地球人スピリット・ジャーナル1.0

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2009年4月1日

地球人スピリット
・ジャーナル2.0


へ引越しました。

全108件 (108件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 11 >

レムリア

2007.11.04
XML
カテゴリ:レムリア
.





hesse.jpg





「ヘッセの水彩画」
ヘルマン・ヘッセ 2004/09 平凡社 単行本 121p
No.865おすすめ度★★★★★






Last updated  2009.01.30 22:34:50
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カテゴリ:レムリア

「雲」 ヘルマン・ヘッセ /フォルカー・ミヒェルス 2001/04 朝日出版社 単行本 196p
No.864おすすめ度
★★★★★



  
「私の人生は何であったのか?」


今日で終わるがさだめなら、私の人生は何であったのか?
夢見て過ごしてしまったのか? 棒にふってしまったのか? いや、それは、
私が手いっぱいに受け取り、次の者に渡し、そしてまた新たに受け取った
無言の喜びの輪であった。


それは、美しさで私に深い幸福感を与えながらも、
しかしながら
いつも力強い態度で、
私の目標を永久なるもののなかへと押し出した
この大地との愛の契りであった。


それは、水と、山の風と、野との、
決して解けたことのない兄弟の契り、
青き空を流れ行き、
私たちの故郷を歌い語ったすべての雲たちとの、兄弟の契りであった。


私は、その大いなる永遠の力と友誼を、
忠実に守り続けた。
しかし、この全ての歳月を通して私に罪であったのは、
私にとっては雲が人間にもましていとしいものであったことだ。 
  p086.






Last updated  2009.01.30 22:37:02
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カテゴリ:レムリア

「わが心の故郷 アルプス南麓の村」 ヘルマン・ヘッセ /フォルカー・ミヒェルス 1997/12 草思社 445p
No.863★★★★★

 手元には、ヘッセの3冊の本が残された。レムリアという獏としたカテゴリは、この3冊で終了する。それでよかったかどうか、と考えてみると、うん、これしか方法はなかったのではないか、と思う。あるいは今思いつく最善の仕上がり方であったのではないか、と思う。

 3冊が3冊とも、ヘッセの水彩画が挟まれている。詩人ヘッセの住む情景が、その詩情ゆたかな文章だけではなく、やわらかい光に包まれたかなりの量になる水彩画により、さらなるイメージの世界へと、読む者、見る者をいざなう。

 その中にあっても、フォルカー・ミヒェルス編集のこの一冊は、想像以上に重い。ミドルティーンの時に読んだ「車輪の下」、青年時代に読んだ「シッダルタ」、インドの旅の中で読んだ
「ガラス玉演戯」そして、ふたたびこのブログでも読むことになったヘルマン・ヘッセ。

 そのきっかけは、母の入院している病院の、土曜図書館サービスでみつけた
「庭仕事の愉しみ」だった。へぇー、こんな本があるのか、と新鮮な驚きがあった。その後、その一連のミヒェルス編集本を読んでみて、この多作で寡黙で表現豊かな詩人の生涯にあらためて、目を引き付けられた。

 
「アルチェーニョ近傍で」

ここならば私はどんな道の曲がり角もよく知っている
私は古い隠者の山道を登って行く
内気な春雨が静かに降っている
冷たい風に吹かれて白樺の葉がちらちら光る
濡れた岩が茶色の鏡のように反射する・・・・
おお 岩よ おお 小道よ おお 風よ 白樺の葉よ
なんとお前たちはしみじみと懐かしい魅力ある香りを放っていることか
お前 清らかな土地よ お前の優美さは
なんと内気に岩陰や荒々しい裂け目の陰に隠れていることか!
まだ葉の出ていない赤みがかった森の中に
山桜がわれを忘れて咲いている
ここは私の神聖な土地 ここで私は幾たびとなく
自分自身に立ち戻るこの静かな道を歩んだものだ
それは寂しい深淵を象徴する道だった
そして今日新たにその道を行く 別な気持ちをもって
しかし昔ながらの目標をもって それは決して行きつくすことはない
ここでは 私が数年前岩や金雀枝や日光の息吹や雨を含んだ風の中で
追いかけたさまざまな想念が蝶のように息づき続けている----
受け入れてくれ 石よ 小川よ 白樺の谷よ
受け入れてくれ ひとつの開かれた心を
おんみらの聖なる声にいそいそと感謝しつつ
身をゆだねることだけをひたすら願っているこの心を 
    p50

 

 詩をしたため、絵筆をもつ、という意味ではヘッセは、どこかで
ニコライ・レーリヒに通じている。レーリヒは、シャンバラを求めてチベットの地を旅し、行き着かないところにあるはずの楽園に思いを寄せる。ヘッセは、アルプスに住んで、自然にいだかれながら、どこまで行ってもいきつことのない内なる平安を求めてさまよう。

 ここで私は最近、イェイツの「錬金術のバラ」を読んで、このすばらしい本が、このなかば異教的な神話でいっぱいの、非常に秘密に満ちて暗く燃え輝いているゲール人の世界の魅惑的な短篇集がもう終わりになってしまうのを残念に思った。p208

 ヘッセとレーリヒはどこかでクロスしているはずだ。この本には「ガラス玉戯曲」の中に含まれる可能性のあった「あるティスィーンの履歴書」p375が、ひとつの独立した作品として収録されている。






Last updated  2009.01.30 22:39:44
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2007.10.26
カテゴリ:レムリア
前回よりつづく


「〈スピリチュアル〉はなぜ流行るのか」 <再読> 磯村健太郎 2007/03 PHP研究所 新書 206p

 例によって、前回は立ち読み、今回は図書館から借りて寝転がって読むという<再読>モード。前回の自分の書き込みを見ると、まぁ、第一印象は間違ってはいないが、こまかいところを引用したりできていないので、感想としてはまずまず書き留めているが、記録としては不完全なところが多い。図書館になければ、このまま立ち読みで終わっても構わないけれど、じっくり読めるなら、やはり借りてきたくなる一冊ということになる。

 再読して、まず気づいたことは、伊藤雅之の
「現代社会とスピリチュアリティ」が、たびたび引用されていることだ。この本については、このブログでも取り上げようと、ウェイティング・リストに載ってはいるのだが、なかなか急転直下で、この本までたどり着くことができなかった。というより、この本を取り上げるのは、ちょっと気が重い、という感じがしていたことは否めない。

 2003/03発行だからすでに4年半前の本になるが、出版当時、著者から新刊本を贈呈してもらい、人よりさきがけて読むことができた。また、その本の成り立ちにおいて、ささやかながら調査にも協力することができた。だから、その本そのものについては思い入れが大きいが、それを自分なりに味読するには、一定程度の時間がかかっている、ということになる。今回、磯村が伊藤本をとりあげたのを知って、近いうちに、こちらも<再読>してみようと思っている。

 
英語には次のような表現がある。
 "I'm not relligious, but spritual."
宗教的ではないが、スピリチュアル------。特定の「宗教」は信じていないがスピリチュアルなものは信じる、という意味だ。しかし、スピリチュアルとはなんだろう。
 なんとなくわかるようだ、よくわからない。精神的とか霊的とか訳しても、どうもうまくいかない。だからカタカナのままで使われているのが現状だ。
 p23

 私
初読時にこの点に触れていたし、諸富祥彦の本を読んだときも、そのようなタイトルでエントリーを書いている。この単語はさまざまな形で使われているが、私はケン・ウィルバー自分の本の文脈のなかで使うときが、一番安心して、この単語を読んでいるようだ。磯村は、特定の「宗教」は信じていないがスピリチュアルなものは信じる、と訳しているが、スピリチュアルと、スピリチュアルなものを信じる、ではちょっとニュアンスが違う。宗教を信じる、では宗教と自分は、二つの別個なものだが、私はスピリチュアル、という時、スピリチュアルと私は別個なものではない。自分自身に対する形容詞なのだ。信じているわけではなくて、つまり「感受性がつよい」というようなニュアンスで使われているのではないか、と思う。ただ、そうとうにこの言葉の幅があるのは確かだ。

 全国各地でひらかれている
「スピリチュアル・コンベンション」というイベントがある。ら略して、「すぴこん」。うたい文句は「癒しとスピリチュアルの見本市」だ。フロアーいっぱにならべられた机やブースを使って、何百もの個人・グループが店を出している。 p57

 全国展開している「すぴこん」。私も行ってみたこともある。代表の小泉義仁とも話したことがある。っていうか、彼を某SNSに招待したのは私だった(汗。このようなイベントがこれだけの規模で展開している、ということ自体、びっくりすることだけど、さて、その空間が私にとって、心地よいか、というと、う~~ん、決してそうとはいえない。あのさまざまな<スピリチュアル>が乱舞している空間は、私にとっては、決してスピリチュアルとはいえない、という感じだった。

無題2.JPG

 ニューエイジにくわしい著述の伯宮幸明さん(44)は、スピリチュアル文化と他の領域とのかかわりを図1のようにイメージしてみせる。あくまでも一例なのだが、これを使うといろいろ説明しやすい。たとえば、スピリチュアル文化が「健康」と重なるところには心理療法やボディセラピーといった「癒し」の系譜や気功などが入る。三つの輪の重なりには、有機農業のなかでも、「食べ物のいのちをいただく」という思想を合わせもつものが含まれるだろう。p70

 いろいろな
三位一体モデルがあるものだが、私個人のモデルからすると、かなり一方向に偏っているなぁ、という印象。伯宮幸明「天上のシンフォニー」というスピリチュアル・アドベンチャー・ノベルも読んで、たしか、このブログでも印象を書いていたと思っていたが、自分でも探せなくなっているクール。小説が苦手な私だけれど、近いうちまた、再読してみようと思う。
 
 
SPSにパネラーとして参加してもらった「自然農」実践家・川口由一さんも写真p146つきで取り上げられている。そのほか、興味深い記事はたくさんあり、いわゆる「若者文化」的取り上げ方としては、資料性もあり、「記者」としての視点も決して間違ってるいるとはいえないだろう。だが、どうしても最後の最後まで、納得感がないのはなぜなのだろう。著者はあとがきで書いている。

 わたしは信仰のあつい父のもとで育った。そのため高校を卒業するまでごく自然に、信心らしきものを宿していた。ところが進学して一人暮らしを始めたとたん、それは急速に薄れていった。おそらく、こころの深いところに根付いていなかったのだろう。ただ、そんな体験があったからこそ、信仰者の心象も、多くの人が抱く組織宗教への違和感もわかる気がする。この本で書いたのは、わたし自身が知りたかったことだった。信仰者にとってあまりここちよくないはずの内容となったが、父は本書の意義を理解してくれた。感謝している。p200

 「わたし自身が知りたかったこと」を書き留める個人的スタディとしてなら、きちんと現代日本のスピリチュアルな「流行」について、よくまとまっている誠実な一冊と言えるのだろう。しかし、ひとりひとりの魂の飢えを満たす方向性を見つけようとするなら、人はこの本では満足できない。なんであれ、人は自分自身とエンカウンターしなくてはならない。著者に次作がでるなら、ぜひ読みたい。






Last updated  2009.02.13 21:28:19
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2007.10.19
カテゴリ:レムリア


「地獄は克服できる」<1>
ヘルマン・ヘッセ /フォルカー・ミヒェルス 2001/01 草思社 単行本 262p 原書1995
No.832★★★☆☆

 年寄りの介護で行った病院の、土曜日図書館で、思いもかけずヘッセの
「庭仕事の愉しみ」を見つけた。 それ以来、「人は成熟するにつれて若くなる」「ヘッセの読書術」「愛することができる人は幸せだ」読んできた。この草思社のヘッセ・シリーズの中でも、今日読んだこの本のタイトルは「地獄」とつくだけ、なんだか後回しにしたい雰囲気があった。タイトルの元になっているのは、たった一行の詩文だけであり、本文の中に、この「地獄」という言葉はでてこない。

 地獄を目がけて突進しなさい。地獄は克服できるのです。断章11(1933年頃) P119

 この本の原書は、危機と転換をテーマとして1995年にこのタイトルででているが、2001年には「人生を乗り切る」と改題されているようだ。

 別の本では
「さらば 世界夫人」として訳出されている詩は、この本では、ほとんど同じ訳だが、「さようなら この世さん」となって、ちょっとやわらかい感じになっている。この本はこの詩がエンディングだった。

 ヘッセは
1921年(44歳)2月と5月、C・G・ユングのもとで精神分析を受けたという。それに先立つこと1918年にヘッセは「芸術家と精神分析」p91を書いてフロイトやユングに触れている。あるいは、ちょうど同じ頃、スピノザについても触れている。

 私ははじめてひとりの哲学者の本を読んで、その難解さにさんざん苦しんだのち、ようやく理解したときに、この上もなく甘美な錯覚に陥ったことをいまだによく覚えている。それはスピノザであった。p185

 何度か自殺も試みたと言われるヘッセのことである。作品が自分の体験と緊密に関わりあう典型的なゲーテ・タイプではあるが、決して文章にされることのなかった深淵も数々あったに違いない。私はこの本を読むのは、ちょっとしのびないところもあるのだが、このような精神の彷徨があったればこそ、
「シッダルタ」「ガラス玉演戯」のような作品が生まれてくるのだろう。

 <2>へつづく







Last updated  2009.12.16 00:31:05
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2007.10.18
カテゴリ:レムリア

「愛することができる人は幸せだ」 ヘルマン・ヘッセ /フォルカー・ミヒェルス 1998/12 草思社 単行本 306p 原書1986
No.831★★★☆☆

 ヘッセの草思社シリーズの中の一冊。もともとのヘッセの作品群があり、それをミヒェルスが編集し、さらに岡田朝雄によって日本語訳にされる段階であらたな手を加えられていることを考えると、これは単なる翻訳ものと考えるよりは、新しいヘッセの新しい本とも呼ぶべきものなのだろう。詩や書簡、あるいは作品群は、年代順に並べられており、年譜も三分割されて、年代の推移とともに適所に挿入されている。ヘッセの恋愛歴が分るような仕組みになっているというべきか。

 1890年(13歳)2月、州試験受験のためにラテン語学校に入学。このころから詩人以外のものにはなりたくないと思う。 p101

 小説家、作家、文豪、ノーベル賞文学者、など、ヘッセへの称号はさまざまあれど、詩人という呼びかけがこの人の人生には一番合っているようだ。このブログでは、アートの分野としてジャーナリストも詩人も同じ範疇として捕らえているが、実際にはジャーナリストと詩人では、ライフスタイルが大きく違うだろう。訳者の岡田はあとがきで書いている。

 文学者を、その作品に自分の影をとどめないシェイクスピア・タイプと、その作品が自分の体験と緊密に関わりあうゲーテ・タイプに分けるとすれば、ヘッセは典型的なゲーテ・タイプで、その作品は一篇の詩にいたるまで実際の体験から生まれている。そしてヘッセは、はるか昔の人ではなく、私の祖父と同じくらいの世代の人であり、優等生タイプでも、聖人君主タイプでもないので、私はヘッセに対して強い親近感を抱いている。p303

 なるほど、そういう分類があったか。私はどうやら、このゲーテ・タイプが好みのようだ。だから、私もヘッセが大好きなのだ。

 1921年(44歳)2月と5月、
C・G・ユングのもとで精神分析を受ける。6月~7月、ヴェンガー家訪問。ルートの父、ルートとの結婚を迫る。8月、妻と離婚について話す。 p144

 生来の感受性のつよい性格に加え、さまざまな人間関係が、ヘッセをしてユングのもとへと向かわせたのだろう。精神分析は当時のモダニズムとはいえ、興味深い記述だ。

 人生は、理性と論理からばかり見たのでは、悲しみも、よろこびも生まれてきません。つまり、私たちが私たちの<感情>を、すべて理性の管轄下におけば、おそらく私たちは私たちの<感情>の価値や生命や意義をはなはだしく損なうことになるでしょう。そのことは恋を例にとってみると最もよくわかります。かつていったい誰が、理性から恋をしたり、意志から恋をしたりしたことがあったでしょうか? ありません。私たちは恋を患います。けれど、恋の苦しみに心身を捧げれば捧げるほど、ますます恋は私たちを強くします。 p158

 確かにヘッセの人生は、この本で読むかぎりにおいては、恋に鍛え上げられたような人生ではある。

 ぼくはよくこう思う。ぼくたちの芸術は全部代償にすぎない、やりそこなった人生の、発散できなかった獣性の、うまくいかなかった恋愛の、骨の折れる、そして実際の値段の十倍も高い代価を払った代償だとね。ところがやはりそうでじゃないんだ。まったく違うんだ。ぼくらが精神的なものを、感覚的なものが不足しているそのやむを得ない代償と見るなら、それは感覚的なものを過大評価しているのだ。感覚的なものは精神的なものより髪の毛一本ほども価値が高いわけではない。その逆も同様なんだ。すべてはひとつで、どちらも同じようにいいのさ。きみが女を抱こうと、詩をひとつつくろうと、同じなんだよ。ただそこに肝心なものがあれば、つまり愛と、燃焼と、感動があればいいのさ。そうすれば、きみがアトス山の修道僧だろうと、パリのプレイボーイであろうと同じことなんだ。 p210

 書かれ、編集され、翻訳される、その過程で、もともとのこまかいニュアンスは、変わってきているに違いない。しかし、ここはまさに、我らが愛してやまない
アレクシス・ゾルバスの言っていることと何の違いもない。

 1962年(85歳)7月、モンターニュの名誉市民となる。85歳の誕生日に多くの贈り物と九百通を超える祝福の手紙が届けられる。8月8日の夜、床についてラジオでモーツァルトのピアノ・ソナタを聴く。9日朝、自宅で睡眠中に脳卒中で死去。11日、モンターニュのアッポンディオ教会の墓地に埋葬される。p234

 ヘッセが残したものは、小説や詩のほかにも、三千点もの書評、手紙三万五千通以上、趣味の水彩画が三千点。庭仕事は身体が動かなくなるまで毎日続けたという






Last updated  2009.01.30 22:48:54
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2007.10.17
カテゴリ:レムリア

「ヘッセの読書術」ヘルマン・ヘッセ /フォルカー・ミヒェルス 2004/10 草思社 単行本 238p 原書1977
No.830★★★★☆

 このブログも決して読書ノートを目的として始めたわけではないが、諸般の条件が重なり、さも図書館通いの日記のような形になっている。今後どのような形に変化していくのかは定かではないが、インターネットの普及以来、読書というものから離れ、あるいは本を読むとは言っても、ITのハウツウ物に偏っていた10年を経て、ふたたび読書というものをしてみるのも、なかなか楽しいものだと思い始めている。

 しかし、長い休読期をはさんで再開された本との付き合いは、どこか性急に目的を探したり、意味を求めたりしがちになっていて、あまりゆとりのあるものにはなっていない。このブログにも、5~6の伏線が隠されており、やがていずれが主流となるべきなのか、今のところはよくわからない。

 そんな彷徨の中で、ふとヘッセと出会うことは、森の中で道に迷った少年が、森の番人小屋の老人と挨拶をかわし、それとなく道を尋ね、森の愉しみかた、森の険しさ、そして森と人間との関係などについて、教えてもらうような、ありがたさがある。

 せかせかと休みなく読み、いたるところでつまみ食いし、いつも最も刺激的なものと、精選されたものだけを得たいと望む人は、まもなく表現の様式と美しさを理解する感覚をだめにしてしまうであろう。このような読者は抜け目のない専門的な知識をもつ芸術愛好家という印象を人に与えがちだが、たいてい読んだ本の筋だけとか、くだらない、風変わりなことを記憶しているにすぎない。むしろこのような落ち着きのない読み方をしたり、始終新しい本を追いかけたりするよりは、まったく逆のことをする方が、つまりかなり長い時間をかけてあるひとりの著者の作品とか、ある一つの時代の作品とか、ある流派の作品を読み続けることのほうがはるかに好ましい! 1907年 p24

 1907年、100年前のヘッセからのアドバイスである。

 千冊の、あるいは百冊の<最良の書>などというものは存在しない。各個人にとって、自分の性格に合って、理解でき、自分のとって価値のある読書の独自の選集があるだけである。だからよい蔵書は注文でそろえることはできない。各人が友人を選ぶときとまったく同様に、自分の要求と愛に従って、自分でゆっくりと書物を集めなければならない。そうしてできたささやかな蔵書が彼にとって全世界を意味するようになるのだ。 1908年 p47

 パソコンもインターネットもない時代だ。ましてや本というものの種類も少なかっただろうし、図書館というものも、書店さえも、それほど多くなかっただろう。

 また幾年か後に、私がさまざまな体験を積み、たくさんの本を読んだのち、精神史の別な分野が、すなわち古いインドが私を引きつけはじめた。それはまっすぐな道をたどったのではなかった。私は未知の人びとを通して、そのころ神智教の本と呼ばれ、神秘的な智恵が記されているといわれたある種の本を知ることになった。 1927年 p116

 思えばヘッセ(1877生)は、
シュタイナー(1861生)やレーリヒ(1874生)と同時代人である。マダム・ブラバァツキー(1831生)やクリシュナムルティ(1895生)、グルジェフ(1866生?)などが、傍らで生きている時代に、それからの影響、あるいはそれらへの反発があったに違いない。

 現在ラジオや映画など本の新しい競争相手の発明で、印刷された本の機能の一部が奪われるという事態まではまだ完全に到達していないし、その一部を失ってもさして残念なことではない。たとえば文学的には価値がないが、状況や情景描写、サスペンスと感情を刺激する要素をたっぷりもりこんだ娯楽小説のもつおもしろさを、読書によって何千人もの人びとの多大の時間と視力を浪費するかわりに、映画館で映像を連続的に上映したり、ラジオで放送することで、あるいは将来映画とラジオを結合したもので流布することがなぜいけないのか、まったく理解できないことである。 1930年 p174

 この頃には、まだテレビもなかった。ましてやパソコンやインターネットなどは、想像することも難しかったに違いない。これから60年後に
「パソコン少年」としてヘッセが生まれたら、どんな文学作品を残したのだろうか。

 
「あなたの一番好きな本は何ですか?」私は数え切れないほど何度も何度もこんな質問を受けました。
 この質問は、世界中の文学作品を愛読している者には答えにくいものです。私は数万冊の本を読みました。そのうち多くを二、三度、そのうち数冊は何度も読みました。私は原則的に自分の蔵書の中や、自分が好きな本とか、少なくとも興味をもっている本の中に、ある特定の文学作品や、ある流派や、ある作家を入れないということには反対です。
 
1945年 p197

 この本は、ヘッセの読書に関するエッセイを集めたフォルカー・ミヒェルス編「書物の世界」の約三分の一が、翻訳者・岡田朝雄によって日本語訳・編集、2004年に出版されているものである。巻末近くに「日本のある若い同僚に」という手紙文は興味深い。ヘッセの文学に感銘を受けたであろう若い日本人読者がヘッセに手紙をおくったのであろう。ヘッセは愛情あふれんばかりの返信をしたためたが、1947年当時の郵便事情で日本に届くことはなかった。それが、一つの文章となって、本の中に残されることになった。

 自分が読んだ作家に情熱的にほれ込み、理想主義でいっぱいになり、多分ご自分では気づいておられないかもしれませんが、功名心にもあふれ、書物と文学について根本的に誤った意見をもつ若い文学者は、無害な人間ではありません。その人は危険な存在であり、害を与えるおそれさえあります。それもとくに自分自身に害を与えるおそれがあります。それゆえ、私はあなたのとても心のこもった感動的なお手紙に、好意を込めた絵葉書ではなくて、この文でお返事するのです。未来の文人であるあなたには、あなた自身とあなたの未来の読者に対して責任があるからです。1947年 p210

 同じ手紙の中で、ヘッセはこうも述べている。

 私は禅に対して多大の敬意を、あなたの少しヨーロッパ風のイルミネーションで彩られたいろいろな理想に対するよりも、ずっと大きな敬意をもっています。禅は、あなたが私よりもよくご存じのように、最もすばらしい精神と心の教育の一つです。私たちは当地西欧で、禅に比肩できるような伝統はほんのわずかしかもっておりません。そしてその伝統も当地ではあまりよく保存されていません。そこでこうして私たち二人、若い日本人であるあなたと年老いたヨーロッパ人である私は、今どちらも相手に対して好意をもち、どちらもお互いに相手の異国的な魅力に少しばかり惹かれて、そしてどちらも自分自身にはついぞ完全に到達できなかったものを相手がもっていると推測しながら、少々めずらしそうに遠くから見つめあっているわけです。 1947年 p211

 70歳のヘルマン・ヘッセからの、若い日本人に向けたメッセージである。






Last updated  2009.05.30 01:56:54
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カテゴリ:レムリア

「人は成熟するにつれて若くなる」 ヘルマン・ヘッセ /フォルカー・ミヘルス 1995/04 草思社 単行本 222p 原書1990
No.829★★★☆☆

 偶然だが
「大人にならずに成熟する法」 と一緒に読むことになった。タイトルは、いかにも例の草思社風だなぁ、とは思ったが、もともとのタイトルは「人は成熟するにつれてますます若くなる」が正解である。もっともこれはヘッセがつけたタイトルではなく、ヘッセ研究の第一人者と言われるフォルカー・ミヘルスが、1990年に、ヘッセの老年についてのエッセイと詩を編集するときにつけられたものと思われる。<ますます>若くなるのである。

 
『さらば 世界夫人』

世界はこなごなに砕けている
かつて私たちは世界をとても愛していた
今私たちにとって死ぬことが
もうそんなにおそろしいものではない

世界を非難してはならない
世界はとても多彩で荒々しい
太古の魔法が今もなお
その姿のまわりに吹きそよいでいる

私たちは感謝して別れを告げよう
世界の大きなたわむれに
世界は楽しみと苦しみを
愛をたくさん与えてくれた

さらば 世界夫人 ふたたび
若くつややかに装うがよい
私たちはあなたの幸せと
あなたの苦しみを十分味わった 
 p144

 ほほう、これもヘッセの詩だったのか。私は
頭脳警察のロックとして知っている。ネット上でパンタの唄うこの「さようなら世界夫人よをさがしたら、YouTubeにあった。ただし相撲放送のバックミュージックとして(笑)。唄は2分40秒以降に始まる。

 
『忠告』

愛する少年よ 多かれ少なかれ
人間のことばはみんな結局まやかしなのだ
比較的にいって 私たちがいちばん正直なのは
おむつに包まれているとき そして墓の中だ

墓に入れば 祖先のそばに横たわり
ついに賢くなり 冷たい明澄さに満たされ
むきだしの骨でカタカタと真理を語る
それでも嘘をつき 生き返りたがる者が少なくない  
p38

 
「庭仕事の愉しみ」を読んでいきなり始まったヘッセとの旅、しばらく続けてみようか。草思社からでているフォルカー・ミヘルス編集によるヘッセのエッセイ&詩集は、他にも何冊かある。

 
『五十歳の男』

揺籃から柩に入るまでは
五十年に過ぎない
そのときから死が始まる
人は耄碌し 張りがなくなり
だらしなくなり 粗野になる
いまいましいが髪も抜け
歯も抜けて息がもれる
若い乙女を恍惚として
抱きしめるかわりに
ゲーテの本を読むわけだ

しかし臨終の前にもう一度
ひとりの乙女をつかまえたい
眼の澄んだ 縮れた巻き毛の娘を
その娘を大事に手にとって
口に胸に頬に口づけし
スカートを パンティーを脱がせる
そのあとは 神の名において
死よ 私を連れて行け アーメン
 
  p40

 最近、大病した年寄りの看護で生活の中の大きな時間がさかれている。ケア・マネージャーと話したり、介護ショップを覗いたりする。ベッドの上で、意識はしっかりしているものの、体がしだいに自由を失っていく老齢の世界はどのようなものか。ベットの傍らにすわり、声をかけてみることは、決して苦痛ではない
「チベットの死者の書」を読み上げるわけではないが、私のこころは、あの世界にある。

 
『むかし 千年前』

不安に満ちて 旅へのあこがれにかりたてられ
切れ切れの夢から覚めて
私は聴く 私の竹林が
夜 歌をささやくのを

休息するかわりに 横になるかわりに
私はなれ親しんだ軌道から引きはなされる
走り去り 飛び去るために
無限へと旅するために

むかし 千年も前
ひとつの故郷が ひとつの庭があった
その庭の小鳥の墓の花壇の中で
雪の中からクロッカスの花が顔を出していた

鳥の翼をひろげ私は飛んで行きたい
私を束縛する絆から逃れて
あちらへ あの時代へ
今もなおその黄金が輝くあの時代へ 
p206

 ヘッセの世界に遊ぶことは、私にとってはレムリアへの旅の入り口だ。






Last updated  2009.01.30 22:56:09
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2007.10.15
カテゴリ:レムリア


「世界のスピリチュアル50の名著」 エッセンスを知る<1> T・バトラー=ボードン 2007/08 ディスカヴァー・トゥエンティワン 原著 50 Spiritual Classics 2005/5
No.823
★★★★★

 スピリチュアル、という単語には、さまざまな思いがあり、人によってかなりの違いがある。文化的であったり、学術的であったり、あるいは、国内的なローカルな理解や、欧米のニューエイジ的な流れがあったりして、かなり一貫性のない世界である。

 しかし、その範疇の中にある本を挙げよ、という方法で「スピリチュアル」をあぶりだすとすれば、この「50 Spiritual Classics」で取り上げられた50冊の選出には、おおむね賛成できる。この中の3分の1は読んでいるし、他の読んでいない本にしても、ほとんどはその存在を知っているし、いつかはこのブログでも読んでみたい、と思う本だ。

 「必読書の要点が5分でわかる!」という触れ込みだが、一冊一冊、5分で分ってしまったら、もったいない、と思う。それなりに時間をかけて、格闘しながら読んでみたい本たちではある。ダイジェストだけでは、ちょっとなぁ。でも、まったく分らないよりもいいかな。

 なんの脈絡もなく選ばれた50冊を、カタログ的に読むのは私の趣味ではないし、いままで、そのような読み方をして、ちょっと失敗したな、と反省したことは何回かある。やはり、一冊一冊、自分で見つけては、取捨選択したい。なぜ、50冊なのか、何冊の中からの50冊なのか、51冊目の本は、なぜ51冊になってしまったのか。なぜ50冊の中にいれてもらえなかったのか。

 そういう目で見ていけば、この50冊の中から削除して、新たに50冊の中に組み込みたい本も何冊かある。つまり、いつかは、この本の50冊の本をベースとしながら、自分なりの50冊を作り直すという愉しみがでてくるかもしれない。いづれにせよ、この著者の選択眼には、共感のもてる部分が多い。

<2>につづく







Last updated  2010.03.08 20:12:24
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2007.10.14
カテゴリ:レムリア


「庭仕事の愉しみ」 <1>
ヘルマン・ヘッセ /フォルカー・ミヒェルス 1996/06 草思社 322p 原書HERMANN HESSE FREUDE AM GARTEN 1992
No.822★★★★★

 年寄りの介護で病院通いが続いている。1000病床くらいある大きな病院なので、いろいろなサービスがあり、特に旧国立病院の民営化の波の中で、さまざまなサービスの見直しが続いているようだ。

 以前からあったのかもしれないが、入院患者向けの図書貸し出しサービスがある。毎週土曜日4時間だけだが、ボランティアの人々によって、にわか図書コーナーが出来る。およそ数千冊あるだろうが、入院患者と介護者向けに一週間を期限に何冊でも貸してくれる。

 面白いサービスだなと思ったので、私も何冊か借りてみた。この本もその中の一冊。だが、一週間の貸し出しサイクルだと、なかなか他の本との兼ね合いもあり、読みきれないこともある。

 病院のほうから借りた本書は一旦返したものの、読みかけたところ、とても面白そうだったので、地域の図書館の在庫をネットで調べてみた。すると、たくさんの図書館にこの「庭仕事の楽しみ」が入っていた。これにはびっくりした。それだけ、一般の人々に読まれている本である、ということだろう。

 ヘルマン・ヘッセについては、中学生時代に「車輪の下」を読んで以来、インドに行く前は
「シッダールタ」も読んだ。このブログでも「ガラス玉演戯」も読んだし、「ヘッセの故郷とファンタスティック街道の旅」見てきた。小説が苦手な私だけど、彼の小説は、いわゆる物語という感じがしないのはどうしてだろう。

 そして、これは形としては日記なのだけど、私には他の彼の「小説」というスタイルと、この「日記」というスタイルの境目がよく分らない。おとぎ話のようでもあり、ノンフィクションのようでもある。不思議な作家だ。

 ほんのときおり、種を蒔いたり、収穫をしたりするときに、心の中で、数瞬間、この地上のあらゆる生き物の中でひとり私たち人間だけが、この事物の循環に不服を言い、万物が不滅であるということだけでは満足できず、自分たちのために、個人の、自分だけの、特別なものをもちたがるというのはなんと不思議なことであろうか、と思うことがある。p16

 これは1908年、今から100年前、ヘッセ31歳の時の述懐である。その後、折にふれてヘッセが書いたのであろう庭仕事にかかわる日記やエッセイがフォルカー・ミヒェルスの編集にで一冊にまとまっている。シリーズとして、この本に先立つこと
「人は成熟するにつれて若くなる」がでている。

 この本にはデッサンや水彩画もたくさん挿入されているが、日本語訳が出版されることを機会に、日本初公開の詩なども加えられており、次の「庭でのひととき」もその一文。

私も何年も前から専心している思考の遊戯が始まる。
それは ガラス玉演戯と名づけた ひとつのすばらしい想像の産物で
その骨組みは音楽で その根底は瞑想である。
ヨーゼフ・クネヒトが名人で 私はその人のお蔭で
この美しい空想をめぐる着想を得た。よろこびのときには それは私にとって
遊戯であり幸福であり 悩みと困惑のときには慰めであり瞑想である。
そしてここで焚き火をし 篩を使いながら、私は とうにもう
クネヒトのようにはできないけれど このガラス玉遊戯をしばしば楽しむ。
p155

 この本を読みながら、ヘッセが自分の庭で植物たちと話しながら、一年をすごす姿を想像していた。私もひさしぶりに、我が家の小さな庭で延びきってしまったビワの木の剪定をした。

<2>につづく 









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