地球人スピリット・ジャーナル1.0

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2009年4月1日

地球人スピリット
・ジャーナル2.0


へ引越しました。

全108件 (108件中 1-10件目)

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mandala-integral

2009.01.14
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カテゴリ:mandala-integral
<1>よりつづく


「トランスパーソナル心理療法入門」 <2>
諸富祥彦・編著 2001/07 日本評論社 単行本 280p
Vol.2 No.515  ★★★★☆

 当ブログが始まったきっかけはいくつかの要素があった。

1)一時夢中になったもののSNSに物足らないものを感じはじめ、ブログという機能も登録してみたが、なかなかネット上の自我を形作ることができず、またアップすべきテーマも見つけることが難しかった。

2)たまたま家族の運転手としてついて行った図書館の新刊本コーナーに結構おもしろそうな本があることに気づき、図書館通いが始まる。そのうち、図書館ネットワークがグレードアップし、自宅から様々な図書をインターネットを通じて検索できるようになった。

3)世の中、どんな本が流通しているのだろうと、手当たり次第、図書館から借りだして読んでいるうちに、読書メモをする必要を感じ、折衷案で読書ブログのようなものがスタートすることになった。

4)テーマも方針もないまま読書をすすめたが、結局、自分がもともと関心を持っていたテーマに絞られていった。そしてそれらについて想定以上の書籍が流通していることが分かりはじめた。

5)読書の面白さとともに、読書の限界も分かってきた。ブログの面白さが分かってきたが、ブログの限界(特性)も分かってきた。次なるステップを模索する段階になってきた。

6)1500冊あまりに目を通してみて、そこからもっと深めてみるべきテーマが見つかってきた。ブログやインターネット上の機能についてやや理解が深まり、リセットして、再スタートすべき点があることに気がついてきた。

7)ブログであれ、読書であれ、始まりがあれば終わりがある。長い沈黙(失語)の後に当ブログが始まったことを考えれば、次第次第に言葉が失われ、長い沈黙に帰っていくべきであろう、というイメージがある。終わりというより、ひとつの円環の完成である。

 この本の編・著者である諸冨祥彦の「トランスパーソナル心理学入門 」1999/08は、初期的に当ブログに登場し、最初期から関心のある一冊だった。途中から、この本の兄弟本ともいうべきこの「トランスパーソナル心理療法入門」という本があることがわかったが、なかなか読むチャンスがなかった。その後、読む気になってリクエストしてみたが、他に借りだされていて、自分の番になるのが結構時間がかかった。そして、ようやく手元にやってきたのだった。

 この本に目を通していて、最後の最後まで気がつかなかったが、この本は、諸冨を編集者としているものの、14人の研究者たちによる共著である。それだけこの本が一冊の本としての統一性があるということにもなろうが、また、「トランスパーソナル」という概念にものごとをすべて押し込めてしまおうという意図の表れでもあり、「入門」というより「包括」したため、さまざまなことが落とされたということでもある。

 私が、え?この本、諸冨が書いているの? と疑問を持ったのは、第15章の「唯識仏教とトランスパーソナル心理療法」というところまで来て、これを書いているのは実は14人目の執筆者の岡野守也であることに気がついてからであった。つまり、1~14章はわりと流し読みで気を入れて読む気になっていなかった、ということだろう。

 岡野守也については、「トランスパーソナル心理学」1990/01以来、気にはなっているが、追っかけをしたことはない。特に近年におけるもろに仏教用語を前面に出した一連の著書については、目を通してからではないと判断できないが、目を通すだけの価値があるように思われる。

 唯識は、さらにその底に「アーラヤ識」という心のもっとも深い領域を想定する。「アーラヤ」は、「蔵」を意味するサンスクリット語で、すべての存在、生命を形成する基になる種子が蓄えられた領域である。

 仏教は古代インドの世界観を受け継いだところがあり、生命はこの生だけで終わると考えず、生まれ変わり死に変わる「輪廻」があると考えている。そして唯識は、アーラヤ識が輪廻の主体であると捉えている。仏教を含むインド思想では、ある行為はかならず後に影響力を残すと考えられており、行為と残存影響力の両方を含めて「カルマ(業)」と呼ぶ。アーラヤ識は、カルマの種子を蓄えた蔵であり、その働きによって、人間は生命を維持し、それに執着するというのである。アーラヤ識とは、「命と命でないものを分けた上で、命に過剰にこだわる心の働きである」といっていいだろう。

 人間の心に奥底=深層にマナ識、アーラヤ識という領域があり、その相互作用によって、自分と自分の命への過剰な執着が生まれると捉えられている。すなわちアーラヤ識が自我に執着するマナ識を生み出し、マナ識が自我への執着を通してアーラヤ識を見たとき、命が他とのつながりによってある時期現れて消える流れのようなものではなく、固定的な「自我の所有する命」というふうに見えるというのである。このアーラヤ識とマナ識のいわば悪循環が、他のすべての煩悩の源泉となる。

 しかし、アーラヤ識はいわば種子の貯蔵庫であるから、それ自体は善でも悪でもなく中性であり、ふつうの人間の現状は、そこに貯蔵された種子からマナ識を経由して意識に煩悩が生まれ、そのカルマの種子がまたマナ識を経由してアーラヤ識に蓄えられ、そこからまた煩悩が芽生え・・・・という悪循環を繰り返しているが、そこに覚りの種子を植えれば、やがて覚りが芽吹いてくることも可能だとされている。

 唯識では迷いから覚りへ突然飛躍するとは考えておらず、非常に長い時間がかかるとされているが、しかし長い時間をかけて修行することによって、迷いの心理構造である八識は、表層から深層まで智慧の心理構造に変容することが可能だというのである。  p275







Last updated  2009.01.15 15:12:17
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2009.01.13
カテゴリ:mandala-integral
<5>よりつづく


「エスリンとアメリカの覚醒」 <6>人間の可能性への挑戦
ウォルター・トルーエット・アンダーソン /伊東博 1998/09 誠信書房 単行本 336p

 その時地平線の上に大きく姿を表してきたのがバグワン・シュリ・ラジニーシだった。彼の弟子をよく見かけるが、オレンジ色の衣装を着て、ラジニーシの写真の入ったネックレスを身につけ、ラジニーシから与えられたあたしい名前を持っていた。ラジニーシは、パイオニアだった。東洋の精神的リーダーとして、その教義のなかに西洋の方法や考え方を統一した最初の人であった。実際には西洋文化はさまざまな形でインドには広がっていた。ガンジーはロンドンの神智学者の影響を受けていたし、オロビンドは西洋の哲学や心理学を研究していた。しかし、ラジニーシほどに広く折衷した人はいなかった。スーフィー教の比喩を引用し、ウィルヘルム・ライヒについて長々と話した。プーナの学園の勉強は、瞑想と講義だけではなかった。ゲシュタルト療法やエンカウンター・グループも含まれていた。単なるアシュラムではなかった。それはインドのグロース・センターだったのだ。 

 プライスはラジニーシの本を何冊か読み、講演のテープを聞き、そのなかに大事なものがあることを知った。ラジニーシはアメリカのオスカー・イチャゾのような多種類の演習を用意していた。イスラムの秘境ダルヴィーシュの(踊りながら)動きまわる瞑想があった。標準的なラジニーシの瞑想は、跳び上がる、マントラを唱える、踊る、ときにはある姿勢のまま凍りつく、最後には床の上で深い休憩の時間を楽しむといったものであった。部屋いっぱいのひとがこうした瞑想をしているのを見ていると、精神主義について抱いていた最悪の先入観がやはり本当なのだという気がするのだが、実際にやった人は奇妙な感動を覚えるのだ。かなりの運動になったと。瞑想の情動を開放と身体運動に結びつけるというラジニーシの基本的な考え方は素晴らしい発想だとプライスは考えた。 p296 

 時は1977年、今から32年前の話だから、ひとつもふたつも昔々のお話となってしまった。この年、立川武蔵もプーナのOSHOアシュラムを訪問していたし、若輩わたしくしめもちゃっかりグループ・セラピーに参加したり、瞑想したりしていたのだった。1985年11月、プライスは、エサレンの近くにあるホットスプリング渓谷を散歩中に、偶然なる落石により事故死したという。合掌。

 この本のエッセンスは、はかり知れないものがあり、参考するとなると、全文引用しないといけないほどだ。いまや輝かしい歴史となってしまったエサレンだが、トランスパーソナル心理学の歴史には欠かせない1頁を飾ってくれているということになる。現在のエサレンがどうなっているのか、知らないが、かつての鬱勃たるエネルギーは霧消してしまった可能性が強い。 

<7>につづく







Last updated  2010.06.27 21:46:45
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2009.01.12
カテゴリ:mandala-integral

​​「維摩経」 <1>
長尾 雅人 1973/10  中央公論社 文庫本 186p
Vol.2 No.512 ★★★★☆
​​

 維摩経、というと、まず母方の祖父を思い出す。いちばん最初にこの経典について聞いたのは彼からだった。80を悠に超す長寿を全うし、最後には、菩提寺から「雲を耕し、月を釣る」という意味の法名を贈られた彼だったが、僧籍にある人物でもなかったし、風月を愛でる趣味人でもなかった。一介の実業人にすぎず、若い時分から刻苦勉励の人ではあったが、大家族の長子に生まれ、質素な生活のなかで、近隣から慕う人も多かった。

 特段に経典を持ち出すでもないが、燃料会社から毎年もらうカレンダーを背にかけて、その中にある、時々の「禅語」をひきあいに出しては、来客へのもてなしとした。若い時分から近くの寺の座禅会に参加したというし、寺の総代のような世話人もしたりしたが、たまには若い住職などに苦言を呈したりしていたようだ。

 10代にから20代にかけて、彼の家を尋ねると、きまって、彼流の禅問答がでてくることになり、ちょっぴり辟易ということもないでもなかったが、あの当時の、あの薫陶があればこそ、自らを振り返らんという機運が植え付けられたのかもしれないと、今はとてもありがたく思う。

 そんな彼が、得意としていたのは、達磨と慧可の出会いである断臂の話であり、在家の在家たる維摩詰(ヴィマーラキルティ)の「活躍」の話だった。特に晩年は、高齢に伴う身心の変化にともなって、同じ話を毎回毎回、初めて話すような口調でなんども聞かされたものだった。

 祖父が学んだ維摩経は、奈良朝以来、わが国で愛されてきた鳩摩羅什訳であっただろうが、この本は、唯識やチベット密教研究の第一人者だった長尾雅人が、チベット経典から直接和訳したものである。だから、よりインドにあっただろうとされる仏典に近いとも思われるが、依拠すべき文献の小さな差異など、祖父と私の間を隔てるものにはなり様がない。ただただ、ひたすら、ひとは、菩薩を目指すべきであり、ひとは、在家にあっても菩薩でありうる、ということの確認、再確認でしかなった。いや、祖父の説によれば、在家であればこそ、菩薩であることの意味がますます高まるのであった。

 最晩年の祖父に、聞いたことがある。人生でいちばん大切なことはなんですか。
 なんだ、そんなことも分からんのか? と笑いながら、彼は、傍らの紙切れに「自未得渡先渡他」と書いた。

 あるいは、彼がなくなった後に、叔父たちの話によれば、普段身につけていた手帳には、「施無畏」と、処世訓のように書いてあったという。

 「維摩経」は、考えようによっては、議論につぐ議論であり、哲学の書、と言えないこともない。しかし、私は、これらのひとつひとつを議論の材料とはすることはできない。それはひとつのできあがった物語であり、それ以上、付け加えたり、削除したりして楽しむ経典ではないよう思う。

 あるいは、宇宙のかなたまで飛ばされてしまううようなファンタジーと読むこともできないではない。しかし、やはり、かえってくるのは、いまここ、ありのままの自分というところだった。20代以来、まったく同じ本を何度かめくってみたが、毎回感じる味わいが違っている。どの本においてもそうなのだろうが、とくにこの本は、最初から身近でありながら、最後まで身近に感じられる不思議な本だ。あまりにも、この維摩詰(ヴィマーラキルティ)が魅力的であるからだろうか。

 もちろん、維摩詰が実在した人間だったとは言い難いし、経典の成立にともなって幾重にも装飾が繰り返されてきたことは、多いに察することができる。しかし、それであればこそなお、仏教というものの魅力、あるいは、それを支えてきた人間存在の魅力に圧倒されることになる。

​​ 法はアーラヤではありません。アーラヤを喜ぶ者は、法を求めているのではなく、アーラヤを求めているのです。法は無相であってむなしい。相に従って識知する者は、法を求めるのではなく、相をもとめているのです。法は、それと共住しうるようなものではない。法とともに住しようとする者は、法を求めているのではなく、(法と)住することを求めているのです。法は、見たり、聞いたり、判断したり、知ったりさえるものではない。見・聞・覚・知を行なうものは、見・聞・覚・知を求めているのであって、法を求めているのではありません。大徳シャーリプトラよ、法は有為でもなく無為でもない。有為を対象とするものは、法を求めるのではなく、彼らは有為をとらえようと求めているのです。それゆえに、シャーリプトラよ、法を求めようとするならば、あなたはいかなる法も求めてはならないのです。 p81

​<2>につづく​
​​







Last updated  2018.04.27 08:08:03
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2009.01.11
カテゴリ:mandala-integral


「いかにして神と出会うか」
ジッドゥ・クリシュナムルティ /中川正生 2007/06 めるくまーる 単行本 266p
Vol.2 No.510 ★★★★☆

 著者クリシュナムルティは(1895~1986)は、生涯にわたり世界各地で講演を行なった。本書はその中から、主として神について語った部分を、クリシュナムルティ・ファンデーションのメアリー・カドガンが選んだものである。p259「訳者あとがき」

 もっとも古いものは、1936年の6月ペンシルバニア州エディントンの講演で、もっとも新しいのは1980年4月のデビッド・ボームとの対話であり、実に45年間にわたっての講話録のオムニバスである。英語版は1992年発行、日本語版は2007年6月発行、クリシュナムルティ本としては近刊と言えるだろう。クリシュナムルティ本は日本語で読めるものだけでも4~50冊あり、当ブログでは、すべてを読むどころか、そのうちのごく一部に目を通すだけで終わりそうである。

 「いかにして神と出会うか」という主テーマであるが、もちろんここで「神」と言われているものは、クリシュナムルティの言うところの神であるが、その方法としては「瞑想」があり、「瞑想」とは、つまりは、ここにいることだ、ということになる。何十冊の本を読み、彼の言葉に耳を傾けようと、それ以上のことはない。

 どうか耳を傾けて欲しい。あなたは、仮説、信仰やドグマを信じ、神についての考えで頭がいっぱいになっている。真理や神が何であるかについて書かれたあれこれの書物を読み、心は驚くほど落ち着かなくなっている。知識がいっぱいに詰まった心は不安定であり、静かではなく、重荷を背負い込んでいるだけである。単に重苦しいということは、心が静かであることを意味しない。たとえ神の存在を信じていようと神に不在を信じていようと、心が信仰に満ちているとき、心は何かを背負い込んでおり、そのように荷を負っている心はけっして真なるものを発見することはできない。p114 「ボンベイにて」1955年2月27日

 質問事項は断片的に書かれており、質問者についてのプロフィールや付記はなにもない。誰がどういう形で質問したのかが分かれば、もっと意味を玩味することもできるかもしれないが、クリシュナムルティ本は、そのような配慮を排除している本が多い。ないしは、それを察することをできるほどには、当ブログはクリシュナムルティ本になじんでいない。

 瞑想の目的は何だろうか? 瞑想とはいかなる意味か? あなたが瞑想したことがあるかどうかは知らないが、本当の瞑想がどういうものであるかを発見するために、一緒に経験してみよう。わたしの説明をただ聞くだけでなく、ともに真の瞑想を見出し、経験しようではないか。なぜなら、瞑想は重要なものだからだ。そうではないだろうか? もし正しい瞑想とはどういうものかを知らなければ、自己を知ることはできないし、また自己を知らなければ、瞑想は無意味である。p147 「ロンドンにて」 1949年10月3日

 クリシュナムルティは誰に語りかけているのだろう。インドの聴衆か、イギリスの会員たちか。あるいは、もっと時間も空間もこえた、アカーシャの記録にか。

 すでに話したように、瞑想というものは人生における最も重要なもののひとつ、いや、たぶん最も重要なものである。もし、瞑想を行わないなら、思考、精神、脳の限界を超えることはできない。ところで、瞑想の問題を論じるためには、まず何よりも先に、徳を基礎に据えておかなければならない。ここで言う徳とは、社会から強制された徳、つまり恐怖、貧欲、羨望、賞罰などによって作られた道徳のことではない。そうではなく、自己認識があるときに、自然に、おのずから、何の苦もなく、いかなる争いも抵抗もなしに生まれた徳のことを言っている。自己を知ることなくして、したいことをしてみるといい、それではとても瞑想状態に至ることはない。p154 「マドラスにて」 1964年1月29日

 時代性を超え、地域を超えても、クリシュナムルティは健在であり、言わんとしていることに一貫性がある。しかし、その一貫性こそがクリシュナムルティの魅力でもあるが、また、読む者を惑わす迷路でもある。

 生きていながら、われわれが死と呼ぶ不可知なものを知ることができるだろうか? あなたは、本で読んだり、気休めへの無意識の願望が書き取らせたりした、死後に起こることについてのすべての説明を、いますぐに捨て、死の状態----それは驚くべきものに違いない----を味わい、体験することができるだろうか? もしいま、死と呼ぶ状態を体験できるなら、生と死は同じものである。p216 「カリフォルニア州オーハイにて質疑応答」 1955年8月21日

 クリシュナムルティは他者の本を引用したり、人名をあげたり、他の伝統についての理解を披瀝したりすることはない。だが、その言わんとすることが、かならずしもクリシュナムルティだけの独創ではなく、当ブログでも読み込んできた、他の流れにも共通する見解を見つけることは、必ずしも難しくはない。

 クリシュナムルティはわれわれのなすべきことにつき次のように説いている。「神や真理に出会うことが宗教的行為ではない。唯一の宗教的行為は、自己認識を通じてこの内面の明晰さに到達することである」(p233)。つまり、神を見る、神に出会うということは、とりもなおさず自分の心を知る、あるいは自己を知ることであるという。ここでいわれる「内面の明晰さに到達する」とは、まさに「大乗起信論」の説く自覚awakeningであり、禅でいうところの悟りに他ならないのではないだろうか。p264「訳者あとがき」

 いずれにせよ、J・クリシュナムルティ、・・・・たったひとこと、この人の名前を聞いただけで、ひとつの世界観がイメージできてしまうのだから、恐れ入る。







Last updated  2009.01.11 09:34:30
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2009.01.10
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「精神療法と瞑想」心を解くセラピー&メディテーションガイダンス
宝島編集部 1991/08 宝島社 単行本 237p
Vol.2 No.508  ★★★★★

 年末の大掃除の時に、納戸の段ボール箱をひっくり返したら、この本がでてきたので、とても懐かしくて、掃除の手を止めて見とれてしまった。1991年発行、そうそう、こういう本もあったのだよなぁ。

 この本、宝島編集部・編とはなっているが、OSHO関連の記事がかなりのスペースを占めている。10数名の執筆者の中には、チダカッシュがいたり、もとやま・ゆうほ、がいたりする。片桐ユズルは著名な学者・訳者でもあるが、彼もまたPuneを訪れたことのあるサニヤシン名を持つひとの一人だ。

 回し者(爆)たちの活躍により、この本は、あたかもOSHOワールドへの招待状のような事態になっているが、網羅している範囲は広く、さまざまなボディ・ワークやサイコセラピー、グループセラピーなどが紹介されている。仏教、チベット密教、禅、ハタ・ヨーガ、道教、仙道、カバラ、スーフィー、グルジェフ、シュタイナー、エサレン、トランスパーソナル、などなど、今見てもなかなか興味深いことがたくさんある。

 とくに「セラピー最前線」というコーナーでは、フィンドホーン・ファウンデーションも紹介されており、この本が出版された時点では、まったく目を通す気にもならなかったページが、今回はなんだか、別な形で興味深く見えてきた。当ブログにおいても、ひょんなきっかけで、フィンドホーン関連本をひととおり目を通してはみたが、正直申し上げて、私には退屈だった。私は、なにはさておいてもこのオランダのアムステルダム近郊のコミューンを訪問してみよう、という気にはならない。

 しかし、実際には、私のこのような態度に大きな落とし穴がある可能性は大きい。本を読んだり、紹介記事を見ただけで判断できないことは多くある。いや、いままでのほとんどのことがそうではなかっただろうか。かくいうOSHOコミューンにしたところで、私は本を読んだり、紹介記事を読んだりしただけでは、ほとんど99%何もわからなかったに等しい。ただ、OSHOコミューンの場合は、「不思議な力」で、いつのまにやら、OSHOワールドに拉致されてしまった、ということだったのだろう。

 だから、この本に書かれている数々の道、メソッド、グループ、そして、巻末に紹介してある本たちが、私と関係がないとは言い切れない。今後、どのようなきっかけで、どのような展開になるかなんて、わからないのだ。人生は未知なることでいっぱいだ。

 逆に考えてみる。じゃぁ、1991年にこのような世界が紹介されていて、あれから20年近く経過するのに、これらの世界観は、どのように成長したのであろうか、と。私の目には、これらの世界が素直にのびのびと現在に至るまで成長して、大木になっている、という風には見えない。この本の執筆者になった人たちの顔ぶれを見ていても、あるいは、ここに紹介されている流れの数々を追いかけてみても、それぞれに紆余曲折あったことが容易に想像し得る。

 少なくとも日本においてのこれらのムーブメントには、なにか大きな影が落ちている。この本の発行もとは「宝島」を発行していたJICC出版になっているが、当時は、日本のバブル景気をバックとして、人びとは、精神療法や瞑想に期待するものも大きかったはずである。ところが、その後のそのバブル景気の崩壊とともに長引く不景気の風は、のびのびと成長しようとした精神世界ムーブメントを大きく揺るがしてしまった。

 特に、1995年の3つの事件はかなり大きなエポックになった。阪神淡路大震災、そして暮れにウィンドウズ95の発売と並んで称されるのが、この年の3月に起きたあの忌まわしい事件である。直接この本と、あの事件に関わるものはなにひとつないが、しかし、このような本がのびのびと出版される背景のなかで、あの忌まわしい集団もまた成長を続けていたのだ、という同時代性を見落とすわけにはいかない。

 私はこの本を読みなおしてみたいと思う。しかし、それはただただ過去を振り返るというものにはしたくない。読むなら批判的に、検証的に読みなおしてみるのはどうだろう。車社会も、一定程度の車の普及があり、交通事故の多発の段階を経て、セーフティの考え方が発展した。ネット社会もまた、ある程度の普及を経過して、現在はかなりのジャンクな情報にまみれてしまっている段階にある。しかし、いずれは克服されなければならないのだ。

 それと同じように、「精神療法と瞑想」も、ある程度の認知の段階を経て、あるいは、とんでもない事件に巻き込まれながらも、そして停滞し、衰退し、一部は消滅しながらも、もし、車社会や、ネット社会が、人類にとってほとんど不可欠であるのと同じように、「精神療法や瞑想」の世界が、人類にとって不可欠なものであってみれば、一定程度の起伏はあっても、必ずや、人類史のなかの大きな関心事に成長していくことは間違いないのだ。

 だから、この本を突き合わせながら、「エスリンとアメリカの覚醒」をもう少し読み進めるのも一興かと思う。







Last updated  2009.01.10 16:36:00
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「魂の危機を超えて」自己発見と癒しの道
スタニスラフ・グロフ /クリスティーナ・グロフ 1997/03 春秋社 単行本 442p
Vol.2 No.507  ★★★★★

 もし当ブログが、現代の代表的職業

1)グローバル社会に対応する創造的なプログラマー
2)マルチな表現を理解する瞑想的なジャーナリスト
3)転生輪廻を自らの体験として理解する精神的なカウンセラー

と捉え、1)、2)はともかく、もっとも共感し得る象徴的存在として3)を考えるとするなら、このグロフの本こそは、まさにその手がかりとなる一冊と言える。翻訳者もさまざまあるが、安藤治という現役の医師の立場からトランスパーソナル心理学を支えてきた研究者が訳しているというところに、さらにリアリティを感じる。

 この本の日本語訳は1997年だが、原書の英語版は1990年にでているので、少し情報の古いところは気になるが、割合最近出版されている「スピリチュアル臨床心理学」などでも、グロフの仕事は大きく評価されているので、この本はこのまま現代の書として読んでもかまわないものと思う。

 グロフと言えば一部の薬物と過呼吸療法の権威ということになっており、そこが彼の持ち味でありながら、またそここそが彼のアキレス腱になってもいる。セラピー全般や、あるいは人間存在そのものに言及する時、グロフの一連の生き方が両刃の刃となって、立ちふさがる。

 当グログにおいては、1960年代の初期より精神療法の発達に大きな貢献をしたエサレンの歴史の一部を書いた「エスリンとアメリカの覚醒」を読みこみ中だが、いかんせん、あまりに伏線の多い本だけに、最終的には、どこかで放棄せざるを得ないだろう。

 エサレンの中から、代表的な流れをつまみだそうとすると、アラン・ワッツとこのスタニスラフ・グロフということになるだろうが、ワッツもようやくフォローしたところだが、グロフについては、いつのことになるかわからない。少なくとも、このカテゴリ内では出来そうにないので、次の「21th category」での継続作業ということになろうか。

 このカテゴリも紆余曲折を経ながら、現在は、玉川本の章建ての一つを借りて、「瞑想による自己超越の世界を説く」と仮称しているが、本来の名前は「Integral」である。グロフには、60年代以降のサイコセラピーを統合し、自己超越の瞑想の世界へつなげてほしい、という期待は募る。だが、その仕事の一筋縄ならざることを考えると、ひとりグロフばかりに期待することはできない。

 われわれが「トランスパーソナル心理学」と呼んだこの新しい動きは、多くの人々の熱狂的な支持を受けました。そうした人々の数が増えていくにつれて、私ははじめて専門家としてのアイデンティティと帰属感を感じました。しかし、そこにはまだひとつの問題が残されていました。トランスパーソナル心理学それ自身はまとまりをもった範囲の広い包括的な学問分野ですが、科学の主流とは絶望的にかけ離れているように見えたのです。p55

 この動きがスタートした時点においても、この本が書かれた時点においても、また、現在のすでに21世紀が10年近くたとうとする段階においても、かならずしも、人間社会の主流としてトランスパーソナル心理学は浮上していない。そしてまた、戦争の危機や経済の混乱、引いては自然界との軋轢など、人間界として、いずれは解決しなければならない問題は、いまだにほとんど手つかずに残されているような状態だ。

 さまざまな解決策はあるだろうが、実効的に解決し得る動きは、今どの辺にあるのだろうか。いやいや、人任せではなく、自分自身の暮らしの中に、そのような問題解決への糸口へと進んでいく突破口を見つけているだろうか。逡巡はするが、やはり、新しき人間像を追い続けている心理学の動きの匂いを嗅ぎ取り、その流れにいようとすることが、せめての一人分のラスト・ソリューションだ。

 言葉に言い表すということが困難であるということも、神秘的状態の大きな特徴である。こうした体験の性質、その深い意味、その重要性などを他者に、とりわけそれらを一度も体験したことのない人たちに説明するのは事実上ほとんど不可能である。その状態を人に伝えるのに言葉がまったく無力であるという嘆きが、神秘的状態を報告するほとんどすべてのものにみられる。この種の体験をした人々はしばしば、詩の言葉が----これも不完全ではあるが----そうした状態を言い表すための最上の手段であることに至る。東洋ではウマル・ハイヤーム、カビール、ミーラーバーイ、カーリル・ジブランなど、また西洋の伝統では、ビンゲンのヒルデガルト、ウィリアム・ブレイク、ライナー・マリア・リルケなどのような偉大な超越的詩人たちの不滅の詩の数々が、この事実を証明している。p135

 語りえないものを語るという作業を続ける必要もあるだろうが、語りえないものは語る必要はないというウィトゲンシュタインの悟りといい、人類がなにかあたらしいきっかけをつかもうとしていることは間違いない。

 20世紀のチャネリング・ソースのなかでも重要なものの一つは、自らを「チベット人」と呼んだ存在である。アリス・ベイリーもブラバッキー夫人も、自分たちの霊的著作の情報源がその存在だと認めている。イタリアの精神科医ロベルト・アサジョーリは、同じ存在がサイコシンセシスと呼ばれる彼の心理学体系の真の著者であるとしている。
 C・G・ユングは、その生涯で数多くのトランスパーソナルな体験をした。その中でも傑出しているのは、彼の有名な「死者への7つの語らい」をチャネルした劇的なエピソードである。ユングはまた、フィレモンという霊的ガイドとの強烈な体験をもち、その肖像画を描き残している。この存在との体験によって彼は、心のさまざまな側面が完全な自律的機能をもっていることを確信したのである。
 p164

 既知、未知、不可知、という意識の境界において、既知たる科学の領域はますます広がり、未知なる世界への開拓をつづけていることは間違いないが、その人間界の努力などはゼロに近くなるほど、不可知の領域の広さは計りしれない。

 スピリチュアル・エマージェンシーの渦中にいる人に関わる人々にとって是非とも必要なのは、心からの気遣い、配慮、愛情である。もしそれがなければ、援助は容易に操作的なものやコントロール・ゲームになってしまい、プロセスを妨げ、その渦中にいる人を傷つけてしまう可能性がある。変容の危機にある人の援助に、常に熟練した専門家が必要とされるわけではない。特にプロセスが比較的穏やかな場合、心構えができた家族や友人たちは自分の愛する人の変容プロセスになんとか対処しようとするだろう。理想的には、ヘルパーは書物やカウンセリングを通じて、プロセスのダイナミックス、そしてその肯定的可能性や治癒的特性についてある程度の知識をもっていたほうがよい。時には、なんの正規の知識もない、直観的な人が助けとなることもあるが、そうしたやり方はあくまでも次善の策である。 p328

 ヘルパーを自称する人たち----ダイナミックそのもののプロセスのファシリテーターないし助産婦として働くことにあまり乗り気でない家族や友人----に関して、2、3言っておきたいことがある。本当に付き添いたいと思っている人と、ふさわしくない人を見分けるよい方法は、その人の動機を考えてみることである。すでに述べたように、専門家であれ、友人であれ、家族であれ、関わりを持つ人々は、スピリチュアル・エマージェンシーにある人を心から気遣い、プロセスの癒しの力を信じ、手助けしたいという気持ちからその場に臨むべきである。もし、好奇心や、支配したいとか目立ちたいという要求から、あるいは自分が必要とされることへの憧れからそばにいるとしたら、おそらくそうした人がいることは障害になるし、煩わしいものになるだろう。 p350

 逆算してみると、つまりヘルパーと言われる存在になるには、まさに菩薩道の目ざめが必要になる、ということである。そして、それこそが人間としての可能性の唯一の道なのである。







Last updated  2009.01.10 15:28:23
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2009.01.07
カテゴリ:mandala-integral

 
「あしどり」 クリシュナムルティを糧とする友へ
高橋重敏 2002/05 いしずえ 単行本 254p
Vol.2 No.503 ★★☆☆☆

 1913年生まれの著者、現在でもご健在であればすでに95歳になられておられるはずだ。すくなくともこの本が出た2002年の時点ですでに89歳になられておられるのだから、なんとも素敵なお爺ちゃんということになるだろう。こんなお爺ちゃんがそばにいたら、絶対に友達になってみたいと思うに違いない。

 本書は、著者の自伝でもあり、クリシュナムルティの世界へのガイドブックでもある。著者の訳書にクリシュナムルティ「最後の日記」がある。「クリシュナムルティ人と教え」を編集した「クリシュナムルティ・センター」をも開設なさっているようだ。

 その頃、新宿の住友ビルで開かれている朝日カルチャー・センターの宗教講座に私はしばしば顔を出していたが、現代の神秘思想家たちについての講義が次々と展開され、私の興味をそそった。そうした一日、Yというその道の専門家の話で、グルジェフ、ツインビー、ラジニーシなどと一緒にクリシュナムルティの名が述べられ、Yはこのひとたちの悟りの程度についてYなりの裁定を下していた。Yによれば、彼ら全員の悟りの段階が85点~80点なのに、クリシュナムルティひとりだけが70点だというのである。私はYが最高点をつけたラジニーシの瞑想センターが大岡山にあるのを思い出し、早速そこへでかけることにした。バグワン・ラジニーシもまだこの世に顕在で、年齢的にも私より若いのが何よりの魅力だった。ラジニーシの著作は2、3原書で読んでみたが、歯切れのよいキビキビとした表現が随所にあり、読んでいて小気味がよかった。殊にラジニーシが開眼したときの描写や100種類以上にも及ぶ瞑想法の説明などが強く私の印象に残っていた。 p144

 これは1980年代前半のことだろうから、著者70歳ころの出来事だと思われる。その後、著者は大岡山のOshoセンターのグループワークに参加しているが、結論としては、お気に召されずに午前中だけでお帰りになったようだ。

 1913年(大正2年)生まれの大先輩に、ましてや学識もあり、行動力もあり、すばらしい社会貢献もおありになる人生の大先達のお話は、ただただご拝聴するに限る。だが、同じ人間として、道を求めるのに、性別、年齢、職業など、なんの差別もあってはならない、という仮定の上で、ひとこと申し上げることはできるだろうか。

 ひとつ。もし私も95歳になっていて、この友人もまた95歳であったとするなら、この友人の実に好奇心のあふれた行動力と記憶力にまずは称賛の辞を寄せるであろう。たぐいまれなる存在だ。

 ふたつ。しかし、その行動力と好奇心は、何か他のことの裏返しだったのではないか。なぜにそれほど行動しなければならなかったのか。なぜにそれほど好奇心に満ち満ちていなければならなかったのか。

 長い長い人生である。自分の人生を振り返り、可能な限り正直に記録されたことには敬服するのだが、その時々にでてくる、ともすれば「宗教遍歴」とでもいうべき、各団体との接触には、はっきり言って違和感を感じたことを申し上げておかなくてはならない。

 最終的にクリシュナムルティを「糧」として日々を送られていることに対しては、同慶の念を禁じえないが、しかし、それはまた、クリシュナムルティが、周辺に集まった人々に対して求めたことだったのだろうか。

 むしろ、これだけの旅をし、最終的にクリシュナムルティに道を見つけた人なのだったら、「高橋重敏センター」でもおつくりになったほうがよかったのではないだろうか。なぜに、最終的に、自らの人生にクリシュナムルティの冠を載せたのだろうか。

 若造が言葉を慎まなくてはならないことは存じてはいるが、しかし、申し上げておかなくてはならない。やはり、この方の魂は、非常に若いのだろうと思う。肉体的な年齢よりも、はるかに魂の転生歴がお若いのだろう。

 なにはともあれ、このような方のこのような本が残されていることに、歴史的な記録としてまれな存在感を感じる。これほどの社会的な人生と内面的な旅をされたこと、そしてそれを記録として残されたことに、稀有なものを感じる。類書は少ないのではないだろうか。







Last updated  2009.01.07 13:15:26
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2009.01.06
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「グルジェフとクリシュナムルティ」―エソテリック心理学入門<1>
ハリー ベンジャミン/大野 純一 2000/09 単行本 260p
Vol.2 No.502 ★★☆☆☆

 当ブログがグルジェフとクリシュナムルティ追っかけに立ち至っているのは、玉川信明の「OSHOの超宗教的世界」の巻末にあった参考文献リストに、この両巨頭の名前があったことがきっかけだった。同時進行で読書を続けているかぎり、この二人を並べて比較検討してみたくなるのは当然のことで、タイトルを見た段階では、この本の「グルジェフとクリシュナムルティ」というご大層なテーマに大変興味を惹かれた。しかし、その期待は満たされなかった。

 この本、原書のタイトルは「BASIC SELF-KNOWLEDGE」である。これを「グルジェフとクリシュナムルティ」と翻訳してしまったのは、クリシュナムルティの翻訳書が多い大野純一だが、三歩譲っても名訳とはいいがたい。

 本書はあくまでもエソテリック心理学”入門”であり、筆者はその限界を認識している。「原著者の序文」p1

 最初の最初からエクスキューズを出しているが、これは決して謙遜ではなく、実態がついて行っていないことの自覚であるにすぎない。いやいや「入門書」だとて、素晴らしい本は他にたくさんある。「入門」だからと言って、内容が乏しいという理由にはならない。

 筆者は30年以上の間---不規則に---クリシュナムルティに関心を持ってきたが、しかし最近まで彼の本質的な意味をつかむことができなかった。そこに何か「真実な」ものがあると感づいてはいたが、しかし筆者は常に、それは「真空中の真理」だと感じてきた。p203

 30年以上「関心持ってき」て、「本質的」な意味をつかむことができなかったとしても、それは当然だということだろう。30年間、巨人を応援してきたとしても、自分自身が野球をできるようになるとは限らない。まったく別個なことだ。野球でいえば、トレーニングや練習に値するような「ワーク」が存在しなければ、「本質」をつかむことはできない。

 クリシュナムルティに「ワーク」がないとは限らない。この本の著者にはその「ワーク」が見えなかったのだろう。だから、グルジェフに関心を移した。しかし、グルジェフのワークそのものではなく、モーリス・二コルの「グルジェフとウースペンスキーの教えに関する心理学的注解」に関心を移しただけだった。

 この著者のやっていることは、「林檎とバナナ、どっちがミカン?」という謎解きのようなものだ。なんともトンチンカンなことをやっているように見える。「入門」だからって許されるものではない。それではまったく方向も力の入れ具合も間違っている。

 林檎は林檎、でいいのである。バナナはバナナでいいのである。そこに共通項を見つけることは必要ないし、折衷案としてミカンをイメージする必要はない。すでにここに林檎とバナナに共通していることがある。「林檎”は”林檎」なのであり、「バナナ”は”バナナ」。つまり、「”は”」が同じなのである。英語でいえば、isでありbeingだ。著者はそれを大きく見逃している。すくなくとも、グルジェフやクリシュナムルティのような大物を相手にしている時には、のろのろしていてはだめだ。

 著者は、コリン・ウィルソンやマダム・ブラバッキーまで出してくるが、やっていることは、「カボチャとメロン、どっちがスイカ?」とか、「梨とトウモロコシ、どっちが葡萄?」と、どこまで行ってもちぐはぐな迷路に入り込んでしまっている。エソテリックどころか、お庭のひよ子のかくれんぼに付き合わされているような、がっくり感を感じる。

<2>につづく







Last updated  2010.05.28 20:58:21
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2009.01.04
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「ラマナ・マハリシの教え」
ラマナ・マハリシ/山尾三省 1982/12 めるくまーるVol.2 No.500 ★★★★☆

 この本の翻訳をしている三省の本は過去何冊も読んできたが、当ブログにはまだ一冊もでてこない。いつかはまとめて読み直してみよう。

  翻訳家Yは、その著書でなんどもエサレンのセラピストがOshoアシュラムを訪問した際のエピソードを、鬼の首でも取ったように大げさに表現して、まるでOsho全否定のごとくの言説を展開した。しかし、事実を知っている人びと、自分で実際にPune1を体験した人々は、Yの言説に耳を貸さない。Yの話の展開には、まったく説得力がないからだ。

 Pune1でいちばん大々的に行われていた最大のグループは、ラマナ・マハリシの「私は誰か?」という問いかけをベースに開発された「エンライトンメント・インテンシブ」というワークだった。詳細は別に譲るとして、日本や西洋からPuneにやってきた訪問者たちは、ほとんど例外なく、このグループを体験するように、設計されていた。

 インドが日本の若い人々の興味を引くようになって以来、それはさまざまな形で紹介されてきた。とくにバグワン・シュリ・ラジニーシが一連の書物をとおして解き明かしてきた、インド的な悟りの風景は、この時代へ新しい息吹を与えてくれるものであった。シュリ・オーロビンドの、思弁的な匂いはするものの、オーロビンド市というひとつの理想都市を作り上げるまでに至った哲学的営為、クリシュナムルティの、神という言葉を極力避けつつそれに到ろうとする純哲学的営為、あるいはまた、裸足の聖者として知られている初代のシルディ(西インドの小都市)のサチャ・サイババ。インド的なるものを支えている、これらの人々の思想や言葉に、現在の私たちは比較的容易に接することができるようになった。
 今ようやく、ラマナ・マハリシ、この最もインド人らしいインド人の魂が日本の魂にも知られる時が来たのだと思う。
 p207 訳者「あとがき」

 「私は誰か?」

 この問いかけは永遠の問いかけだ。もっともパワフルでもっとも難解。それでいて、問いかけそのものはいたってシンプルだ。

 「私は誰か?」

 

 

追記

三省と並び称される日本カウンタカルチャーの鼻祖にして重鎮、サカキナナオが昨年末に亡くなった。感謝しつつ冥福をお祈りいたします。 合掌







Last updated  2011.06.27 07:40:48
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2009.01.02
カテゴリ:mandala-integral

<1>よりつづく

「ルドルフ・シュタイナー」 <2>その人物とヴィジョン
コリン・ヘンリ・ウィルソン /中村保男 1986/07 河出書房新社 単行本 254p
★★★★☆

 シュタイナーもウィルソンもだいぶ遠くになってしまったな、と思っていたら、やたらと近くに浮上してきた。いまさらこの本をふたたび読むことになるとは・・・。

 この本、読みなおしてみると、以前感じたより、かなり読みやすい本だったことが分かった。しかも、ウィルソンの姿勢が、もちろんのことだが、シュタイナーべったりではない。むしろ突き放したところで、「しかたなく」シュタイナーを再点検した、という風情がいい。

 シュタイナーに感じる「違和感」は必ずしも私個人のものではなく、ウィルソンにとっても同じ違和感なのだ、と確認して、ほっとした。しかし、それならそれで、ウィルソン自体は、いったいどこに行こうとしているのだ、という旧来からの疑問も首をもたげてきた。ウィルソンは、いったいどこにいるのだ。どこに到達したというのだ。

 この本にはグルジェフもブラヴァッキーもクリシュナムルティーもヘッセもアニー・ベサントも薔薇十字会もでてくる。

 シュタイナーがグルジェフよりも楽観的である点がもうひとつある。グルジェフは、人間が自分には「本質的な自我」、現実の「私」があるのだと思いこむのは迷妄だと述べている。実は、人間には無数の「私」があり、そのひとつひとつが目もくらむほどの速さで互いに入れ替わり続けているので、要するに人間とは、安定した政府をもったことのない国家のようなものなのだ、とグルジェフは言うのである。この見方には一面の真理も含まれていることはシュタイナーでも認めるだろうが、シュタイナーに言わせれば、これは根本的な問題ではない、ということになるだろう。シュタイナーによれば、ひとつの「私」が存在しているという事実そのものが人間を下等動物から区別しているのであり、犬や猫ならば、大なり小なり調和して楽器を鳴らしながら往来を歩いている巡業楽師の一団にたとえられるが、人間となると、指揮者のいるオーストラリアにほかならないのである。巡業楽師団でも「ホーム・スイート・ホーム」の曲なら申し分なく上手に演奏できるが、ベートーヴェンの第九交響曲を曲そのものにふさわしく堂々と演奏できるのはオーケストラだけなのだ。

 シュタイナーによれば、問題なのは、人間が相も変わらず巡業楽師団のように生き続けていて、「ホーム・スイート・ホーム」よりも野心的な曲に挑戦しようとしないでいることなのである。それはなぜなのか。何のことはない、指揮者がオーケストラの奏者たちの間に入って坐りこみ、自分が指揮者であることに気づかずに煙草をふかしているからなのだ。自分が何者であるかを思い出して指揮棒を握るのは、興奮か危機の瞬間だけなのである。そういう瞬間には、オーケストラが反応して名演奏を聞かせてくれる。もし指揮者が毎日、楽員たちに稽古をつければ、その結果はすばらしいものとなることは明白である。 p246

 シュタイナーにはシュタイナーのアルファベットがあり、それに慣れるまでに時間がかかってしまい、時にはアルファベットを学ぼうとする意欲も途切れてしまうときがある。そんなときウィルソンが登場してきて、まるでエスペラント語をつくるかのような仕草をしてくれるところがうれしい。

 しかし残念なことは、エスペラント語は「人造語」であって、「生きた」言葉にならないことである。







Last updated  2009.01.04 18:33:04
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