカルのブッダとそのダンマ」「アンベードカルの生涯」ではなかっただろうか。それだけ魅力にあふれた新書たちであった。

 この本もまた、一度開いたら閉じることができずに一気に読んでしまうような内容だ。本のタイトルには「佐々井秀嶺」の文字が大きく書いてあったので、本人が書いたものかと思ったが、実は、彼をテーマとしてドキュメンタリー番組を作った独立プロ系列のディレクターの、その取材ストーリーを一冊にしたものだった。

 「男一代菩薩道」というテレビ番組を私もみた記憶がある。初回放送は2004年の12月28日、深夜の3時10分だった。そしてその後、何度も再放送されている。

 「ちょうど夜中の2時頃だったと思います。突然、何かでガーンと頭を叩かれた。すると私の後ろに額をピカピカに光らせた鋭い眼光の老人が、目をカッと見開いて立っておったんですわ。白髪が肩まで流れていて、眉毛も真っ白、口ひげも足の方までザーッと流れている。右手には剣とも杖ともおぼつかない持って、それで私の肩をパッと押さえつけているんです。そして左手には巻物を持っていました。
 私は恐怖で身動きがとれず、汗が流れ出た。私は『あなたは誰ですか!』と叫んだけど声が出ない。心の中でさけんでおった。そこではっきりと、その老人は日本語で、日本語でですよ、こう言ったんです。
『われは竜樹なり。汝すみやかに南天竜宮城にゆけ。南天竜宮城はわが法城なり。わが法城は汝が法城。汝が法城はわが法城なり。南天鉄塔もまたそこにあらんか』
 私は恐ろしくて上の空のように聞いておった。心の中で『南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経・・・・・』と唱えると、体がすっと軽くなって、老人が消えた」
p115

 本書の最も劇的な場面であり、佐々井秀嶺上人、波乱の人生の中においても、もっとも転換点となった出来事であろう。1968年8月8日、上人33歳の時とされる。このエピソードを語る場面はかのテレビ番組においても、きわめて印象的に映し取られていた。

 さてその南天竜宮城たるナグプールにおける竜樹ゆかりの寺院を発掘するにいたり、アンベートカルの後継者たる佐々井秀嶺の人生は固まった。

 さて、男一代菩薩道=佐々井秀嶺は、波乱の人生を送ってきているので、突っ込みどころがたくさんあり、どこからでも突っ込みどころがある。だが、その突っ込みは、彼の行動や人生を超えた形で、こちら側の生きざまとしてしか存在しえないだろう。彼の人生を考えることは、即自分の人生を考えることにつながる。

 しかしまた、冷静に考えれば、いろいろな問題点を克服しないことには、この新仏教徒運動も未来の地球人スピリットにつながっていかないことも確かだ。Oshoは1988年の段階でこのような発言をしている。

 アンベドカル博士は、自分の影響下にあるこれらの人々を、まずキリスト教に改宗させようとした。だが考え直した。キリスト教に改宗したら、人々はキリスト教会に吸収されてしまい、自分は指導者の地位を失ってしまう。そこで考えを改めた。彼にとっては、イエスやキリスト教などどうでもいい。一番大事だったのは、自分の影響力を保つことだった。
 彼はイスラム教への改宗も考えたが、状況は同じだった。やはり影響力がなくなってしまう。そこで目をつけたのが、インドには仏教徒がいないということだ。だから仏教に改宗させれば自分の影響力も保てる。つまりこれはまったく政治的な改宗だった。
 このように政治的に改宗させられた愚者たち、悟りについて何も知らない者たちが、今私を批判する。
Osho
ノーマインド 永遠の花々」p277

 私はこの辺の経緯について整理する立場にない。ことの経緯、ことの善悪を判断することは不可能だ。しかし、この段にあたって、竜樹=ナーガルジュナが登場することには感動せざるを得ない。チベット密教におけるナーガルジュナの影響も計り知れない。

 ゲルク派の宗祖であり、ブッダ以来、2500年におよぶ仏教の歴史における最後の巨人であったツォンカパ(1357~1419)は、「秘密集会タントラ」が究極の仏教なのだと主張した。特に、ナーガルジュナ(龍樹)とアーリヤデーヴァ(聖天)という二人の人物がこのタントラにほどこした解釈と、そこからみちびきだされた実践法こそ、悟りへの最も優れた修行法であるとみなした。これを「聖者流(聖父子流)」という。「増補チベット密教」p114

 佐々井秀嶺本人が、自分自身の少年期から青年期までにおこった語りきれないほどのさまざまな出来事を「めちゃくちゃ」であった、と表現している(p157)。

 ------ほかにもいろいろご苦労されたと聞いていますが・・・・・・。
佐々井 女の話ですか(笑)。坊さんになったら、きっぱりかと言えば、きっぱりじゃないですよ。いやいや皆さん笑うけれど、色情因縁っていうのは大変なものなんだから。もう女をみれば、みんな好きになっちゃうんだからね。そういうことはあまり言いたくないし、言ってもつまらんことだから言わんけど。ハハハ。今でも苦しいですよ。
p261

 ここで上人は、色情因縁と言ってしまっているが、この辺にまた、タントラ密教へとつながる因と果があるはずだ。

 佐々井さんは突然、歌をそらんじはじめた。伝記映画「力道山物語・怒涛の男」(1955年、日活)、美空ひばりが歌った主題歌だ。p282

 いやはや、ここで力道山がでてくるとは思わなかった。私もこの前「力道山と日本人」をよみながら、Youtubeの「力道山物語、怒涛の男」を見ていたのだった。

男一途にやるぞと決めて 切った意気地の
もとどりを 何が涙で 汚してなろか これが男の 生きる道
義理にゃ負けても 無法にゃ負けぬ 若い生命の 血のあつさ
捨てたこの世にゃ 未練はないさ なまじからむな 夜の風
雨も嵐も 笑顔でうけて 起たにゃ男の名がすたる
やるといったら 生命のかぎり 行くぞ怒涛の 人生を
  p282

 佐々井秀嶺を扱った本には、山際素男著「破天 一億の魂を掴んだ男」(南風社2000)などがある。

 

南無







Last updated  2008.10.23 11:40:34
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