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mari`s すけっちのぉと

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写真・欧田舎町

2006.08.20
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カテゴリ:写真・欧田舎町

ザルツブルク6.jpg

サウンドオブミュージックの舞台となったオーストリアのザルツブルク

夏は、音楽祭が開かれる音楽三昧の日々にひたれる町ザルツブルク

あのモーツァルトが生まれたところでもあります

実は、モーツァルトはこの町が好きではありません

ザルツブルクの王様ともいえる大司教にひきたててもらえず、

あちこちにでかけて食べていかなければならなかったモーツァルト

けっして好きではなかったザルツブルクの町ですが

今のザルツブルクはモーツァルトにおんぶにだっこ

モーツァルトにはじまり、モーツァルトチョコに終わるといったかんじで

モーツァルトは観光の目玉になっています。皮肉なもんですね。

もうひとつの観光の目玉はサウンドオブミュージック

あのトラップ一家がほんとうに住んでいたのがザルツブルク郊外

マリアはこのザルツブルクのノンベルク修道院の修道女でした

ノンベルク修道院.jpg

右手がノンベルク修道院、奥にホーエンザルツブルク城が見えます

マリアさんもこの道をとおっていたのでしょうね

この、ノンベルク修道院からは、ザルツカンマーグート地方が一望に見渡せます

時間があったら、散歩がてら行ってみても・・・すてきな景色が見られます

ザルツブルクの私のおすすめ

シーズンは6月~9月がベスト、真夏でも薄めのセーター必携です。

8月に行くと、郊外の町でこんなお祭りがみられるかもしれません

お祭りに出会った日のぶろぐはこちらからどうぞ

民族衣装の人たちがあふれる、音楽祭り。日本のぼん踊りといったかんじです

マリアさんのあの衣装は伝統的な、民族衣装だったのですね


2005-07-26 13:57:01

ザルツブルク町のみどころは、大司教の宮殿レジデンツ、

この町は、キリスト教の大司教が治めていた町で

王様は大司教というわけですが、この大司教の豪奢な生活ぶりに

圧倒させられるのが、この宮殿です。見事な内装は必見です

ぼうさんが、こんな豪勢に暮らしていいの?って思いますが

サウンドオブミュージックのロケでも使われたあのミラベル宮殿は

大司教の愛人のために建てられたとか

とことん、宗教的ではなかったようですね

そんなことやっているから、宗教改革とかになったのでしょうが・・・

それはともかく、このクラシックヨーロピアンというかんじのこの町

ヨーロッパのほかの町同様すてきなインテリアショップがありました。

ウインドウをみているだけでも、ため息がでます

冒頭の一枚は、真紅のテーブルクロスに真っ白な家具、輝くシャンデリア

ヨーロピアンエレガンスそのものというかんじのコーディネートですね

ヨーロッパは真紅の使い方が実に上手

日本でも、非毛氈が真紅ですね

非毛氈も、ヨーロッパの真紅の絨毯も

アラブ諸国一帯の遊牧民の真紅の絨毯がルーツといわれています

遊牧民の赤い絨毯のお話は、又いずれ・・・

下は、書斎のコーディネート

ザルツブルク4.jpg








最終更新日  2006.08.20 12:44:25
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2005.09.07
カテゴリ:写真・欧田舎町
オーストリアのザルツブルクからバスで小一時間
ザルツブルクの町を出る頃から、次々と現れるきれいな湖や
花で飾られた美しい町並み、雄大な山々を眺めているうちに
このバードイシュルという小さな町に到着です

ヨーロッパの町はたいてい
敵から自分たちの街を守るためまわりを城壁で囲んであったり
自然の要塞(例えば山の上・断崖絶壁の上)を利用して街を築くのですが

ここバードイシュルはそういった城壁がありません

絶大な力を誇った時の権力者、フランツ・ヨーゼフの別荘を中心に
こじんまりとした、町並みが形成されています
フランツ・ヨーゼフと
そのとりまきの貴族たちの別荘がたちならぶ
この町に城壁は必要なかったのでしょうか

皇妃エリーザベトに先立たれ
失意(はず)のフランツ・ヨーゼフはこの地の
カイザービラで暮らすのですが
なぜか、ブルク劇場の女優だったカタリーナさんが
皇帝の身の回りのお世話をします
(実は皇妃が生きている頃から)
エリーザベトが暗殺されてからは公然とした愛人だったそうで・・・
ますます不可解なことです


この町は、日本で言う温泉街で、
温泉プールがいくつかあり、
カイザーテルメというところで
温泉ドリンクを飲むことができます

ホテルは
日本で(日本語で)予約できるホテル
もあります

私たちは、この町の隣町にお泊りしました
ガストホーフという日本のペンションみたいなところです
(このお話は後日ね)


この町がある、ザルツカンマーグート地方は
観光にとても力を入れていて、点々とある小さな町のどの町も
観光客のためのフリー(ただの)プログラムや格安プログラムをもっていますそのうちのひとつがこの乗り合い馬車
(そういう情報はホームページでスケジュールを知らせています 独・英)

一頭立ての馬車に幌付の荷車のような車がついていて
8人程の観光客をのせ
御者が案内をしながら小一時間程市内をぐるりと回ります
これで充分な程小さな町です
案内は残念ながらドイツ語のみですが、
乗っているだけでも楽しいので
是非のってみてくださいね
乗車位置はカイザービラのまん前のバスターミナル
一周500円ぐらいです

バードイシュルへは
ウィーンから電車で4時間ぐらい
ザルツブルクからバスで1時間
タクシー40分
ザルツブルクから電車でもいけますが、大回りなのでおすすめしません






最終更新日  2005.09.07 17:06:16
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2005.09.05
カテゴリ:写真・欧田舎町
昨日ご案内したエリーザベトの館
からほんの5~6分のところにこのカイザービラが建っています

カイザー(皇帝)オーストリア帝国・神聖ローマ帝国の皇帝であったフランツ・ヨーゼフの別荘です

時の権力者フランツ・ヨーゼフですが
その生涯はなんだか少し気の毒な気がします

最愛の王位継承者の息子を(マイヤーリンクの悲劇うたかたの恋のモデル)でなくし
最愛の美貌の妻エリーザベトはいつも旅行三昧でそばにいてくれない
ついには、妻エリーザベトは旅先で暗殺者によって殺されてしまいます

それでも、国民のために執務を続け
毎日の生活ぶりは公僕という言葉がぴったりの質素な生活

このカイザービラの中にある彼の個室兼執務室は
それは質素
硬そうな小さなベッド
毎日・毎日 神様にお祈りしてすりへった祈祷台
どの家具もその時代の最高の職人の手で最高の材料を使って作っているのに
きらびやかなところはまるでないし
どれも大事に使われた跡があって
ウィーンの王宮がゴージャスなだけに
かえってこの王様の寂しさが浮き出されるようです

そして息子の代わりに跡を継いだ皇太子もサラエボ事件で暗殺され
第一次世界大戦が始まります
どこまでも不幸が追いかけてくるようです

そして帝国の衰退

質素でほとんど公僕といった生活だったのに
なんだかとっても気の毒

・・・・でも
フランツ・ヨーゼフはこのカイザービラが大好き
なぜって趣味の狩にもってこいの場所だから
狩をしている時は何もかも忘れられるのか
このビラには、彼のしとめた鹿やらナンヤラの剥製が
これでもか~
というかんじで飾りまくられていました
特に鹿の角は、半端じゃなかったです








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最終更新日  2005.09.05 22:07:07
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2005.09.03
カテゴリ:写真・欧田舎町
       2005-09-03 20:47:25

ザルツカンマーグート(オーストリア)の中ほどにある小さな田舎町
バードイシュルは
あのミュージカルのモデルとなった皇妃エリーザベトのお気に入りの場所

1853年のことオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフはバイエルン公爵の娘ヘレーナとの見合いのためこの地を訪れます。
ところがヘレーナではなく妹のエリーザベトに心を奪われた皇帝は彼女を皇妃に選びます。エリーザベト15歳の夏でした

エリーザベト美しき皇妃の伝説(上巻)

シンデレラのような夢物語のはずなのに
奔放な少女エリーザベートには宮廷の生活も
社交界のお付き合いも重荷となり

ついには旅から旅へと現実からのがれて暮らします
旅がらすの皇后様です
もっとも旅のお供の専用車両は超ゴージャスでしたが

そんなエリーザベトが好んだ避暑地バードイシュル
皇帝の別荘カイザーヴィラから歩いて5~6分の小高い丘の上に
彼女の小さな館があります

一見質素なちいさな館だけれど
その内装につかわれた木材の一片一片にとてつもない細工が施され
極上の空間となっていますウィーンのバラ ティーC/Sヘレンドのウィーンのバラ
1918年オーストリア・ハンガリー帝国の崩壊までヘレンドがハプスブルグ家だけのために製作した門外不出の逸品。ハプスブルク家御用達の柄のこんなカップでお茶をのんでいたのでしょうか。
似合うなあ

この館は今では写真博物館として公開されています
エリーザベトは自分はけっして写真に撮らせなかったけれど
かなりの写真マニアで
彼女の使ったカメラや撮った写真の数々が展示されています

館のエクステリアの訪問記はこちらからどうぞ






最終更新日  2005.09.07 21:26:32
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2005.08.21
カテゴリ:写真・欧田舎町
                          モンサンミッシェルで購入した絵葉書
ブルターニュの観光といえば
あのモンサンミッシェル

夏休みの間お世話になったマリ**さんの家で

マリ**「どこか行ってみたいところある?」
私「モンサンミッシェルにいってみたい」
マリ**のお姉さん「日本人はすぐモンサンミッシェルに行きたがるね」

へえ~
モンサンミッシェルに行きたがるのって
なんかおのぼりさんなんだね

でも他に行きたいところもしらないし・・・
おのぼりさんよろしく、いってまいりました

モンサンミッシェルといえばやっぱりオムレツ! (すぐに食べ物にふる私です)
・・・・と思いきや
マリ**曰く
せっかくここまで来て、もっとおいしいものがいっぱいあるのに

オムレツなんて  ノンノン  

・・・で
いただいたのがコース料理で
「海の幸と羊肉」
お店の名前は記憶がありません

モンサンミッシェルは日本でいうと善光寺みたいなところで
信者の人が続々とお参りにやってきます
お寺さんに登る道々はおみやげ物屋さんと食べ物屋さんがわんさか

ホントどこの国もおんなじだなあ

そんな中のとりたててどうということもないお店でいただいた
その羊肉のおいしかったこと

この羊 餌がかわってます
モンサンミッシェルの前の湾に生えているハーブをたべてます
上の絵葉書を見てね
羊がハーブを食べているところです
このハーブに塩気があるんですって
ほんとかなあ

でもおいしかった
羊肉のあの臭みがきらいな私ですが
その臭みがなく美味でした

それにしてもこのハーブの香りがステキです
モンサンミッシェルにいくには
観光バス以外は
車をおりてトコトコと堤防を歩くのですが

この道々なんともいえないかぐわしい香りがします
このハーブの匂いなんですね

モンサンミッシェルにお寄りの節は是非試してみてね






最終更新日  2005.08.21 11:29:18
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2005.08.14
カテゴリ:写真・欧田舎町
ブルターニュの奥座敷カレーCarhaixのマリ**さんの実家でいただく家庭料理は毎日がコース料理

とびきりゴージャスというわけではなく

食べ方がコース料理なんです

まず前菜
たいがいはメロンとかすももといった果物です

2005-08-14 13:28:29

写真の日はメロンでした
うちの娘はメロンはデザートにいただくという固定観念があるので
とっておいて後でいただこうとするのですが
許してもらえません

これ食べないと次にいかないんです
娘は泣く泣くまず最初にメロンを食べます

次にメインディッシュのシチューとなります
上の写真の日はお客様もいらしたハレの日なので
お皿が2枚重ねですが
普段は1枚です
メロンを食べたらお皿についた汁はパンでふきとって口の中にいれます

この日は羊肉のシチュー
前菜と同じお皿に今度はシチューと茹でた野菜を盛ります

これもいただいたらお皿についた汁をパンでふきとってお腹に収めます

もちろんパン用の皿なんてありません。
パンはテーブルの上に置きます

次にチーズ・何種類ものチーズをいただきます

そしてデザート
ここまでお皿は全部同じ

最後にコーヒーですが
これもデザートが終わるまで飲ませてもらえません
(なんでかな~お菓子とお茶は一緒がおいしいと思うのは日本人だけ?そういえば・・茶道も最初にお菓子食べて、あとからゆっくりお茶ねえ)

そのあと後片付けですがお皿は各自一枚のみ、少ないでしょ?
・・・でふきんで拭くだけ
えっ? 洗わないの? 洗わないんです
うそ~ きたないじゃない
と思うのですが、パンできれいにふきあげたお皿はきれいでした
それをタオルぐらいの大きなフキンで拭いてお・し・ま・い・

そうか~
日本と違って水がじゃぶじゃぶ使えないのね

そういえば日本も昔
ごはん茶碗は最後にお湯をかけてタクアンで拭いてお腹の中に収めたらしいから・・わざわざお茶専用の茶碗もつかわずに済むし・・・・

それにしても

コース料理とは
お皿を一枚で済ますためにあみだされたのか~

とかってに納得したのでした






最終更新日  2005.08.14 14:30:56
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2005.08.11
カテゴリ:写真・欧田舎町
南イタリアの小さな町ソレントへは
カプリ島からの連絡船で到着しました

地中海に洗われたこの絶壁を見て!
半端じゃない絶壁でしょ?
海に浮かぶ大型船がおもちゃのように小さく見えるでしょう?

垂直にきりたった崖の上にソレントの町があります
海から町までけっこうハードな登りです

ヨーロッパの古い町は
必ず城壁に囲まれるか、
絶壁の上か、
とにかく戦争に備えて町がつくられています

日本だとお城は殿様とその家来が中にいるだけで
町民は城下町に住んでいるわけですが
ヨーロッパは町人もみんなその城の中に住んでいます。

城壁の限られたスペースにひしめき合ってすんでいるので
家は以外と小さなスペースです

どうしてこんな絶壁の上なのか・・・・・

とにかく開けても暮れても戦争していたわけで

特にイタリアは気候がいいし土地も肥沃なのでどの民族も
この子が欲しいといったかんじで攻め入ってきます

・・・で負けると民族皆殺しなのね

日本みたいに大将が負けて腹切ったらおしまい
っていうわけにいかないのよね

ソレントのこの絶壁は海からやってくる外敵から自分たちを守る要塞となっているのですね
それにしてもすごい絶壁でした

このときはツアーに参加していたので
この町にゆっくりできませんでした 残念






最終更新日  2005.08.11 17:49:28
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2005.08.10
カテゴリ:写真・欧田舎町
ブルターニュでおいしいもの
海の幸 牡蠣を代表とする魚介類
モンサンミッシェルのハーヴで育てられた羊肉
バターとバターでつくられたクッキー(これメチャおいしい)
それから塩
リンゴでつくられたシードル
そしてクレープ

その昔ブルターニュ地方は土地がやせていて
農作物といえばソバぐらいしかとれませんでした

たしかに行ってみると
石ころだらけの土地です

そのソバでつくったのがクレープ
もともとは貧しい農民の食べ物だったという訳です

日本ではクレープといってますけど
ブルターニュのひとたちはッラップといってました
ラップ?要するに包むってこと?かってに納得しました。

    まず台に種を流します2005-08-10 21:43:29

最近はこういうふうに家庭でクレープをつくらなくなったので、スーパーで袋入りのクレープが何種類も売られています

次にクレープにバターを塗ります2005-08-10 21:43:29

この豪快なバターの塗り方見て!バターが安いからバンバン使えます。
それからこのナイフの使い方、バターにバーンと突き刺してぐるぐるっ

ここの人達のナイフの使い方には驚きです

ムッシュギユ(友人のパパ)はいつも小型のナイフをもっていて
朝食のときパンはそのナイフをつかって切るし
お肉ももちろんそのナイフを使います

・・・ですごいのが・フォークは使わないの

フランスの時代劇の映画みたいに マンマ ナイフだけで食べるんです
ナイフで切った肉や果物をナイフで突き刺して口に運ぶの
ギョッエー危ないではありませんか
・・・・でも平気です・・・驚きました

チーズやハムをのせます2005-08-10 21:43:30

もともとクレープはお菓子ではなく食事です
種も甘くないので(このときは、ソバと甘い小麦のと二種類作りました)
チーズやハムはピッタリの相性です

そして包みます2005-08-10 21:43:47

はいできあがり

ムッシュギユ秘蔵の自家製シードルと一緒にいただきま~す






最終更新日  2005.08.10 22:27:29
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2005.08.09
カテゴリ:写真・欧田舎町
フランスの東北地方ブルターニュの奥座敷といった場所にある小さな町です

この町へきた日本人は私達がはじめて
東洋人といえばヴェンナ(ヴェトナム人)しか思い浮かばない地域です

もっともフランスとヴェトナムは元支配国と植民地ということで
とても親しい関係のようですが・・・・

どうしてこんな田舎の町へ来たかって?
ガイドブックにもない・地図にものっていないほどの小さな町へ

十年程前スイスのユングフラウヨッホで家族スキーにいったときのこと

スイスからパリまでの夜行列車にのったのですが
一人のフランス人女性と同じコンパートメントになりました

片言の英語と自己紹介程度のフランス語のみですが何とかお話して
お友達になりました

それ以来文通をつづけていたのですが

あるとき遊びにおいで・・・といわれて

のこのこでかけてしまいました。
フランス人の遊びにおいでは日本人と同じか違うかよくわからないまんま
娘と二人、二週間のバカンスです
上の写真はそのカレーの町の目抜き通りで・娘と友達です

彼女はこの地方の税務署の職員
お姉さんはパリでお医者さん
そしておとうさんは農業をしているというお宅です

フランスは中央集権国家だからみんなフランス語を話すと思っていたら、おとうさんはもっぱらブルトン語です

ラジオでもブルトン語の放送をやっていて

ちょっと英語っぽいかんじです

たしかに
ブルターニュ
ブルトン
ブリテン

そうフランスというより
グレートブリテンといいうか
日本でのイメージでは英国を思わせます

男の人の民族衣装もあの英国のスカートと同じこともありますし
地元の音楽はバグパイプ
そしてケルトの民話はこの地方に根付いています

アーサー王伝説の剣が埋められているという場所はここだ !
というのもこのカレーの町の近くです

フランスのイメージとはぜんぜんちがうブルターニュ地方

とてもステキな体験となりました

あちこちのお宅でごちそうに2005-08-09 17:12:27






最終更新日  2005.08.09 17:29:22
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2005.08.07
カテゴリ:写真・欧田舎町
オーストリア・ザルツカンマーグート地方にあるハルシュタットは湖と山の間の少ない土地にへばりつくように家々が建っている小さな町です。
この美しい町はよくヨーロッパ旅行のパンフレットなどにも使われていてご存知の方も多いと思います。
湖が凪いでいると鏡のように山々や町が写り込みます。
かわいらしい家々美しいフォルムのちいさな教会、ほんとに絵になる町です。

このときここへのアプローチは徒歩

隣町から6km程をとことこ歩いていきました。

ザルツカンマーグートの観光パンフレットにはいくつものトレッキングコースが案内されています。そのうちのひとつが隣町からハルシュタットまで歩くコース。

歩いているうちにオーストリア国内からバカンスに来ている家族となかよくなり、一緒にハルシュタットへ

なかよくなった家族
2005-08-07 06:11:50 おかあさんは道々花の名前を教えてくれました

ハルシュタットの町へは裏山から細い細い道をとおり
教会の裏手から町へ入ります
急な細い階段でつながっている家々を通り抜けやっとハルシュタットへ
前は深い湖・後ろは深い山
ここは自然の作った要塞だったんだなと感じます。

やっとハルシュタットについたときはもうおなかはぺこぺこ

ザルツカンマーグート地方の名物は鱒
お店ごとにいろんな料理の仕方があります
単純にソテーしただけのものや
中に詰め物をしてオーブンで焼いたものもあります
これは後者の方おいしかったお店のインテリアもなかなかです2005-08-07 05:45:37






最終更新日  2005.08.07 06:44:22
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