2007.11.03

インターネットの大錯誤

カテゴリ:2nd ライフ

「インターネットの大錯誤」 岩谷宏 1998/04 筑摩書房 新書 206p
No.859★★☆☆☆

 この時期、1997~8年といったら、社会的にも
パソコンとインターネットは、社会的にも怒涛のように渦巻いていた二大話題であった。著者は、この二大話を交互に織り交ぜながら、挑発的な言辞を投げ続ける。はっきり言って、著者の文章は、ですます調ではあるが、かなりズレている。今読んだらズレれっぱなしなのだが、この本が出版された当時に私が読んでも、やっぱりズレてるなぁ、と思わざるを得なかっただろう。

 しかし、もしそう思ったら、それは彼の思う壺にはまった、ということになる。彼はズラして書いている。ズラして書くからこそ、彼の本には価値がある、と言ってもいいくらいだ。そのズレた位置に逃げ続けることこそ、この人が自らの信条としているかのようだ。

 彼がズレているとして、どのような方向にどのようにズレているのだろうか。彼は、推測するに決してIT技術の専門家・プロではない。生活費を稼ぎ出してはいるだろうが、ある意味では物書きの専門家でもないだろう。彼の信条は、娯楽的に安価に安易に提供されるエンターテイメントの否定であるし、偉大なるアマチュアリズムの大肯定なのだ。そしてまた、アカデミックでもない。どこそこの学者である研究者である、という立場からの発言を一蹴する。しゃらくさい。人間は肩書きなしの、一人の人間、それしかないのだ、と大声で叫んでいるかのようだ。

 彼はパソコンの可能性を見抜いている。そしてインターネットへの期待観もただごとではない。だからこそ、この時点ではWin98さえ発売されていない段階だが、その欠点だらけのネット社会のあちらこちらをメッタ切りする。そして、その発想の原点には、人類が向かうべき、ある理想の世界がある。

 人間はだれでも、インターネットにプロバイダを通さず24時間365時間ダイレクトに接続されるべきだ、という主張は超過激だ。たぶんそうはならないだろう。ならない理由はたくさんある。しかし、そう言ってしまわなければならない、彼の理想がある。その「理想」とは一体なにか。一連の彼の本を読み進めるとしたら、挑発し、ずらし続ける彼の言動ではなく、彼が安住できるであろう理想郷とはなにか、を読み取らないといけない。もしそれを読み取ることができれば、それで彼の「思想」「哲学」を十分に受け取ったということになるはずだ。

 今から10年前に彼がこのような発言を繰り返していた、ということは記憶される価値がある。そして、ここから彼のエクリチュールはどのように移行し続けるのか、まだまだ
興味はつきない。





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Last updated  2009.01.22 09:17:18
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