中国人と付きあう際、最低限知っておくべき歴史は?
プレジデント 2011.1.17号のテーマは「迷い、希望、突破」全課題55+αの解決法全予測「働き方、生き方、悩み方」。これは、毎年恒例の新年企画であり、仕事や自分・家族、暮らし・マネーについて、様々な分野の著名人が、一つのテーマについて私見を述べるもの。読者は、それぞれのコメントについて、頷いたり首を捻ったりしながら楽しめる。さて、これらの記事の中で、私が最も興味を持ったのが「中国人と付きあう際、最低限知っておくべき歴史は?」という、ソフトブレーン マネージメント・アドバイザーの宋文洲さんの記事。(p.46)それによると、尖閣列島の問題で、中国で起きた反日運動が、日本でよく取り上げられていたとき、宋さんが中国にいる親戚や友人に電話すると、「いったい何の話?」という感じだったそうだ。 だいたい、「国家」としての中国と、個々の「人間」としての中国は関係がないんです。 中国人は、“カタマリ”としての中国は意識しません。 世界中にいる華僑と呼ばれる人々だって、別に国の意志で活動しているわけじゃない。 多くは国を追われた人たちです。言われてみれば、「そりゃそうだ」という、当然のこと。私たち日本人だって、いつも日本という国家の意志を反映しながら、カタマリとして活動してるわけでは、決してない。中国の人も、同じだったのである。 単一民族国家と多民族国家の違いもある。(中略)日本は単一民族といっていい。 でも、中国は正反対。(中略) こういう人たちを同じ中国人だからと一括りにするのは、明らかに無理があります。 そんな中国人と付きあうには、まず、あらかじめ細かな取り決めをした契約書を交わして、 起こりうる悪い材料はすべて先に相手に言っておく。これが最初の注意点。背景の違う者同士が行うビジネスにおいては、悪い話も含めて、細部まできちんと詰めておくのが当然。背景の似通った日本人同士なら通用するアバウトな契約は、後々の大きなトラブルの元になりかねないので絶対厳禁、と宋さんは指摘。 西洋人もそうですが、「ケンカも礼儀のうち」が二番目の注意点。 だから、温家宝首相やきょうゆ報道官の剣幕を怖がる必要はないんです。 上手にケンカができるようになれば、交渉はむしろ佳境に入ったといっていい。 逆に遠慮して何も言わないと、押される一方ですよ。そして、第三の注意点は、「同じアジア人」という発想をやめることだ、と指摘。確かに、見た目や使用する文字が、まるで違う欧米の人たちに対するときと、中国や韓国・朝鮮の人たちに対するときとで、私たちの構えは微妙に違っている。そこに「同じアジア人だから、分かってくれるはず」という期待感を込めがちだ。 もちろん、肉親を日本軍に殺されたという中国人が、 日本に対していい感情を持っていないことはわかりますよ。 でも、そういう人は少数派というのが現実。 昔、チンギスハンが中国人を大勢殺したからといって、 今モンゴルを嫌っている中国人などいないのと同様、 歴史の問題は時間が解決してくれます。こういった、宋さんの指摘を受けても、「本当にそうなのかな?」と心配になってしまうのが日本人。それは一にも二にも、本当の中国、本当の中国人を私たち日本人は知らない、知らされていないということなのだろう。