地球人スピリット・ジャーナル1.0

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2009年4月1日

地球人スピリット
・ジャーナル2.0


へ引越しました。

全108件 (108件中 1-10件目)

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agarta-david

2009.01.14
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カテゴリ:agarta-david


「グルジェフ伝」神話の解剖
ジェイムズ・ムア /浅井雅志 2002/03 平河出版社 単行本 613p
Vol.2 No.516 ★★★★☆

 この本が最後のメモとなるらしいのは、何の意図したことでもない。ただ単にそういう巡り合わせになっただけのことである。簡単に読めそうな本は、どんどん読書リストの前にやってくる。ちょっと面倒くさそうな本や分厚い本は、どんどん後回しになる。

 かと言って手元にある本はともかくとして、図書館から借りだした本には貸出期限というものがある。地元の図書館なら延長ということもあるが、図書館ネットワークで遠隔地からやってきた本では延長はできない。この本は、そういう形で遠隔地から送られたきた一冊だ。残り数日で返却しなければならい限り目を通さないで返却するのはもったいない、と、その程度の読書意欲である。

 この本、蔵書として備えている図書館はほとんどなく、この本を貸してくれた遠隔地の図書館においても、どうやらある書店が寄贈した本のようだ。だから、一般的にはなかなか手に触れることができない本なのではないだろうか。当然、街の書店に展示されるチャンスも少なく、一般読者が目をとおすことも少ないと思われる。そしてまた、目を通そうとしても、簡単に読み切れる量でも内容でもない。まるで、グルジェフの「ベルゼバブの孫への話」と対をなしているかのようだ。

 その証拠に、造本も同じであれば、分厚さも同じほどあり、出版社も翻訳者も同じである。私の推測はまんざら外れっぱなしでもなさそうだ。「ベルゼバブ」を読もうとする人もまれだろうが、この「グルジェフ伝」を読もうとする人もまれだろう。よほどグルジェフが好きな人、グルジェフを避けて通れなくなった人に限られるだろう。

 戦争が勃発して三カ月後、インド亜大陸のロマンチックなイメージをいっぱいかかえて、ピョートル・ウスペンスキーがロシアに帰ってきた。彼はヨーギで哲学者でもあるオーロビンドに会い、月明かりの下でタージ・マハールを見てきた。さらにアディヤールでは白いラマの皮に座ってアニー・ベサントと話をしてきた。1914年11月13日の金曜日、「モスクワの声」紙をパラパラと見ていたウスペンスキーは偶然「劇場案内」蘭に目をとめた。「魔術師たちの闘争」という新しいバレエのシナリオが紹介されていたが、どうやら舞台はインドで、作者はヒンドゥー教徒のようであった。彼はこれを切り抜いた。
 このやや散文的な、しかし象徴的な行為こそ、グルジェフの思想の伝達という意味では実に画期的な時代の幕を切って落としたのである。
129

 同時代性であることを考えれば、ブラバッキー、アニー・ベサント、ウスペンスキー、グルジェフ、クリシュナムルティ、オーロビンド、といった人々が、ひとつひとの波がしらに見えるようようなことでも、水面下で同じ塩水から出来ていたことは当然のことだったように思える。

 運命がグルジェフをフランスに、ウスペンスキーをイギリスに連れてきたとは、なんとも皮肉である。グルジェフのユーモア、良識、そしてエクセントリックなところはきわめてイギリス的であるのに対し、ウスペンスキーの論理性と形式ばったところはいかにもフランス的である。266

 当ブログでは、「グルジェフとウスペンスキーの関連本リスト」は完読しきれていないが、やはり全部読んでみたいな、と思わせるなにかがある。

 本書にもあるように、グルジェフは神智学に対して激しい言葉を残している。神智学を継承し、人智学という形で発展させたのは、グルジェフの同時代人のルドルフ・シュタイナーであった。グルジェフがシュタイナーを知っていたのか、知っていたとしたらどのような目で見ていたのかは、残念ながら本書では触れられていない。伝えられるシュタイナーの人物像から感じられる静謐さ、温和さ、その著書や講演録に見られる理知的で抑制のきいた語り口などを見るかぎり、「ごろつき賢者」とも呼ばれたグルジェフとこれほど対照的な人間もまたといないように思われる。しかし、こうした差異は本質的なものか、と問い直してみたくなる。こう思わせるのは、シュタイナーがそのニーチェ論、「フリードリヒ・ニーチェ----自らの時代と闘う者」の中で引用している言葉のためだ。すなわちシュタイナーがニーチェの精神の核心部分として注目している、ツァラトゥストラの弟子たちに与える言葉ほど、グルジェフの精神、あるいは彼が終生とりつづけた姿勢に近いものはないと感じられるからだ。ニーチェ・シュタイナー・グルジェフ----人間の生の意味の内奥に迫ろうと奮闘し、おそらくは近代においてもっとも深いところまで到達した三者の間で共振している次の言葉を、本書の読者に贈りたい。

 「君たちは、ツァラトゥストラを信じる、と言う。しかしツァラトゥストラがどうだというのか。君たちは私の信者だと言う。しかし信者だからどうだというのか。君たちは君たち自身をまだ求めなかった。だから私を見つけたのだ。だから信じたところで何も始まらない。私を失いなさい。そして君たち自身を見つけなさい。君たちみんなが私を否定したとき、私はまた君たちのところへ戻ってくるだろう」

p608「訳者あとがき」







Last updated  2009.01.14 15:42:47
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2009.01.13
カテゴリ:agarta-david

「ミルダッドの書」 灯台にして港<1>
ミハイル・ナイーミ /小森健太郎 1992/12 壮神社 単行本 347p
Vol.2 No.514  ★★★★☆

 当ブログの数量はほぼ尽きた。本来すべきことに戻るため、おしゃべりBOXとしてのエントリーもそろそろ終わりとしなければならない。そのためにいろいろと画策してきた。90%以上成功はしたが、100%成功というわけにはいかなかった。

 なぜか。読まれるべき本があと数十冊ある。語りきれない本たちがその中に含まれている。メモもせず、そのまま終わりとするのか、なんらかの目印を残しておくべきか。あるいは、いままでに読みかけてきた本の最後を閉じていない頁もある。あらたに加えられた何冊かも、実はかなり気になっている。しかし、よくよく考えてみれば、このような状態は、どの段階でも起こりうるだろう。これで完全、これで終わりとはならないはずだ。

 だからこそ、やはり、ここはここで終わりとする。しかし、いかにも始末が悪いものものあるので、すこしは延長することとした。そのために、いままで「Back Data」として、21のカテゴリの中に数えてこなかった「がらくた部屋」を活用し、新たに名称も「Back Yard」として、避難回避的に、そちらに付記しておくことにする。

 つまり、「Back Yard」はとくに108のエントリーを目指さない。現在35のガラクタが入っているが、これは、ひとつのエントリーが二つに分割されて、行き場所のなくなったものたちや、その時々の概念からはみでてしまった総記的な部分が収容されている。だから、この新たなる「Back Yard」は、その用事が済めば、サドンデスで終了する。あるいは、将来的な突発的なエントリーを収容するために、すこしは余白を残しておく必要がある。

 そしてまた、自分でもどうなるかわからないまま放置されてきた「21th Category」には、はいるべきエントリーは登場しないのではないか、という予感が湧いてきた。だから、こちらは永遠の空白として記録されることになるのではないだろうか。

 つまり実質的な「21th Category」は、「Back Yard」が担うこととなり、「21th Category」と称されるものは、実質的には「22th Category」となって、その存在を示し続けることになるのではないだろうか。ここから、当ブログは、いつ訪れるか分からないサドンデスに向って、急激に減速し始める。しかし、そう長いことではない。せいぜい長くて108-35=で残り70というところだろうが、それはスペースの問題であって、それほどにはいかないだろう。

 残されているテーマはいくつかある。

1)それぞれの残り後半の各カテゴリの「再読すべき3冊」リストがまだ書かれていない。これだけで、約10エントリーが必要だ。

2)それにともなう「曼荼羅」の作成も1~2あるだろう。

3)ブログの中で、読みかけの本がいくつかある。いかにもふんぎりが悪いので、まとめておかなくてはならない。これが10冊ほどあるだろう。

4)読むきっかけのないまま、いつまでも気になっているシリーズがいくつかある。例えばドンファン・シリーズとか、キューブラ・ロスの何十冊とか、Osho・Zenシリーズ英語版とか、あるいは、山となったクリシュナムルティ本・・・・。これらは全部手元ににありながら、私の視線を待っている。しかし、これらを加えたら、残り70のエントリーでは済まなくなるだろう。だから、読まれるべき本だが、読まれずに終わった、という本として記録されるべき本もあっていいのだ、という理解をもつことにしよう。

5)ネット空間のブログであるかぎり、双方向であるべきであったが、私は、ある時点から、モノローグで行くことに決定してしまった。だから、せっかくの書き込みやトラックバックをもらっても、あえて続けることをしなかった。特に、当ブログでとりあげた本の著者本人からの反応があった時には、どぎまぎしたが、大変うれしかったし、ブログというものの力を感じた。その人々への、最後の挨拶も残っている。5つくらいのエントリーが必要だろう。

6)ネット空間ということで、最終的な自分の意見は誤魔化してしまった部分は多くある。個人情報がどのように処理されるのかわからないので、ぼかしてしまったのだが、これは多分このままぼかしたままで終わろうと思う。だが、決して意見を持っていないのでもなく、ぼかしたままが最善だと思っているわけでもない。ただ、ブログという形態の限界(あるいは特性)ゆえだが、これも、もし「弁解」するつもりが湧いてくれば、1~2のエントリーがあってもいいだろう。

7)本来は、当ブログへの訪問者たちのブログについても、もっと語り合うべきだった。私は私のことを語りすぎた。その謝罪のために、最後の最後のエントリーは使われることになるだろう。

 

 ミルダッド・・・・・私があなたがたに知ってもらいたい沈黙は、そこで存在が非存在となり、非存在が存在となるかぎりない広がりだ。その沈黙は、畏怖させる虚空だ。そこではすべての自己が書かれては消される。そこには”それ自身”以外何もない。

 あなたは、この虚空、この広がりを沈黙の瞑想のうちに渡り切らなければ、あなたの存在がいかに現実なのか、また非存在がいかに非現実的なのかを知ることはない。あるいはまた、あなたの現実がいかにすべての<現実>と固く結びついているかを知ることもない。

 あなたがたが古く窮屈な皮を脱ぎ捨てて、束縛も拘束もされずに動き回れるようになるために、私はあなたがたがに、この<沈黙>のうちにを徘徊してもらいたい。

 その<沈黙>へと、あなたがたの心労や恐怖、情欲や欲求、羨望や煩悩を追いやってもらいたい。そうすればそれらは一つまた一つと消えて行き、あなたがたの耳はそれらの絶えざる叫びから解放され、あなたがたの脇腹はそれらのかける鋭い拍車の痛みから免れるだろう。

 その<沈黙>へと、この世の弓矢を投げ捨ててもらいたい。その弓矢であなたがたは、満足と喜びを狩猟しようと願っているが、実際には不安と悲しみ以外に何も狩猟できない。

 私は、その<沈黙>の中であなたがたに、暗闇と息詰まる自己の殻から、光へと、そして<自己>の自由な空気へと、這い出てもらいたい。

 私があなたがたに薦めるのは、語り疲れた舌の単なる一時休止ではなく、このような<沈黙>である。

 私が薦めるのは、ならず者や悪党の恐怖に満ちた沈黙ではなく、実り豊かな大地の沈黙。

 私が薦めるのは、卵を温める雌鳥の忍耐強い沈黙であり、別の雌鳥のように、卵を産んだことをガーガーと鳴きわめくことではない。先の雌鳥は、21日間、柔毛(にこげ)に覆われた自分の胸と翼に<神秘の手>が奇跡をもたらすと信じて沈黙のうちにじっと待つ。後の雌鳥は、小屋から飛び出し、自分が卵を産んだことを騒々しくわきたてる。

 仲間たちよ、わめきたてる美徳に気をつけなさい。恥に口をつぐむのと同様に、栄誉にも口をつぐみなさい。わめきたてる栄誉は、沈黙する不名誉よりも悪い。騒々しい美徳は、押し黙る不正よりも悪い。

 多くを語るのをやめなさい。語られた千の言葉のうち、真に語られる必要があったのは一語、たった一語だけかもしれない。他の言葉は、精神を曇らせ、耳を詰まらせ、舌を疲れさせ、その上心を盲目にしているに過ぎない。

 真に語られる必要がある言葉を語るのはなんと難しいことだろう!

 書かれた千の言葉のうち、真に書かれる必要があったのは一語、たった一語だけかもしれない。他はインクと紙の浪費であり、光の翼で翔ぶ時間を与える代わりに鉛の足を引きずる時間を与える。

 真に書かれる必要がある言葉を書くのは、なんと、ああ、なんと難しいことだろう!p119

<2>につづく

 







Last updated  2010.05.29 15:51:38
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2009.01.12
カテゴリ:agarta-david


「グルジェフ・ワーク」生涯と思想
キャサリン・スピース /武邑光裕 1982/11 平河出版社 単行本 252p
Vol.2 No.513 ★★★★☆

 この本、出版当時に買い求め、長く手元にあったはずなのだが、今回探してみても、見つからなかった。何度かの引っ越しの中で散逸してしまったのか、あるいは、ある時、なんらかの理由があって、手放したのか、今となっては記憶にない。

 そこで図書館ルートで探してみると、意外と地元の図書館ネットワークでは見つからない。大学にも、古書店にもない。へぇ、これだけの記念碑的な一冊なのに割とみんなクールだなぁ、と思った。ちなみに巻末の「参考文献」を見てみると、外国語本は数十冊挙げられているのだが、当時すでに邦訳されていたのは、ウスペンスキーの「奇跡を求めて」と、グルジェフの主著「森羅万象」三冊組の二番目「注目すべき人々との出会い」の二冊のみ。出版された1982年当時の日本の出版界の状況が彷彿としてくる。

 さて、図書館にないからと言って、すでに絶版になっているのかと思えば、出版元を通じてまだ入手可能であり、長い人気を誇っている本でもある。今回、私は古書を求めたのだが、なんと翻訳者のサイン本だった。当時、著名な某・神秘学の権威に贈呈されたものだが、その本が今となって、こうして末端の一読者にわたってくることに、それなりの時代の流れを感じてしまうことになった。このサインが本物なら、相当なプレミアム本となるに違いない(笑)。

 さて、グルジェフ。当ブログにおける関連読書もかなり進んだが、読書可能な範囲でのグルジェフ本は、おおよそ手配した。もともとグルジェフ・ワークに参加するなら、読書で終わることはあり得ないのであり、そこから一歩前に歩むことになるが、当ブログにおける公開メモとしては、そこまで進むことはあるまい。従って、すでに読書から得られるもののアウトラインは、すでにトレース済みである。そこから派生したものや、リライト物など、さまざまなヴァージョンはあるが、あとは、自らがそのワークをどのように取り入れ、どのように醸成していくかにかかってくるだろう。

 一部の人々は、グルジェフが期待されるような理解力をもつ弟子を一人も育てなかったことは失敗だったという。別の人々は、グルジェフの伝統は、ワークとその意義を理解する人々によって巧みに育まれながら今なお生き生きと命脈を保つ、ぶどうの木のようであるという。いずれにせよ数多くのグルジェフ・グループが現に存在しており、各々が育てたぶどうの実を本当に味わいたいと願うなら、誰でもそれを味わうことができるのである。  p209

 流派やスクールの違いはあれど、グルジェフ・ワークに触れることは、現在においてはそれほど難しくはない。接触し得るグループやスクールは、決して秘密にされているわけではない。しかしながら、それらは生前のグルジェフが想定していたようなエナジーの磁場を持ちえているのかどうかは、定かではない。







Last updated  2009.01.12 20:44:40
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2009.01.11
カテゴリ:agarta-david

「生きる糧の言葉」―人生のみちしるべに
カリール ジブラーン・ 岩男 寿美子 1985/06 三笠書房174ページ
Vol.2 No.511 ★★★★☆

 当ブログも最後の「21th Category」を一歩手前にして、同時進行中の3つのカテゴリを終わらせようとしているところだ。残り10冊になったところで、ふと、手の動きは遅くなる。

 ブログをいったん終わらせて、沈黙に戻ろうとすることは、ひとつの疑似なる死の体験だ。そのために108つのエントリーを残している。しかし、その前のこれら3つのカテゴリを終了することもまた、ひとつの死の体験と言えないこともない。ましてや、3つ同時に進行している限り、思いはあちこちに飛散する。

 ざっと身の回りを見渡せば、数十冊の本が散乱し、エクセルで作った「読むべき本リスト」には数百冊がまだ未読のまま残っている。図書館にリクエストしたままた未着になっている本もあるし、あれやこれやで「再読」したい本もある。買ったまままだ読みきれていない本だって何冊もある。

 いつもの進行なら、手当たり次第に読み込んでいけばいいのだが、はてさて、各エントリーの残りが3~4冊ということになると、本選びにかなり慎重になっている自分に気づく。残り数冊ということは、最後の一冊をどれにするか、という選択でもある。はてさて、そのカテゴリをその本一冊に託して終了してしまっていいのか。あるいは、その一冊にすべての思いを託すとしても、現在ある地平から、二冊を経て、その最後のランナーにタスキを渡すには、どのようなペース配分によるべきか。

 しかも、その三チームは、タスキを受け渡しながら、最後は同時ゴールインという出来レースにしなければいけないのだ。いや、別に「しなければいけない」ということでもないのだが、まずはそのようなドラマツルギーで行こうじゃないか、と決めてきた。

 しかし、ここにきて、これらの一切の作戦は、次第にほころび始め、破綻が見え始めつつある。破綻とは言っても、それはマイナス方向にではなく、プラスな方向にだ。下手な計らいが役に立たなくなってきているということだ。それだけに、よりせっぱつまった真実性が出てきたようだ。

 どの本を残り三冊として読みこむのか。当然、このカテゴリの中で終わらせてしまいたいテーマもある。それらはなんとかここで処理してしまいたい。あるいは、図書館から借りてきた本は返却期日が迫っていることでもあるし、優先的に読むべきだろう、などと逡巡のタネに切りはない。

 ここにきて、どうも議論的な論争的な本は、ちょっとついていけない感じがする。イガラッぽい気分でそのカテゴリを終わるのは、いかがなものか。できれば、おだやかに、デクレッシェンドしたい。夕暮れが夕闇にまぎれていくように、フェードアウトしたい。

 一旦はそう決意し、そのような本選びをする。しかし、まてよ、それじゃぁ、このテーマはどうする。「つづく」としてきたあの本は、どこで読む。もう読まないと決めた本をまた引っ張り返したりするのも、どうなのか。そういえば、あの新刊も気になる。この著者なら、この本はぜひつけ加えておかなくてはならない。

 逡巡には限りがない。

 そして、しずかに時間は過ぎていく。

 

 すでに夕方になっていた。
 女占い師のアルミトラは言った。この日の、この場所、思いでを語ったあなたの精神(こころ)に祝福のあらんことを。
 アルムスタファは答えて言った。語ったのは果たして私だったのか。
 私も聞き手ではなかったのか。

 新しい一日は、前の日と違ったところから始まる

 それから彼は神殿の石段を下りた。ひとびとはみなその後に従った。彼は迎えの船に乗り込み、甲板に立った。
 それからひとびとの方を向き、声高く言った。
 オルファリースのひとびとよ。風が私に船出を命じている。
 私は風ほど急いではいないけれども、私は行かねばならない。
 私たちさすらい人は、いつも孤独な道を探し求め、新しい一日は、前の日とは違ったところで始まる。日の出を前の日と同じところでみることはない。
 大地が眠っている間も、私たちは旅を続ける。
 私たちは強い植物の種子(たね)、心が熟し満ち足りた時、風にのり、まき散らされる。
 

 あなたがたと共に過ごした日々は短く、あなたがたに語った言葉はさらに短い。
 私の声があなたがたの耳のなかで消え、私の愛があなたがたの記憶のなかでうすれたら、私は再びおとずれよう。
 そして、いっそう神の教えにかなった、豊かな心と言葉で、語りかけよう。
 そうだ。私は潮に乗って戻ってこよう。
 死が私を隠し、もっと大きな静けさが私を包んでも、私は、再びあなたがたの理解を求めよう。
 私の望みは、必ず報われよう。
 もし私の語ったことに真理があるなら、もっとはっきりした声と、あなたの考えにさらに近い言葉で、それを明らかにしよう。

 オルファリーズのひとびとよ。私は風と共に去っていく、だが、なすところなく行ってしまうのではない。
 今日の日が、あなたの求めを満たさず、私の愛をかなえないなら、別の日を約束しよう。
 ひとの求めは変化するが、愛と、愛で求めを満たそうとするねがいは変わらない。
 それだからこそ知りなさい。私が、もっと大きな沈黙の世界から戻ってくることを。
 野に露を残し、明け方消える霧は、立ち昇って雲となり、やがて雨となって降り注ぐ。
 私は、その霧のよう。
 夜の静寂(しじま)に、私はあなたがたの町を歩み、私の精神(こころ)はあなたがたの家に入った。
 あなたがたの胸の鼓動は私の胸に伝わり、あなたがたの吐く息は私の顔にかかり、私はあなたがたすべてを知っていた。
 ああ、私はあなたがたの喜びも、苦しみも、知っていた。あなたがたが眠っている時、その夢は私の夢だった。
 湖が山の中にあるように、ときには、私はあながたのなかにいた。
 私は、あなたがたの頂(いただき)と曲がりくねった斜面ををの水面に映し、あなたがたの考えと望みがうかんでは消えるのも映し出した。
 子どもたちの笑い声はせせらぎとなり、若者たちの憧れのは川となって、物言わぬ私のもとへ流れこんだ。
 せせらぎや川は、私の心の深みにとどいても、歌うのをやめなかった。・・・・・・・

p146







Last updated  2009.01.12 12:29:37
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2009.01.10
カテゴリ:agarta-david


「漂泊者(さすらいびと)」<1>
カリール・ジブラン /小森健太郎・他 1993/05 壮神社 単行本 315p
Vol.2 No.509  ★★★★☆

 ジブランの代表作「預言者」は何人にも翻訳されている。この本の巻末にも紹介されているが、「プロフェット」1972小林薫・訳「預言者」1984佐久間彪・訳「生きる糧の言葉」1985岩男寿美子・訳の三冊がある。さらには、この本には紹介されていないが「預言者アルムスタファは語る」1993堀内利美・訳があり、これら四冊すべてが今私の手元にある。一冊一冊メモしようかな、とも思ったが、残りのエントリー数も限られてきたので、次の機会に譲ることにしよう。

 堀内訳が、この本に紹介されていないのは、この本とほぼ同時の1993年に出版されているからであり、ひょっとすると、その後には、その他の翻訳もあるかもしれない。最近では、「よく生きる智慧 完全新訳版『預言者』」2008.12柳澤桂子・訳がでた。

 これほどに、ジブランと言えば「預言者」と、すぐでてくるのだが、他にもいくつかも著書があることは、日本においてはあまり知られていない。Oshoは「私が愛した本」の中で、ジブランの本のうち9冊にふれているが、この本の巻末の解説で小森健太郎は、ジブランには16冊の本があると推測している。正確なリストは、英語圏にもないようだ。

 さて、いたって詩情を理解しない無粋な当ブログではあるが、ざっと読んだ場合、やはり「預言者」の「完成度」は相当に高いと思われる。10代で下書きを完成し、亡くなる40代までジブラン自身が手を入れ続けたというだけに、これ以上いじれないというほど、すでに出来上がっている感じがする。

 それに比して、この本に紹介されている、「狂人(きぐるいびと)」、「先駆者(さきがけびと)」、「漂泊者(さすらいびと)」の三冊は、それぞれに、星新一のショートショートみたいで、ちょっとひねりのきいたSFみたいに読みやすいが、決して文章的に過剰な装飾はない。素朴で、ジブランの生地レバノンの風が吹いてくるような、土地のかおりがただよってくるような、不思議なリアリティがある。

 私がどうして狂人になったかとお訊ねか。それはこういうわけだ。多くの神々が生まれるよりさらに昔のある日のこと、深い眠りから覚めた私は、自分の仮面が----7つの人生の間にこしらえ、かぶってきた7つの仮面が----みんな盗まれているのに気づいた。仮面をつけぬまま、私はごった返す通りを駆け抜けながら叫んだ。「泥棒だ、泥棒だ、いまいましい泥棒だ」  p11

 ここで最初からドキッとさせられる。実は、当ブログでは、転生魂agarta-davidの7つの人生が底流として流れているからだ。もし、この7つの仮面が「盗まれて」しまったら、計りしれない惨事ということになろう。しかし、よくよく考えてみれば、この7つの仮面は、本当は「盗まれなくては」ならないのだ。

 男も女も私を見て笑った。私を恐れ、家へ駆け込む者もいた。
 市場に来ると、屋根の上に立った若者が叫んだ。「やつは狂人だ」。その若者を見ようと顔を上げたとき、初めて太陽が私の素顔にくちづけし、私の魂は太陽への愛で燃え上がった。もはや私は仮面を欲しなかった。憑かれたごとく私は叫んだ。「幸いなるかな、わが仮面を奪いし者は幸いなるかな」
 こうして私は狂人となった。 
  p11

 私は狂人になれるだろうか。7つの仮面を盗まれてしまったら、8つ目の仮面を急いでつくるのではないだろうか。当ブログは、仮面のひとつであるかもしれない。だからこそ、当ブログは、この仮面をそろそろ脱ごうと思う。泥棒がやってくることさえ、待ち望んでいるかもしれない。

 そして私は、自分の狂気の内に自由と安全とを見いだした。それは、孤独なるがゆえの自由、理解されないがゆえの安全だ。なぜなら私たちを理解する者は、私たちの内なる何かを隷属させるからである。
 しかし、おのれの安全をあまりに誇るのはよそう。牢の中の盗人でさえ、別の盗人からは安全なのだから。
  p12

<2>につづく







Last updated  2010.06.06 16:49:23
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2009.01.08
カテゴリ:agarta-david


「預言者」
カリール・ジブラン /佐久間彪 1990/04 至光社 単行本 127p
Vol.2 No.506  ★★★★☆

 ん? 「預言者」ってこんなにコンパクトだったっけ? ・・・・と思うほど実に見事に手のひらサイズに収まっている。確か以前に読んでいた「プロフェット」は、この約30ほどあるテーマのそれぞれに章建てがしてあって、ひとつひとつ、「なになにについて」、とまるで単語帳みたいに細切れになっていたのだった。

 今回、あらためて、こうしてひと連なりの散文詩として読んでみると、じわじわと新たな感動が押し寄せる。何度読んでも、やっぱりあそこがいちばんいいようなぁ、というところがあるが、まぁ、今は伏せておこう。

 最近、「完全新訳版」などというものが出たようだが、この「預言者」は何度もさまざまな人々によって翻訳しなおされているようだ。ジブラン自身も最初にこの散文詩を書いた10代から、亡くなる直前の40代まで、校正し続けたようだから、この本は、そのように、まるで口伝のように、語られるごとに、新しい息吹を吹き込まれていくべきタイプの詩なのだろう。

 人々に愛された賢者が、人々との最後の別れにあたって、短い小さな言葉を残すというスタイルは、「老子」を思い出させる。「老子」の世界は、すでに数千年の時を経ているので、ひとつの世界観が出来上がっているが、それとても、時間とともに校正され続けてきて現在のスタイルになっているはずだ。

 とするとジブランの「預言者」も、人々に愛されながら、時代とともに新しい息吹を吹き込まれながら、これからも生き続けていくことになるのだろう。小森健太郎が翻訳したジブラン著「漂泊者」の巻末には、この佐久間彪翻訳の「預言者」が参考文献としてリストアップされている。

 さて、Oshoにとっての辞世の本とはどれだったのだろうか? やはり、死直前の禅シリーズだだったのだろうか。ワールドツアーから戻ってきたときの「新人権宣言」や「ニューマン」などのブックレットシリーズなども、その概念にあたるのではないだろうか。いやいや、「私が愛した本」を含むPune1の最後の歯科椅子シリーズも、それからの無期限のサイレンスを前にした辞世の言葉と、受け取れないこともない。

 当ブログも、そろそろ最後の21th Categoryが目前となってきた。悪態をついてみたり、雑音を出してみたり、時には復唱してみたり、模倣してみたりと、試行錯誤の数々もあったが、当ブログも次第に、nothingness への準備に入ろうとしている。そんなとき、ジブランの散文詩に触れることも、何かの縁ということになろう。先人たちのよしみに倣って、なにか素敵なことが書ければいいのになぁ、と願う日々。

 アルムスタファ、選ばれ、愛され、時代の曙であったアルムスタファ。かれは迎えの船を、12年の間オルファレーズの町で待ち続けていた。かれを故郷の島へ連れ帰るはずの船を。

 その12年目、アイルールの月、すなわち刈り入れの月の七日、かれは町の城壁のかなたの丘にのぼり、遥かに海を眺め渡した。すると、おお、薄靄(うすもや)のなかに、迎えの船が現れたではないか。

 かれの心の扉は弾(はじ)けとび、そこから、嬉しさが溢れ溢れて海のかなたに流れて行った。かれは、目を閉じて、魂の静まりのなかで祈った。

 しかし丘を降(くだ)ったそのときには、悲しみが迫り、思いに沈んで言った。

 迎えが来たというのに、私の心は安らかでない。かえって、悲しさがおそってくる。

 この町から、傷跡を胸に残さずに出ては行けない。

 この城壁の内側に過ごした苦しみの日々は長く、孤独の夜々もまた長かった。この苦しみ、この孤独から逃れ去ったとき、果たして悔いが残らないだろうか。

p9







Last updated  2010.07.17 21:47:57
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カテゴリ:agarta-david


「ハリール・ジブラーンの詩」<1>
神谷美恵子 2003/09  角川書店  文庫  140p
Vol.2 No.505  ★★★★☆

 ジブランの「預言者」は超有名で、私が知っているだけでも4種類の翻訳がある。現在は、新刊の「よく生きる智慧 完全新訳版『預言者』」2008.12の到着を待っているところ。しかし、「預言者」以外となると、必ずしもジブランの本の翻訳は多くない。もともと、イスラム圏とアメリカ圏を往来した著者であり、そして、生前に出版された本もそれほど多くなかっただけに、いきおい日本語バージョンも片よっているということになるのだろう。

 名前の表記にしても、ハリール・ジブラーン、カリール・ジブラン、カリール・ギブランなどと、統一感がない。しかしまた、それはそれ、詩人の生き方としては、そうあって、何の不都合なことははない。この詩人に対して、Oshoは「私が愛した本」の中で、多くの言葉を贈り、この本の中の冊数でいえば、他の作家やマスターたちをはるかに超えて、最大数9冊のジブランの本に触れている。


 今や日は暮れた。
 巫女のアルミトラは言った。今日という日、
 ここの場所、そして話して下さったあなたの心、
 これらすべてに祝福あれ、と。 
 彼は答えた。 
 話したのは私だったろうか。
 私もまた聞き手ではなかったろうか。
p93「預言者」より一部抜粋


 師よ、歌の師よ、
 語られていないことばの師よ、
 七度(たび)私は生まれ、七度(たび)死にました、
 あなたの急(せ)かしい訪問とわれらの短い歓迎以来。
 ごらん下さい、私はまた生まれました、
 山の中の昼と夜に
 あなたの潮がわれらを持ち上げたときを思い出して。
p116「イエス」より一部抜粋


 挫折よ、わが挫折、自覚、挑戦よ、
 あなたゆえに私はまだ若く足早なのに気づき、
 名誉の桂冠に捉えられるべきではないのを知る。
 あなたの中にあってひとりある境地を見出し
 うとまれ、あざけられるよろこびをも知った。
p39「狂人」より一部抜粋

 
 わたしは自然が語ることば、
 それを自然はとりもどし、
 その胸のうちにかくし
 もう一度語り直す。
 わたしはは青空から落ちた星、
 みどりのじゅうたんの上に落ちた星。
 わたしは大気の力の生んだ娘、
 冬には連れ去られ
 春には生まれ
 夏には育てられる。
 そして秋はわたしを休ませてくれる。
 p34「涙と薔薇」より一部抜粋


 なんと寛容なものであることか、地球よ。
 私たちはあなたから元素をひきぬき、
 大砲や爆弾をつくるのに、あなたは
 私たちの元素から百合やバラの花を育てる。
p19「思索と瞑想」
 

 この本は極めて小さな本だが、1914年生まれの女性らしい感性によって、静かに静かに、ジブランの言葉が紡がれている。巻末に加賀乙彦が解説を書いており、意外なエピソードを紹介している。


 これは、あまり声高に言うべきことではないが、神谷恵美子が、ハリール・ジブラーンに触れることができたのは、当時の皇太子妃美智子様から詩集「予言者」をプレゼントしていただいたのが切っ掛けになったそうだ。現在の皇后陛下が、私たちにこの詩人を与えてくださったと考えると、人と人の結びつきの神秘を感じる。p131「解説」 

<2>につづく







Last updated  2010.05.22 17:45:41
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2009.01.07
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「魁偉の残像」 グルジェフと暮らした少年時代
フリッツ・ピータース/ 前田 樹子 1995/02 めるくまーる 単行本 p287
Vol.2 No.504  ★★☆☆☆

 70歳でクリシュナムルティの本に出会う男性もあれば、11歳でグルジェフとともに暮らすことになってしまう少年もいる。この本は、その少年がグルジェフと暮らした日々の数年を、後に成人してから思い起こして記録した本である。少年時代に、自らの意志とは別なところで、とてつもない「魁偉」に出会ってしまった記録と言えば、「セカンドライフを読む。」の著書のあるティム・ゲストの「My Life in Orange: Growing Up with the Guru」を思い出す。この少年たちにとって、その出会いは人生にどのような意味を持っていたのだろうか。

 子供として、私がグルジェフと暮らした数年間に、私ははどういう影響を受けたであろうか? プリオーレで、私は何を学んだであろうか?
 この問いに、私は、別の問いを持って答えてみよう。あのような経験を、いかに評価できようか? プリオーレには、いわゆる出世に役立つ教育や訓練は、何もなかった。私はカレッジに入学できるほど勉強しなかったし、高校の最終試験にすら合格しなかった。情け深く、賢い人間にはならなかったし、世間的に、より有能な人間にすらならなかった。より満ち足りて、より穏やかな人、というよりもっと正確には、より悩みの少ない人にもならなかった。だが、確かに学んだことがある。そのいくつかは、
----生は、今、この瞬間を生きるということ、
----死という現実が不可避であること、
----人間は、当惑し、混乱し、不可解であり、宇宙の中の歯車の歯にすぎないということ、
 こういうことは、おそらく、どこででも学べたであろう。
 だが、私は、たぶん、1924年に戻って、繰り返すであろう・・・・・
 生存はどのようにも形容できるが、というよりもっと正確には、形容できるように思えるが、とにかく贈物なのだ。そして、あらゆる贈物のように・・・・中に何が入っているかわからない・・・・箱の中には奇跡が入っているかもしれない・・・・ということを。 
「プロローグ」 p274

 グルジェフの著書「森羅万象」三部作の、その1「ベルゼバブの孫への話」が、間違った宇宙観の破壊であり、その2「注目すべき人々との出会い」が新しい宇宙観のための素材の提供であり、その3「生は〈私が存在し〉て初めて真実となる」が、仮に未完であったとしても、新しい宇宙創造の書であったとするなら、さて、この「魁偉の残像」は、どのような位置づけになる本であろうか。

 グルジェフの生前の記録は極めて少なく、ましてや暮らしを一緒にした人のまとまった記録は数冊に留まるとされる。そういった面から考えれば、グルジェフの信奉者や研究者にとっては、きわめて貴重な資料ということになるだろうが、しかし、「書」や「読書」を「ワーク」と見たグルジェフからみた場合、どのような意味合いを持ってくるだろうか。

 一部研究者によれば、グルジェフ本人は自らのワークは失敗に終わったという思いを持ってこの世を去っていったのではないか、ということだ。ウスペンスキーの晩年も、必ずしも達成感に満ち溢れた境涯ではなかった。Oshoもまたウスペンスキーがグルジェフを「裏切った」時点で、グルジェフ・ワークは未完に終わったと見ている節がある。

 クリシュナムルティにしてもグルジェフにしても、あるいはオーロビンドやシュタイナーなどにしても、死後にあれこれ脚色された資料をもとに私淑したりして悦にはいろうという向きもないではないが、重々、魔境に陥らないように注意しなければならない。それはなにも、彼らの話題ではなく、わが身の話題である。資料や文献に隠れて、体験をともなったリアリティを忘れるようなことがあってはならない。







Last updated  2009.01.08 02:36:46
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2009.01.05
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「『夢見』の密室」マヤ終末予言
小森健太朗 1999/04 祥伝社 新書 327p

Vol.2 No.501 ★★★★☆

 Oshoは「私が愛した本」の中で、かなりの数の小説にも触れている。当ブログは、小説嫌いを公言しているので、このジャンルは一番後回しになるだろうな、と思っていた。だが、よ~くこのリストを見てみると、30数冊が挙げられてはいるが、ひとりの作家でも複数の作品が挙げられており、一番多いのは、カリール・ジブランの9冊だ。ここから攻めていけば、このジャンルを踏破するのは、必ずしも困難ではなさそうである。

 カリール・ジブランと言えば、思い出すのは、この作家の「漂泊者」を翻訳している小森健太朗だ。彼にはウスペンスキーとグルジェフの絡みを小説化した「Gの残影」があるが、ミハイル・ナイーミの「ミルダッドの書」の訳出もある。ここからは個人的な見方だが、小森健太朗は、Oshoの「私が愛した本」の影響をかなり受けている、と考えることもできる。

 そう考えてみれば、かなりの数の著書や訳書を持っている小森の本もひととおり読んでみる価値はありそうなので、「Gの残影」の隣にあったこの本を読んでみることにした。

 この手の本を何というのだろうか。古代文明ミステリーファイル、というシリーズの中の一冊のようだから、いわゆる「ミステリー小説」というジャンルに振り分けられる本のようだ。このジャンルは、むしろうちの奥さんが大好きなジャンルで、私は大の苦手。同じ部屋で、二人して読書にふけっていながら、互いが読んでいる本のジャンルはかなり違う。

 ミステリーのどこが面白いのか、奥さんに聞いてみると、「次は何が起こるのかしら、とワクワクする。自分の知らない世界がどんどん展開するのが楽しいのよ」ということなのだが、私には、ストーリーを追っかけていくのが、ちょっとまどろっこしいと感じられることが多い。彼女にとっては「頭がいたくなるので、まず読む気にはなれない」という哲学や心理学のジャンルのほうが、私には向いているようだ。

 だいたいにおいて、この本では、「自分が知らない世界」が展開されているのだろうか。ストーリーや他の団体、他の文化圏ということでは、もちろん「知らないこと」がたくさん登場しては来るのだが、すでに知っている、あるいはすでに体験して、自らすでに処理済みである部分について、再構成されている部分が多い。はっきり言って、冷やかされたり、戯画化されている部分があるので、読み手としては、すこし醒めてしまうところがある。

 「トランスパーソナル心理学派のセラピーは、法律で禁止されるまでは、日本国内でもLSDを使った心理療法を実施していましたが、それが非合法になってからは、呼吸法を用いて、脳内物質の活性化をはかるという技法が使われているようです。
 薬物か呼吸法かは知りませんが、どうやら見た感じ、トランスパーソナル派に近い技法が、この団体でも用いられているようですね」
p137

 古代マヤ文明に影響されたとする小さな団体を、カルトと決めつける脱カルト精神科医のセリフだが、このように単純化された図式を描けば、実態をなにも知らない読者の興味を惹くことは可能であろう。だが、多少は関連のことを知ってしまっている読者には、「これから何がおこるのかしら」とワクワクするよりも、ああ、できれば、あまり歪曲した描き方をしないでね~、とドキドキしてくることになるのではないだろうか。

 ここではスタニフラフ・グロフをモチーフにしてストーリーを展開しているのだろうが、ひとことでトランスパーソナル心理学派と言ってしまうと、素直な読者には、戯画化された虚像が刷り込まれてしまうので、私には、やっぱり小説はちょっと怖いなぁ、と思ってしまう。別な意味での恐怖「ミステリー」だ。

 この本ではヤキ・インディアンの「ドン・ファン」シリーズのストーリー展開もモチーフに使われている。Oshoは「私が愛した本」の中で次のように述べている。

 それは、アメリカ人カルロス・カスタネダが創作した仮空の人物である「ドン・ファン」のようなフィクションではない。この男は人類に対する大いなる害をなした。人は霊的虚構(スピリチュアル・フィクション)を書くべきではない。その理由は単純で、人々が霊性(スピリチュアリティ)とは虚構にほかならないと考え始めるからだ。「注目すべき人々との出会い」は、真実の書だ。Osho「私が愛した本」p173 

 グルジェフ+ウスペンスキーに関心が強く「Gの残影」という小説までものしている現代日本の気鋭の作家であるがゆえに、この点は、要チェックと考えている。「霊的虚構(スピリチュアル・フィクション)」と「真実の書」との線引きは、奈辺にあるべきか、きわめて重要なテーマである。

 当ブログの中では、カルロス・カスタネダの「ドン・ファン」シリーズに触れた本が数多く登場したため、私もそのうちこのシリーズを再読しようと思って枕元に積み上げているのだが、どうもまだその気になれないようだ。読むとしても、あいかわらずこのシリーズは批判的にしか読むことができない。

 「ウィットゲンシュタインの『論理哲学論考』では『使用されない記号は意義を欠く』というのがオッカムの剃刀の真意とされていますが、元のオッカムの剃刀の格言では『存在は必要なしに増加されてはならない』となっています。ある事態を説明するときに、説明に使う事項は必要最小限のものを選ばなければならない、という論理学上の格言と理解すればいいでしょう。この格言は、不必要な存在を切り落とすという意味で、不必要な髭を剃る剃刀にたとえられたために、『オッカムの剃刀』という異名をもつようになったそうです。
 もし前世の記憶が私にあれば、私は当然、前世の存在を信じます。
 ですが、私には前世の記憶なるものがは存在しません。
 この事態を説明するのに、輪廻転生を信じる一派は、私にも前世が存在する、しかし、今世では私はその記憶を忘却している、と説明します。しかし、輪廻転生を認めない人たちは、単に前世や転生はないのだと言います。後者の説明の方が、オッカムの格言に照らせば正しいのです。なぜなら、私には前世の記憶がないという事態をより簡単に説明していますから。転生派の人々は、私の前世が存在した上でそれを忘却するという、二重の事項を持ちこまないと、。私の中に前世の記憶がないことを説明できません。この立場は、必要なしに存在を増加させるという、オッカムの禁を犯しています。
 ただ、これはむろん、客観的な正しさとか真理を保証するものではありません。あくまで事態を説明するときの簡便さを追究するというだけのことです」
p287

 ちなみに私個人は「前世ある派」である。たくさんの著書や訳書のある小森のことゆえ、小説の中の一登場人物のセリフを持ってその真偽を云々すること自体、徒労なことであるが、むしろあちこちの文献を提供している、というくらいに受け止めていればいいのだろうか。だが、だとするなら、小説とはなにか、というごくごく初歩的な個人的な疑問に押し戻されてしまうことになる。

 事件からほぼ、10年がたった今、なぜ、この記録の公表を踏み切ることにしたか。一つには、この事件に重大なかかわりをもつ当事者の一人が最近物故したため、この記録を公表することによる差し障りがほとんどなくなったと考えられるからである。もう一つには、最近一部の週刊誌等に、犯罪事件を起こしている一部の宗教団体と、この記録で扱われた団体とを無根拠に結びつけるような記事が掲載されたためである。そのような誹謗に対して私は、断固たる抗議文を送付したが、私がかつて所属していた団体内で生じたとされる犯罪事件に関して、できる限り公平な視点で、ことの経緯を明らかにする必要を感じたためである。p319

 この本がミステリー小説である限り、いちいち登場人物たちの言動に振り回される必要はないのだが、エピローグに登場するこのストーリーの語り部とされる人物のこの部分のセリフは、作家・小森健太朗の生の声にやや近いのではないか、と私は察する。

 この本が書き下ろされたのは1999年3月であり、話題の「世紀末」の年に差し掛かっていたとしても、念頭にあったのは1995年のあの忌まわしい事件のことだろう。この事件のおり、私もまた、上の登場人物のセリフのなかにあるような抗議活動を経験したことがある。こちらの「10年前の事件」については、日本の出版界がようやく重い腰をあげることができるようになるまで、「20年」という年月がかかったが、なんであれ、人生は生きるに値する神秘に満ち満ちている。

 当ブログの隠しテーマ「来るべき人々」もまたブルワー・リットンの「小説」であった。小森が最大限に評価するニーチェもまた「小説家」である。21世紀の身近な小説家として、今後も期待しながらこの作家の作品に注目していきたい。







Last updated  2009.07.25 22:33:14
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2009.01.01
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「生は〈私が存在し〉て初めて真実となる」
ゲオルギー・イヴァノヴィチ・グルジェフ /浅井雅志 1993/08 平河出版社 単行本 277p
Vol.2 No.499 ★★★★☆

 

 某SNSで私は、家族のIDで別行動を始めたことがある。と言っても大したことではなくて、たんに家族のIDで、何人かの未知なる人に「友達」申請をしてみただけである。この試みは概して快く受け入れられ、ごく短期間に「友達」が増えていった。そのSNSでは、「友達」の登録は最大1000人までとなっていたのだが、それほど時間もかからず1000人まで達してしまった。

 しかし、友達が増えたからと言って、なにかが変わるものでもなければ、不都合なことが起きるわけではなかった。月に何回かは日記を書き、それなりに反応はあるものの、気にいらない書き込みには、こちらは返信しないでおいた。何人かの日記は興味を引いたが、かといって、そのことに深味が加わることもなかったので、次第にこちらの反応が無感動になることも多かった。

 私の興味は、1000人の「友達」そのものよりも、1000人の「友達」が「存在する」というほうに移って行った。1000人に達した「友人」を次第に入れ換え始めた。つまり男性には別れを告げ、女性だけの「友人」に限定し始めたのだ。もともと友達申請を受け入れてくれた人たちはオープンな人々で、来るものは拒まず去る者は追わずタイプの人々が多かった。

 それほど、時間がかからず私の1000人の友人は女性だけになった。しかし、それはネット上のSNS上だけのことだけであり、特段に私の人生に何事かの変化をもたらすことはなかった。私の関心は、もっともっと「友達」の種別を厳選する偏向した方向へと進んでいった。

 プロフィール画像がない人にはお別れをした。そして自分の人物像に関係ない画像をアップしている人にもお別れをした。だんだん1000人の顔つきプロフィールがそろいつつあったが、1000人の視線を向けられていることには、ごくごく短期間に疲労した。ひとりひとり、私に視線をむけている「友達」には別れを告げて、口元とか首元とか、足元をプロフィールにしている人たちだけが1000人残ることになっていった。

 参加している「グループ」も最初は内容を考えて参加していたが、とてもとても全部の書き込みを読むことはできないので、そのうち「参加」していることだけが楽しみになっていった。参加していることの証しは、その「グループ」のトップ画像が表示されることだった。「グループ」も1000個参加できるので、ひたすら興味ありそうなところを1000個登録した。

 閉鎖的にメンバーを選別しているグループもあったが、ほとんどのグループは好意的に参加させてくれた。そして、私の関心は、また偏向した方向へと向かい始めた。「グループ」のトップ画像が綺麗なブルー系のモノだけに限定しはじめたのである。探してみると実にブルー系は多く、私のようにブルー系だけのグループにしか参加していない人は、何人もいるようだった。

 やがて、私の「家族」のIDは、1000人の女性の体のプロフィール画像と、ブルー系の「グループ」トップ画像で満載になった。検索をし続けていると、数百人のメンバーがいるのに、管理人が不在となってしまっていて、管理人を募集している「空き家」グループが何個も存在していた。そこで私の「家族」のIDは、まんまといくつの「グループ」の管理人になりすましてしまうことができた。

 ここまでの作業の数か月の間、私は誰にも不利益を与えることもなかったし、不道徳に取られるような行動はなにもしなかった。もちろん、私が不利益を被ったこともなかったし、不道徳な事態に直面することはなにもなかった。

 そのままであれば、私は私の「家族」のまま、SNSというネット空間に漂っていることができただろう。それからさまざまな「偏向」的なひそかな実験を続けることは可能ではあったあろうが、じきに私の関心は、速やかに収縮していった。

 やがて、誰にも不利益もあたえず、誰をも不道徳な問題にまきこまず、私の「家族」のIDはもとに戻っていった。そして、私はそのIDを二度と操作することはなかった。私のひそやかな実験は、誰にも知られることなく、ごく短期間に終了した。

 「私」は、私のキャラクターをつくり出し、ネット上に「存在」することは可能ではあった。しかし、それは、「真実」にはならなかった。私はそこで生きることはできなかった。誰にも不利益を与えなかったが、もし不利益があったとするならば、それは唯一、私自身についてであっただろう。最初の「偏向的」な楽しみはそれほど長く継続することなく、「家族」になりすますことは、それほど長期にはできない、ということを悟ったのだった。

 さて、当ブログであるが、これは「私」が「存在」し、「真実」なものになっているだろうか。たしかに「家族」になりすましているわけでもなく、読み手を限定し、「偏向的」な情報を流し続けているわけではない。しかし、私は、偏向した「私」を書きつづけてはいないだろうか。私は、顔のない1000人の「友達」たちにメッセージを送りつづけている、ということはないだろうか。私は、単になんの意味もなく、ブルー系の表紙の本だけを選んで読みつづけている、ということはないだろうか。

 Life Is Real Only Then, When " I Am"

 私は、「私は存在した」というほど、リアルな人生を送っているだろうか・・・?







Last updated  2009.01.01 18:51:08
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