地球人スピリット・ジャーナル1.0

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2009年4月1日

地球人スピリット
・ジャーナル2.0


へ引越しました。

全108件 (108件中 41-50件目)

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マルチチュード

2007.03.18
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カテゴリ:マルチチュード

<1>からつづく

「憲法九条を世界遺産に」 <2> 
太田光・中沢新一 2006/8 集英社 新書 170p

 昨年の9月1日に、すでにこのブログでこの本について
「爆笑問題・太田光にノーベル平和賞」というテーマで書いている。この本に関しての自分の印象メモとしては、誤字脱字、若干の誤解を除けば、ほぼ、いまでも私自身の感想にはなんの変わりもない。しかし、前回は書店での立ち読みで済ましていた。今回は、もうすこしゆっくり読みたいな、と思って、図書館に予約していたものだが、どうやらこの本はリクエストが多いらしく、なかなか私の番までまわってこなかった。

 いま、こうして一晩かけてゆっくり読んでみて、本としての印象に変化はないが、細かいところをチェックする余裕があるのはうれしい。

太田 実は僕も今回の対談で一番お聞きしたかったのが、宮沢賢治のことなんです。あれほど動物や自然を愛し、命の大切さを語っていた賢治が、なぜ田中智学や石原莞爾のような日蓮主義者たちの思想に傾倒していったのか、そこがわからない。 p20

 この問題はこの本を立ち読みする前から、私自身も疑問だった。これに対する中沢マジックもなかなか冴えた反応をしては見せるが、根本的にこの問題は解決はされてはいない。このテーマはひとり賢治だけのテーマではなく、当時の軍国日本、世界の戦争的状況、ナチズムの台頭、ファシズムの横行、そして人間本来の本性、というところから、このブログでも再検討していく必要を感じている。

中沢 たぶん宗教、国家、法という、現実を離れた大きな幻想が関わってくるとき、共同体というものがディスコミュニケーションを複雑に調整しながらできていることじたいが、非常に危険な作用を及ぼすことになります。国家も法も、単一の価値をたてようとします。宗教は、いっそう単一な価値を立てて、そこに人格全体を巻き込んだ意味づけをしようとする。p32

 太田がいうまでもなく「中沢新一といえば、日本の思想界の巨人」p16だから、その「名前を利用させていただく」という、なかば芸人としてのくすぐりを込めた太田の狙いはあたっているといえるだろう。しかし、中沢といえども、磐石な構えで「巨人」たりえているわけではない。

太田 以前、オウム事件が起きたときに、オウムのホームページを覗いてみたことがあるんです。そこで麻原が「最近は一般の人々が、愛情とエゴイズムを混同している」と語っていた。それを読んだ時に、いや、エゴイズムこそ愛だろうと反発を覚えたんですね。麻原は、おそらく自分が神になりたかったんだと思う。神の愛をもちなさい。憎しみは捨てて、もう一つ上のステージの愛を持ちなさい。その愛を持てない人間は、ダメな人間だと、否定した。だから、みんな殺せというところにつながっていったんです。p44

 このブログでもみてきたとおり、中沢は麻原集団関連でミソをつけた。麻原集団擁護のインテリとしては筆頭格にさえ祭り上げられていたことがある。太田は「何年か前に、オウムにあたえた影響について、中沢さんに聞いたこと」p63がある。中沢は「自分のつくりだした思想や書物が、その先影響を与えたことに関しては気にしていない」と言っていた。でも本当は中沢は「傷だらけだった」と思う、と太田はいう。

中沢 たしかに深く傷つきましたが、傷ついたということを表現することは、したくなかったですねえ。言い訳をするのもよくない。それよりも一貫性をもっていくにはどうしたらいいか、ということを考え詰めました。自分の思想の中の生き残れる部分は何か、それを探し出して細い糸にすがるみたいにして未来につなげていくしかない、というところまで、自分を追い詰めようとしたからね。p64

 ここのポイントが、結局、麻原擁護(と見られて)で職を追われた唯一の学者・島田裕巳との際立った違いとなった。島田は近々
「中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて」を出す。こちらも楽しみだ。

太田 先住民を虐殺してしまったことを後悔し、傷ついたアメリカ人。日本国憲法をつくったときに、そのアメリカの心が繁栄されたんじゃないか。そんな思いもあって、僕は口で言うほどアメリカ人が嫌いになれないんです。p71

 ネイティブ・アメリカンに関わらず、先住民や先住文化の虐殺については、このブログでもおいおい読んでいこうと思っている。

中沢 小泉さんの「不戦の誓い」という表現で、ちょっとひっかかるのは「不戦」という言葉でしょうね。不戦という言葉は、俺はじつは戦えるよ、でもね今は戦わないでおくよというつよがりが含まれています。もう一つよく似た言葉で、まったく概念が違う言葉に「非戦」があります。非戦は、一貫して私は戦いませんということばです。p125

 インターネットの進化した機能として「ブログ」というものがある。そのブログありきのなかで、はてこの道具をどのように使えばいいのか、という試行錯誤の中で進んでいるのがこのブログだが、現在のところ、「非戦を旨とする地球人スピリット」とは奈辺にあるかを探究しよう、というのが主テーマとなっている。

太田 憲法九条を世界遺産にするということは、人間が自分自身を疑い、迷い、考え続ける一つのヒントであるということなんですね。P136

 そういった意味では、太田のコメディアンとしての言葉のひらめきは、多くの日本人に大事なヒントを与えたし、中沢とのこの対談も、どこかで図星なところに風穴を開けている。

中沢 日本人は、インドにいてもカッとなってボーイの胸ぐらをつかんじゃったりすることがよくあります。僕もテープレコーダーを盗まれたときに、「どうなっているんだ!」と相手の胸ぐらをつかむと、「そういうことはしてはいけない」とすずしげに言ってました。p137

 いやぁ、ここは笑った。実は、私もインドでテープレコーダーを盗まれて、怪しいインド青年にすごい剣幕で迫ったことがあった。その時、たしかにインド青年は、すずしげに対応していたことを思い出した。私は胸ぐらをつかむことはなかったが、「盗む」インド文化と、「怒る」日本文化、どこかに通底ものがあるのだろうか。

太田 さっき選挙の話が出たけれど、最近、よく言われるんです。「太田さん、そろそろ出馬したらどうですか。政治家になるんでしょう?」って。「そのうち」って適当に答えてるけど、僕の中では、冗談じゃない、そんなつまらないところに行きたくないと思っている。p149

 さて、こんな考えかたをしていていいのかな、と私は思わないわけではない。政治は「つまらない」かもしれないが、現実社会では必要なものだろう。歯医者やガードマンや床屋さんやトーフ屋さんが必要なように、政治家は必要だと思う。しかし、それ以上のものにしてはいけないと思う。

中沢 芸術と政治が合体したときに生れた最大の失敗作は、ナチでしょう。ナチズムの思想は、人間が人間を超えていこうとした。非人間的なものも呑み込んで、人間を前進させるんだという考えが、現実の政治とつながっていったとき、とてつもない怪物が生まれた。それ以来、政治の中に芸術や芸術的な思想を結びつけるのは危険だということで、ヨーロッパでは政治と芸術を分離させた。p151 

 この小さな新書本のなかにたくさんのヒントと、深い世界への入口がちりばめられている。ひとつひとつについては、私なりに異論はあるが、このようなヒントと入口があればこそ、こちらの思考や想いが活性化されるというものである。

太田 自己嫌悪とジレンマの連続ですが、今が踏ん張りどきです。僕なりに、世界遺産を守る芸を磨いていきたいと思います。p163

 最近、田原聡一郎の日曜朝の番組より、たしかに爆笑問題がでている「サンデー・ジャポン」のほうが面白い。

中沢 私たちはどのような結論であっても、それを他人に押しつけようとは思わない。しかし憲法九条を「世界遺産」のひとつとして考えてみるときにははっきりと見えてくるこの国のユニークさだけは、明瞭にしめすことができたのではないかと思う。p170

 この対談は、日本思想界の「巨人」中沢新一を追いかけていく上で重要な一冊であろう。単著としては
「芸術人類学」が最新刊だが、共著としてはこの本が最新刊である。

<3>につづく







Last updated  2014.04.12 17:54:47
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2007.03.16
カテゴリ:マルチチュード
カイエ・ソバージュ<3>よりつづく

「神の発明」 カイエ・ソバージュ<4> 
中沢新一 2003/6 講談社選書メチエ 

 この本、全編、「スピリット」のオンパレードである。「スピリットが明かす神(ゴッド)の秘密」、「神(ゴッド)にならなかったグレートスピリット」、「未来のスピリット」などなど、とにかくこの単語で埋め尽くされる。それでなくても、通常の本の中に、なんとかこの単語を見つけようとして血眼(とまではいかないが)になって本を読んでいる私としては、うれしい限りだ。だが・・・

 さてここまでのところ、私たちはなんとなくわかったようなふりをして、「スピリットとともに暮らす世界」のことを語ってきたわけですが、本当のことを言うと、その世界に生きる感覚をまるごと理解するのは、ほとんど不可能に近いほど難しいのです。私たちが生きている世界をその世界との間には、厚いカーテンが下ろされていて、こちら側にいる私たちには、そのカーテンの向こう側のことを容易にうかがい知ることができないようになっています。こちら側と向こう側では、まるでまったく組成の違う地層が広がっているように見えるのです。p90

 このあたりまで来ると、中沢は面白い。とても卑近な感じがする。しかし、彼のやろうとしていることは対称性人類学であり、芸術人類学である。中沢はもともと、「学」の人ではなく、チベット密教のイニシエーションを受けた「道」の人だったのではないだろうか。そこのところが、惜しいといえば、かぎりなく惜しい。彼の世界を、「道」として組みなおすことができるなら、こちら側と向こう側、という地層の違いはなくなるに違いない。

 
未来のスピリット
 その来るべきスピリットがどんな形をとることになるか、私たちにはひとつの重要なヒントが残されています。
 手塚治虫が「鉄腕アトム」のイメージを造形しようとしたときに、そのイメージの源泉にもなったものは、昆虫の世界でした。子供の頃から親しんでいた昆虫の社会をとおして、彼は生命の世界の奥深い構造を垣間見てきたのです。地球上の生物の中でも、昆虫ほど種の多様性できわだっている生物もいません。小さな谷筋を捕虫網を手に蝶々を追いかけていくだけでも、20何種類ものめずらしい蝶々に出会うこともまれではありません。昆虫はひとつひとつの生物の存在が、巨大な「生命」なるものの自己表現の様式であり、その「生命の自己表現」は単調や均質を嫌って、多様性の産出ということを自ら楽しんでいるようにさえ、感じさせるのです。
p202

 ふう、ため息! ここで鉄腕アトムがでてくる。このブログを続けていて、大きく感動した本の一冊に田中伸和の
「未来のアトム」がある。ここでこうやってつながってくることに、いささかの気恥ずかしさもあるが、やっぱりなぁ、という深い納得感がある。中沢ワールドもあまりに広大だが、このブログの不埒さにも限りがない、ということか。

 私たちはいまではみんな「科学の子」です。アトムにあって、私たちに欠けているものがあるとしたら、それは野生状態の心なのでしょう。しかし、心配は無用です。私たちは三万年前の現世人類と少しも変わらない脳の組織をもち、そこにはいまも「超越性」の領域への斥候活動を続けるスピリットが住み、私たちが自分のほうに心を向けてくれるのを心待ちにしているのです。心の野を開く鍵は、いつも私たちの身近に放置されてあります。スピリット世界の記憶をかすかに保ち続けている私たちの身近に放置されてあります。スピリット世界の記憶をかすかに保ち続けている私たちには、「あらゆる宗教のあとに出現するもの」について、たしかなイメージを抱くことも不可能ではありません。宗教のアルファー(原初)でありオメガ(未来)であるもの、それはスピリットです。P204

つづく






Last updated  2009.02.08 22:02:46
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カテゴリ:マルチチュード
カイエ・ソバージュ<2>よりつづく

「愛と経済のロゴス」 カイエ・ソバージュ<3> 
中沢新一 2003/1 講談社選書メチエ

 人類史としては、やはり経済は避けては通れない。マルクスがでてくる。キリスト教がでてくる。芸術がでてくる。

 
そして、キリスト教が整えておいた土壌の上に、資本主義が発達するようになってみますと、今度は精霊の活動を突き動かしていた贈与の原理は、しだいにこの社会からは後退しはじめるようになります。教会の権威も地に落ちます。
 そこで登場してきたのが、芸術だったのです。キリスト教という宗教が、精霊の活動をとおして表現しようという贈与の原理、もっと正確なおとを言いますよ、贈与の原理に接触することで表現にかえられていく純粋贈与の実在感が、資本主義の発達とともにしだいに失われてきた社会で、今度は宗教に変わって芸術が、贈与の原理をなかだちにして生み出される純生産の役割を、果たしてきました。現代のすぐれた芸術家たちがこぞって証言しているように、芸術的な創造活動で、実際に芸術家の内部では「スピリット=たましい=精霊」が活発な活動をおこなっています。
p181

 ふう、ようやくこのブログの本題であり、もっとも革新的な部分にやってきた。

つづく






Last updated  2009.02.09 21:26:12
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カイエ・ソバージュ<1>より続く

「熊から王へ」 カイエ・ソバージュ<2> 
中沢新一 2002/6 講談社選書メチエ

 やっぱり、予想通り9.11から次に講義が始まった。文明の対称性を紐解きながら、ネイティブ・アメリカン、アイヌ、東北、熊にまつわる話、仏教などに話が及ぶ。ネイティブな話については、このブログでも、そのうち集中して読んでみようと思っているから、あまり深入りはしない。熊の話は、もっともだと思う。1991年のSPSで、民族文化映像研究所制作「イヨマンテ~熊送り」を見た。すぐれた作品だ。アイヌ人が熊に捧げる敬愛の情が記録されていた。

 エコロジーな科学やエコロジーな哲学が語られる。もっともなことだ。人間の良心として、当たり前のことだと思う。しかし、わずか50年だけど、私が育った時代と、この時代では、エコロジーというもののありかたがまったく変わってしまった。

 私の育った家は、築300年経過していた。家のほとんどは自然物でできていた。川原から拾ってきた大きな丸石にへこみのあるものを大地に並べて敷石とし、その上に付近の林や山から切り出した杉や樫などの自然系を生かした柱が立っていた。壁は、ワラや砂を土に練りこんだ泥でできていた。障子は、もちろんコウゾやミツマタを原料に、手作業で漉いたものをつかっていた。屋根は、近くの湿地帯に成長するカヤで葺かれていた。カヤで作った屋根は、一世代つまり30年はもつといわれていた。

 日常生活も目に見えていた。種をまく。その大地には、家畜や人間達の排泄物からつくられた肥料がほどこされた。大地は、家畜が耕した。家畜の餌は、近所に自生している雑草やワラを刻んだものが与えられていた。味噌も醤油も自給した。野菜も米も、川魚や貝類も、周囲には豊富にあった。柿、イチジク、栗、梅、梨、ぶどう、あけび、グミ、りんご、ゆず、びわ、くだものも限りなくあった。

 でも、あれからわずか50年だけど、もう、あそこの地平までは、もう戻れないだろう。いくつかの理由があるが、まず、それを支える家族が消えてしまった。地域のネットワークがなくなってしまった。社会がまったく変貌してしまったのである。当時は保険なんてなかった。だれかが病気すれば、みんなが手に手にお見舞いをもって慰めに行った。病人はみんなに元気付けられ、経済的困窮も救われた。保険の元型のようなものだ。ひとりは万人のため、万人はひとりのため。でも、今は、それらが、より個的に解体されてしまっている。

 熊から王へ。しかし、王から熊へは、もう戻れない。

つづく






Last updated  2009.02.09 21:28:25
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「人類最古の哲学」 カイエ・ソバージュ<1> 
中沢新一 2002/1 講談社選書メチエ 

 カイエ(Cahier)は、フランス語で「ノートブック」、ソバージュ(Sauvage)は「野生の」の意である。大学の「比較宗教論」の講義録である。5冊シリーズの第一冊。2001年の4~7月の期間にはなされた「神話」に関する部分が収録されている。古事記や日本書記が学校で教えられなくなったことを惜しみながら、神話といわれる何万年もの間に積み上げられた人類の最古の哲学を紐解く。レヴィ=ストロースの「野生の思考」に触れ、アメリカ・インディアンの文化に触れる。

 この講義の行き先が、すでに読んでしまったカイエ・ソバージュ<5>
「対称性人類学」「アースダイバー」を経て「芸術人類学」に流れていくプロセスを考えてみれば、このスタートは、まずまず穏やかで、行く手に夢を書き立てるスタートと言えるだろう。

 ただ、この時期は、麻原集団事件の悪夢から解放された中沢が、ようやく次のステップに歩み始めたような雰囲気の時期でもあり、また、9.11前夜でもある。この次の<2>で、その新たに21世紀最初におきた大事件を、どのように捉えているかを見るのも、ちょっと楽しみだ。

つづく







Last updated  2009.02.09 21:30:05
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「フィロソフィア・ヤポニカ」 
中沢新一 2001/3 集英社 初出「すばる」1999/6~2000/12

 洒脱で饒舌で好奇心旺盛な冒険少年・中沢の探検譚は続く。そもそも日本哲学ともいうべきところを、鳥類の新種でも発見したごとく「フィロソフィア・ヤポニカ」となずける。西田幾多郎と田邉元の比較のなかから、西田が脚光を浴びているほどに田邉は厚遇されていないどころか、無視、黙殺されているのではないか、と中沢は危惧する。田邉の哲学的思考がすばぬけたハイブリットな現代性を備えているのではないか、というのだ。

 中沢の著書のジャンルは多岐に渡る。突然に突入した中沢ワールドに長逗留する気はないが、当代きっての流行作家(?)の、ものごとを面白く見せる手法には、まなぶところが多い。このようなニューアカデミズムといわれる彼の手法が、学問的にどれだけ正当性があるものかわからないが、どんなジャンルや、どんなテーマでも、中沢新一、という名前を冠することによって、読ませてしまう、という力があるようだ。まるで剛速球投手だ。どんな悪球でも、そのスピードにごまかされて、ついつい空振りしてしまう。読者はストライクをとられてばかりいる。

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2008.02.28 <再読>






Last updated  2009.02.09 21:30:59
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2007.03.13
カテゴリ:マルチチュード

「気流の鳴る音」 交響するコミューン <1>
真木悠介 初版1977/5 筑摩書房

 小生にも、それほど多くはないけれど、ずいぶんと長く交流を保ってもらっている知人というものがある。その人々は、友人とか知人とか旧友とか、ありきたりの紹介を超えて、あるいは同志とか仲間とか朋友とか、いう言葉も超えて、なにやら、自分と一体化してしまっている場合がある。当然、恋人や伴侶でもないので、一定程度の距離は保たれているのだが、手を伸ばせば、いつもそこにいる関係というか、そのような存在である。

 そのような貴重な存在の一人である、H倉女史の紹介にあった一冊。有名な、真木悠介=見田宗介については、当然のごとく名前は知っているし、その活動の一旦はとうぜんのごとく知っている。しかし、本来あまり本を読まない上に、面倒くさがりで、もの知らずの私は、この有名な本を今回初めて読むことになった。

 読んで初めてわかったことは、ほぼ全編、カルロス・カスタネダの「ドン・ファンの教え」にかかわる文章だった。1973~1976年に「展望」「朝日新聞」や「朝日ジャーナル」に掲載された文章を一つにまとめたものである。なるほど、この時期であれば、コミューン、というモダニズム、ドン・ファンの教え、という新潮流が、全編これ影響力が濃く反映されているのは、当然だろうと思う。

 1980年初頭からでてくる
中沢新一村上春樹などを読むよりも、この真木悠介の方にノスタルジアを感じるのも、当然といえば当然のことだ。伊東乾の「さよなら、サイレント・ネービー」の中にも、真木(見田)はでてくる。あるいは、ドン・ファンは林郁夫の本の中にもさかんにでてくる。70年代中半にあっては、これらのことが、まだまだ発芽がはじまったばかりの、一体渾然とした未明の時代であったのかも知れない。

 60年代~70年代の政治の時代から、カウンターカルチャーへの変換期としてでてきた真木の存在は、80年代の中沢や村上によってニューカルチャーとして社会の中に根ざし、成長過程において、林郁夫
早川紀代秀らの精神風土を育て、90年代においては、その名も鬼っ子にふさわしい松本智津夫によって、戯画化され、実践的に反証されたと言えるかもしれない。しかし、社会は、この問題をゆっくりと時間をかけて解決しようと努めており、21世紀初頭に起きた9.11をみるにつけ、かつての「全共闘」にもその類を発見しながら、これらの時代性を克服しようとしているかに、私には見える。

 ないしは、そのように時代を捉えている私がおり、そのような展開にこのブログをもっていこうとしているのだが、はて、どうなるか。思うところの多い一冊である。コミューンという言葉の使い方が初々しい。

<2>につづく







Last updated  2010.07.07 10:38:58
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2007.03.12
カテゴリ:マルチチュード

 

「哲学の東北」 
中沢新一 1995/5 青土社

 およそ洒脱な中沢新一と「東北」は似つかわないミスマッチのようでいて、どこか独特な妙味があるような、さてどうなるのか、この勝負、なんて不思議な胸騒ぎがしていた。さっそくでてきたのは、宮沢賢治だった。そして、太宰治や寺山修司だった。うん、嫌いじゃないし、はずれてもいないよな。だけどちがうよなぁ、と、どこか胸の奥底で叫んでいる。途中で出羽三山の羽黒山の修験道がでてきて、ようやく、一息ついた、ということか。

 しかし、本当は、キチンとしたルーツがあった。「踊る農業」森繁哉だ。山形県大蔵村の役場に勤めながら、「すすき野シアター」をやっている。私はこれでやっと安心した。ようやく中沢を東北に迎え入れたという感じか。こころ許すかんじだな。それまでは意地悪する(笑)。

 私はもともと東北にあこがれていた。だから、学生の頃から、何度もこの地方は旅をしていた。しかし、この世界の魂のようなものに触れることはできなかった。私は扉を開くパスワードを知らなかったのである。それを、森さんがこっそりと私に教えてくれた。ちょっとした言葉の切れ端や、何気ないしぐさなどに、それは上手に隠されているから、案内の人の好意がなければ、なかなかそれとは気づかれない。私の前に、広大で、魅惑にみちた世界の扉を開いてくれた森さんに、私は心の底から感謝の気持ちをいだいている。p233

 1991年12月に、環境心理学国際シンポジウム
「スピリット・オブ・プレイス」(SPS)開かれた。私もその主なるスタッフの一人だったのだが、その時の、ゲストの一人として呼んだのが、森繁哉だった。SPSについては、このブログでもなんどか再構成を試みているが、まだ出来ない。そのうちやろう。

 東北はどこの世界にもある、というのが僕の考え方です。日本の東北だけではなしに、ヨーロッパの東北、世界の東北というのが存在しています。たとえばロシアなどは、ヨーロッパの東北地方でしょう。そのために、あそこでは、いつも魅力的な変なものが、生れます。だいいちあそこでなければ、レーニンのような変な人物は、生れなかったでしょう。それに、地理上のことだけではなく、映画の東北、音楽の東北、料理の東北、政治の東北、そして、哲学の東北というものがあります。p110

 この辺は、饒舌なる中沢のいつもの常套手段だから、見逃しておこう。もともと、この本自体が、つまりは東北について書こうと思って書かれた本ではなく、編集者が東北に関連する文章をあとでまとめて一冊にしたものだ。不足感は、あって当たり前だろう。東北には「東北学」というものがある。土地のものではないとわからないことがある。沢山ある。あたりまえにある。あるいは、これは東北にかぎらず、どこでも同じなのだろうけど。

 僕はね、東北の世界をひと言で言ってみろって言われたなら、前からこれは<あいさつの世界>だなぁと思っていたの。あんまり会話しないんですよ、だけど会うと必ずあいさつをする。その瞬間<開く>わけですね。それで十分なんだ。開いたあと、何か言葉で開きを埋めていく必要はないんだ、という。p93

 うん、そうだね。その通り。うまいこと言う。さすが。よそ様だからそういう発見ができる。しかし、そういう発見をすること自体、まだまだ東北に慣れきっていないことになる。まぁ、中沢は東北人にはならないだろうし、なれない。最終的には理解できないのではないだろうか。だからこそ、うまく説明することができる。チベット人ではないからこそ、チベットをうまく解釈したように、中沢は東北人ではないからこそ、東北をうまく<誇張>して表現できる。

 本当のこと言うと、北方日本というのは嘘の王国なんです(笑)。その象徴が「東日流外三郡誌」(つがるそとさんぐんし)です。あの巨大なホラ話はどうだ。歴史はホラでできているって、その本は断言していますね。そのとおりで、歴史なんてみんな嘘なんじゃないかなぁ。p209

 麻原が酒井勝軍ゆかりの
ヒヒイロガネの伝説を追って東北に入ったのが85年6月。中沢が森繁哉と出会って東北に入ったのが86年春。二人とも、「巨大なホラ話」の中に期を前後して入って行く図はなかなか愉快というか、可笑しい。考えてみれば、中沢がこの「哲学の東北」を脱稿したのが1995年3月、地下鉄サリン事件と同時期なのである。クロスしているようで、微妙にずれていた二人の時空は、またまたここでエンカウンターする。

 中沢が「巨大なホラ話」の中で洒脱に「哲学」するとき、麻原は「巨大なホラ話」をヴァジラヤーナ的に現実化しようとしていた。麻原がもうすこし「哲学」していて、中沢がもうすこしヴァジラヤーナしていたら、あの90年代の「虚妄な高揚感」と「脱力する喪失感」は、体験しなくても済んだのではなかったか。歴史に「もしも」はないが、かえすがえすも念が残る。







Last updated  2009.02.09 21:34:18
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2007.03.11
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「秘密と嘘と民主主義」 
ノーム・チョムスキー 田中美佳子・訳 2004/7 原書1998

 身近にこのような、なんでも教えてくれる「親切なおじさん」がいたらいいだろうなぁ。すべて正しいとは言いがたいが、なにか考えていて、よくわからないナァ、と思ったら、まずおじさんの意見を聞いてみる。おじさんなら大体なんでも知っている。そして気の利いたアドバイスをしてくれる。最初からなんでもかんでも聞いてしまうと、これは全部物まねになってしまうし、こちらの考える力が減退してしまう。でも、いろいろ考えてみて、どうしてもわからないことがあったら、聞いてみよう。そして、その意見を参考にして、自分なりにもう一度考えてみよう。

 そんな思いにさせてくれる一冊。デビッド・バーサミアンという人が行なった一問一答式のロングインタビューがもとになっている。もちろん、インタビュー後に、丁寧に手が入れられていることは間違いない。だけど、その問い自体が非常にわかり易く、関心のあることなので、ついつい読んでしまう。さすが、アメリカの良心だ。

 
チョムスキーについては、ちょくちょくこのブログでも読んできたが、岡崎玲子との対談との対談のように、わかり易く、また、安心してその話を聞いていられるという不思議な魅力を感じる。この人、本業は言語学者、ということなので、いずれは、こちらのほうの仕事にも触れてみたいと思う。

 この本は日本語訳は2004年にでているが、原書は1998年にでているので、インターネットの捉え方が、まだ当時のままだし、ましてや2001年9月におきた、いわゆる9.11にも触れていないので、逆にわかりやすい、と言えるのかもしれない。

 マリファナは人びとのためになるか、ならないかといった議論は可能だが、少なくともマリファナの常用者が6千万人いるなかで、あやまって致死量を服用したという話は聞いたことがない。マリファナの使用を犯罪あつかいする背景には、薬物の取締まり以外の目的があるのだ。p041

 子供のころの私は、フィラデルフィアの中心街にある公共図書館に入りびたっていた。まったく申し分のない図書館だった。つねづね私が引用している無政府主義や左翼マルクス主義の型破りな文献は、すべてこの図書館で読んだものだ。p083

 インターネットは真剣に考慮されるべき技術だ。ただし他の技術と同様、インターネットも多くの可能性と危険をはらんでいる。「ハンマーは良いものだろうか、悪いものだろうか」という質問は意味がない。大工の手にかかればそれは役に立つものだし、拷問者の手にかかれば悪用される。インターネットも同じだ。さらにインターネットが良い目的に使われたとしても、それだけですべての問題が解決できるわけではない。p226

 一問一答、それぞれに面白いが、難点といえば、そのほとんどがアメリカ的社会からみる世界観について語られていることだ。それでも、
中丸薫的な世界観に引きずられるよりもましかな、と思う。日本人でこのようなおじさんがいればいいのにな。







Last updated  2009.02.09 21:42:00
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「グリーンピース・ストーリー」 
マイケル・ブラウン ジョン・メイ 中野治子・訳 1995/12 山と渓谷社 原書1989

 
星川淳グリーンピース・ジャパンになってから、すこしこの団体も身近に感じられるようになったが、どうもその売り物である「直接行動」というスタイルに、率直に言って「エコ・テロリスト」的な過激さを強く感じていた。

 特に、反捕鯨的運動には、私自身はあまり共感はしていない。私の地方では、鯨は、牛や豚よりも当たり前の食事として、食文化になじんでいたものだった。卵を産まなくなった廃鶏がたまに食卓に上ることもあったが、肉はあまり一般的ではなかった。魚や野菜、山菜を中心に食卓をにぎわしていた。牛や馬は、家畜として大事に扱われ、むしろ家族の一員として(いまのペットブームに似ている)同じ屋根の下で暮らしていたものである。

 ところが戦後の農業改革の中で家畜が必要なくなるとともに、動物食も増えてきた。自家生産していた食事も次第次第に金銭的に購入するものになっていった。このような時代に、反捕鯨団体グリーンピースは日本のマスメディアをにぎわすようになっていった。

 鯨は動物だから殺すのはやめよう、という主張は主張として、筋が通っていると思う。しかし、それでみんながベジタリアンになったわけではなかった。むしろ動物食が加速した。しかも、そのほとんどの食肉は輸入に頼ることになってしまった。鯨をウォッチングするのもいいが、大量の動物達をト殺し続ける文化を放置しているのはいかがなものか。動物愛護という視点でいえば、むしろ、アメリカのBSE混じりの牛タンを食べている現在よりも、ワラにまみれて一緒の屋根のしたで牛と暮らした生活のほうがよっぽど理にかなっている。

 地域の港は、捕鯨基地としては日本で有数の水揚げ高を誇っていた。町全体が鯨で成り立っていたといってもいいくらいだった。ある友達は、水産会社に勤め、この鯨の解体作業の勤務についていた。結構朝早くとか忙しかったらしい。でも、家族からは「鉄砲さんにはなるな」といわれていたという。鉄砲さんとは、捕鯨船に乗って、縄の付いたモリを鯨めがけて打ち込む作業の人たちだ。この人たちは、それなりに賃金はよかった。

 しかし、その友人が言うには、この鉄砲さんたちの末路は必ずしも幸せだったとはいえなかったという。真かどうかは知らないけれど、その家族には、健康的に障害が起こることがママあったという。高収入者に対するやっかみも会ったかもしれないし、治療代を稼ぐために、人から嫌われる作業についたかもしれないし、定かではないが、少なくとも私の友人は「鉄砲さん」にはなりたくない、と思っていたそうだ。

 鯨を愛そう、ということはそれなりによさそうなことだ。しかし、その代わり、輸入肉に頼っているのもいかがなものか。さらに鯨の食物連鎖から言って、本当の意味で、自然環境保護の面からどうなのかは、専門家ならざる私には、一言では解決できないテーマだ。

 グリーンピースも、いままでのような反捕鯨一本やりではなくなったとも聞く。私たちの食卓に鯨が上らなくなって、すでに久しい。もう30年くらいになるだろう。たしかに筋っぽいところは美味しくないが、でも、鯨の味噌漬けの焼いたやつなどは、たまには食べたいナァ、と思うときがある。

 最近、害獣駆除で仕留められたイノシシを知人から譲り受けて、食べる機会があった。料理方法もよくわかないまま、サイコロ状にきった肉を圧力釜でやわらく甘露煮にして食べてみた。どことなく草原の味がした。「おいしい」という感覚ではなかったが、自然を食している、という感じはした。

 なにもグリーンピースは、鯨問題ばかりやっているわけではないが、どうもグリーンピースと聞くと、どうしてもこの問題はさけて通れない。この本は原著が89年で、日本語訳は95年にでている。かなり古い情報になってしまうが、そのルーツを知るにはよい本だろう。






Last updated  2009.02.09 21:35:24
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